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73 三つ同時に攻略開始です!


 ジェスターテトラは今、ツァンカリス卿のお屋敷内を歩いています。

 正直、自分でも状況が分かりません。屋敷専属の道化師にさせてほしいと頼んだところ、旦那さまと会わせてくれることになったのです。

 その許可を出したのは小人の執事マイアさん。ツバメが屋敷内に入れないため、彼女は私の肩に座っています。ちょこんと佇むその姿がとてもあざといですねー。


「この屋敷の使用人は全員が私たち小人です。旦那さまは人間を信用しておりませんので」


 彼女、マイアさんは先代からこの屋敷に仕えていたらしいです。

 一般から言えば、屋敷に仕える男性は執事。女性はメイドというイメージですよね。ですが、実際は女性でも執事職につけます。まあ、萌え属性としてはマイナーですが。

 さてさて、なぜマイアさんは私を屋敷に入れてくれたのでしょう。絶対に追い返されると思っていましたが、彼女のおかげで入れてしまいました。


「あの、私のような怪しい奴隷を簡単に入れて良かったのでしょうか?」

「コッペリウスさまの使いならば信用できます。後、失礼だとは存じておりますが、旦那様が破り捨てた手紙を拝見させていただきました」


 うわ、ちゃっかりしてますねー。そう言えば回収してましたもの。

 可愛い顔して抜かりのない女性ですか。執事の仕事も完璧にこなせそうです。

 そんな彼女はどうやら私のことを評価している様子。それは、ご主人様の記した手紙のおかげでした。


「手紙には貴方のことが記されていましたよ。国王の姫君、ターリア・バシレウスさまの専属ジェスターを務めていたのですね。是非、旦那さまを喜ばせて頂きたいのです」


 喜ばせるって……私の人形劇であの人を?

 全くイメージが湧きません。くだらないと一刀両断される未来で確定でしょう。

 ですが、マイアさんは切実に私を求めています。どうやら訳ありのようですね。


「最近、旦那さまの元気がありません……毎日のようにイライラされたご様子で、鬱憤は貯まる一方です」

「ツァンカリス卿を随分と気にかけているではありませんか。彼は性格に難あり、周囲からは嫌悪されていると感じますが」


 少し失礼ですが鎌をかけてみます。

 小人の執事マイアさん。彼女があのツァンカリス卿に尽くす理由、是非とも聞きたいところです。

 私の言葉に対し、マイアさんはむっと口を曲げました。それだけで、ツァンカリス卿への忠誠心が分かります。


「確かに旦那さまは嫌悪されております。ですが、良いところもあるのですよ」

「例えばどのような? ぜひ聞きたいところです」


 そんな彼女のフォローに対し、当然ぐいぐいと突っ込んでいきます。これにより、ツァンカリス卿のことが少しでも分かるかもしれません。

 しかし、マイアさんは曲者。小人さんは私の肩でつま先を伸ばします。そして、その耳元でねっとりと囁きました。


「ヒ・ミ・ツです」


 あ……あざとい! あざとすぎますよ!

 なにこの子、魔性の女ですか! 絶対に自分が可愛いって分かってやってますよね!

 小さくて童顔、可愛らしい少女という外見。ですが、その性格はキャリアウーマンかつ、大人の女性って感じです。

 そんなマイアさんは知れっと質問を返してきました。


「テトラさんの方こそ、なぜ旦那さまに仕えようと考えたのでしょうか。嫌な人ならば関わらないようにしようとは思わなかったのですか?」


 貴方のほうが質問する立場。ええ、分かってますよ。私は最下層の道化師ですからねー。

 良いでしょう。ここは素直に答えます。


「そうですね……恐らく、私は苦手な人はいても嫌いな人はいないのだと思います」


 それに対し、マイアさんは困惑の表情を浮かべました。

 心の異世界転生者、テトラ・ゾケルは今日も絶好調。条人とはズレている事なんて重々理解しています。

 狂気じゃありません。ただ誰とでも仲良くしたいだけです。

 そう考えると、私はあまりにも普通だとは思いませんか? それが最善でそう有るべきだって、誰もが分かっているはずですから。









 扉をノックし、ツァンカリス卿の部屋へと足を踏み入れます。

 大きくて立派な外観とは違い、屋敷の中はとても質素な作りです。贅沢品が何一つ置いてなく、とても領主さまの館とは思いません。

 この事から、彼の性格の悪さは傲慢ではなく、生真面目さから来ていると分かります。

 質素倹約、自分に厳しいからこそ他人にも完璧を求める。これこそが、マイアさんがつくす理由だと分かりました。


 そんなツァンカリス卿は私を前にし、眉間にしわを寄せます。まあ、性格上はジェスターを毛嫌いしそうですよね。

 ソファーに座る強面の老人。彼は「なぜこの女を通した」。そんな顔でマイアさんを睨みます。

 確かな威圧感。ですが、屋敷一番の執事である彼女は折れませんでした。


「旦那さま、彼女は王宮に仕えた優秀なジェスターです。ここで一つ、奴隷を雇うのも一興かと」

「だが、これの主人はあのコッペリウスだぞ。頬に紋章を刻んだことも理解できん。晒者ではないか」

「あえて奴隷と示して笑い者となる。ジェスターとしての本意ではありませんか」


 言いますねー。マイアさんも屁理屈上手です。

 渋い顔をするツァンカリス卿。退屈しているのも事実、ここで私と巡り合ったのも何かの縁でしょう。

 老人は私の顔を除き込み、顎に手を当てます。前に会った奴隷商人さんと同じですか。面構えで判断してるみたいです。


「小娘、お前に何ができる」

「はい、私は物語を語ることを得意としております。また、それに人形の動きを合わせてご覧入れましょう」


 あまりにも興味がなかったのか、彼は大きなため息をつきました。


「ふん、作り話などを聞いてなんになる。くだらん子供騙しだ」

「では、聞くではなく話すというのはいかがでしょうか? 私は聞き手に回り、貴方の言葉に耳を傾けます。逆転の発送ですよ」


 客のニーズに答えるのがエンターテイナーです。ショーがご希望でないのなら、それをやめましょう。

 私の見立てが正しいのなら、ツァンカリス卿が求めているのは話し相手。それも、一方的にズカズカ話せる相手ならなお良いでしょう。

 しかし、それは道化の仕事ではありません。当然、ツァンカリス卿は疑問を浮かべます。


「それは、誰でも出来る仕事ではないかね。金など払わんぞ」

「構いません。私の目的はキトロンでの売名ですので」


 嘘です。目的がお金じゃないのは本当ですけど、名誉にも興味はありません。要はただの気まぐれ、目的は後から着いてきます。

 それにしても、誰にでも出来るとはこれいかに。そうでしょうかねー。話すより難しいと思うんですけどねー。

 ま、良いです。旦那さまも興味が湧いたようですから。


「ふん、面白い。丁度、貴様には言いたいことがあった」


 笑みを浮かべる老人。唾を飲む私。

 そこからは正に地獄のトークショーでした。









 出るわ。


「採掘場のゴミ共は礼儀がなっとらん! 責任者である私に対して尊敬の念はないものかね!」


 出るわ。


「他の大臣共は無能ばかりだ! 特に王宮近くの大臣どもはぬるま湯に浸かっとる! 唯一、ファウスト家の若造は評価しておるがな」


 それは誹謗中傷の数々。

 私に対する説教から始まり、いつの間にやら周囲への愚痴に変わっています。

 まあ、だいたい想像はついてました。二言目には嫌味の出る彼が、溜め込んでいないはずがありません。

 何という勢いでしょう。暴言という毒は止めどなく流れ出ていきます。


「そうですね。よく分かります。私もそう思いますよ」


 そして、私はその毒を全て飲み込みました。

 意見はしません。否定もしません。キッチリその身に受け、体に貯めずに浄化しちゃいます。

 気にはなりません。私は心の異世界転生者ですから、快く受け止めることが出来ます。

 さあ! どんどん吐いてください! そのための私ですから!


「王も王だ! この国に必要なものは文化発展だとなぜ分からんか! くだらぬ軍事に金を使いおって!」

「はゎ……こんなにも話す旦那さまは初めてです……」


 これには執事のマイアさんもお口あんぐりです。私もここまで旦那さまのテンションが上がるとは思いませんでした。

 そして、彼の暴言を聞いていて分かること、それは言葉一つ一つが的を射ていることです。

 老人の戯言なんかじゃありません。彼の指摘はこの街の……しいてはこの国に対する警告でもありました。




 時間は進み、すっかり日が沈んでしまいます。

 かれこれ三時間以上は話してますね。旦那さまはお疲れの様子で、ソファーに深く腰掛けました。

 

「今日はもう帰れ。私は疲れた……」

「かしこまりました。ところで、明日も来て宜しいでしょうか?」


 図々しく聞いてみます。すると、彼は少し悔しそうに言葉を返しました。


「……勝手にしろ」


 信頼度ゲーット。手応えは十二分です。

 思った通り、彼は愚痴を吐き出したかったんですね。少しでも私がお役に立てるなら最っ高の幸せです!

 さって、今日はもう教会に帰りましょう。あっちもあっちでやりたい事がありますしねー。

 旦那さまとマイアさんに頭を下げ、屋敷を後にするのでした。









 月の浮かぶ夜。教会に帰った私を待っていたのは、モーノさんたちでした。

 とりあえず、こちらはツァンカリス卿との関係を説明します。一応、私なりに行動はしていますから。

 そんなこちらに対し、狼少女のメイジーさんは不信の眼差しを向けます。

 

「宮廷道化師って……貴方、何がしたいの?」

「あははー、着の身着のままですねー」


 私って気まぐれですから、理解は求めていませんよ。

 ですが、モーノさんは無駄に私の行動を深読みします。流石は真面目な天然さんでした。


「領主に取り入って街を探ってるんだろう。何だかんだでこいつは結果を出す。勝手にやらせておけ」

「はーい」


 謎の信頼です。まあ、期待されても困るんですけどねー。

 彼はこちらに視線を向け、忠告をします。


「だが、俺たちにはハイドの調査がある。あまり時間は使えないぞ」


 時間ですか……一番ほしいものですね。

 人に取り入るのには時間がかかります。信頼とは積み重ね、時間が無ければ心を動かすことは出来ないでしょう。

 ですが、それでもツァンカリス卿とは心を繋げたいです。勿論! ハイドさんは探しますし、教会の子どもたちとも仲良くします!


「では、朝は教会で子供たちの相手をして、昼はお屋敷で旦那様を楽しませて、夜はモーノさんとハイドさんの調査をします。それで良いでしょう?」

「よし」

「良いんだ!?」


 モーノさんの「よし」に対して突っ込むアリシアさん。彼も相当にアバウトでした。

 まあ、異世界転生者とは自由な存在。これがむしろ自然型ですよ。

 キトロン炭鉱街での謎解き、人々との交流。まだまだ先は長そうでした。



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