56 ☆ 狼・トランプ・毒りんごー! ☆
今宵、美少女達との舞踏会が始まります。
最高のおもてなしで出迎えましょう。
女神のナイフと狼の爪が衝突します。
私が守るようにナイフを構えているのに対し、メイジーさんは攻撃的。彼女は腕に力を入れ、こちらを押しのけようと前のめりでした。
ダメですね。これは圧倒的にパワー負けしてます。
私はナイフを振り払い、押し合いを放棄しました。そして、バック転をしながら後ろへと下がり、メイジーさんから距離を取っていきます。逃げるが勝ちですよ。
「テトラちゃん、どうしてそんなに逃げ足が速いのー?」
「それは貴方をからかうためです!」
なんて、挑発しますが逆効果。狼の足はとにかく速い!
あっという間に距離を詰められ、鋭い爪による攻撃が放たれていきます。ですが、それは前回と同じ動き、こちらも同じ動きで攻撃を回避していきました。
右へ左へ、上に下に、身体を滅茶苦茶に動かして敵のラッシュをかわし続けます。ですが、それはメイジーさんの戦略通りでしょう。
「アリシア、挟み撃ちにするわよ!」
「オッケー! テトラちゃんには読まれちゃうし、戦略を変えるよ!」
その言葉通り、アリシアさんは普通のサイズへと戻ります。そして、私の背後に向けて、数枚のトランプを投げ落としました。
地面へと突き刺さったトランプは、魔法の効果を受けて見る見るうちに巨大化します。なんですかこれは! あっという間に屋根ほどの壁が立ち塞がってしまいます。
「トランプまで大きく……!」
『先ほど彼女が食べたもの。あれは魔力を増大させる丸薬のようだ』
阻むのは巨大なトランプの壁。これにより、メイジーさんからの後退が不可能となりました。
ですが、ここは冷静に対処しましょう。壁が出来たという事は、メイジーさんも進行不可能になったという事です。利用しない手はないですね。
私は敵に背を向け、トランプの壁に足をつけます。そして、そのまま一気に壁を直角に上っていきました。
得意の壁走り、身軽な道化はこんなことも出来るんです!
さあ、ここまで追って……
「待ってましたよ! 氷魔法のー……アイス!」
「す……スノウさん!」
身動きのしにくい壁走りを狙って、スノウさんの支援攻撃が放たれます。私はすぐにトランプの壁を蹴り、空中へと飛び出しました。
先ほど私の私が走っていた場所が、冷気によって凍結します。恐らく、私の動きを封じることが目的でしょう。
攻撃は回避しました。ですが、壁を蹴ってしまったので、今の私は空中ですね。はい。
『テトラ、次が来るぞ!』
「土魔法のー……クレイ!」
ご主人様の声を受け、第二打が放たれたことを知ります。ですが、私の視線は空の月。空中で方向転換が出来ませんので、敵の魔法を捉えることが出来ません。
ご主人様に引っ張ってもらいますか。ですが、私の意思がない限りは完璧な操作が出来ません。下手に彼の判断で動かせば、総崩れする危険もあるでしょう。
攻撃を視認するか、予測するのがベスト。
ですがどうやって……
『土魔法は絶対に地面から襲うんだ。魔法が使えなくても、性質は知ってた方が良いよ!』
声が響きました。
それは懐かしい響き。
敵の魔法は地上、着地点から私を襲う。その確信を得ました!
空中では機敏な動きが出来ませんが、ご主人様の操作によって身体を翻します。瞬間、その真横を突き出た大地がかすりました。
腕を深く擦りむきます。ですが、致命傷は回避! そのまま右足を下に伸ばし、不安定な姿勢のまま地上へと着地しました。
「避けられましたー?」
『テトラ、下だ!』
首をかしげるスノウさん。ですが、危機を脱出したのもつかの間。ご主人様が次の攻撃位置を知らせます。
下とはいったい? 私は既に着地していて、敵の魔法詠唱もなし。その状態でどうやって、下から攻撃するというのですか!
先ほどを反省して位置を知らせたんだと思いますが、これでは余計混乱しますよ! とにかく、我武者羅にナイフを握り下へと突き出してみます。
瞬間でした。
私の頭に再び、別の声が響きます。
『ナイフってのはこうやって使うんだ。盗賊だったらこれぐらい覚えておけ』
突如、足元から襲いかかる銀色の刃。それにナイフを打ち付け、攻撃をガードします。
状況は分かりませんが、すぐに飛びのいて退避。元いた場所に立っていたのは、剣を抜いたアリシアさんでした。
彼女は私の足元から斬りかかったんです。
地面に潜った? いいえ、違いますね。これは魔法、マキシマムの発出だと読みます。
「これは摩訶不思議! 小さくもなれるんですね!」
「切り札のミニマム……読まれちゃったか」
大きくなるだけじゃない。アリシアさんは小さくもなれるみたいです。
徐々に敵の攻撃も手荒になってきました。流石に命を奪おうとはしていませんが、五体満足で許してくれる雰囲気ではなさそうです。
さてさて、地上に降りたことでもう一人。私へと追撃を狙う少女がいるはずです。
一息もつけませんか……まったく、お転婆な御嬢さん方ですよ!
『もう一人、来るぞ!』
「テトラちゃん! いい加減、捕まりなさい!」
背後から襲う狼の牙、メイジーさんによる追撃です。ですが、私はもう慌てません!
だって、私にはこの世界で学んだ力があるんですから!
『獣人族はね。人間より耳とか鼻が良いんだよ。色んな種族のこと教えてあげる』
また、懐かしい声が助言します。
私は大きく息を吸い込み、振り向きざまに叫びました。
「がおーっ!」
「ひゃわん! うるさい……!」
犬耳を抑え、そのままメイジーさんは地面にダイブします。
なんか、私から攻撃は加えていないのに、彼女だけ酷い目に合っていますね。まあ、そういうポジションの子という事で、気にしないようにしましょう。
怒涛の攻撃、怒涛の追撃。三人同時の集中攻撃に、私は今も耐え続けています。
ですが、こちらから彼女たちへの攻撃手段はありません。振り切るか、説得するか以外に勝利の道はないでしょう。
また、得意のお喋りで話しをつけますか。そう思った時でした。
「二人とも、下がってください。私が直接戦います」
「え……スノウちゃんが……?」
りんごの髪飾りをつけた少女、スノウさんがこちらへと歩いてきます。えっと、彼女は魔法職ですよね? 直接戦うってどういう事でしょうか。
アリシアさんもその言葉に困惑しています。今までスノウさんは前線に出ませんでしたからね。やっぱり、彼女本人が戦うのは珍しいことなんでしょう。
不思議な人です……白雪のような肌に虚ろな瞳。彼女はまるで……
人形のような……
「死神が見えます……テトラさん、貴方はなにをするつもりですか……?」
「最っ高のショーを魅せるんですよ!」
私の考えを読んだような態度。逆に、私は彼女の事が全く読めません。
だから、こういう不思議ちゃんは苦手なんですよ……ふわふわしていて天然でマイペース。心で戦う私にとって大の天敵でした。
そんなスノウさんが、私を止めるために奮起しています。どうやら、私の目的に気づいたようですね。
「私が止めます……貴方のやることは私たちも……貴方の周りも悲しませるだけです……!」
やっぱり、彼女も良い人ですね。だから、私は心の中で謝りました。
ごめんなさい……でも……
私は引き返す気なんて毛頭ありません。たとえ、この先になにが待っていようと、彼女の言うように周りのみんなを悲しませても、私は目的のために戦います!
幸い、スノウさんは天然なので自分の考えを他に伝えません。余計なことを言う前に、さっさと振り払ってやりますよ。
逃走経路を考える私に、ご主人様がある情報を伝えます。
『こうして敵対関係になった以上、彼女のプライベートを考える必要はないだろう。スノウ・シュネーヴァイス。彼女の肉体は既に死んでいる。あれは死霊そのものだ』
「つまり、ゾンビ少女ってことですね」
そう言えば、前にご主人様はスノウさんが普通ではないと言ってましたね。死霊使いなので、死体人形と見抜いたという事でしょう。
それにしても、獣少女、巨大少女、ゾンビ少女って……
モーノさんってそういう性癖があるんですかね。業が深すぎるってレベルじゃねーですよ!
ま、一番さんの性癖なんてどうでも良いです。それより、今はスノウさんをどうにかしないと……
私が彼女と向き合っている間。メイジーさんがアリシアさんの手を引き、遠くの方へと離れていきます。あれ? 三人で戦うんじゃないんですか?
なんか、嫌な予感がして仕方ねーです。私は一歩後ろに下がり、スノウさんの攻撃を見抜くことにしました。
「いきますよー! どっくりんご~!」
詠唱の後、彼女の右手にりんご型の魔力が握られます。やがて、少女はこちらに向かって、それを勢いよく放ってきました。
ナイフで魔法を防げるはずがありません。当然、ここは回避に動くのが正解でしょう。
地面を蹴り、その場から飛びのいてりんごを回避します。すると、地面に触れたりんごは爆発し、周囲に紫の煙をまき散らしました。
『ふむ、これは毒か』
「毒使いって、だいたいどの作品でも無敵じゃないですか! やべーですって!」
右腕の袖で口をふさぎ、煙から逃げ出します。吸ったら絶対アウトですよ!
見かけによらず、スノウさんの扱う魔法は『毒』。他の魔法は全部前座で、彼女の本気はこの毒りんご爆弾だったという事でしょう。
これは確かにやべーですね。スノウさんは二個目、三個目の爆弾を放っていきます。私はそれらから逃げ回るのに精いっぱいでした。
「あんなに毒をまき散らして、本人は平気なんですか!」
『死霊の体に毒は利かない。実に利にかなった攻撃方法だろう』
「でも、メイジーさんとアリシアさんは逃げちゃいましたね。ああ、だから今まで戦わなかったんですか」
味方を巻き込んでの猛毒攻撃ですか。これは使いにくい。でも、嵌れば最強でしょう。
一見最強の魔法のように思えますが、弱点は何個も見えてきます。特に重要なのは、味方との共闘が出来ないという事でしょう。
装備で毒は防げるって聞きましたが、あの爆弾はダメですね。
近づくだけで肌がピリピリし、眼からも涙が出てきます。あれは、状態異常ではなく魔法攻撃なんですよ。
『さて、どうするつもりだ。逃がしてくれるようには見えないが』
「あ、良いこと考えました!」
ご主人様に手を聞かれ、すぐに作戦を考え付きます。
逃がしてくれないというのなら、逆に近づけばいいんですよ。味方を巻き込む攻撃を利用しない手はありません。
私は方向展開し、周囲を見渡します。そして目標を見つけ、仮面の下でにやりと笑いました。
さあ、この猛毒パレード、他の二人にも付き合ってもらいますよ!
テトラ「白雪姫は毒りんごで眠りにつき、王子様のキスで……」
スノウ「あ、原作だと毒りんごで死んでますよー。王子様は死体愛好家です」