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68 カップ麺は技術の賜物でした


 ご主人様の家にて、転生者二人が人目もはばからずに叫んでいました。

 モーノさんは私の足を引っ張り、無理やり家から引きずり出そうとします。それに対し、私は衣装ケースに抱きついて意地でも動きませんでした。

 なんという幼稚な争いなのでしょうか。マーシュさんたちから白い目で見られますが、必死な私には関係ありません。


「いやだー! 行きたくないー!」

「駄々をこねるな! お前も異世界転生者だろ!」


 せっかく落ち着きを取り戻したのに、また混沌の真っただ中に行くなんて! そりゃー、少し楽しそうだとは思いますが……

 ですが、モーノさんたちは滅茶苦茶強い冒険者でしょ? 彼らと一緒に行動できるわけないじゃないですか!


「私はご主人様の操作がないと何もできませんし、戦ったら筋肉痛でぶっ倒れますよ!」

「別に戦わなくていい。だが、交渉はお前にやってもらいたいんだよ。俺が他の転生者と出会ったら、まず喧嘩になる自信がある。話し合いはお前の得意分野だろ?」


 う……私のチートを完全に把握されてる……

 確かにモーノさんに交渉を任せれば、話が拗れること間違いないでしょう。彼、愚直で走り出したら止まらない人ですからね。

 ですが、だからといって積極的にこちらから接触しますか? 把握が必用なのは分かってますが、今まで興味を示さなかったのに何で今更!


「互いに触れない方が良いってモーノさんが言ってたじゃないですか! 二番さんに迷惑ですよ!」

「いや、個人的に許せないんだ。思い出を汚されたようで……」

「思い出……?」


 二番さん、モーノさんの思い出を汚したんですか?

 ちょっと言ってる意味が分からないので、彼の言い分を聞いてみましょう。


「小さいころ、家族や友達と一緒に食べたカップ麺。安物かもしれないが、間違いなくごちそうだった。カップ麺は俺の青春だ……」


 なに言ってんだこの人。

 モーノさんは私の足から手を放し、右こぶしを握り締めます。そして、悔しそうに言葉を続けました。


「あいつにカップ麺の気持ちが分かるか! カップ麺はな! こんなことのために生まれてきたわけじゃない!」

「は……はあ……」


 知らねーよ! たぶん、カップ麺の気持ちが分かる人はあまりいないでしょう。

 モーノさんってこんなキャラだったんだ……完全に真面目な天然さんですか……

 これでも彼は真剣なようで、ガチで二番さんとの接触を考えてるようです。ま、私の世界にある技術を自分の発明のように使われるのはむかっ腹が立ちますけどね。気持ちは分かります。


 やがて、モーノさんは真剣な眼差しで私を見つめました。

 これは、本気で私の協力を求めてますね。う……そんな目で見つめないでください……

 体が熱くなってきます。ご……ご主人様が見てるんですからやめてください! 攻略されるー!

 そんな私の混乱も知らず、彼は説教を始めました。


「良いかテトラ。俺のような魔力やステータスでものを言わす異世界転生者は所謂テンプレって奴だ。でもな、お前の持つ心を通わす能力は特別に特別なんだよ。少しは有効利用しろ」

「でもでも、確かに心は繊細で残酷ですが、敵を倒すことは出来ませんよ! 特に私は殺生が嫌いですし……」


 まだ戦闘になるかは分かりませんが、モンスターと戦うのは嫌だなあ……確かに肉は食べますが、自分から殺しにいくのは簡便です! だって平和ボケした日本人だもの!

 根本から冒険者さんたちとは思想が違うんです。それでも私に期待しますか?

 否、モーノさんの答えは決まっているでしょう。彼は私がモンスターと戦えず、敵にすら感情移入することを知っていました。知ったうえで協力を求めているんです。


「俺は強い。どんな奴であろうと相手になってやる。だけどな、お前だけはもう二度と敵対したくないんだよ。お前ほど『強い』ではなく、『厄介』な奴はいなかった。二人で力を合わせば、確実に二番とのコンタクトはスムーズにいく」

「う……」


 なんですかそれ……まるで私の方が駄々っ子みたいじゃないですか!

 ああ、マーシュさんの視線が痛い! バートさんの視線も! アリシアさんもメッチャ私のことを求めてる! ご主人さまは……よく分かりません。

 彼は先ほどから分解したカップ麺を観察し、一人で唸っています。いったい、何を考えているんでしょうかね。

 見かねたアリシアさんが、ついに聞いてしまいます。あちゃー、これはめんどくせー話しになりますね。彼女も災難です。


「あの、なにをじっくり見ているんですか?」

「ふむ、よくぞ聞いたな。これを見てみろ。この小麦粉を細く縮れさせた物体。まさに芸術と言うべき画期的な処理が施されている。いや、小麦だけではない。エビや肉、味となる粉も人間の技術による賜物だ」


 目をキラキラと輝かせながら、ご主人様は自らの分析を語っていきます。

 彼は人形使いであり、優れた研究者でもありますからね。そりゃー、知らない技術を見たらこうなりますよ。

 カップ麺を知らない悪魔。彼は固まった麺を砕き、それをつまみました。


「小麦粉を練って伸ばしたもの、それを高温の油によって瞬間的に乾燥させている。理屈は分かる。水は油と交わらず、なおかつ熱によって蒸発するのだからな。だが、なぜ小麦は焦げない? これほどの密度をどうやって均等に乾燥させた?」


 む……確かにそうですよね。どうやって揚げてるんでしょう。

 モーノさんもキョトンとしてますし、これは分かりませんよね。普通に生きていれば絶対に知りえません。

 さらに、ご主人様は四角く固まった具、謎の肉をつまみました。こちらも疑問に思っているようです。


「まだある。この肉はどのようにして乾燥させたのだろうか。これは憶測なのだが、瞬間凍結したうえで真空状態に置き、水分を飛ばしたのではなかろうか? なんという発想か……気圧を上げるわけではなく、極限まで下げることで乾燥させるとは……」


 こうしてご主人様に言われるまで気づきませんでした。私たちが普通に食べていたカップ麺が、あらゆる技術による集大成だという事を……

 どれだけ血の滲むような研究があったのでしょうか? どれだけ苦悩し、どれだけの人に助けられて開発されたのでしょうか?

 私のようなお子様には想像も出来ません。それは気の遠くなるような話だと思います。


 カップ麺、それはまさしく人間のドラマでした。


「生み出した者にぜひ会ってみたいものだ。しかし、残念だ。これはこの世界には早すぎる。人の進化とは階段、段を飛ばせばいつか踏み外すだろう」

「テトラ、俺はこの世界に別の技術を持ち込んでも、それが幸福をもたらすなら大いに賛成だ。だが、今回ばかりは工程を蔑ろにしている。どうにも嫌な予感がして仕方がない……」


 モーノさんが抱く懸念、勿論私にも分かります。

 作られた商品の詳しい製造工程。はたして二番さんに説明できるのでしょうか? 民衆にそこを突っ込まれたら、矛盾による崩壊を招いてしまうのでは?

 マーシュさんとバートさんもようやくヤバさに気づいたようです。


「テトラさん、私にはなにが何だか分かりません。ですが、このカップ麺で事件が起きるのなら……貴方たちにそれを止めることが出来るなら……止めてほしいです」

「俺からも頼む。俺たちの世界の文化が、別の世界の文化に潰されるのは良い気がしない。あいつに協力してやってくれ」


 そうですよね……やっぱり、無視しちゃダメですよね……

 分かっていますよ。分かってますとも! 私も異世界転生者です!


「あーもう! 行けばいいんですよね! 分かりましたよ!」

「テトラ、感謝する」


 巻き込まれたからには全力で楽しんでやる! 目的地はキトロンの鉱山都市。ここからずっと西です。

 泥臭くて苛酷な作業場で、とても観光するような場所ではありません。ですが、新たな舞台へと足を踏み出すのはワクワクします。

 さてさて、狙うは二番さん! 四番と一番、今度はタッグで行きますよ!


 一人の転生者が、二人の転生者に勝てる道理はないのです!









 そんなこんなで、フラウラの街で旅立ちの準備をします。

 キトロンの鉱山都市までは馬車で丸二日はかかります。念入りに準備をして、想定外の状況にも備えておかないと。

 と言っても、冒険者でない私が用意するのは水と食料程度。武器やアイテムはあんまり持ち歩きません。

 重要なのは服ですね。流石に人形劇の道化衣装は着ていられませんから、ご主人様が作った私服へと着替えます。もっとも、一応大道芸人ですから派手めなんですけど。


 ご主人様は相も変わらず同行してくれないようです。

 せめて飛んで連れて行ってほしいのですが、「テトラ、お前はもっと世界を見るべきだ。旅の経験は無駄にはならない」とか言って拒否られました。

 ふん! 良いですよーだ! 私、馬車好きですもの! のんびり旅しますから!

 なんて、私は馬車で鉱山まで行くと思っていました。ですが、モーノさんがそれを否定します。


「テトラ、馬車での移動だと森を迂回することになる。徒歩で森を突っ切れば、半分の時間で移動できるはずだ。強い森のモンスターには魔除けのお守りも効かないだろう。だが、俺たちなら十分に突破できる」


 うーん、冒険者らしい発想ですね。やっぱり、モーノさんに同行しないとダメなんでしょうか……

 嫌だな……個人的な拘りなんですが、やっぱり嫌だ……

 このまま何も言わなければ、私は彼についていくことになります。やっぱり、勇気を出して自分の想いを言葉にしないと……

 はい、決めました。移動だけは別にしましょう!


「すいません。私は馬車で移動します。モーノさんたちとは別で行くことになりますが……」

「お前が戦いを嫌うのは分かってる。大丈夫だ。俺たちが絶対に守る」


 守るとか、守られるとか、そういうのじゃないんです。

 本当に、これはただの拘りなんです……


「死を見たくありません。そりゃー、凶暴なモンスターが襲ってきたら倒すしかないでしょう。ですが、自分が近道をするためにモンスターの住処に入って、怒った彼らを返り討ちにするのは違うと思うんですよ……」


 私……なに言ってるんでしょうかね……

 畜生相手に同情ですか? 自分はモンスターのお肉を食べてるのに、殺されるところは見たくないって……

 私の世界では、私の知らない場所でたくさんの家畜が殺されています。そんな事実から目を逸らして、ずっと生きてきました。

 だから、この世界でも見たくありません。血は嫌いです……


「こういう習慣って、人相手でも出てしまうものなんですよ。戦争の始まりって、こういうところなんじゃないかなって……どこかで回り道をして、譲り合いの精神を持たないと争いはなくならないと思うんです」


 避けれる戦いは避ける。避けれる殺生は避ける。それが私流です。

 はあ……絶対、変な奴に思われましたね。まあ、元々変な奴なんですけども。

 モーノさんは少しの間考えます。やがて、彼は目を瞑ると私に向かって言いました。


「……良いよ。俺たちも馬車で行く。たまには誰かに歩幅を合わせてみるのも良いだろう」


 早足のモーノさんが、どんくさい私に付き合ってくれました。

 それは確かな前進。歩幅は違いますが、心を合わせることは出来ますよね……?


 うん、戦おう。

 殺すのは嫌ですけど、戦うのはやろう! モーノさんにおんぶ抱っこじゃダメです!

 たぶん、今回も事件が起きるでしょう。今までの流れからして絶対起きる!


 だから戦います。

 私の異世界無双、ちゃんと魅せていかないと……



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