閑話6 希望への一手
ロバートさんに連れられ、私は城門前の草原に足をつけます。どうやら、モーノさんは街の外にいるようですね。
何度も打ち上がっていた花火は止まり、今は随分と静かになっています。
ですが、また賑やかになるでしょう。なぜなら、城門が少しずつ開き、兵士たちが雪崩込もうとしているのですから。
私をここに運ぶという役目を終え、ロバートさんが別れを告げます。
彼の本当の名前はラファエル。恐らく、主の命令でサポートを行ったのでしょう。
「じゃあ、ボクの役目はここまでだね。彼らは堀の方にいるよ」
「貴方たちアークエンジェルは、私たちを利用してどうするつもりですか……」
そう返すと、ロバートさんはしゅん……とうつむきます。あまりにも意外な反応に対し、私は動揺してしまいました。
な……なぜそんなにも悲しい顔をするんですか。疑われて当然でしょう!
こちらからして見れば裏があるように感じます。ですが、どうやら彼は本気で私を助けたかったようです。
「利用なんて悲しいことを言わないでよ。ボクはキミたちを助けたいと思って、独断で動いたんだ。でも、一つ頼みたいことがあるとすれば……」
やはり、頼みごとはあるのですね。
恐らく、その頼みごとはアークエンジェルの目的その物。私たち異世界転生者に与えられた使命。
それが、ロバートさんの口から明かされます。
「この国の……いや、この世界の病気を治してほしい。天使のボクには手を出せないんだ」
「そうですか。では、ズバリ聞きます」
彼は要件を濁しました。ですが、もう面倒なのではっきり言います。
目的なんて大体予想はついていました。アークエンジェルが動くほど恐ろしい存在。それに心当たりがありますから。
「この世界を蝕む病原菌。それはもしや、ベリアル卿という胸糞悪いゲスな悪魔ではないでしょうか?」
「あはは、酷い言われようだね。でもまあ、イエスと答えておくよ」
結局最後はベリアル卿にたどり着く。まったく、本当にろくでもない存在ですね……
あれほど危険な存在がマークされていないはずがありません。ですが、彼はその監視を掻い潜り、世界を悪意に満たしています。
天界でのルールを知り、グレーゾーンで引っ掻き回しているようですね。悪事を行わない悪人、狡猾かつ卑劣な存在と言えましょう。
ロバートさんは四枚の翼を広げます。そして、最後に私に対しての警告を行いました。
「悪魔ベリアル、彼は人の心を蝕む。気を付けてね」
力よりも恐ろしい人の心……
世界が彼を受け入れれば、彼を否定する存在が悪になる。戦乱こそが正義という思想が広がり、全てはベリアル卿の思うがままです。
絶対に異世界転生者の力を利用させたりはしません。今日、今から、私は自分の正体をモーノさんに明かします。
ですが、ベリアル卿のことを話すのはやめましょう。
あれは私の因縁ですから。
お堀の水辺、一人の少年が項垂れていました。
彼の手には真っ赤な何かが抱かれています。これは……どう見ても人、しかも女性ですよね。
死んでいるんですか……? いえ、治癒魔法によって何とか延命しているようです。ですが、体の半分が無残にも抉り取られていました。
状況は分かりませんが、少年はモーノさんで間違いないでしょう。彼はこうやって何人もの女性を助け続けたのですから。
「頼む……誰か……」
強力な治癒魔法ですね。ですが、それでも足りないほど傷が深い……
いったい、二人の関係は……? いえ、それよりもこの女性、以前会ったことがありますよ。
素朴ですが、ニヒルな笑みを浮かべていた少女。ベリアル卿のお気に入りである大道芸人、テトラ・ゾケルさんでした。
すぐに私は二人の傍まで歩いていきます。当然、モーノさんが気づきました。
「な……お前は……」
「どいてください。治癒の邪魔です」
少女を抱く彼を払いのけ、私はテトラさんに触れます。
彼女……呼吸も心臓も止まっていますね。ですが、確かに感じます。
温かい……まだ魂はここにある。
「治せますよ。私はそのために来ました」
自由気ままに、好き勝手に生きるために使おうともっていた力。それによって、私はテトラさんの傷を癒していきました。
ハートのエフェクトが散り、赤い光が彼女を包む。
消え去った身体半分が元に戻っていきます。赤く染まった衣服が元の色を取り戻していきます。圧倒的な治癒の力。これだけはモーノさんにも負けません。
「なんつー治癒魔法だ……お前はいったい……」
「助けてもらったと思うのなら、まず貴方から説明してください。彼女を傷つけたのは誰ですか?」
まだ敵がいるかもしれない……そう思った私はモーノさんに状況を聞きます。
静かに語り始める彼。どうやら、このような事になった原因はテトラさんの挑発にあるようです。
彼女は命を懸けて王都の空気を変えようとしました。それは、私がどうしても出来なかったこと……
人々の意識を変える。ベリアル卿の野望を止める唯一の手段。
自分が情けなくて瞳が潤みます。ですが、同時に自分の命を捨てて行動するテトラさんが許せない……
確かに正しいかもしれません。それでも、自らの命を軽視する彼女のことを考えると、涙が止まらなくなりました。
当然、モーノさんが首をかしげます。
「なぜお前が泣く? そいつは会って間もない他人のはずだ」
「分かりません……ですが、まるで自分の事のように心が痛みます」
テトラさんだけではありません。モーノさんに対しても、まるで双子の兄妹のような親近感を感じます。
こんな感覚、今までに感じたことがありません。私はおかしいのでしょうか……?
モーノさんと私、そしておそらくテトラさんも異世界転生者でしょう。私たち五人には何らかの関係がある? 偶然選ばれたのではない?
五人の共通点……
それは……
トラックに轢かれた事。
同じ時間に、五人轢かれた……?
それはあり得ない現象。確かな違和感がそこにありました。
治癒したテトラさんを色々あって殴り飛ばし、私は一人草原を歩きます。
王都は姫の救出によって大混乱ですし、足を運びたくはありません。それより、私にはやらなくてはならないことがあります。
徒歩でフラウラの街に戻る途中、再びあの悪魔と出会ってしまいました。どうやら、私の用事が終わるのを待っていたようですね。
「事件は終わりましたよ。今更邪魔をしても無駄です」
「失敬な。私は貴方の困る顔を見に来ただけでした。邪魔をするつもりはありませんでしたよ」
嘘ではないようです。ベリアル卿にとって、私の行いなど問題ではないのでしょう。
ですが、こちらも見下されっぱなしではありません。
これでも、色々と調べているんです。このカルポス聖国がどうやって生まれたのか……聖国の大臣として即位し続けたファウスト家とは何なのか……
「確信しました。このカルポス聖国は貴方が作り出した舞台装置。貴方はこの国の誕生から王に取り入り、何百年も操作し続けていたんです。歴代のファウスト家の頭首は全員貴方なのでしょう?」
「ご名答、私がこの大国を育てました。全ては人々の幸せを願ってですよ」
人々の幸せを願って……? 違う、ベリアル卿は世界に悲しみをもたらすために聖国を作ったんです。
聖アルトリウス教こそが絶対的な正義だと刷り込み、周辺国を滅ぼすように誘導していた。それに加え、冒険者ギルドのシステムを作り、モンスターという国民共通の敵を認識させた。
ですが、それだけではありません。ベリアル卿は自ら語り始めます。
「レベル! ステータス! スキル! 魔法! 装備! モンスター! 全て貴方がたの望むシステムを取りそろえた! 何が不満か、さあ思うように異世界無双をすればいい!」
まるでゲームのような聖国周辺のシステムすら、彼が意図的に生み出したもの。私たちの世界が単位や寸法の概念を作ったように、彼はRPGのシステムをこの聖国で数値化したのです。
ベリアル卿は異世界転生を知っている……そして、私たち転生者が異世界無双によって世界を掻き回す様を嘲笑っていた。
恐らく、今回だけではない。今までに何度も転生者によって世界を混沌に導いたのでしょう。
彼はトランプを取りだし、そこからスペードのエースを引きます。そして、それを人差し指に立て、くるくると回しました。
「好きなように力を行使し! 好きなものを手に入れ! 好きなように世界を壊す! それが貴方がたの異世界無双でしょう!?」
瞬間、私の中で何かが切れました。
ふざけないでください……こいつだけは……
こいつだけは絶対に許せない!
「違う……!」
私は叫びました。同時に強い突風が草原に吹き荒れます。
まさに神風。ベリアル卿の手からスペードのエースが離れます。そして、それは宙を舞って空高くへと飛んで行きました。
異世界転生者は貴方の思うようにはならない。私がそうさせない!
「異世界無双は望みです! 欲望に染まった自由の先に未来なんてない! 正しい望みは誰も傷つけたりなんかしません!」
「では、問いましょう。貴方にとっての正しさとは何か? 明確な正義を説明できますか!」
以前の私なら言葉につまっていたでしょう。ですが、私はテトラさんの精神世界でピーターさんから聞きました。
異世界無双は望み、私たちの能力には無限の可能性があります。
可能性がある限り負けません。ですから、答えはもう決まっています。
「簡単です。ベリアル卿、貴方の野望を止めること。それが絶対的に正しい正義です。私は貴方の野望を阻止する。例え世界が貴方の味方をしようと、私は貴方の敵であり続ける!」
私は目の前の悪魔に言い放ちました。
「それが私の異世界無双です!」
ベリアル卿の力は強大。それに加え、悪事を行わない彼を裁く権利はありません。
ですが、テトラさんとモーノさんが教えてくれました。悪い空気は……世界の闇は人々の意識で変えることが出来ます。今回の事件がその証明。
ベリアル卿はモーノさんを精神的に追い詰め、やけになって世界を歪めることを狙っていたのでしょう。しかし、その野望は二人の絆によって打ち砕かれました。
「テトラさんとモーノさんはずっと、貴方の作りだした闇と戦っていました。そして王都の空気を変え、新しい流れを作ったんです。認めてください。貴方はあの二人に負けたんです」
言ってやりました。
はっきりと彼に……ベリアル卿に敗北を告げました。
悪魔の口が僅かに歪みます。
ですが、すぐにその歪みは湾曲し、邪悪に満ちた笑みへと変わりました。
「フフ……ハハッ! 光! 光! 光! 世界! 世界! 世界! なぜこうも美しく輝くか!」
月の光を浴び、彼は両腕を広げます。
「大いなる主よ! 私を人と巡り合わせてくれたことに感謝いたします! 異世界転生者の……異世界無双の可能性! この目にしかと焼きつけましょう!」
よ……喜んでる……
この悪魔は自分の敗北に歓喜しています。まるで、足掻く人という存在に感化されているようですね……
プライドで固められた完璧主義者。私は彼のことをそう思っていましたが違います。むしろ不安定かつ不完全。どこまでも人間らしい悪魔だったのです。
ベリアル卿は再び手を差し伸べます。どうしても私をそばに置き、異世界転生者を間近で見たい。そんな彼の意思を感じました。
「来なさい。私を阻止したいのならば、その元につくべきです。安心してください。決して貴方を傷つけたりはしないと誓いましょう」
「悪魔である貴方を信じろと……?」
向けるのは疑惑の眼差し。それに対し、彼はいつも通りの薄ら笑いを浮かべます。
「私は人を騙しますし嘘もつきます。ですが約束は守ります。悪魔ですから」
矛盾しているようで筋は通っていますね。それに加え、ベリアル卿は警告を行います。
「ただ、一つ覚えておきなさい。正義などと言うものは、大多数の承認によって成り立つものです。何者にも認知されていないそれは、正義などではなく単なる独善ということを……」
分かっていますよ。だからこそ人々の心をつかむ必要があるのです。
このカルポス聖国……いえ、この世界の全てがベリアル卿を否定する世の中。絶対に作ってやります。
四面楚歌の中、貴方はどんな表情をするのでしょうか?
楽しみに思いながら。私は彼の手を握りました。