63 ☆ 長い夜が明けました ☆
合わせ鏡のように向き合う二人の転生者。
王都の風は止まり、静寂に包まれます。
城壁の向こうに広がる広大な草原。その水平線の彼方から徐々に光が広がっていきます。
今、長い夜は終わり、夜明けが訪れました。
それは道化の時間が終わったことを意味し、主人公の勝利を予兆しています。
「貴方がどんな魔法を放っても、全部打ち消してやります! だから、全力でかかってきてください!」
「言ったな……なら、とっておきのとっておきを見せてやる! 後悔するなよ!」
後悔なんてするはずがありません。なぜなら、貴方は完全に騙されているのですから。
気分の乗ったモーノさんは、その両手に眩い光を集めていきます。これが正真正銘の本気ですか。地形を変えたあの炎魔法以上の威力なのは確実ですね。
やっと、本気で戦える相手と巡り合えたと思ったのでしょう。彼は喜びの感情を表したまま、その魔法を放ちました。
「四属性の上を行く光魔法だ! さあ、受け止めて見せろ!」
眩しい……全てを掻き消す破滅の光……
動きは光速のはずですが、なぜか私はそれを見れました。まるでSFのレーザー光線のようです。
今の私なら防ぐことが出来るかもしれない。この【流星のコッペリア】を使えば……
ですが、私は力を解除し、瞳から星の紋章を消しました。
迫る光の大魔法。それを前にして、私は無抵抗のまま両腕を広げます。
そして、今できる全力の笑顔で、モーノさんに最後の言葉を放ちました。
「頑張ってください。プレイボーイさん!」
私の笑顔を見た少年。その表情が一瞬にして凍りつきます。
彼の中で全てが噛み合ったことでしょう。なぜ、姫をさらったのか。なぜ、王都を混乱に陥れたのか。なぜ、自分に戦いを挑んできたのか。
なぜ、命の危機に瀕しても笑っていたのか。なぜ、挑発するような真似をしたのか。なぜ、心を繋げようとしたのか。
全てが噛み合ったとき、それは絶望のフィナーレを確信させます。
すぐに、モーノさんは右手を振り払い、魔法の軌道を変えました。ですが、それはあまりにも遅く、衝突の回避には至りません。
私の心に震えた声が響きます。
『そうか……テトラよ……』
愕然と肩を落とすご主人様の姿。それが閉じた瞼の下に浮かびました。
同時に、破滅の光が私の右半分を奪い去ります。
『お前は始めから……勝つ気などなかったのだな……』
あはは、みーんな騙された。この舞台の主人公は私ではなく、モーノさんだったんです。
正義の騎士が悪の道化師を倒し、姫様を救うというありがちな物語。私はずっと、その舞台を演じ続けていました。
国民すべてがモーノさんの力量を認め、ターリア姫の護衛としてつくことを望む展開。そんな都合のいい幕引きになるためには、どうしても悪役が必用だったんですよ。
「ざまあ……みろ……」
私はモーノさんと心を繋げました。それは彼の攻撃によって命を落とし、やがて絶望させるための策だったというわけです。
これで、ヴィクトリアさんを奪われた憂さを晴らし、ぎゃふんと言わせてヴァルジさんとの約束を果たしました。
マーシュさんには彼を救ってほしいと言われましたが、刺激を与えたことで救済にもなるでしょう。ついでにターリア姫に自由を与えることになりますし、ぜーんぶ解決です。
「私の……勝ちだ……」
魔法の威力によって、私は空中へと投げ出されます。その体は城壁の向こう、朝日に染まる草原へと吸い込まれていきました。
身体が重い……それとも軽い……? 朦朧とする意識の中でも、自分が落下しているのは分かります。右半分の感覚がありませんが、不思議と痛みもありません。
傷口、見てみようかな。やっぱ、グロそうだからやめとこ……
今ままで色んな人に助けられてきたけど、今度こそお終いかな……
ご主人様、これは私の望んだ結末です。助けなんていりませんからね。
『そうだな。助ける必要はない』
容易く切り捨てるご主人様。ですが、それには理由がありました。
『「私」はな』
彼の言葉と同時に、ロバートさんに言われたことを思い出します。
大丈夫だよ……
キミが本当に正しいことをするのなら、きっとみんなが守ってくれる……
誰もキミを死なせたりなんかしないんだ……
「テトラアアアァァァ……!」
「モーノさん……!」
私を追って城壁から飛び降りたモーノさん。彼は魔法によって落下速度を速め、私に追いつきました。
そっと抱き寄せ、落下の衝撃から守るように自らを下にします。衝突すれば異世界転生者であろうと無事では済まないでしょう。
何故ですか……ターリア姫を救い、彼女の護衛になれば徴兵の話もなくなるでしょう。私を救うことは、貴方にとってリスクにしにしかならないんですよ!
「邪魔しないでよ……私の舞台が……」
「お前の勝手な舞台なんて、俺が全部ぶっ壊してやる! この力でねじ伏せてやるよ!」
力の異世界転生者……私の作りだしたシナリオすらも壊しますか!
なんて暴力的な……! 貴方だって十分に滅茶苦茶じゃないですか!
「決めたんだ……俺は絶対に女を見捨てない! それが……それが……!」
一瞬ですが見えました。
彼の瞳に黒色のスペードが光ったのが……
「それが俺の異世界無双だァァァ!」
街の外側に落下したことにより、私とモーノさんは水の溜まった堀へと着水します。
強化魔法の効果でしょうか、モーノさんは落下の衝撃を最低限に抑えました。それにより、私を抱きながら堀の中を泳ぎ、すぐに陸へと上がります。
この一連の動作に数十秒も掛かっていません。迅速に回復魔法を使用し、私の傷を癒していきました。
「テトラ……! おい、死ぬな……! くそっ……治癒魔法が追いつかない……!」
「こうやって何人も女性を落としたんですね……罪な人です……」
無駄ですよ……身体半分が消し飛んでいるんです。死期を伸ばすだけですね。
これが大きすぎる力の代償。しっかり、支払ってもらいますよ。
「お前はこんなことのために、王都の奴らを巻き込んだのか……! こんなことのために……! 敵や仲間を裏切ったのか……! 最低だ……最低のクズ女だよ……!」
ターリア姫、マーシュさん、ヴァルジさん、バートさん、アリーさん、ご主人様……
ハイリンヒ王子、アロンソさん、メイジーさん、アリシアさん、スノウさん、そしてモーノさん……
みんなごめんなさい……私って、自分勝手で一度決めたら聞かないから……
「誰か……誰か協力してくれ……! アリシア……! スノウ……!」
徐々に薄れていく世界で、血相を変えて叫ぶモーノさんが見えます。あの上から目線のカッコつけ男が、情けなく周りに助けを求めていました。
その姿は最強無敵の異世界転生者ではありません。
一人の……人間でした……
「頼む……誰か……」
神すらも見下す彼が、神にも縋るように頭を下げます。
それは無様でも、滑稽でもありません。彼の心に見える弱さが、私の心を締め付けました。
私は……こんな結果を望んでいたのでしょうか……?
既に手遅れですが、残酷なことをしてしまったと少し後悔しました。
時計塔がそびえ立つ精神世界。
夜景と星々が輝くその場所で、私はピーター先生と向き合っていました。
「やあ、また会ったな。まったく呆れた奴だ」
呆れているのはこっちですよ。再び会えば問い詰められると決まっているのに、よく顔を出す気になったものです。
まあ、死んで終わったのなら色々聞かれても問題ないですよね。やっぱり、ここは天国なんでしょうか?
「私、今度こそ死んだんですか?」
「冗談を言うな。お前にはまだ成すべきことが残っているだろう」
まだ私を利用する気なんですかねー。
あのチート能力だって、この人が目的のために与えたんでしょう。
「さっきの力……貴方が与えたんですか」
「それは違う。あの力はお前が元々持っていたものさ。いや、正しくはお前が作った……か……」
あれ? なんか、違うっぽいですね。
彼は私の能力に関して包み隠さず、全てを話していきます。とても、その言葉が嘘とは思えませんでした。
「異世界無双とは、理想の世界で理想の自分になりたいという望みだ。お前はずっと悩み、どんな自分になりたいかを考え続けた。その結果、あの能力を生み出したわけだ」
確かにそうです。私はずっと、異世界無双をするならどうあるべきかを考えていました。
相手の心と同調し、同じステップを刻む。周囲の空気を変え、全てが笑顔になれるフィナーレを作り出す。それこそが私の望んだ理想の自分。【流星のコッペリア】でした。
ですが、なんでピーター先生はそれを知っているのでしょうか。なんで精神世界を自由に移動してるのでしょうか。やっぱり怪しすぎますよ!
「貴方……何者なんですか?」
「私は玉座の右に立つ者。お前が求めてきた答えであり、全てを知る者でもある」
じゃあ、この人を捕まえれば全部謎が解けるじゃないですか!
わあ、お得! でも、なんか無理そうな感じがするのでやめておきます。敵じゃないみたいですしね。
それより玉座の右……? 王の右腕……? 待ってください。こんなに最強オーラを出しているのに、組織の二番手ってことですか! じゃあ、一番上はどんな化物なんですか!
私の疑問に答えることなく、ピーター先生は占めに入ります。
「ここから先、一人では手に負えないことも出てくるはずだ。他の転生者たちは、お前と同じように能力の覚醒を控えている。その心を開き、協力を得ることが出来れば大きな助けとなるだろうな」
先ほど、私はモーノさんの瞳にスペードが光るのが見えました。私だけじゃない……私たち五人の異世界転生者は、自分の力を生み出す可能性を持っているんです。
私が彼らと協力すれば何でも出来るかもしれません。逆に、危険な異世界転生者が協定を結べば、私の身にも危険が及びます。
これは、異世界転生者たちによる花一匁。
先に多くの転生者を味方につけた者が、最終的な勝者となる。
ここでモーノさんと出会ったのは運が良かった。私たち四番と一番が、他の転生者よりリードしたのは確実でしょう。
ピーター先生はそれを知ってか、今回の事件を大成功と見ているようですね。満足げな表情を浮かべながら、私に別れを言います。
「さて、どうやらお迎えが来たようだ。しばらくの別れだな」
お迎え? まさか、モーノさんがここまで……? それともご主人様?
どうやら、そのどちらでもないようですね。時計塔の間の扉を開け、一人の少女が姿を現します。
それは意外な人でした。彼女のことは知っていますが顔見知りのレベル。こんな精神世界まで助けに来たのには驚きです。
「と……トリシュさん……!」
「行きますよ。長居は無用です」
ベリアル卿のお付であり、優れた回復魔法を扱うトリシュさん。彼女は私の手を引き、ピーター先生を無視して走り出します。
裾を踏みそうな走りにくい服。それにも拘らず、トリシュさんは猛スピードで私を引っ張りました。いったい、何をするつもりですか!
「あの……どこから出るつもりで……」
どんどんスピードは上がります。やがて、彼女と私は跳び上がり、バルコニーの手すりを越えました。
時計塔の下に見えるのはイギリスの街並み。その夜景の中に、二人の身体はどんどん吸い込まれていきます。
あはは……トリシュさん凄い……
私の手をしっかりと握って、まるでお姉さんのようです。
そうか……
この人も私と同じ、魂を分けた姉妹なんですね……
モーノ「テトラアアアァァァ!」
トリシュ(六話続けたオチが絶叫かよ……)
テトラの目的は二つ
モーノを国の徴兵から救うこと、モーノをぎゃふんと言わすこと
街で大暴れしてモーノを正義の味方に仕立てつつ、彼と心を通わせた自分が消し飛ぶことで絶望に落とそうとした
大迷惑なマジキチでした