表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/248

閑話5 四大天使


 私、トリシュ・カルディアは今、信じてもいない神に向かって祈っています。

 ここはフラウラの街にある教会。ここでは毎朝、熱心な聖アウトリウス教の方々がお祈りをしています。

 老若男女、農民に兵士さん、皆さん本気で神様を信じているのでしょう。一応、仏教徒である私にはちょっと気が引ける場所でした。


 なぜ私はここにいるのか、なぜ祈るはめになったのか。

 その原因はメイドのゲルダさんにあります。


「どうでしょうトリシュさん。教会で神に祈れば、心が洗われるとは思いませんか?」

「そ……そうですね……」


 氷のように冷たい印象だった彼女は、熱心なアルトリウス教徒でした。

 このカルポス聖国は国民全員が信者なのですが、彼女はその中でも本物。なぜ修道女を志さなかったのかと問い詰めたいところです。

 目を瞑り、まるで一枚の絵画のように祈るゲルダさん。母性溢れ、まるで本物の聖女のようです。最も、彼女の本質は雪の女王なのですが。


 私はそんなゲルダさんに合わせ、祭壇に置かれた長剣に祈ります。

 この剣は聖剣コールブランドのレプリカ。聖アウトリウスが泉の精エレインから授かったもので、アルトリウス教のシンボルにもなっています。

 私の世界で言う十字架ですね。武力にものを言わせる聖国に相応しいシンボルかもしれません。


「神の声を聞く預言者が、剣を携えているのも不思議な話ですね」

「アウトリウス様は聖騎士ですから。この国では彼の名を語り、他国に攻め入ることを聖戦と呼んでいます。あまり大きな声では言えませんが、私はそれが神の意思だとは思いませんが……」


 周囲の空気が個人の意見を殺し、聖国こそが正義だという思想が根付いています。恐らく、主という絶対神の存在が影響しているのでしょう。

 日本人では八百万の神々という思想があり、神とは複数の存在を示しています。ですが、アウトリウス教含めた聖国周辺の宗教は、主を唯一神と見ていました。


「主とはどんな方なのでしょう。絵画も像も禁止されていますし……」

「目に見える存在が神とは限りません。主とは天であり、地であり、人であり、真理であり、私であり、貴方であり、そして世界でもあります。それが、全知全能の極み。0と∞という存在です」


 偶像化が禁止され、姿形のない存在。それが多くの宗教の根本にある全知全能の神。

 宇宙を作ったのは彼一人であり、他の神を認めていません。

 徹底されていますね。信者の数、世界への影響力から見ても明らかに抜きん出ています。


 そんな主の端女を名乗るジブリールさん。彼女からの手紙が切っ掛けで私はここにいます。

 私の異世界転生はある女神、褐色肌の少女によって行われました。

 ですが、それを斜め上の角度から見下ろし、導こうとしている存在がいます。


 それが主。そして、彼に仕えるジブリール。


 調べる必要があると思い、詳しそうなゲルダさんに聞きました。その結果、教会へと同行する羽目になってしまったのです。

 正直、ただの布教に捕まったと思いました。ですが、彼女の口から驚くべきことが語られます。


「主は姿形がないので祈れません。ですから、私たちは彼の啓示を聞いた聖アルトリウスさまに祈ります。間接的であれ、主のお言葉を聞いた存在は預言者。そして、偉業を成し遂げれば救世主メシアと呼ばれます」


 間接的でも預言者……?

 待ってください。では、主の言葉をジブリールさんから聞いた私は……?

 いえいえいえいえ、待ってください! 待ってくださいよ……! ないでしょう! それは流石にないでしょう!


 私が預言者とかないでしょう!


 い……いたずらです! これはジブリールさんが行った壮大ないたずら! 神の端女が普通の便せんでメッセージを送るはずがないでしょう! 罰当たりにもほどがあります!

 ドアの向こうには誰もいませんでしたが、きっと魔法か何かで手紙を転送したんです! そうに違いありません!


 そう思った数日後、私にとって……

 いえ、私たち転生者にとって大きな事件が起きました。











 深夜、ふと目が覚めました。

 ベリアル卿の屋敷にて、私は窓の外に目をやります。


 小さく見えたのは、色取り取りの花火……


 草原を超えた先にある王都。距離は離れていますが、高く大きく鮮やかなそれはここからでも視認できます。

 この世界に花火なんて存在しません。これを打ち上げたのは間違いなく異世界転生者でしょう。

 誰が……? 今確認されている異世界転生者はモーノさん一人。先日、彼は王都で暴れるドラゴンを退治しました。あの場に滞在している可能性は高いでしょう。


 こんなにも露骨に現実世界の知識を晒したのは初めてです。

 何のために……? 彼の身に何が起きているのですか……?


 心臓がドクッドクッと鼓動します。

 癒の異世界転生者、その血液が全身に巡ります。


 私たちは死からの転生という禁忌を犯しました。

 ですが、それは私たちが認められたからこその許容。ジブリールさんは誇りを持つべきだと言ってくれました。未来は輝きに満ちている。そう言って励ましてくれました。

 便箋に描かれていた文字は異世界のもの。上手い下手は分かりませんが、それでも思いは伝わるものです。


 彼女が偽物だろうと、本物だろうと関係ありません。

 その思いを裏切りたくない!



 私は部屋の窓に足をかけます。そして、そこから地上へと飛び降りました。

 身体は一気に降下し、やがて地上へと衝突します。同時に、鋭い痛みが全身に走りましたが、すぐに治癒魔法によって回復させました。

 いくら身を削っても、すぐに治癒してしまえば無敵。問題はありませんね。

 ベリアル卿に気づかれたくない。私は魔法で宙に光を浮かべ、街の外へと走り出しました。


 これは完全に直情に身を任せた行動です。走って王都に行くなんて馬鹿げています。ですが、心臓の鼓動が収まらず、私は草原を駆けていました。

 深夜なので馬車はなく、瞬間移動魔法も使えません。ですが、私にはこの治癒魔法があります。失った体力を回復させ、永遠に走り続けることだって出来る自信があります。


「ですが、それではとても間に合わない」


 そんな私の前に、一人の男が立ち塞がります。

 白いローブを羽織った赤毛の悪魔。私を引き取ったフラウラの領主。

 絶対に会いたくなかった悪魔、ベリアル卿でした。


「貴方が王都につくころには、事件は収束しているでしょう。夜の草原はモンスターも凶暴です。さあ、屋敷へと帰りましょう……」

「貴方は私を他の転生者に会わせたくない。だから、自分の傍に置いているだけでしょう……?」


 私は足を止めました。止めざる負えません。

 今日初めて、彼は私に対する妨害行為を行いました。その意味をよく分かっていたからです。

 怖くないと言ったら嘘になるでしょう。人間相手なら軽く無双する自信がありますが、彼は正真上銘の悪魔。転生者と同等か、あるいはそれ以上の力を持っているのは確かです。

 ベリアル卿は優しく笑っていました。だからこそ、余計に恐れを感じます。


「私が貴方をそばに置く理由と、帰宅を勧める行為に関係はありません。貴方を思っての行動です……」


 手を差し伸べ、ゆっくりと近づくベリアル卿。もう戦うしかない……!

 私は右手を握り締めます。そして、その拳に肉体強化の魔力を込め、大きく振りかざしました。

 こいつをあのスカし顔に思いっきり叩きつける! 絶対にできます。私は異世界転生者、例え癒が本命であっても、こんな胸糞悪い悪魔には負けません!


 初めて、自分の覚悟でここまで来たんです。

 私は感情のままに拳を振りぬき、ベリアル卿の顔面に叩きつけました。


 が……


「元気が良いですね……そのような人は好きですよ……」


 私の拳は彼の顔を突き抜けました。まるで、気体を殴ったかのように何の手ごたえもありません。

 それもそのはず、殴られたベリアル卿の右頬は別の存在へと変わっていました。


 闇夜に揺らめく真紅。それは炎……

 彼の身体は業火へと変わっていたのです。


「炎の堕天使。そう呼ばれていたこともありました。シンプルで分かりやすく、何より美しい能力だとは思いませんか?」


 相手が炎では殴れないのも当然。これでは回復によって負けることはなくても、勝つことも絶対に出来ません。ベリアル卿の思惑通り、時間だけが過ぎていくでしょう。

 彼を突き抜けた右手は炎に包まれました。ですがまったく熱くありません。こんな状況でも、彼は絶対に人を傷つけないと決めているようです。


「先に進みたいのならば進めばいい。ただし、貴方は間に合わない。私を倒すことも出来ない。無力さを感じ、涙する意味があるのならば、さあ足を踏み出しない。私はそれを嘲笑うだけです」


 拳を解き、後ずさりをします。自然と涙腺が緩んできました。

 なにも……出来ない……? 初めて屋敷を飛び出して、自分の足で進むって覚悟したのに……

 私、ただ泣いてるだけじゃないですか……ベリアル卿の傍につくことは自身の望み。いつか、その悪事を明るみにするって決めたのに……


 悔しくて悔しくて……

 哀しみが溢れて……



「よく戦ったね。キミの勝ちだよ」


 諦めかけたその時、草原に第三者の声が響きます。

 それと同時に、ベリアル卿の上半身が何らかの攻撃によって吹き飛びました。


 当然、炎の身体には効果がなく、散った火の粉は再び人の形へと戻ります。ですが、私は確かに感じました。彼が初めて、僅かな焦りを見せていると……

 ベリアル卿の足元には一本の矢が刺さっています。さっきの攻撃の正体はこれですか、いったい誰がこれを……

 すぐに振り向き、乱入者の顔を見ます。


「ベリアル、確かにキミは悪事を行っていない。でも、胸糞悪い奴をぶっ飛ばすのは気分が良いよね」

「とても治癒と浄化の天使とは思えない言葉ですね。四大天使アークエンジェルラファエル……」


 現れたのは、いかにも冒険者という風貌をした青年。弓を持っているので、さっきの攻撃はこの人が放ったのでしょう。

 緑のマントを羽織り、赤い羽根のついた帽子をかぶっています。弁当や水筒などの身支度を体中にぶら下げ、とても天使には見えません。

 そんな彼がアークエンジェル……? ラファエル……? 私は耳を疑います。


「その名前で呼ばないでよ。この世界ではロバート・アニクシィで通っているからね」

「フラウラの冒険者ギルドでお告げ事件がありましたが……まさか貴方とは……」


 アークエンジェルの称号を持つ者はミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四人のみ。大いなる主を含めても、彼らは間違いなく天界で五本の指に入る存在です。

 そんな彼が目の前に……では、やはり私が預言者というのは本当……?

 頭がいっぱいで理解が追いつきません! ですが、そんな私を放置してベリアル卿は会話を続けます。


「異世界転生者に対し、いよいよ貴方が出たという事ですか。これは恐ろしい」

「キミは大きな誤解をしている。ボクが出た? 違うね。『ボクたち』が出たんだ。死者の転生という世界のルールに背く行為。それが許されている意味をよく考えた方が良い」


 物腰が柔らかそうなロバートさん。ですが、その優しい瞳からは確かな殺気を感じました。

 彼はベリアル卿に背を向け、こちらへと歩いてきます。そして顔を近づけ、右手をそっと握りました。


「さあ、王都まで送るよ。あとはキミ次第だ」


 するとその瞬間、周囲にエメラルドグリーンの光が広がります。

 光源はロバートさんの背中から生えた四枚の翼。普通の天使は二枚の翼なのですが、彼の場合はその倍。正真正銘、大天使に見られる特徴でした。

 何も言えないまま、私の身体は空中へと浮き上がります。ロバートさんが翼を羽ばたかせ、飛行を始めたようですね。


 見知らぬ天使に抱かれ、私は王都へと運ばれていきます。

 ここからが私の戦い……何が待っているのか、この目で確かめる以外にないでしょう。


 私だって異世界転生者です。私にしか出来ないことが絶対にあります。

 それを他の転生者に見せつけてやりましょう!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ