71 見るからに嫌なお爺さんです
怪人ハイド。
数カ月前にここキトロンに現れ、錬金術によって次々に発明品を生み出しているらしいです。
羅針盤、眼鏡、自転車、そしてカップラーメン……徐々に発明は複雑なものとなり、作るたびに商品は飛ぶように売れていきます。
彼は邪教徒であり、悪魔から知恵を授かっているという噂も。まあ、悪魔と契約しているのはこの私なんですけどね。
「ハイドさんは一切姿を現さず、取引は部下のホムンクルスに任せています。本当に彼が存在しているかどうかすら定かではありません」
シスターのミテラさんが言うに、ハイドさんは代理人に人との接触を任せているようです。
彼、かなり警戒してますね。流石に何の対策もなしに無双を繰り返しませんか。厄介な事この上ねーですよ。
ですが、今はハイドさんよりシスター二人が気になるんですよねー。
先ほどから二人はアイコンタクトをし、こちらをしきりに観察します。私は勘が鋭いので、怪しい動きは何となく分かっちゃうんですよ。
「ところで、二人ともどうしましたか? なんだか落ち着きがないようですが……」
「すまない。その頬に刻まれた紋章が気になってね。まさか、見える場所に奴隷契約の印を刻んでいるとは思わなかったからさ」
そう、ジルさんが説明します。
うーん……上手く誤魔化してきましたか。それとも本当に紋章が気になっただけ……?
中々に曲者じゃないですか。これは私の大好きな騙し合い、偽り合いの始まりでしょうかねー。
そんなわくわくに胸を含まれている時でした。入口の扉が開かれ、教会内に風が吹き込みます。
礼拝客が訪れたのでしょうか? 初めはそう思っていましたが、どうやら免れざるお客さんのようです。
「失礼する。ふん、相も変わらず汚い教会だ」
黒に金のラインの入った正装をし、いかにも成金といった風貌をした老人。右手に杖を持ち、いたるところに金の装飾品をつけています。
白いお髭を携え、その眼は私たちを蔑むように見ていました。当然、第一印象は『感じが悪い』の一言に尽きます。
彼はボロボロの服を着た子供たちを目にし、眉間にしわを寄せます。
「おい、ガキどもを私に触れさせるなよ。靴や服が汚れてしまってはたまったものではない」
このお爺ちゃん、滅茶苦茶ファイティングポーズを決めてるじゃないですか。護衛もつけずによくもまあ、ここまで挑発的な言葉を並べられるものです。
彼はこの孤児院を快く思っていないようですね。ものすごーく口が悪いですから。
ですが、その割にはちゃんとチェックはしている様子。一人一人子供たちに目を通し、その顔と人数を確認していきます。
「また子供を増やしたのか。街から援助の出る人数はとっくに超えている。それを分かっているのかね?」
「はい……」
「ふん、私は一向に構わんよ。いくらでも金は貸してやろう。ただし、返す当てもなく借りつづければ、負債はいくらでも膨らんでいくがね」
この人、借金の取り立てですか。貸した本人が頻繁に見に来てるんでしょうか?
彼の威圧的な言葉を聞き、子供たちが心配そうな顔をしています。そりゃー自分たちの暮らす施設が借金に追われていれば、そんな顔にもなりますよね。
心配をかけたくなかったのか、ミテラさんが弱々しい声で言い返します。
「子供たちの前でやめてください……」
「図に乗るな。あえて子供の前で話しているのだ。関係のない話しではなかろう?」
ああ、全部わざとですか。これはまた性格の悪いお爺さんです。
こんな施設の状況を見て、よくここまで鬼畜なことを言えるものですよ。神経の図太さは私にも匹敵するかもしれません。
たぶん捻くれているんでしょう。アリシアさんは我慢の出来なくなり、彼の前に立ちます。
「ちょっとお爺さん! さっきから言わせておけば……ミテラさんは子供たちを守るために頑張ってるんだよ! 少しは助けてあげなよ!」
「子供たちを守るだと? 実に立派だ。否定はせんよ。だがね、それと同じ理念を私に強要するのはいかがなものか。思い上がりも甚だしいとは思わんかね?」
彼女の言葉をお爺さんはバッサリと切り捨てました。
私と同じ、屁理屈を武器にする権力者。こ……これは悔しい! ですが痺れる! 憧れる!
言ってくれるじゃねーですか。正論は議論における最大の武器。感情論だけで物事を語る事など出来ません。
一切の反論を許さない彼の言葉には歳相応の力がありました。
「しかし、私にも立場がある。借金ならばいくらでも作ってやるが、お前たちに与える金は1Gもない。借りたものはきっちり返してもらうぞ」
ふんっと鼻を鳴らしつつ、お爺さんは教会を後にします。なんだか只者ではない殿方でした。
アリシアさんはムスッとした表情をします。まあ、そんな表情にもなりますよね。むかっ腹が立ちますもの。
とりあえず、名前だけでも聞きましょうか。ハイドさんと関係あるかもしれませんし。
「今の人は?」
「キトロンの領主であり、鉱山の管理者ナノス・ツァンカリスだよ」
そう、ジルさんが教えてくれます。どうやら偉い人のようですね。
それにしても、ツァンカリス……どこかで聞いたような……
……あ!
そうでした! そうでした!
ご主人様から手紙を預かった知人! 彼がツァンカリス卿です!
すぐにその場を走りだし、教会の外へと向かいます。そして、離れていく彼に向かって大声で叫びました。
「待ってくださーい! 手紙を預かってるんですよー!」
「手紙だと?」
足を止め、振り返るツァンカリス卿。彼は眉間にしわを寄せつつ、私のことを睨みました。
こうして明るい外で見ると、服装も相まって気品あるように見えます。
輝く靴を始め、身につけている物は完璧なコーディネート。杖を持ってはいますが腰は曲がっていません。自身に満ち溢れ、きびきびとした動きをしています。
これで性格が良ければカッコいいお爺ちゃんなんですがね……いかんせん、悪いんですよ。
私は大きなバッグに手を突っ込み、一枚の手紙を取り出します。そして、それをツァンカリス卿に渡しました。
「私、ネビロス・コッペリウスさまの奴隷を務めるテトラ・ゾケルと申します。ご主人様からの手紙をお渡しします」
「奴が奴隷を……ふん、大方奴隷という弟子であろう。上下関係などを気にする者でもないからな」
頭を下げつつ、滅茶苦茶丁寧に手紙を渡します。どうやら、彼はご主人様をよく分かっているようでした。
奪うように手紙を取り、すぐに目を通していきます。やがて、読んだか読んでないかも分からない数秒後。ツァンカリス卿は手紙をびりびりに破り、その場にばらまきました。
「あー! 何で破るんですか!」
「あの男に自分で会いに来いと伝えておけ。一々癇に障るやつだ」
こ……こっちが下手に出れば調子に乗りおって! 領主さまがゴミを街にばらまきますか!
怒るポイントが違う? いえいえ、ゴミを道に捨てるのはダメですよ? それにはこのテトラも流石に怒りますよ?
なんて、一人で思っている時でした。ツァンカリス卿は自らの肩に向かって命令口調で話します。
「マイア、拾っておけ」
「はい!」
すると、彼の肩の上で何かがもぞもぞと動き出しました。
何かが乗ってる……?
こ……これは、人ですよ! 小さい女の子がツァンカリス卿に捕まってるじゃないですか!
大きさは人の親指ほど、四つ葉のクローバーを髪飾りにしておしゃれをしています。妖精とは違いますよね? 始めて見ましたが、この子が小人族なのでしょう。
マイアと呼ばれた彼女は、肩をよじ登ってその上に立ちます。そして、小さな指を口に当て、私にはとても聞こえない指笛を吹きました。
「ツバメさーん!」
小さな少女の小さな声を聞き、一羽のツバメが速攻で現れます。
そして、速攻でツァンカリス卿のばらまいた手紙を拾い集め、速攻でマイアさんに渡しました。全ての所要時間は数十秒という早業。ずげえ!
やっぱり、ゴミは回収しますか。ちゃんと街と自然の事を考えてますねー。
って、拾うなら破って捨てる意味ないじゃないですか! 喧嘩売ってんのかゴルァ!
ふう……ご主人様の知人なら良い人と思ったんですがね。
なんだか挑発的で感じの悪いお爺さんでした。はい。
ツァンカリス卿を見送り、私は教会へと戻ります。
あの領主さまも腹に一物を抱えてそうですが、こちらの教会もなんか怪しいんですよねー。このテトラの感がビンビン反応しています。
決めました。泊まる場所は決定! ここで生活してあら探ししてやりますよ!
私はお金の話を出しつつ、ミテラさんに提案を出しました。
「そちらのご事情は把握しました。お金に困っているのなら、こちらで資金をお渡しします。ただし、タダで渡すわけにもいきません。この教会を宿として、私たちに提供してもらいたいのです」
「ここに……泊るんですか……」
表情が変わりました。しかも、お金を恵んでもらえる喜びの表情ではありません。
明らかに困惑しています。私たちがハイドさんを捜査していると知り、その上でこちらを警戒している。そう疑われても仕方のない表情でした。
流石にそれは言いすぎですが、何かを隠しているのは確実。
ですが、断らせません。初めから、貴方たちに選択肢なんてないんですよ。
「貴方がたは子供たちを救うため、多くの資金を必要としているのでしょう? 私の提案を断る理由はないと思いますが?」
「そ……そうですよね! 当然断りませんよ!」
断れば余計に疑われます。完全にどつぼなんですよ。
さてさて、寝泊り出来て怪しい教会の捜査も出来る。一石二鳥の宿を見つけましたよ。集合場所に戻って、モーノさんに事情を説明しないといけません。
完全にこちらが有利かと思われる今回の提案。しかし、アリシアさんはあることを警戒していました。
「ちょっと、テトラちゃん……疑ってるのは分かるけど、もし敵だったら不味いよね。アジトで寝泊まりすることになっちゃうよ……!」
「だから良いんじゃないですか、同じ屋根の下で生活していればボロが出るものですよ。騙し合いなら自信がありますし」
小声でアリシアさんが指摘しますが、気にしないことにします。
ミテラさんは何か隠しているようですが悪い人ではないでしょう。それに、こちらにはぶっちぎりで最強のモーノさんがいるので負ける気はしません。
恐らく、この教会は直接ハイドさんとは関係ないでしょう。あるのなら、子供たちの口から出ていると思いますから。
「では、モーノさんとの合流はお願いします。私は子供たちとお話してきますから!」
とりあえず、子供たちを味方につけて自己防衛しましょうかね。
私は薄ら笑いをしながら、トマスさんの方へと歩いていきます。
まだ、ジェイさんがどうやってあの魔法を身につけたかも聞いていません。怪しいポイントを突っ込みつつ、ハイドさんの情報を聞き出す。
さーて、忙しくなりそうですよ!
ミテラ:教会のシスター1
ジル:教会のシスター2
トマス:教会が預かってる子供1
ジェイ:教会が預かってる子供2
アステリ:教会が預かってる子供3
ツァンカリス卿:キトロンの領主
マイア:ツァンカリス卿のお付
ハイド:二番の異世界転生者