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60 ☆ 越えろ! 異世界無双! ☆


 勝ち目なんてなかった。

 でも、恐怖はありませんでした。


 力での勝利に興味はありません。

 私は心の異世界転生者。心で彼に勝ちたいんです。


 力……


 それは高い壁。圧倒的な障害。

 邪魔者をねじ伏せ、叩き潰し、亡き者にする絶対的な存在。

 地を揺らし、海を割き、空をも飲み込むそれはまさに最強と言えましょう。


 そう……



 圧倒的チートは神すらも凌駕する。



「身体が……追いつかない……」

『くっ……覚悟が足りなかったのか……ジブリールよ。これが私に与えられた罰か……!』


 ご主人様の本気の操作を受けた私。ですが、肉体の方がそれに耐えれるはずもなく、すぐに動きは鈍ってしまいました。

 操作にも限界があったんです。加えて、モーノさんは肉体強化魔法を使い、ステータスの底上げを行いました。

 ご主人様の本気の操作すらも凌ぐ力。当然対抗できるわけもなく、私は容易く打倒されしまいます。

 地に伏せる道化師に向かって剣を突きつけるモーノさん。殺さずに倒す。彼の思うような展開になって、あまりにも面白くないところですね……


『すまないテトラ……悪魔である私の力を持ってしても、彼には及ばなかったようだ……』

「諦めてんじゃねーですよ。ご主人様の弱音なんて聞きたくないですから」


 ご主人様はここまで私を操作して戦ってくれました。もう十分、ここからは異世界転生者の戦い。

 このテトラが異世界無双を見せる番です。


 決めたんだ……

 どうせするなら、誰もしたことがない異世界無双をするって……


 ステータスだとか、スキルとかじゃなくて……

 なんでも作れるとか、何でも治せるとかじゃなくて……


 それは『心』に訴えかける異世界無双。

 最も残酷で、卑劣な異世界無双……



 私は悪魔よりも悪魔らしく、蔑むような笑みをこぼしました。



「モーノさん、さっきの続きです。実はフェミニストの貴方が、一度だけその意思を貫けなかった時があったんですよ。それは私もよく知っています」

「この状況でまだ喋るか……」


 当然喋りますよ。

 語る事こそが私の異世界無双。言葉で人の感情を揺さぶり、動きで全てを翻弄する。それが道化人形たるテトラ・ゾケルの戦闘スタイルですから。

 地に背をつけた事なんて問題じゃありません。私の戦い方は別にある……


 だから、私は親友の名前すらも利用します。


「ヴィクトリアという名前を覚えていますか? 貴方が殺した妖精殺しの少女です」


 その名前を聞いた瞬間、モーノさんの表情変わりました。

 僅かに眉間にしわを寄せたその表情。私の読み通り、彼はこの名前を聞きたくなかったんです。

 今、モーノさんの謎が解き明かされる。道化師の語りによって……


「あの時、私は貴方から逃げました。ですがなぜ、すぐに追ってこなかったんですか? これは憶測ですが、貴方は私を追わなかったんじゃない。追えなかったんです。それどころじゃなかったから!」

「何が言いたい……」


 食いつきました。こんな言葉なんか無視すればいいのに、彼は気になって耳を傾けてしまいました。

 こうなった私は強いですよ。まるで語り部のように、気持ちよく物語を紡いでいきます。


「貴方は見てしまったんです。私とヴィクトリアさんが、仲良く暮らしていた痕跡を! だから、膝を落として愕然としていたんです。胸が痛くて! 後を追うどころではなかったんです!」

「根拠のない妄想だッ……! 滅茶苦茶を言うな!」


 根拠ならあります。女性を積極的に助ける貴方が、少女を手にかけて心を痛めないはずがありません。

 私は両手に力を入れ、いつでも地面を押せるように準備します。モーノさんが隙を見せた瞬間、勢いよく跳び上がってやりますよ。

 とにかく今は言葉攻めですね。これだけは負ける気がしませんから!


「貴方の行動は矛盾ばかりでしたよ。私を転生者と疑っていたのなら、なぜ積極的に調べなかったんですか? 私に興味がなかったのなら、なぜピンチの時に助けてくれたんですか? 関わり合いを避けつつ、その上でサポートするなんて可笑しいじゃないですか!」

「黙れ……」


 弁解はせずに黙れの一言ですか? 黙るわけがないでしょう。

 貴方が話すテンポを掴めないのなら、私はどんどん言葉を放ちます。ここで手を……いえ、口を緩める気はありません!


「貴方は責任を感じて、私を守ることを誓ったんです! だけど、積極的に関わるのはどうしても出来なかった! それは貴方の心を痛めることになるから!」

「黙れ……」


 そして、次に放たれるのは確信となる一言。

 彼が私を積極的に調べなかった理由。関わり合いを避けていた理由。その全てがこの言葉につまっている。


 貴方の感情を揺さぶる私の切り札だ!


「私は貴方にとってのトラウマだから!」

「黙れえええェェェ!」


 焦りを覚えたのか、怒りに身を任せてか、モーノさんは付きつけていた剣を振り上げます。同時に、私は悪魔のような笑みを浮かべました。

 力を溜めていた両手を地面に押し付け、勢いよく跳び上がります。そして、バック転をしながらその場から離れ、再び言葉を紡いでいきました。


「貴方は怖かったんです!」

「俺は強い……! 敗北の恐怖とは無縁だ……!」

「違う。貴方が恐れていたのは些細な言葉。『なんでヴィクトリアさんを殺したの。ヴィクトリアさんを返してよ!』。それがいつ放たれるか、怖くて怖くて仕方なかったんです!」

「黙れ黙れ黙れ黙れェェェ……!」


 彼はただのフェミニストじゃない。女性に対して一種のコンプレックスを持っている。

 女性の涙を見過ごせない。男は女を守るものだ。カッコ悪いところは見せたくない。原因は分かりませんが、そんな感情が手に取るように分かります。

 貴方が少女一人を手にかけて何も思わないわけがない! そのトラウマ、フォークで抉りまくってやりますよ!


 心の異世界転生者を……

 心をなめるなァァァ!


「貴方は私と目を合わせようとしなかった! 付かず離れずの関係がいつまでも続けばいいと、ずっと逃げていたんですよ! なにが最強チートの異世界転生者ですか!」

「お前に何が分かる……! なんの責任も背負わず! クズの盗賊どもを助けたお前に! 考えなしのその行動がッ! この世界を汚すんだよ!」


 彼が右手を突き出すと、眼に見えない風の刃こちらへと放たれます。私はその直撃を受け、服や肌をズタズタに切り裂かれてしまいました。

 痛ったいなちくしょう……でも、致命傷を避けているあたり、敵意のない女性を殺す勇気はないようですね。

 少し痛めつければ、諦めてくれるとでも思いましたか? 甘めーですよ。甘すぎます!


 私はモーノさんの仮面をはがそうとしています。

 なら、こちらも仮面を外して、真正面から彼と向き合うべきでしょう。傷だらけの身体を奮い立たせながら、自分の言葉をぶつけていきます。


「クズ……人なんて、どいつもこいつもクズよ! あんたも! 私も! 私のことを助けてくれたみんなだって! クズクズクズ! クズばかりよ! 誰だって悪い心があるの! 少しのきっかけで間違えを犯すの! 私だってそうよ!」


 ヴィクトリアさん……貴方がそうでした。

 人間の心なんて陰と陽です。少しでも何かが歪めば、光は一瞬にして影へと変わるんですよ。

 正義と悪を明確に分けてどうするんですか! 悪の大魔王なんて、この世のどこにもいません!


「もし、私が悪い人になったなら! きっと暗闇から助けてほしいって思うわ! だから……だから放っておけないのよ! 他人事のように感じないのよ!」


 道を間違えようとしていた私だからこその言葉。まあ、今も姫を誘拐して聖国民を恐怖のどん底に突き落としていますがね。

このテトラに正義も悪もありません。ただ、全てを掻き回し、私の思う最高の舞台を作り出す! トリックスターとはまさに私のためにある言葉でしょう!


「だから私は区別しない! 人は所詮人! 全部、客観的シニカルに見てやるって決めたの!」

『そうか、テトラよ……お前は善人であろうと悪人であろうと、あるいはクズと呼ばれる者であろうと、同じ人として接するのだな……』


 さっきまで諦めかけていたご主人様。そんな彼の言葉に熱がこもります。


『それは異常だ。道化の極みだ。だが、お前がそれで良いのならば……』


 私の言葉に感化されたご主人様。ですが、彼だけではなくモーノさんの心にも響いたようです。

 彼は奥歯を噛みしめ、鬼のような形相で私を睨んでいました。自分と逆の考えを持つ存在を認めたくなかったのでしょう。

 右手を振り払い、モーノさんは大量の火炎弾を放っていきます。その炎はまるで、彼の心情を表しているかのようでした。


「何がクズばかりだ……むしろ、お前は世の中すべてを善人とでも思っているんだろうが! 捻くれたこと言って! 自分の甘さを誤魔化しているだけだ!」


 私と心の繋がったご主人様。彼は自分の持つすべての力を使い、私の身体を操作していきます。この人も我武者羅なんだと、糸を通じて伝わってきました。

 人形となった私は不自然な動きで火炎弾を回避します。身体をカクン倒したり、逆さまになりつつ回転したり、とにかく滅茶苦茶に動くしかありません!

 そんな人をバカにする動きが癇に障ったのか、彼は剣を構えてこちらへと突っ込んできます。また、力で無理やり屈服させる気ですね!


「この世界は実力主義だ! 元いた世界の常識を引きずってるお前に! 一体なにが切り開ける!」

「じゃあ、あんたは元いた世界で培った思い出も! 常識も! 全部ここで捨てたっていうの! それなら……それなら……!」


 私はナイフを突出し、モーノさんの剣を受け止めます。このまま押し合いになれば、彼はまた氷魔法を伝わせてくるでしょう。


 でも、もうさせない!

 これが私にとっての力だッ!


「何のための異世界転生だァァァ!」

「ぐう……!」


 武器での押し合いなんて無視し、そのまま相手に頭突きをかまします。

 私の石頭をおでこにぶつけられ、モーノさんは思わず手で押さえてしまいました。よっぽど、この世界で痛い思いをしてないんでしょう。

 私の無双は人を傷つけない。だけど、貴方が力の異世界転生者なら、それに応えるために力をぶつけますよ。まあ、頭突き一発だけですけどね!


「卑怯者! 都合のいい知識だけ使って、他は全部捨てただなんて! 自分の世界が嫌いなら、その知識を鼻にかける道理がありますか!」

「うざいよお前……うざくて! うざくて! 仕方がない……! お前ほど目障りな奴は初めてだ……!」


 乱れる心。崩れる感情。冷戦沈着を気取っていたモーノさんが、私への敵意をむき出しにします。

 貴方にとって私はトラウマ。この戦いに勝利する理由があるでしょう!


「貴方も同じですよ。私を超えなければ、前になんて進めない! いい加減、逃げてんじゃねえよ!」

「そうだよ……確かにお前は俺にとってのトラウマだ! だからこそッ……! 今ここでそれを超える!」


 距離を取るモーノさん。そして、両手に今までとは比べ物にならないほどの魔力を集めます。

 これはヤベー奴ですね……魔法を使えない私でも、肌を焼くような熱気を感じました。

 放たれるのは炎魔法。それも、超特大の……



 全ての輝きを奪う太陽。



「消えろ! 四番! これで終わりだァァァ!」


 目前へと迫る巨大な火球。ここは城壁の上、モーノさんは街を背にして立ち、街の方向に立つ私を狙って放ちました。

 誰も巻き込まないように、ずっとこの位置関係を狙って動いていたんです。だって、彼の魔法は地形すらも変えるほどの威力なんですから。


 まさに絶望。ですが、道化師は笑います。

 自分を……世界を……全てを笑います。


 ああ……



 楽しい……こんな時間がいつまでも続けばいいのに……



モーノ(ここまで目障りな奴は初めてだ……不思議だな。こいつだけには絶対に負けたくない!)

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