58 ☆ いけっ!テトラ! ☆
フラウラの冒険者ギルド、その中で私と親交のある面々。マーシュさんを中心として、モーノさんへの妨害作戦に動いていたんですね。
私は彼らとコンタクトを取っていません。なぜ、この場面で助太刀に入ったのか。謎しかありませんが、今は目的の達成に集中しましょう。
私がこの場を離れようとすると、シルバーウルフの子供が退路を確保します。なんとよく出来たわんちゃんなんでしょうか。
「この子は……」
「お前が救ったシルバーウルフの子供だ。名はコゼット。テイマーとして正式にテイムした」
ああ、あの小っちゃい赤ちゃんの中の一匹ですか。成長早っ! 数週間でこんなに大きくなるんですねー。今や私と同じぐらいはありそうです。
それにしてもテイマーですか。聞いたことがありませんが、恐らく魔物を使役する職業でしょう。
「テイマー……モンスター使いになったんですね!」
「ああ、まだこの国では研究段階だけどな。今は風当たりが強いが、俺は決めたんだ。いつか必ずテイマーギルドを作るってな!」
やっぱり、ヴァルジさん凄いな……夢というものはこんなにも人を変えるんですね。
いえ、実際は変わっていないのかもしれません。始めから、信じるものさえあれば彼は歩み始めていた。きっとそうなんでしょう。
ヴァルジさんだけではありません。盗賊行為を行っていたバートさんも、今は冒険者として真面目に働いています。
「バートさんもありがとうございます」
「心のコンパスに従ったまでだ。さっさといけっ! テトラ!」
そう言って、バートさんは剣を構えます。三日月のように曲がった剣。日本刀のように片方だけに刃がついていて、その刀身は細長いです。
明らかに西洋のものではありません。やっぱり、彼らは遠い砂漠からここまで移民したんでしょう。
そんなバートさんと同じ砂漠の民、アリーさんが私の手を引きます。どうやら、彼は行動を共にしてくれるみたいですね。
「ここは大人連中に任せて、俺たち子どもはとんずらだ!」
「に……逃がさないよ!」
ですが、すぐにアリシアさんが反応します。
彼女は数枚のトランプを取り出し、私とアリーさんの進行方向に投げます。やがて、それは巨大化し、歩みを阻む壁になりました。
これを壁走りすれば、良い的になってしまいますね。さてどうしましょうか……
なんて考えている私とは違い、アリーさんは壁を無視して突っ込んでいきます。ちょ! なに考えているんですか!
「アリーさん! トランプにぶつか……」
「開けっ!」
彼は左手を振り払った瞬間です。トランプが裂け、そこに歪が生じました。
私たちはその歪に突っ込み、壁の反対側へと突きぬきます。同時に、先ほどあいていた裂け目は閉じ、私たちだけが障害を突破してしまいました。
どこかのアニメで見ましたよ。フラフープで壁を通り抜けるアイテム。アリーさんが使った魔法はまさにこれでした。
「い……今のは……!?」
「程度の低い空間魔法さ。俺は持ち魔力は少ないが、適正属性はレアでね。壁抜けぐらいしか出来ないが、盗賊には便利なもんだ」
いえ、この魔法……本人は使い方を分かっていませんが、上手く使えば相当に便利ですよ!
たぶん連続で使用は出来ないんでしょうけど、一度の使用で十二分に戦局を動かせます。現実の戦いなんて大半がサバイバル。障害物を突破できることがどれほど重要か……
まあ、私がその強さを認めても、仕方ないんですけどね。
ともかく、これで三人目、四人目、五人目を突破!
私とアリーさんは、深夜の街を走ります。三人娘を完全にまかないと、後々に支障をきたしますらね。
結果、私たちを追うものは誰一人としていません。自由に動けるようになったことで、アリーさんが今後の事を尋ねます。
「テトラ、これからどうするつもりだ?」
「ターリア姫と合流しましょう。裏路地に隠れているはずです」
場所は覚えています。これでも、王都は隅々まで歩いているつもりですから。
私たちはターリア姫を置いてきた場所を目指して走ります。その途中、どうしても聞きたいことをアリーさんに聞きました。
「アリーさん、どうして私の作戦決行日を知っていたんですか?」
「御告げだよ。聖アウトリウス教の天使さまとやらが、マーシュさんにあんたの事を伝えたらしい。まあ、バアル教徒の俺としたら複雑だけどな」
これはまた胡散臭い……でも、私はロバートさんという天使に会っています。
そう言えば、彼は心が落ち着くおまじないをかけてくれましたね。私に対して友好的でしたし、やっぱりあの人が御告げを行ったのでしょうか……?
では、ロバートさんの目的は? この国へ迫る脅威への対抗? 私に何をさせるつもりなんですか?
「天使さんは何を望んでいるんでしょうか……」
「さあな。ただ、俺たちを呼んだって事は味方ってことだ。どうやら、あんたは天使さんの祝福を受けてるみたいだな」
うーん……祝福ですか。
敵ではないとは私も思いますが、メリットもなしに助けるとは思いませんが……
私が疑っていると、ずっと聞いていたご主人様が口を挟みます。どうやら、悪魔には悪魔の意見があるようです。
『ふむ、これはおかしな話しだ。悪魔契約を交わしたお前が、天使の祝福を受けるなど前代未聞だ。他宗教の神からの転生を受けたことを含めれば、天使、悪魔、神と繋がりを持つことになるぞ』
主に仕える聖アウトリウス教の天使さまが、認めていない他の神様や悪魔と繋がることは不自然ですね。私の場合、自称女神さまから転生を受けて、悪魔のご主人様に仕えています。なおさら、ロバートさんの祝福理由が分かりません。
ですが、そんなことはどうでも良いです。それより悪魔契約ってなに?
「えっと……悪魔契約……?」
『すまない。お前の紋章には悪魔契約の印も含まれている。私の降霊術は契約者に更なる力を与えるのでな』
頬の紋章、奴隷契約だけじゃなかったんですねー。
って、何してんですか! 初耳ですし、了承もしていません! なに滅茶苦茶言ってるんですか!
「すいません! 聞いていないんですけどー!」
『話していないのでな。故に「すまない」と謝ったのだ』
詐欺じゃねーですか! ふざくんな!
どうやら悪魔契約を交わしたことで操作効力が上がっているようです。確かに、以前メイジーさんと戦った時よりしっくりきている感じがしますね。
まあ、すでに奴隷契約を交わした以上、悪魔契約したところで変わらないでしょう。むしろ、能力が上昇するのなら、やらない手はありません。
今はモーノさんに対抗する力が欲しいですからね。
裏路地へと戻った私は、ターリア姫と合流します。
途中、聖国騎士に追い詰められもしましたが、アリーさんの壁抜けで難なく突破します。たぶん、顔は見られていないでしょう。彼もターバンで隠していますからね。
十分に仮眠を取ったからか、姫は絶好調の様子。アリーさんの背中に飛び乗り、彼のターバンを引っ張ります。
「さあ、進め愚民よ……!」
「何だこいつ偉そうに!」
「あたちは偉いのだ! この国の姫だからな!」
ぐぬぬ……と押し黙るアリーさん。
まあ、事実偉いですしね。下手に危害を加えると首が飛んでしまうので仕方ありません。まあ、さらった時点で首は飛ぶんですけど。
嫌々ながらも、アリーさんは姫を運びます。そして、私と共に再び街の外れへと向かって走り出しました。
「今度こそ、どうするつもりだよ。お前の目的はモーノって奴との接触だろ?」
「だから、離れているんです。彼は人目に触れることを嫌います。中央から離れた城壁が狙いどころでしょう!」
とにかく走って、走って、走りまくります。当てもなく街の壁際へと移動し、そこでモーノさんを待つ算段でした。
やがて、ターリア姫をおぶったアリーさんの体力が限界となります。問題はありません。私は三人娘を突破し、この街外れまでの移動に成功していますから。
そうです。フラグは立ちました。
いよいよ、最後の大ボスとのご対面です。
「テトラ……あいつは……」
「はい、彼ですよ。ようやく、私とデートしてくれる気になったんですね」
街を守る高い高い壁の上。そこで、黒い服を着た剣士が私たちを見下ろします。
歳は私と近く、鋭い目つきは何者も寄せ付けません。あはは……ようやく会えました……
なぜか愛おしく感じます……
ずっと……ずっと会いたかった……
友達だとか、恋人だとか、そんなのじゃなくて……
兄妹のような……
モーノさんは攻撃を仕掛けようとしませんでした。相手をするのが面倒だという心の声が聞こえます。ま、知ったこっちゃねーですけど。
私は誘われるように、城壁を登ろうと歩き出します。ですが、その時でした。
「そこまでだよ」
何者かの剣が、アリーさんの首元にあてられます。少しでも動かせば、彼の首は掻っ切られてしまうでしょう。
赤いマントを羽織った青年。金髪で美しい顔は、どことなくターリア姫や聖国王と重なります。
それもそのはず、彼はハイリンヒ・バシレウス。紛れもなく、この国の王子さまでした。
「わがままな奴だけど、僕にとっては大切な妹なんだ。返してもらうよ」
「俺としては返してやりたいけどな……こっちもこの道化師に命救われてるんでね。ちょっと意地を張らせてもらうよ」
涙目になりながらも、アリーさんは一歩も引きませんでした。
もう、目的のモーノさんは見えるところにいるのに……ここでアリーさんを殺されたり、ターリア姫を奪い返されたらすべてが終わります。
前者だけは絶対に嫌だ……後者も望ましくない……だけど、ご主人様の操作をもってしても、ハイリンヒ王子の剣を超えれる未来が見えません。
彼は強い……
どうすれば……どうすれば……
「隙ありだ……! このバカ兄様がァ!」
「……は?」
その時でした。
アリーさんが背負うターリア姫の目が光り、地面から茨の蔓が伸びます。そして、そのトゲトゲの蔓によって自らの兄を縛り上げました。
救うべき妹によってもたらされた仕打ち。いくら強いハイリンヒ王子も成す術がありません。
「え……? ちょっと……僕は救いに……」
「うるちゃい! 死にさらえェェェ!」
情け容赦なし。
そのまま、茨は縛り上げた王子さまを地面へと叩きつけます。同時に、私は城壁を一気に駆け登り始めました。
一番の異世界転生者、モーノ・バストニ。彼の立つ高みに、私はどんどんと近づいていきます。
剣を握るモーノさん。
気絶するハイリンヒ王子。
驚くアリーさん。
そして、叫ぶターリア姫。
「いっけえええ! テトラアアア!」
なんと心強い! いけっテトラ、いけっテトラとみんなが背中押してくれる。こんなに嬉しいことはありません!
ともかく、姫の活躍で六人目も突破。ここからは私が魅せる舞台でしょう。
今まで培った絆を胸に、私はナイフを握ります。そして、壁の頂上から跳び上がり、そこに立つモーノさんへと刃を振り落としました。
彼は剣を抜き、私のナイフへと打ち付けます。
激しい衝突。
この時、私の目には黄色い星と、黒いスペードのエフェクトが映りました。
思っていたより攻撃が鋭いと感じたのか、モーノさんは歯を食いしばります。そして、同じ異世界転生者として、至極当然の意見をぶつけます。
「互いに触れなければ! 思うように異世界無双が出来たはずだ! なぜお前はここにいるッ!」
「これが私の信じる異世界無双だからです! 貴方と向き合わなければ! 前になんて進めない!」
一番と四番。スペードとジョーカー。
ついに、異世界転生者が衝突してしまいました。
「イッツーショータイム! 四番テトラの異世界無双、魅せてあげましょう!」
「四番……五番じゃないのか」
左手で仮面を外し、モーノさんの剣を振り払います。それに対し、彼は少しがっかりした様子でした。
ムッカー……私だって異世界転生者ですよ! 見下されるの心外です!
決めた。絶対この人を楽しませてやる! 私のショーの虜にしてやるっ!
それが四番、テトラ・ゾケルの異世界無双です!
モーノ(いや、何で戦うんだよ。面倒すぎるだろ……俺は五番を追ってるのにな……)