64 バッドエンドは許されないようです
まぶたを開けると眩い朝日が見えました。
ここは城壁の向こう側、街の外に作られた堀の沿い。どうやら、戻ってきたようですね。
右手を動かすと確かに感覚があります。消し飛んだはずの右半分がちゃんと残っていました。
「あ……生きてる……」
まるで、さっきまでの事が夢のようです。誰かの温もりを感じた私は、すぐに顔を見上げました。
腕を回し、優しく抱擁する少女。失った意識の中で、私を引っ張り上げてくれた少女。同じ異世界転生者のトリシュさんでした。
目を覚ました私は、開口一番で彼女に聞きます。
「トリシュさん……貴方が私を助け……」
「糞バカァァァ!」
ですがその瞬間、私は鉄拳によって殴り飛ばされます。思わず、「ぐほっ……!」と格闘ゲームのような声が出てしまいましたね。
い……痛い……でも、生きてる! 私、まだ生きてますよ!
すぐに、モーノさんがトリシュさんを抑えました。どうやら、かなりご立腹な様子です。
「お……おい……!」
「糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ糞バカ!」
ただただ、罵られ続けます。これは完全に怒ってますね……
彼女の声は少しずつ弱々しくなっていきます。やがて、叫び疲れたのでしょうか。少女は項垂れるように座り込みました。
「糞バカ……」
伏せる視線。止まらない涙。それを見て、ようやく私は最低なことをしたと気付きます。
会って間もない私を本気で怒ってくれた。本気で涙を流してくれた。
それが嬉しくて……申し訳なくて……
心の異世界転生者の心はポッキリと折れてしまいました。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
釣られるように泣けてきましたが、すぐにそれを抑え込みます。まだ終わっていません。号泣するのは全部解決した後です。
それにしても、謝ってしまったので私の負けですか。
でも、良いんです。モーノさんも納得してるみたいですから。
「はは、腰が抜けた……情けねえ……」
安心して気が抜けたのか、彼も同じように座り込みます。ずっと、この人も気を張っていたんでしょう。
ですが、完全には心を許してないのか、疑惑の眼差しをトリシュさんに向けます。どうやら、私が寝ている間に何かがあったみたいですね。
「さっき、テトラは明らかに死んでいたはずだ。まさか、蘇生をしたのか……」
「死んだと言っても、魂はそこにありました。脳が停止しても生き返ることは、医療の世界でもよくあること。貴方の考える蘇生とは根本から違います」
「何にしても、通りすがりの一般人ってわけじゃなそうだな」
嘘、私死んでたの!? マジでかー。まあ、ゾンビなったのとは違うみたいですし、五体満足なら良しとしましょう。
とにかく、今はトリシュさんの事ですね。いよいよ誤魔化せないと思ったのか、彼女はキッと眉毛を釣り上げます。
そして、ずず……っと鼻水をすすりつつ、涙目で頭を下げました。
「三番、癒の異世界転生者。トリシュ・カルディアと申します」
三番……一度、女神の部屋で会っていますが、あんまり覚えてないですね。
それより印象的だったのは、盗賊さんのアジトで出会った時です。あの時、彼女は治癒魔法によってバートさんの傷を全治させました。それは、転生者の力によるものだったようです。
何で私を助けてくれたんでしょう。ずっと、私が転生者だと気付いていた……?
「私が転生者だと気付いて助けたんですか? フラウラからわざわざ王都に出向いて……」
「貴方も転生者なんですか? 私はモーノさんのサポートに来ました。こちらが全てを知っていると思っているのなら、それは買いかぶりです」
ありゃありゃ、トリシュさんも状況を分かってないじゃないですか。これ、転生者三人そろって、それぞれが動向を理解していない……?
でも、モーノさんのサポートに来たという事は、彼が転生者だとは知っていたみたいですね。この世界に来てから、いったい彼女は何をしていたのでしょうか。
すぐに、モーノさんがそれを指摘します。
「俺が転生者だとは知っていたみたいだな」
「私が転生した日以降に貴方が名を上げたのは知っています。派手に動きすぎですよ」
まあ、そうなりますよね。私も怪しいと思ってましたもの。
トリシュさんは袖で涙をぬぐい、私たちを見つめます。そして、ある取引を持ちかけました。
「今回、私の手助けを快く思っているのなら、これ以上の追及は控えてほしいところです。こちらにも複雑な事情があり、貴方たちと積極的に関わりたくはないのです」
えー、貴方が勝手に関わってきたんじゃないですかー。まあ、こっちは二回も助けられているので、一切の文句も言えませんが。
そんな彼女の態度に対し、モーノさんは大きくため息をつきます。そして、用件を飲みつつも忠告を行いました。
「別にかまわないが、自分の身は自分で守ってくれよ。五番は技の異世界転生者。奴はスキルやステータスを『盗む』。お前の癒を奪われたらこっちが困るんだよ」
「む……善処します」
モーノさんの方はモーノさんの方で複雑な事情があるようです。そう言えば、妖精王の命令でヴィクトリアさんを止めに来たみたいなことを言ってましたね。私の知らない何かがあるんでしょう。
まるで、転生者一人一人が主人公のようです。一癖も二癖もある彼らと心を繋ぐことなんて出来るのでしょうか?
まあ、やるにしろやらないにしろ、仲良くするに越したことはありませんが。
少しすると、こちらに向かって男女二人が走ってきます。
一人はこの国のお姫さまであるターリア姫。もう一人は盗賊をやめた冒険者のアリーさんでした。
恐らく、アリーさんの空間魔法によって城壁を抜けてきたのでしょう。やっぱり、この能力は使い方次第で色々出来ますね。
「テトラ、大丈夫か!」
「よくもテトラを! あたちが相手だ!」
アリーさんが私に駆け寄り、ターリア姫がモーノさんに飛びつきました。
流石に年下の少女、しかもお姫様を蹴散らせるはずはなく、モーノさんは彼女を両手で受け止めます。同時に、ターリア姫の足元から茨が生え、彼の両腕を傷つけました。
私が死んだと思っていたのでしょうか。姫の目には涙がたまっています。これは冷静じゃないですね。
なんとか落ち着かせようと思いましたが、その心配はいらない様子。モーノさんはちゃんと分かっていました。
「大丈夫だ。敵意はないよ」
「……ふん、テトラは無事なようだし、これぐらいで勘弁してやる!」
彼も色々ありましたし、以前より器が大きくなりましたかね。アリーさんもいますし、ここで敵意がないことを見せつけたのは大きいでしょう。
ターリア姫もアリーさんも肩の力を抜きます。以前として状況は分かっていないようですが、丸く収まったという事は理解しているようでした。
「結局、和解って事で良いんだよな? はあ……光に飲み込まれたときはどうなる事かと思ったよ……」
「テトラ、あまり心配をかけるな!」
やれやれといった様子のアリーさんに、口を尖らせて怒るターリア姫。
二人とも、色々と迷惑をかけてごめんなさい。最後は撃沈されるつもりで協力してもらったなんて、口が裂けても言えませんけどね。
とにかく、これで役者は揃いました。
さって、仕上げに移りますよ! 私はこのために命を懸けたんですから!
「モーノさん、ターリア姫救出の手柄は貴方のものです。これから、貴方は姫の護衛を強要され、その自由は大きく奪われることでしょう。ですが、それでも背負ってください。貴方の自由で誰かを不幸にするのは悲しいことなんですから……」
トリシュさんとアリーさんの表情が変わります。この二人も私の目的が分かったみたいですね。
時計塔の間でピーター先生が言っていました。私たちの能力は、理想の世界で理想の自分になりたいという望み。誰かを不幸にする望みなんて持っちゃダメですよ。
私の頑張りを評価してか、モーノさんの心は完全に折れた様子でした。ここまでの大事件を起こしたんです。ノーという答えなんて認めませんから。
「分かった。いや、ここはありがとうと言わせてほしい。自由だったら、こいつを守りながらでも求めることは出来る。だけど、失った信頼は二度と手に入らないからな……」
彼は聖国を敵に回してでも好きに生きるつもりだったんですね。
それは世界をいたずらに混乱させ、戦乱へと運ぶ暴挙。やっぱり、命を懸けてでも止める価値はあったんだと思います。
今回の事件により、聖国民は国の宝であるターリア姫を失う事に恐怖するでしょう。そして、その恐怖を打ち払うのは彼女を救出したモーノさん。彼が護衛につくことを皆が望むはずです。
加えて、私は国王さまに入れ知恵をしていました。いつか主の巡り合わせによって適した護衛が現れると……
これにより、モーノさんの徴兵はなし! 一件落着です!
滅茶苦茶強い護衛がつくことにより、ターリア姫の世界も広がることでしょう。彼女はすぐに状況を理解し、モーノさんの肩に飛び乗ります。
「よし、行くぞあたちの護衛係!」
「まだ決まってないのに図々しい姫だな……あと、そうだ。そこのアリーって奴。俺と一緒に来い」
姫を肩車しつつ、彼はアリーさんの同行を希望します。
後ろめたいことがあるのか、絶対に目を合わせようとはしません。しかし、そこには冒険者としての葛藤がありました。
「俺はお前の仲間を皆殺しにした。その責任を果たす義務がある。だから、今回の姫救出にお前を協力者として迎え入れたいんだ。砂漠の民としての地位、少しでも確立できるかもしれないからな……」
「あ……ああ! 是非同行させてくれ!」
やっぱり、ベリアル卿に言われたこと気にしてるじゃないですか! 本当に力は強いんですけど、心の方は超繊細なんですね。
モーノさんはアリーさんにとって仲間の敵でしょう。ですが、それでもアリーさんは提案を受け入れます。
こういうドライで変わり身の早いところが彼の良いところです。話しが拗れなくてこっちも助かりました。
城門が開き、英雄モーノが街へと帰還します。
残された私とトリシュさん。転生者女子二人はそこである会話をしました。
「テトラさん、貴方が目覚める間にモーノさんから聞きました。本当に貴方は命を懸けるつもりで戦ったのですか?」
「死ぬかもって話ですよ。そうならない方法も考えてありました」
「いったいどうやって?」
私はドヤ顔で完璧な策を語ります。
「以前、貴方はバートさんを治癒してくれたでしょう? また助けてくれるのではと期待してました」
その滅茶苦茶な策に対し、トリシュさんは目を丸くしました。
完全に後付のように感じるでしょう。ですが、私は貴方が転生者だと疑っていましたし、巡り合わせによってその救済を受ける可能性はあったと思います。
なーんて、やっぱり後付ですかね? トリシュさんはため息をつきながら、私の前に立ちます。
「では、貴方は会って間もない私が、都合よくこの場面で現れるとでも?」
「はい!」
瞬間、彼女の鉄拳が私の下顎から振り上げられます。
「余計糞バカだァァァ!」
見事なアッパーカットでした。恐らく、強化魔法によって自己を強化しているのでしょう。
声にならない叫びをあげ、私はお城の堀へと着水します。まさか、助けてもらった少女に再び沈められるとは……
どんどん意識は遠のきますが、流石にご主人様が助けてくれますよね?
まあ、とにかく!
一番と心を繋げた。
あと三人。