70 子供たちと戯れました
絶壁沿いに作られた家々。屈強な男たちに押される木製トロッコ。
視界に広がるのは高い山々。それらに囲まれる大きな街がありました。
ここは鉱山都市キトロン。働く男性たちは、皆さん懸命に鮮やかな宝石を運んでいます。
あれは魔石ですね。
この世界の人たちは魔力のこもった宝石。魔石を使って火をつけたり、水を出したりしています。
私の世界で言うガスや電気といったものでしょうか。生活必需品であり、中世でありながら所々発展が見られる理由でもあります。
ここ、キトロンが発展したのは魔石の採掘によるものでしょう。典型的な鉱山都市ですね。
「さって、モーノさん。目的地に着きましたが、どうするつもりでしょう?」
「とりあえず、宿を確保だな。どれだけ滞在するか分からないし、良い場所を探したい」
モーノさんにそう聞きましたが、「とりあえず」で答えられてしまいます。つまり、予定はないから適当にぶらぶら歩きましょうという事ですか。そうですか。
馬車から降り、運転手さんに手を振ります。王都と違い、キトロンの街は泥臭くて茶色一色。あんまり色がある都市ではなさそうです。
これは退屈してしまいそうですね。宿探しのついでに遊ぶ場所でも探しましょうか。
「じゃ、集合場所はここで良いですね。私はご主人様のお使いでツァンカリスさんを探さないといけませんし、かってにどっか行きますよ」
「そうか、ならアリシア。テトラに付いていってくれ」
おっとー、当然のように監視がつけられましたよー。めっちゃ疑ってるじゃないですか。
ま、別に悪いことをする気はないのでいいんですけどね。ようは、行動の主導権が欲しいだけですから。
アリシアさんはちょこちょこ歩き、私の横に付きます。そして、その右手をしっかりを握りました。
「じゃ、行こ! テトラちゃん」
「利き手を狙ってきましたか。恐ろしい子!」
彼女は愛らしいです。愛らしく、優しく、礼儀正しく、信じやすく、純粋で、好奇心にあふれています。
本当に私とは正反対ですね。だからこそ、悪いところも分かっちゃいました。
信じやすいのは誰かに利用されやすいという事。純粋なのは染まりやすいという事。そして、好奇心が溢れているのは危険に間近という事です。
ドラゴンと戦ったとき、アリシアさんは家族を奪われた憎しみに染まっていました。あれこそが純粋無垢の先にある狂気なのかもしれません。
「手を繋いだままでも良いですよ。はぐれないようにお願いします」
「王都みたいに人は多くないし、大丈夫だよ!」
戦闘では助けになるか分かりませんが、心ならいつでも助けますよ。モーノさんはこういう気配りが出来ませんし、私がしっかり繋ぎ留めないといけません。
お節介なのかもしれませんが、不の感情に染まった彼女なんて見たくないない。アリシアさんはずっと、純粋無垢に笑っていてほしいと思います。
重い荷物を持ちつつ、アリシアさんとキトロンの街を歩きます。
歩けば歩くほどに分かるのは『何もない』という事。完全に鉱山都市であり、見えるのは労働者用たちが暮らす社宅ばかりです。
一応、宿もありましたが、衛生面でどう考えてもアウトでしょう。男たちが雑魚寝してるようなあの空間に、アリシアさんをぶち込むのはダメです!
ですが、労働者の街に高級宿などあるはずもなく、遠征はいきなりつまずいてしまいました。
もっと、少年少女が安心して暮らせるような施設はないんでしょうか……そう思っていたとき、私の目に三人の子供たちが映ります。
一人目は、手作り感あふれるストローハットをかぶった少年。
他二人の前に立ち、仕切っている様子を見るにリーダー格だと分かります。木の棒を振り回して、活発そうですね。
二人目はボロボロの山高帽をかぶった少年。葉っぱの飾りをつけ、ませた雰囲気を感じます。
羊飼いのような服装をし、大人びた表情。なんだか、只者ではないと感じるのは気のせいでしょうか?
三人目は女の子で、真っ白いワンピースのような服を着ています。
金色の長い髪を持ち、瞳は銀貨のように光っていました。必死で男の子二人についていってますね。
彼らは足を止め、大きな門の前でひそひそ話を始めました。
門の中には大きなお屋敷。フラウラの街、ベリアル卿の屋敷よりもワンサイズ大きく見えます。
これは領主様の屋敷でしょうか? 子どもたちはその前で何をしているのでしょうか?
き……気になって仕方ねーです! アリシアさんには悪いですが、これは首を突っ込みたい!
私は悪い子なので、勝手な憶測でゴリ押しします。
「アリシアさん! あの子どもたち、怪しくありませんか?」
「え……特に怪しくは……」
「いえ、怪しいですよ。風貌を見るにあまり裕福には見えません。そんな彼らが豪邸の前でひそひそ話とは、絶対なにかあります!」
「そう言われたら確かに……」
相変わらず、アリシアさんはちょろいですね。
子供の悪巧みなんて日常茶飯事。それを怪しいと言って問い詰めるなんて、それこそ普通ではありません。
でもやる。気になるもの。
私は音もなく近づき、馴れ馴れしく輪の中に顔を突っ込みます。
「そちらの御三方、楽しそうに何を話しているのでしょう?」
「うわっ! だ……誰だよ姉ちゃん!」
「私、テトラ・ゾケルと申します。東からの旅芸人であり、さる御方の奴隷を務めさせてもらっています」
急な登場に対し、子供たちは驚いてその場から離れました。ですが、この炭鉱都市では奴隷なんて珍しくもないのか、リーダー格の少年はすぐに冷静さを取り戻します。
私の後ろにはアリシアさんがいますからね。貴族のアリシアさんに仕えているのがこのテトラという奴隷。恐らくそう思ったのでしょう。
ため息をつきつつ、彼は文句を返します。
「急に驚くだろ……」
「驚くって……やっぱり悪いことをしてたの?」
「か……関係ないだろ!」
アリシアさんに指摘されると、少年は焦った様子で誤魔化しました。
怪しい……ですが、子供のお遊びなので考えても仕方ありません。それより、何か情報を聞き出せるかもしれないので、適当に会話しましょうか。
私が会話のネタを模索していると、大人びた少年が先に切り出します。
「ねえ、旅芸人なら芸とかあるの?」
「よくぞ聞いてくれました! 特別に私の人形劇を披露しましょう!」
これは渡りに船! せっかくなんで、私の劇によって親交を深めましょう!
カバンの中から人形をだし、その場で物語を考えます。そして、アリシアさんをそっちのけで、即席の舞台を開始しました。
子どもたちが筏を作り、宝島を目指す物語。少し雑ですが、子供だましという事で勘弁してもらいます。
やがて、劇を終えると三人は拍手をしてくれました。
物語自体はお粗末ですが、私には盛り上げるための語りがありますからね。二流程度かもしれませんが、それなりに自信はあるのです。
こちらを認めてくれたのか、リーダーの少年は自己紹介に入りました。
「姉ちゃんたち、結構凄い奴だったんだな。俺様はトマス! 街の教会に住んでるんだぜ!」
「ジェイだよー」
「あ……アステリです……」
ストローハットの彼に次いで、葉っぱをつけた少年と白い服の少女が自己紹介します。身なりは貧乏ですが、教育はしっかりしてそうですね。
トマスさんは教会に住んでいると言っています。恐らく、彼らは炭鉱で両親を失った孤児。教会でそれなりの教育を受けているのでしょう。
自分たちに自信があるのか、トマスさんはこんなことを言い出します。
「面白いもの見せてくれたし、お礼にジェイが魔法を見せてやるよ」
「えー、良いけどー」
教会では魔法の教育もしているんですね。まあ、グリザさんの魔法は水を少し出す程度でしたし、あまり期待は出来ないんでしょうけど。
子供のお遊びという事で付き合ってあげますか。感想が顔に出ないよう、注意しないといけませんね。
ジェイさんと名乗る少年は、私たちの前に出てしゃがみます。そして、ポケットから植物の種を取りだし、それを地面の中に埋め込みました。
「来たれ……神樹ー!」
彼が叫ぶのと同時。先ほどの種は芽吹き、見る見るうちに天高くへと延びていきます。
10メートル……いえ、これは20、30メートルは有に超えていますよ! これ、子供に出来る魔法なんですか!?
蔓のような深緑色の木。幹は徐々に太くなりましたが、やがて魔力を使い果たしてその場から消滅します。
うへー、見事です。これ、魔法を使うアリシアさん的にどうなんですか?
なんて思っていたら、彼女は興奮した様子でジェイさんの肩を掴みます。
「す……凄い凄い! ターリア姫にも負けない植物魔法だよ!」
「へえー、王家の魔法も大したことないんだ」
「ジェイくんが凄すぎるんだよ!」
まさかの王家クラスですか。偶然、天才児と知り合ってしまいました。
あまりにも感動したのか、アリシアさんは少年をぐおんぐおんと揺さぶります。大人しいと思っていましたが、テンションが上がると止められませんね……
トマスさんとアステリさんがドン引きする中、彼女はジェイさんに聞きます。
「誰に教えてもらったの!」
「えと……シスターのミテラ先生とジル先生が……」
「行こ! テトラちゃん行こ!」
えー、いつの間にか主導権を握られちゃってますし……
あ、でもでも! 上手くいけば教会に泊らせてもらえるかも! これはナイスです!
半ば無理やり、私たちは子供たちに同行しました。天才を生み出す教会……またまた混沌が始まりそうな予感がします!
ニヤニヤ笑いながら、私は炭鉱都市を歩いていきました。
キトロンの外れ、断崖絶壁からは遠く離れた林の近く。そこに小さな教会が立っていました。
木造の聖アルトリウス教会ですか。少しボロっちいですが、子供たちを守るには十分すぎると言えましょう。
よし、当面の宿は決定しましたね。私たちはお金に困っていませんし、金の力で泊めてもらいましょうか。
なんて悪だくみをしていると、奥の部屋から二人の女性が歩いてきます。
「シスターのミテラ・トラゴスと申します」
「ジル・カロルだよ。よろしく」
シスターのベール被った白髪の女性ミテラさん。母性を感じる優しそうな人です。
もう一人は彼女と同じ服装をした少女ジルさん。私と同じぐらいの年齢で、こちらを警戒した様子で見つめています。
そんな彼女を見たアリシアさんがあることに気づきます。それは、私のような異世界転生者には全くの盲点でした。
「あの、その顔に付けてるものってなんですか?」
ジルさんの特徴。それは、アンティークなデザインをした丸眼鏡をかけていることでした。
アリシアさん、もしかして眼鏡を知らない……? この世界に眼鏡はない……? ちょ、これってものすごく重要ですよね!
当然、突っ込みます。自分が異世界転生者と気づかれないように、それとなく突っ込みます! 話の本題にも関係ありますから!
「最近、このあたりで珍しい商品が開発されていると聞いています。もしや、それもカップラーメンというものと同種でしょうか?」
「みたいだね。これはこの街に住む怪人、ハイドという男によって作られたものなんだ。ハイドくんは優れた錬金術師で、最近ここで新しい商品を作ってるらしいよ」
少女は眼鏡を外し、それを私に手渡します。
これは見れば見るほどに眼鏡ですね。錬金術師という職業の人はこんなものまで作り出せるようです。
凄い技術だと分かりました。ハイドさん……いったいなに異世界転生者なんでしょうか……
って、二番の異世界転生者に決まってるじゃねーですか!
モーノさーん! 初日で特大情報を捕まえちゃいましたよー!
かなりキャラが増えます。
数名はキトロンだけの活躍かもしれませんが……