79 おかしなタッグバトルです!
ここはどこでしょうか……
何もないまっ白い空間。何かに導かれるように私は一人歩いていました。
あ、これは夢ですね。時々、気づく時があるんですよ。
だって、私は教会で寝ていたんですから、こんな場所にいるはずがありません。なら、後先のことなんて気にせずに、適当にこの白い空間を進んでいきましょうか。
どこまで行っても白、白、白……やがて、私の瞳に誰かの影が映りました。
青と白のしま模様をしたパジャマ。三角で白いボンボンがついたナイトキャップ。彼女はベッドの上にお尻を乗せ、足をパタパタと動かしています。
わあ、なんて可愛らしい美少女なんですかー。こんな子、初めて会いましたー。
って、私だー!
ボケはこのぐらいにして、どうやら夢の中で自分と出会ってしまったようです。
彼女は小悪魔的な笑みを浮かべ、私の方へと視線を向けました。
「ミカエルさんに会ったんですねー。もう引き返せませんよ。真実はすぐ傍。自問自答をしていても仕方ありません」
「えっと、貴方は私……?」
「私は貴方であり、貴方にとって大切な誰かでもあります。また天であり、地であり、人であり、真理であり、あるいは世界その物なのかもしれません。だって、私は0と∞なんですから」
なんだこの夢……目の前の自分が何を言っているのかさっぱり分かりません。
彼女はベッドから跳び上がり、私の目の前へと着地します。ひょうひょうとした態度ですね。そのしぐさ、口調、性格はまさに私。真似とかそんなレベルではありません。
自問自答なんでしょうか……? 私は夢の中で自分と話している……? そんな疑問に答えるように、少女はさらに言葉を連ねていきます。
「覚悟を決めてください私さん。貴方には私がついています。いえ、私には貴方がついている? 私は私で貴方は貴方で、貴方の仲間も私で、私の仲間も貴方……?」
「ちょ……意味が分かりませんよ!」
いえ、まったく疑問の答えになっていませんでした。
夢のなので何もかも滅茶苦茶です。とてもではありませんが会話が成立しませんねー。
そんな目の前の私は最後に一つ言葉を残します。それは、彼女が何者かを特定する答えでした。
ま、関係ありませんよねー。
だって、私も誰かもすべて含めての世界。即ち大いなる絶対神。
貴方たち、私たちの呼ぶ『主』なのですから……
目が覚めた私の手にはなぜかナイフが握られていました。
それは何者かの首にあてられ、彼の命を奪おうと光ります。
反射的にでしょうか。意識もなくそれを取り出し、侵入者に対抗姿勢を見せてしまったようですね。
保身のためなら仕方ありません。ですが、すぐに目の前にいる彼が大事な人だと気付きます。
「俺だ。その物騒な物をどけてくれ」
「あ……あはははは! もう、びっくりしたじゃないですかー!」
モーノさんの声を聞き、私は正気に戻ります。
すぐに跳び上がり、カシムさんのナイフを後ろに隠しました。まあ、もう見られてるんですけどね。
仲間に刃を向けてしまったことに気づき、さっと血の気が引きます。この場の空気を戻すには、いつも通り冗談を言うのがベストでしょう。
「夜這い?」
「ふざけろ」
良かった。モーノさん、ちゃんと突っ込んでくれました。
まったく、深夜にいきなり押しかけるなんて、困ったものですよ!
彼は私の手を握り、ベッドから引っ張り出します。何だか焦っているようで、どうしても私の力が必用みたいでした。
「急げ、ハイドの取引が始まった。使いのホムンクルスを追うぞ」
「うええ、それでわざわざ呼びに来たんですか!」
「転生者の問題は転生者で方を付けたいからな」
この人、行き当たりばったりだなあ……そういう事って、事前に話しておくべきではないでしょうかねー。
いえ、そりゃまあ付き合いますけども。一つ問題があります。
「私、パジャマなんですけど!」
「大丈夫だ。似合っている」
「いえ、そうじゃなくて……」
モーノさんの天然が炸裂しました。この場面で似合っているから大丈夫理論はおかしいでしょ!
ですが、彼は容赦なくぐいぐい来ます。これは女性扱いされていませんね。手は握ったままで、私を教会の外へと連れ出そうと走り出しました。
また、モーノさんにおんぶ抱っこですか。うーん……やっぱり、これじゃダメです!
決めたじゃないですか。殺すのは嫌ですけど、戦うのはやろうって! 私の異世界無双を魅せるため、ここは戦うべきところです!
だからご主人様、操作をお願いします。
ホムンクルスとの接触、何かが起きないわけがありませんから。
真夜中の採掘街。街の光は消え、暗闇に紛れるために明かりを灯すことも許されません。
私たちは月の光を頼りに、目的のお店まで移動します。すでに私の身体には降霊の糸が繋げられ、ご主人様の操作を受けていました。
距離が離れているため、テレパシーでの通信は出来ません。操作性能も前回より劣るでしょう。ですがまあ、それでも足手まといにはならないはずです。
物陰に潜みつつ、私とモーノさんは店の入り口を見ました。
そこにあったのは大量の木箱、中に入っているのはカップラーメンで間違いありません。どうやら、完全に商品の受け渡し現場に遭遇したようです。
箱をここまで運び、店主に売りつけているのは二人。彼らの姿が私たちの目に映ります。
「あの二人がハイドの手下、ホムンクルスだ」
「じょ……冗談ですよね。まだ子供じゃないですか!」
貴族の子供という服装をした少年少女。少年はチョコレート色のベストを着ていて、少女はキャンディのような髪飾りを付けています。
ハイドさんに甘やかされているのでしょうか? 手下の割には着飾っていますし、苦労知らずと言えるほど表情も柔らかいです。
性格も無邪気で明るく、取引中でも落ち着きがありません。店主さんも二人の可愛さにメロメロといった様子でした。
ですが、モーノさんの眼光は鋭いままです。そこに油断のゆの字も感じられません。
「疑われない子供の方が都合が良かったんだろ。油断はするな」
「あの二人、人形のような瞳ですね」
「……動き出し次第、あとをつけるぞ」
私たちと似ているって言いかけましたが、モーノさんによって遮られます。そうですか、聞きたくありませんか。まあ、そうでしょうね。
たぶん、私も彼も真実には気づいているのだと思います。ですが、認めたくないから考えないようにしている。それだけです。
とにかく、今はモーノさんに言われた通り、二人の後をつけるのが最優先ですね。
ダンジョン攻略なんて無視し、ハイドさんへとショートカット出来るかもしれません。
ホムンクルスの後をつける転生者二人。徐々に街外れに向かっていると分かります。
これは、旧炭鉱の方向ですね。既に街から離れ、僅かにいた街の人もまったく見られなくなりました。
このまま進めば、ダンジョンに逃げられてお終いです。接触の危険性を考慮してでも、話し合いに動き出した方が良いのかもしれません。
私がそう思った時でした。モーノさんより先に、ホムンクルスさんたちが動き出します。
「マルガ~、後ろに誰かいるみたい」
「ハンス~、ご主人たまの邪魔する敵? 敵?」
マルガと呼ばれた少女は、ポケットからキャンディーを取り出します。それは白と七色が渦を巻いたペロペロキャンディ。
眩暈がするほど甘そうですねー。私たちの気配に気づいたうえで、呑気におやつタイムですか?
なーんて考えちゃった私は、彼ら以上に甘くて呑気だったようです。
「来るぞテトラ!」
「え……? え……?」
何が? っと疑問を浮かべたのもつかの間。マルガさんの握っていたキャンディーが紐のように伸び、鞭のようにこちらへと振り払われました。
「キルキルコロコロ?」
「レッツキルキルコロコロ~」
うねるような甘ーい攻撃。あのキャンディ棒は魔法のステッキですか。彼女が扱う事によって、キャンディーを自在に操っているのでしょう。
モーノさんは軽く飛びのいて回避し、私はアクロバティックなバック転で鞭を回避します。このスピードならご主人様の操作で対抗できますよ。
私が逆立ちで着地したのと同時に、モーノさんも隣に立ちます。当然、彼も余裕そのものでした。
「おいおい、物騒なキャンディーだな」
「飴と鞭で飴の鞭。中々洒落が効いてますねー」
正直、キャンディが武器になるなんて予想していませんでした。ですが、攻撃なら感覚で対処できます。
私は戦闘経験なんて全くありませんから、見て攻撃をとらえるのは苦手なんですよね。フィーリングっていうんでしょうか。何となく、最善って思う動きで気まぐれに攻めていきます。
あと、攻撃をぶっぱするのも苦手。立ち回りで有利な状況を作り、トリッキーな動きで惑わすのが大得意ですね。それと精神攻撃。
今も呑気に話しつつ、相手の出方を伺ってます。ですが、相手さんも相当にマイペースでした。
「あの剣士、めっちゃ速えー」
「あっちはピエロ? ピエロ? 玉乗りできる?」
ピエロじゃなくてジェスターですって、玉乗りも出来ませんって。ですが、敵意が薄そうで話し合いが出来そうな雰囲気です。
私は心の異世界転生者。心を繋げるのが私の能力であり、役割でもあります。ここは戦いなんてやめて、説得へと動くのが吉でしょう。
「ハンスさんとマルガさん、で良いんですよね? 私はテトラでこちらはモーノさん、私たちは貴方がたのご主人様であるハイドさんと……」
「レッツキルキルコロコロ~」
ハンスさんが取り出したのはチョコレートで作られた剣。こちらも甘くて美味しそうで、見た目も可愛らしく仕上がっています。
彼はその剣を手に、私に向かって突っ込んできました。えー! 問答無用って奴ですかー!
先ほどの攻撃からずっと逆立ちをしていた私。すぐに元の体勢に戻り、攻撃の回避へと動きます。ですが、私が逃げるより先にモーノさんが受け止めました。
「ちょ、ノットキルキルコロコロ!」
「テトラ、無駄だ! ぶっ飛ばしてハイドのことを聞き出すぞ!」
結局こうなるじゃないですかやだー! モーノさんは敵の攻撃に喜び、ニカッと笑いながらハンスさんを払いのけます。
パワーで勝っていますし、技術もこちらが上。ですが、コンビネーションは流石に相手が勝っているでしょう。
たぶん、相手は双子のホムンクルス。一方こちらは即席の転生者コンビ。真面な連携が取れるとは思いません!
でもやる! モーノさんが期待してるもの!
「テトラ、こいつは二対二のタッグバトルだ。戦うってのなら背中は預けたぞ!」
「転生者のタッグとか、負ける気がしねーですよ」
ハンスさんとマルガさん。チョコレートの剣とキャンディのステッキを構えます。
前衛と後衛がしっかりしていて、ハンスさんが前に出てマルガさんがサポートするって戦略でしょう。
一方、こちらに戦略はなし!
やべーですねー。でも負けません。
だって私たち、魂の兄妹なんですから!
ん……? 魂の兄妹って何でしたっけ?
テトラは話すことが得意だけど見るのが苦手です
心の転生者ゆえ、感覚とか内面の方を優先してしまうからです
一見してヤバい敵も「何でこのモンスターは怒ってるの?」「もしかして事情があるかも」、そんな事を考えてしまいます
盗賊と遭遇しても、熊と遭遇しても、彼女はマイペースに会話を続けます
深読みしてしまうのとお喋りなのは悪い癖ですね