62 ☆ 夢想・愚行・極端・熱狂! ☆
花火には特別な思い出があります。
絶対に忘れない大切な記憶。川辺で弟と二人、大きな打ち上げ花火を見た日の事。
あの時の情景が鮮明に蘇っていきます。同時に、モーノさんの言葉がそれらと重なりました。
「俺は子供のころ、弟と一緒に川辺で花火を見た」
お祭りのとき、私は弟の手を引いて一番見える場所を探したんです。でも、帰りは迷子になって、二人そろって泣いてしまいましたよね……
「だが、帰りに迷子になって、二人そろって泣いていたよ」
お母さんが探しに来てくれた時、本当に安心しました。
今でもはっきりと覚えてる。私にとって一番の思い出……
「母さんが来たとき安心した。今でもはっきりと覚えている。俺にとって一番の思い出だ」
それは僅かな違和感。私の記憶がモーノさんの記憶と重なります。
鏡の中に見えるのは彼の姿。
互いの心を映し、真正面から向き合います。
なんて不思議な感覚なんでしょう。私が彼で彼が私?
ずっと、偶然選ばれただけだと思ってた。私と他の四人は関係ないと思ってた。
だけど違います。私たちは五人で一人、いずれ向き合う時が来るのでしょう……
ですが、今の私には関係ありません。
走り出した以上、もう止まりませんから!
私の瞳には光り輝く星が映っています。こんなにも世界は光に溢れていたんですね! 今の私なら何でも出来るような気がします!
星々のベールを纏いながら、踊るように体を一回転させました。
楽しい気持ちが溢れて仕方ありません! 気分がハイになって、まるでいつもの自分ではないようです。
私は両腕を広げ、空を見上げました。こんなにも世界を愛せる日が来るなんて、自分でも驚いていますよ!
「四番の封印は解かれました。あと三人!」
放った私にも分からない言葉。演じる私にも分からない状況。
それでも、楽しくて楽しくて気持ちを抑えられません。
テンションに身を任せ、私はモーノさんの方へと突っ込んでいきます。さっきまでとは比べ物にならないほど速く、ご主人様の操作すらも超える勢い。
少年は驚き、その眼を見開きました。
「っ……! その瞳の星がお前の覚醒か! 花火に心揺らいだが、まだ足りないな!」
彼の剣と私のナイフ。ぶつかり合い、再びスペードと星を散らします。
威力も上がっているのか、攻撃を防ぎつつも歯を食いしばるモーノさん。もう、氷魔法を発動する余裕もありません。すぐに剣を弾き、再び攻撃を打ち付けます。
まるでチャンバラのように、互いに武器を衝突させる。それは、二人の力が拮抗していることを証明していました。
『そうか、お前たちはそれを異世界無双と、あるいはチートと呼ぶのか』
耳に響いたのは、ピーター先生の声。同時に、モーノさんは距離を取り、その手に光を集めます。
彼から放たれるのは炎の魔法。弾丸のような攻撃ですが、今の私なら見切れるでしょう。すぐに右手を突出し、攻撃を受け止めます。
『異世界無双とは、理想の自分を実現させる望みだ。望みとは、正しく使えば大きな力となる』
掴んだ炎を空へ投げると、再びそれは花火へと変わりました。
一発、二発、数はどんどん増えていき、夜空にはたくさんの花が咲き誇ります。
『根暗の妄想だ。現実からの逃避だ。言いたい奴には言わせておけ。お前が本当に正しい異世界無双を行ったのなら、そいつらはすっと手のひらを返す。そういうものさ』
まるで、王都は花火大会のよう。城壁の下を見ると、街の人たちが何かを叫んでいます。
恐らく、モーノさんに対する声援でしょう。彼が私を倒さない限り、ターリア姫は救われない。だからこそ、彼らはその勝利を祈っているんです。
はい、目論見通りですね。それこそが私の……
『もし、現実から逃げた自分を恥じているのなら。全てを捨ててここに来た意味を見出せばいい。誇れる選択をし、お前の助けを欲している者に手を差し伸べてみろ。するとどうだ。不思議と自分に自信が持てるようになる』
魔法が次々に花火へと変わり、モーノさんは炎魔法を攻略されたことに気づきます。すぐに、別の属性魔法、風の魔法をこちらに放ってきました。
また、風の刃ですね! そんな攻撃、真正面からぶっ飛ばしてやります!
『人はそれを大義名分という。さあ、その能力。上手く使いこなせよ』
私は星を纏い、空を蹴りました。
天高くへと跳び、風の刃すべてを回避します。まるで空を飛んでいるようですが、ただ高く跳ねているだけでしょう。すぐに体は降下していきます。
当然、モーノさんがそれを見逃すはずがなく、地属性魔法によって上空の私を狙いました。ですが、私は纏った星を蹴り、落下軌道を別方向へと変えます。
どうやら、私の周りに出現した星は質量を持っているようですね。
「最っ高の気分です! モーノさんと繋がった気分です!」
『テトラよ……いったい何が起きている……私の糸を支配しているのか……?』
困惑するご主人様なんて放置です! 高ぶった感情に支配されるまま、私は空中で踊りました。
異世界無双を信じ、異世界無双を理解し、異世界無双と向き合う。ただ力に振り回され、溺れるだけではなく、明確な目的を考えてみましょう。
すると見えてくるはずです。本気で自分の力を愛し、転生したことに自信を持てる!
力を鼻にかけ、周囲を見下してどうしますか!
最強が我武者羅になれば、最強をさらに超えた存在になります!
「それが! 異世界無双を超えた異世界無双!」
空を切ります。
地属性魔法を完全に回避し、再び城壁の上に足をつけました。
「異世界夢想!」
「何だそれは……!」
知らねーです! 私が聞きたい!
モーノさんからキレッキレの突込みを受け、わけの分からないことを言っていると気付きます。だけど、大切なことに気づいたのは本当ですよ!
敵を駆逐する無双ではなく、自分の理想を叶える夢想。そう、異世界転生の本質は夢想にあったんです。
無双を行うチートとは!
夢を叶える力だ!
「お前は覚醒によって大きな力を手に入れたかと思った。だが、違った……」
剣を握るモーノさんの手が震えます。これは怯えている……?
いえ、違いますね。彼はこの戦いに歓喜し、興奮しているんです。
ずっと、この人は五番の異世界転生者を探していると言っていました。恐らく、それは彼のことを評価し、自らに匹敵する存在だと睨んでいたからでしょう。
マーシュさんは言っていました。モーノさんは現状に物足りなさを感じていると。
つまり、彼はずっと本気になれる存在を探していたんです。それが五番であれ、覚醒した四番……つまり私でも全く問題ないというわけですね!
彼は顔を歪めながら、私の力を分析します。
「これはまるで鏡だ。心を合わせて『同調』する能力……お前、戦いを泥沼化させるつもりか!」
「はい! こんな素晴らしい戦い、一瞬で終わらせるのはもったいない! 互いに果てるまで戦い続けましょう!」
私の覚醒した能力、【流星のコッペリア】。それは相手のペースに合わせ、相手と同じステップを刻む『同調』能力。
これ単体では互いの能力が拮抗し、絶対に決着がつくことはありません。また、長く戦いが続けば、私の体力が限界になってお終いです。絶対に勝てません。
まさに道化の成せる能力。
ですが、モーノさんは私の提案に歓喜します。
「はは……ハーハッハッハッ! いいなそれ!」
受けて立つ。そういう事でしょう。
ニカッと笑う彼は、こちらに剣を突きつけます。彼の『喜び』がこちらに伝わってきました。
「せいぜい俺を『喜』ばせろ。四番!」
「そっちこそ、私を『楽』しませてくださいね。一番さん!」
二つの感情が交わり、私たちの心は一つになります。
いよいよ、戦いは最終局面。二人は武器を握り、同時に走り出しました。
何度目でしょうか。私たちは飽きることなく武器を交え続けます。何度も何度も、剣とナイフはエフェクトを散らし、美しいビートを刻み続けました。
月と星の下で、戦いという名の社交ダンスは続きます。
喜びと楽しみに満ち、そこに先ほどまでのギスギスとした空気はありません。
それは、悪魔であるご主人様にすら手に余る光景。異世界転生者というイレギュラーは全てを掻き回すばかりでした。
『戦いの中、なぜお前たちは笑っている……? この場の空気が変わったというのか……?』
モーノさんから放たれる魔法の数々。それらを全て、私は華麗なステップで回避します。
ご主人様の操作すらも、私は自らの力として取り入れてしまいました。もう、自分が普通の存在だとは思っていません。
私たちは選ばれた。だからここで、こうして戦っているんです。
武器を交えつつ、魔法を放ちつつ、モーノさんは私に問いました。それは彼が最も聞きたかった疑問。
「四番、お前の目的は何なんだ。今でもお前が分からない」
「そうですね……まあ、元の帰る方法を探してるって事にしときますか」
ベターな答えですね。それに対し、モーノさんは冷徹な意見を返します。
「俺たちは死んで転生した。死からの生還なんて御都合主義が実現するはずがない」
まあ、これもベターな答えですね。こうやって、何人もの異世界転生者が帰還を諦めたでしょう。
ですが、違います。そんなことは帰れない理由になんてならない!
「なんで死んだから帰れないんですか?」
「……は?」
攻撃の手を止め、変な声を出すモーノさん。鳩が豆鉄砲を食らったように固まり、私の方を呆けた様子で見ています。
そんな彼に対し、私は得意の屁理屈で完全論破しちゃいます!
「死からの生還が御都合主義だっていうなら、貴方のその力だって御都合主義なんじゃないですか? あれは出来てこれは出来ない。この世界において、その基準を明確に説明できますか?」
「へ……屁理屈だ! 今更蘇生してどうする! 墓から這い出るつもりかよ!」
「だから、そうならないルートを考えるんですよ。そうですね……私の歴史を全部巻き戻すとか」
最強のステータスや魔力も、転生者の生還も、どちらも同じ『不可能』です。この二つに大きな違いなんてありません。
ですが、モーノさんは頭を抱えていました。ここまで心を繋げても、彼は私のことが分からないままのようです。まあ、理解なんて求めてないから良いですけどー。
「頭が痛くなってくる……何だよそれは……滅茶苦茶だ……」
「貴方だって滅茶苦茶な力を使っているじゃありませんか。そのベクトルを別の方向に向けてみましょうという話しです。あくまでも仮定の話ですよ」
滅茶苦茶なことを言っているのは分かっていますよ。ですが、今までだって滅茶苦茶じゃないですか! 同じですよ同じ!
頭を抱えていたモーノさんは、真剣な眼差しをこちらに向けます。私のことを少しでも分かろうと、彼なりに歩み寄っている様子でした。
「そうまでして、どうしてお前は元の世界に帰りたいと思う」
「暇つぶし」
はい、適当です。
だって、私は異世界転生者。元の世界への未練なんてあるわけないじゃないですかー。
ただ、死んだから終わりだって、勝手に決めつけられるのは気に食わない。元の世界だと何も出来ないと思われるのは心外。だから、帰還を試みるんです。
戻れないって言い訳はしたくない! 戻れないのなら、その確証を手に入れるまでは諦めない! どうです? 新ジャンル、捻くれた熱血です!
「くく……ハハハッ! やっぱお前面白いわ。やってみろよ。まあ、その前に俺から逃れないとダメだけどな」
笑いました。モーノさんがまた笑ってくれました。
そうです! これですよ! 困惑する顔も良いですけど、こういう顔も良いですね!
さーて、もう十分に彼からの信頼は得ました。好感度も相当に高まってきましたでしょう! このままハッピーエンドに……
なりません。
この物語は私の手によって絶望に染まる。
だって、最初から決めていましたから……
モーノ(面白いなこいつ。もっと激しく戦いたい! そうすれば何か分かるかもな)