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閑話7 ミリヤ国の悲劇


 私は今、カルポス聖国西にあるミリヤの村に来ています。

 聖国の王子であるハイリンヒ・バシレウス。彼の同伴者としてベリアル卿が付けられ、それに同行する形になりました。

 一見すると緑豊かで穏やかですが、ここには大きな傷跡が残っています。なぜなら、この村には魔王によって滅ぼされたミリヤの民が集まっているのですから。


「聖国は何故ミリヤ国民を支援しているのでしょう。他国の事情など関係ないでしょう」

「関係はあります。なぜなら、ミリヤの民は聖アウトリウス教徒ですから」


 私の問に対し、ベリアル卿が答えます。

 カルポス聖国の恐ろしいところは二面性。肌の白い人間、聖アウトリウス教の信者には慈悲を与えます。一方で褐色肌や亜人、他宗教の者には圧力を与えていました。

 戦争の引き金は引きません。敵対国を経済的に追い詰め、あちら側が引き金を引きざる負えない状況を作ります。

 そして、彼らが戦いを仕掛けてきたとき、聖国は『聖戦ジハード』を掲げ、正義の名のもとに敵を滅ぼすのです。

 ベリアル卿の入れ知恵ですね。あくまでも防衛であり、帝国を名乗る気はないというわけです。


「魔王に滅ぼされたこの国を取り込めば、魔族との隔たりも大きくなりますね。大国を衝突させて楽しいですか?」

「何を言いますか。主の名のもとに行う慈善活動ですよ。同じ神を信じる国同士、お互い様です」


 では、なぜミリヤ国の自立を認めず、聖国に取り込んだのでしょう。自国の民として吸収しているあたり、紛れもない偽善ですね。

 まあ、どす黒い国の事情は関係ありません。私はベリアル卿の野望を止めるだけです。

 彼は村の人々から話を聞き、ミリヤ国で何が起きたのかを調査中していました。その動向も気になりますが、こちらはこちらで調査を進めた方が良いかもしれません。


「ベリアル卿、私は向こうで聞き込みをします。どうやら、異世界転生者にも関係があるようなので」

「ええ、分かりました。こちらで聞いた話はあとで伝えましょう」


 余裕があるものですね。まあ、ベリアル卿はそういう悪魔です。

 自由にやらせてくれるなら遠慮はしません。私も無駄足になるのは御免ですから。









 ミリヤ国の悲劇に異世界転生者が関係している。

 私はそう睨んでいます。


 国が滅ぼされたとき、魔王から国民を守ろうとした英雄がいました。彼は旅の錬金術師らしく、作り出す回復薬は超高性能だったらしいです。

 その人は魔族の使役するドラゴンを退け、単身で魔王へと挑みました。錬金術師はこの世界での科学者ですが、戦闘時の彼はまさに戦士だったと聞きます。


 二人の力がぶつかったとき、眩い光が周囲へと広がりました。

 そこから先は誰一人見ていません。ですが、錬金術師の作った回復薬によって国民は助けられました。魔王から逃げられたのも彼のおかげでしょう。

 間違いなく英雄。ですが、この時を最後に彼は姿を消しました。


 異世界転生者である可能性が高いですね。何とかベリアル卿より先に接触したいのですが……

 私がそんなことを考えている時でした。突如として、足元から何者かが跳び上がります。


「ケロローン! トリシュくん、勉強熱心だね」

「どわっ!」


 目の前に現れたのはカエル。とっさに反応し、右手を振り払いました。

 異世界転生者ゆえでしょうか、私の反応速度は相当に速かったと思います。ですが、カエルはその攻撃を見切り、柔軟な身のこなしで回避しました。

 同時に、ある姿が脳裏に浮かびます。私が転生するより前、悪役令嬢だった時の記憶。その中にカエルの姿に化けるのが得意な人がいました。


「ハイリンヒ王子……脅かさないでください……」

「いや、すまない。それにしても、麗しき御嬢さんには似つかわしくない動きだったよ」


 う……疑われてる……もしかして私、カエルに尋問されていますか?

 着地した彼は丁寧に頭を下げ、紳士的な態度で接してきます。流石は王子であって育ちの良さがよく分かりました。


「カエルの姿で申し訳ないが、こちらも派手に動けない立場でね。時間もないから単刀直入に聞くよ。君はベリアル卿のなんなんだい?」

「こちらの事情は王子もよく知っているはず。彼に組するのは更生プログラムの一種ですよ」


 嘘は言っていません。ベリアル卿や他の転生者というイレギュラーは存在しますが、この世界は間違いなく乙女ゲーの世界……ですよね?

 ともかく、私は悪役令嬢を演じていれば良いはず。正直、舞台装置ぐらいにしか思っていない王子との再会は驚きましたが、私の正体に気づくのは不可能でしょう。

 大いに疑ってください。貴方は異世界転生者にたどり着けません。


「それより、私と接触してよろしいのでしょうか? 貴方はエラさんと婚約中の身。元婚約者との接触は疑われても文句は言えませんよ」

「痛いところを突くね。でも、大丈夫。僕の目的はあくまでもベリアル卿の監視だから」


 む……目的は私ではなくベリアル卿ですか。そう言えば、王子は彼を毛嫌いしているという話しを聞いています。

 このタイミングで私に近づいてきましたか。だとすれば、王子は私を調査しに来たと見ていいでしょう。

 敵か味方か中立か、どこまでベリアル卿を知っているのか。探りを入れてくるはずです。

 ですが、それを知りたいのはこちらも同じ。ならば、先に私の方から確信を突いてやります。


「王子はベリアル卿を探っているのですね。何も出ないと思いますよ。彼は悪事を働かない悪人。話術によって人を堕落させ、本人は罪を犯しません。私も八方ふさがりで手をこまねいている状況です」

「ああ、やっぱり……君もベリアル卿が嫌いみたいだね」


 近くにいるぶん貴方よりも嫌っていると思いますよ。まあ、対抗心を燃やしても仕方ないですね。恐らく、王子はこちら側だと思いますから。

 同じ敵を持っているのならば、衝突する意味はありません。

 私は周囲を見渡し、ベリアル卿を探します。今はいないようですが油断は禁物。ハイリンヒ王子にアイコンタクトをし、場所を変えるよう促しました。

 彼は無言で頷き、村の外れへとピョンピョンと跳ねていきます。私はその後に続きました。









 カエルの王子は人間へと戻り、真剣な顔つきで私を見ました。

 ハイリンヒ・バシレウス。カルポス聖国の王子であり、バシレウス七世の息子です。

 弱小貴族のエラさんと婚約中で、妹はターリア・バシレウス。魔法も剣も使えるイケメンお兄さんで、国民からの信頼も厚いようです。

 そんな彼は私を村の外へと連れ出しました。そして、このミリヤ国で何が起きたのかを語り始めます。


「この村の人たちはミリヤ国から逃げてきたんだ。ミリヤ国はシュネーヴァイス王によって統治され、聖国と停戦を結んだ平和な国だったよ。近くの海には人魚が住み、両方はとても友好的な関係を築いていた。表向きはね……」

「表向き……」


 人魚というファンタジーな要素に似つかわしく、不穏な空気が立ち込めます。ミリヤ国は魔王によって滅ぼされていますが、何か原因があったのでしょうか。

 いったい、魔王の目的は……? シュネーヴァイス王とは何者なんですか……? それらとベリアル卿の関係は……?

 今、全てがハイリンヒ王子によって語られます。その物語はあまりにも胸くそが悪いものでした。


「シュネーヴァイス王は数年前から病気だったんだ。彼に代わって国を治めていたのが妃殿。彼女はとても優秀な女性だったけど、魔女のように恐ろしい実態があった」


 それはミリア国の影。そしてシュネーヴァイス王家の影でもあります。


「妃は美に囚われていたのさ。鏡と向き合い、世界で一番美しいのは自分だと信じて疑わなかった。だからこそ、徐々に老いていく自身に彼女は絶望していた。結果、たどり着いた答えは不老不死の力」


 王子はしゅんとうつむき、続けます。


「知ってるかい。人魚の肉にはね。不老不死の効果があるんだよ」

「……っ!」


 最低ですね……最低すぎますよ。

 なんですかそれ。では、魔王の目的は……


「魔王の目的は侵略ではなく報復だったんだ。魔族と人魚は協定を結んでいる。彼は仲間の無念を晴らすため、ミリヤ国を攻め落としたんだ」


 それはあまりにも悲劇的な事実。聖国民が悪の存在だと信じて疑わない魔王には、筋の通った仁義があったのです。

 種族間の溝で片づけられる問題ではありません。なぜなら、先に仕掛けたのはミリア国側。全ての原因はシュネーヴァイス家の妃にあったのですから。

 魔王には魔王の正義があります。ベリアル卿はその正義感を刺激し、間接的にミリヤ国を滅ぼさせた。

 絶対にそうに違いありません。彼はそういう悪魔です。


「察しはついていると思うけど、妃に余計な知識を与えたのはベリアル卿だよ。彼女に色目を使い、『ずっと美しい貴方であってほしい』とほざいていたのも彼。どうだい? 彼のことを許せるかい?」

「死んでほしいですね」


 あ……つい、思っていたことを口に出してしまいました。

 何にしても、これで全ての話は繋がりましたね。

 ミリア国の悲劇を招いたのはベリアル卿。彼は聖アウトリウス教と魔族、人魚たちとの溝を深くしていた。全て、戦争による悲劇を求めてのことでしょう。

 ハイリンヒ王子はそれを知っていました。ですが、王子の立場を持ってしても止めることは出来なかったのです。それどころか、真実を伝えることすらできない様子。


「ちょっと前に妹に護衛が付いたんだ。数奇なものだね。彼はシュネーヴァイス王の娘を保護していて、僕は彼女と直接会うことが出来た」


 彼の妹、ターリア・バシレウス。聖国のプリンセスで最近護衛が付けられました。

 その護衛とはモーノ・バストニ。一番の異世界転生者で、先日王都で大暴れした人でもあります。まさか、ミリヤ国のお姫様をキープしていたとは……

 恐らく、そのお姫様は自分の母が何をしていたのか知らないでしょう。ですが、ハイリンヒ王子はそれを話せませんでした。


「だけどね。王妃のことを言い出せなかったよ。彼女は母を慕い、実際に王妃は娘と国民には優しかった。その二面性が何より恐ろしいものだよ……」


 身近で大切な存在には大いなる優しさを、興味のない他人からは搾取を……まあ、そういうものですよね。

 この思想が国を滅ぼしたのです。魔王はそんな王妃を許さなかった。

 いったい、何人の人魚が彼女によって殺され、そしてその肉を……いえ、考えるのはやめましょう。これ以上は流石に気分が悪くなりますよ。

 ハイリンヒ王子はマントを翻し、私に背を向けます。そして、最後に自らの目的を明かしました。


「僕は王になる。そして魔王と話をつけ、魔族と協定を結びたいと思ってるよ」


 なるほど……確かに彼はベリアル卿にとって邪魔なカエルですね。

 王子と婚約しなくて良かった。私は彼に守られる立場ではなく、守る立場になるべきですから。

 恐らく、ベリアル卿はこの王子を潰しにかかる。ですが、絶対にそれはさせません。


 ハイリンヒ王子にはエラさんと結婚し、この国の王になってもらわなければなりません。

 それが、聖国の病気を治す唯一の手段でした。



閑話が本編

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