59 ♤ vs Ⅰ(モノ)の転生者! ♤
自分がどんな特性を持っているのか、私なりに考えてみました。
私は魔力を持たない空っぽの人間。だから、ご主人様は私をとても操作しやすい器と言っていました。
魔力がなければ魔法は使えません。まあ、一見すると貧乏くじを引いたように思われるでしょうね。ですが、実際はそうでもないようです。
街で口達者な行商人や貴族の方とお会いしました。彼らと会話した結果、その大半が私と同じ魔力を持たない人だと分かったんです。
ここで一つの仮説。夢のような魔法、現実を体現した話術、この二つの能力は反比例するのでは?
当然理屈なんてありません。ですが、事実魔力を持たない人間は他者に取り入り、卑怯な手段を取って成り上がったものが大半です。これは偶然でしょうか?
いえ、偶然ではありません。
そうです! 嘘や方便は弱い者が成り上がるチャンス! 神様が弱者に与えた祝福なのです!
だから、私は語ります。このビックマウスで、虚構を交えた物語を語り続けるんです。
「今宵は良い月ですねー。私、夜が好きなんですよ。太陽を見ていると、眩しすぎて自分の輝きが奪われそうに感じます。だから、月を見ているととても落ち着くんですよ」
「そうか、分からないな。今それを語る意味が分からない」
額に手を当て、三日月を見つめる道化師。そんな私に向かって、人差し指を向けるモーノさん。瞬間、彼の周囲に氷の刃が浮かび、それらは一斉に放たれます。
詠唱はありませんし、スピードも恐ろしく速い! ですが、私にはご主人様による精密な操作があります。避けられない魔法じゃありません!
身体を高速で動かし、刃の一つ一つを避けていきます。魔法を放ちつつも、モーノさんは言葉を続けました。
「転生者五人が集まった時だ。常識人を気取る四番の行動理由が分からなかった。俺たちに現実世界への未練なんてあるはずがないのにな」
ありゃりゃ、気づかれちゃいましたか。あの場に呼ばれた五人は同種の人間。それはモーノさんも分かっているみたいです。
ではでは、現実から逃げた腰抜け同士、楽しく踊ろうじゃありませんか。私は氷の刃全てを回避し、そのまま城壁の上を駆けていきます。
こちらからの攻撃手段はナイフのみ。それを分かっていてか、モーノさんは遠距離から私を仕留めようとします。
「この世界で再会した時、妖精殺しの女を庇ったお前が分からなかった。その後、冒険者のいざこざに首を突っ込み、メイジーと戦ったことが更に分からなかった」
彼が右手を振り払うと、こちらに向かって突風が吹き荒れます。まともに受ければ吹き飛ばされ、高い城壁から真っ逆さまでしょう。
ですが、私は風に向かって突っ込みました。目に見えない風属性の魔法を回避するのは至難の業。なら、真正面から受けて風に身を任せるだけです!
宙を舞う私の身体。糸の操作によって体を翻し、何とか地に足をつけます。同時に、モーノさんから更なる追撃が放たれました。
「さらに四度目の出会い。クズの盗賊どもを逃がした行動。分からないの極みだったよ。理解が及ばなくて流石の俺も悩んださ……」
天高くで光るのは、基本四属性の発出である雷魔法。風は止み、何とか踏み止まった矢先にこれですか!
さ……流石に操作が追いつきません! とにかく、何とかしてこの場から離れないと!
私は足元を全力で蹴り、身体を仰け反らせながら飛び上がります。瞬間、巨大な雷が落下し、私が立っていた城壁の一部を派手に破壊しました。
「そして、今だ。カルポス聖国の姫を誘拐し、わざわざ俺を呼び寄せるように動くお前。分かるわけがない。俺がお前に抱く感情は、最初から今の今まで『分からない』の一つだ!」
分からないから、今まで敵でも味方でもないどっちつかずの対応だったんですね。なーんて、雷の衝撃で吹っ飛ばされながら納得します。
さって、問題は着地ですが、さっき立っていた場所は完全に崩壊してしまいましたね。私は宙を舞う瓦礫を蹴り、モーノさんの立つ場所へと着地します。ここしか降りれる場所がないので仕方ありません。
すると、先ほどまで魔法攻撃を徹底していたモーノさんが、今度は剣によって攻撃を仕掛けます。ああ、足場を崩しちゃったから距離が取れなくなったんですね。可愛いミスをするじゃないですか。
「そうですか。私はモーノさんのこと、ほんの少しだけ分かっちゃいましたけど」
モーノさんから放たれる剣技。私はそれらをナイフによっていなしていきます。
互いに武器と武器を打ち付け、飛び散る火花。力は圧倒的に相手が上ですが、動きだったらこちらも負けていません! ご主人様の操作はとにかく正確なんです!
今までありとあらゆる敵を圧倒してきたモーノさん。恐らく、ここまで力が拮抗したのは初めてでしょう。なら、私が初のライバルとして全力で受け止めてやります!
「意図しないのに可愛い女の子が集まってくるチーレムくん。寡黙で人見知り、陰キャラまっしぐらの貴方がなぜプレイボーイになってしまったのか? 何ともおかしなご都合主義です」
「だ……誰がプレイボーイだ!」
私の指摘に対し、頬を赤らめる少年。化け物じみた能力を持っているとはとても思えない反応です。
彼は間違いなく人間ですね。心があるのなら、勝ち目がないわけじゃない! 動きと話術によって惑わし、会話の主導権を握るんです!
力で勝てないのなら、心で勝つ! だって、私は心の異世界転生者ですから!
「でも、私知ってますよ。貴方は敵かもしれない私をドラゴンから助けてくれました。そして、今までに何人もの女性を助けています。そう、貴方は女性を特別視している。ズバリ、その本質は筋金入りのフェミニスト!」
「だからどうした。なめてるのか!」
うっとおしく思ったのか、モーノさんは剣を振り払って私を弾き飛ばします。まったく、力任せにぶん回すんですから、乱暴なものですよ!
私は空中で回転し、右手で綺麗に着地します。これは見事なアクロバット。ですが、手を付ける地面が大きく揺れ、私は体勢を崩していしまいました。
あ、これはヤバそうですね。そう思った瞬間、石によって作られた城壁が一気にせり上がっていきます。今度は土属性で大地を操作しましたか。何でもありですね!
「なめてなんていません! 貴方は私の行動理由が分かっていないようですが、私は貴方の行動理由を分かっています。貴方は困っている女の子を放っておけないんですよ。なにせ、フェミニストですから!」
崩されたり、伸ばされたり……なんか、街を守る城壁がとんでもない事になってます。
ですが、身の軽い道化師には無意味。せり上がってくる城壁を私はいとも容易く走り抜けていきます。
身体が斜めになっても、真横になってもお構いなし。動く足場がなんのそのです!
「女性を多く助けるから、女性ばかりが集まってハーレムが出来たんですよね!」
「は……ハーレムとか言うな! だったら俺からも言わせてもらう! お前の身体能力はあの悪魔によって操作されたものだろう。本来は死体を操る降霊術ってやつだ」
モーノさんの手が光りました。すると、彼の足元に水が湧き出て、やがて波となってこちらへと押し寄せてきます。だんだん魔法の規模が大きくなってるじゃないですか!
恐らく、せり上がった城壁部分ごと私を飲み込むつもりでしょう。滅茶苦茶やってくれます!
ここは冷静にいきますよ。私は形の変わった城壁を走り、一気にモーノさんとの距離をつめます。彼はそれを迎え撃つつもりでした。
「真面な精神でその操作を耐えれるはずがない。つまり、お前の能力は精神面に関係するものと見て間違いない。チートの受け取りは拒否したが、女神に選ばれたお前には天性の能力が備わっている。そうだろう?」
「正解! 私は心の異世界転生者です!」
ま、全ては憶測ですけどね。でも、信憑性は高いと思いますよ。
地面を強く蹴り、星の空へと飛び上がります。そして、高い波をその軽業によって飛び越えてしまいました。
水しぶきと共に下降し、モーノさんにナイフを振り落とします。すると彼は再び剣を振るい、私の攻撃を難なく防いでしまいました。
「まあ、それなりに楽しめたよ。この世界で戦った誰よりも強かったのは認める」
瞬間、彼から萎縮するほどの殺気が放たれます。
「だが、そんなものか?」
ヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
これは絶対にヤバい!
作戦変更! ここはいったん離れます! この人……
全然本気を出してなかった!
「残念だよ四番。お前じゃ全然足りない……足りないんだ!」
離れない! モーノさんの剣と私のナイフ、氷魔法によって引っ付いてます!
それだけではありません。氷はナイフを伝って私の方へと迫ってきます。ここで武器を手放したら、剣を防ぐ手段がなくなってしまいますよ!
ですが、それより問題が一つ……
モーノさんが全然楽しんでない! これじゃダメです!
「戦いとは相手との社交ダンス! 互いにステップを合わせ、心を繋げなければ最高の舞台は作れません!」
「面白いことを言うな。だが違う! 戦いは相手を打倒する事だ! 遊びじゃないんだよ!」
彼は五番の異世界転生者を宿敵と見定め、私なんて眼中にありません。
ふざくんな……ふざくんなよ!
絶対突破する……! モーノさんが力のステップを刻むなら、私も力で合わせてやる!
足元に目をやり、そこにある壁の瓦礫を蹴り上げます。真上に飛ばしたそれは、剣とナイフの間にヒット。互いを繋ぐ氷を見事に砕きました。
「貴方が戦いを遊びじゃないって言うのなら! 私も同じステップを刻みます!」
「そうか……俺のステップは速いぞ!」
すぐに、彼から距離を取ります。が、挑発を受けたモーノさんはすぐに距離をつめてきました。
今まで遠くから魔法を撃っていた彼が、ここに来て接近戦を望みますか。互いに武器を打ち付け、語り合いたいという意思。ほんの僅かですが、その心に闘志が宿ったようです。
モーノさんの剣が私のナイフにガンガン打ちつけられる。腕が痺れるほどの激しい攻撃に対し、私は防戦一方でした。
不味い……打倒される……!
さっきまでの動きとは全く違います! これには流石のご主人様も焦りを覚えます。
『すまないテトラ。ここからはお前の身体を気遣う余裕がない。操作の領域も限界に達しようとしている』
あの得体の知れないご主人様にも限界があるんですね。モーノさんの異世界無双は悪魔すらも凌ぐという事でしょう。
こちらの状況もお構いなしに剣は叩きつけられます。動きで翻弄する道化師は力で圧倒すればいい。完全に弱点を読まれて、潰しにかかっているのが分かりました。
防戦一方の状況。ですが、そんな私に何かが降りかかります。
これは……降霊の糸……?
身体に繋がれた糸に加え、さらに別の糸が私に繋がります。どうやら、操作するポイントを増やしたようですね。
つまりは二重の操作。ご主人様、いよいよマジってことですか!
『図に乗らない事だ人間よ! 正真正銘の本気で行くぞッ!』
身体はさらに加速し、モーノさんの動きに追いつきます。
無理やり動かしているので、この代償は必ず後に響くでしょう。ですが、今は全力で彼の力に答えたい!
それが、この舞台を作り上げてしまった私の責任です!
モーノ(こいつ、やけにがっつくな。さっさと諦めろよ……どうして俺にこだわる)