46 宮廷道化師はお仕事中
この国のプリンセス、ターリア・バシレウスさん。彼女はジト目で私のことを観察し、口を三角にとがらせています。
これは完全に警戒されていますね。とりあえず、だれ? と聞かれたので自己紹介をしましょうか。
「私、貴方さまの専属道化師を務めさせていただく、テトラ・ゾケルと申します。以後、お見知りおきを」
「そう……」
それだけ聞くと、ターリア姫は再び茨の中に隠れてしまいます。
うへー、こいつは厄介ですねえ。まるで穴倉に潜む小動物か何かです。こちらに対して完全に無関心みたいですし、どうしましょうか……
私が色々考えていると、突然スピルさんが杖を構えます。そして、その先端に赤い炎を灯しました。
「どうする? 燃やして燻りだしちゃう?」
「そんなことをしてみなさい。斬首ですよ」
彼女の暴走をゲルダさんが止めます。今は茨の塊状態ですけど、中身はお姫様ですからね。荒っぽいことはやべーですって。
とにかく、ターリア姫が自主的に姿を現すことを考えなくてはなりません。要は彼女に興味を持たれれば良いんです。必要なのは演出ですよ。
「ゲルダさん、スピルさん。劇を開きます。協力してください」
まあ、こうするしかないですよね。大丈夫です。この国での私の劇は高レベルのはずですから。
一にこの国は戦争ばかりで娯楽文化が乏しい。二に私は別世界の娯楽知識を持っている。三にご主人様直伝の人形を使っている。四に大道芸人として実際に街で成功している。そして、五に私は語りや朗読に絶対的な自信を持っている。
絶対にいけます! 私は小道具を用意し、両腕を大きく広げました。
「ショウ・マスト・ゴー・オン! これより、このテトラによる人形劇を開幕いたします!」
先ほど国王様から聞きましたが。彼は今までに何人もの宮廷道化師を雇い、ターリア姫を楽しませようとしました。
ですが、すぐに飽きられて長続きしなかったらしいです。結局のところ、ターリア姫が最も求めていたのは話し相手。歳も性別も違う相手では満足できなかったのでしょう。
そのぶん私は有利。プロの方たちには負けますが、こっちにはチートっぽい知識があります!
「これより始めるのはプリンセスの物語。ある国にとても立派な王がいました。彼には二人の娘がおり、姉はわがままで意地悪、妹は心優いお姫様です」
右手人差し指で王を動かし、左手の人差し指と中指で二人のお姫様を動かします。登場キャラクターは極力少なく、自分の手で動かせる範囲に抑える。これは基本ですね。
さて、重要なのはストーリーです。私は茨に守られた姫に向かって、適当に考えた物語を語っていきました。
「ある日、王様は隣の国へと仕事に向かう事になりました。彼は二人の娘に聞きます。『私は数日ここを留守にする。お土産には何が欲しい?』。姉は『私はルビーのネックレスが欲しい』と言います。一方、妹は『私は一輪のバラの花が欲しい』と言いました」
漫画とか童話を混ぜたパチものっぽい話しですが、この世界の人はそれを知らない。それに比べる他の物語もない。多少の無理は通せるでしょう。
だから、私は恐れず語ります。人差し指の王様人形を動かし、物語を進めました。
「隣の国で仕事を終えた王様は、姉に頼まれたルビーのネックレスを買います。ですが、どうしても妹から頼まれたバラの花が見つかりません。仕方なく彼は、諦めて帰ることになりました」
私が劇を続けていると、ターリア姫を覆っていた茨が再び開かれます。そして、その隙間からジト目の彼女が見つめてきました。
ゲルダさんもそれに気づき、スピルさんと話します。
「どうやら興味を持ったようです」
「リスみたいだね……」
「帰る途中、王様はあるものを見つけました。それは何と、一面に広がるバラの庭園だったのです。彼は喜び、一輪の花を折りました。しかし、それは罠だったのです……」
私はスピルさんにアイコンタクトを送ります。そう、欲しいのは演出。炎魔法なら得意でしょう? ボッと一発灯しちゃってください。
彼女に目を向けつつ、左手に大きなドラゴンの人形を装着します。そして、指を器用に動かし、その口をパクパクと動かしました。
やがて、スピルさんは気づきます。彼女は詠唱を開始し、小さな炎魔法を舞台上に放ちました。
「ふぁ……ファイア!」
「突如、王様の前に一匹のドラゴンが降り立ちます。彼、薔薇の竜は言います。『誰の許可を得てこの庭園を荒らした』。王様はとっさに答えます。『私は娘のためにどうしてもバラの花が欲しかった』と……」
小さな炎の中から、人形のドラゴンを登場させます。スピルさん、完璧な火加減じゃないですか。これなら人形が燃えずに続行できますよ。
ターリア姫は驚き、茨の中で目を見開いています。そうですよね。魔法って生活や戦いに使うものだって思ってますよね。
ですが、このテトラはショーに使います! だって綺麗だもの!
「王は二人の娘の事、姉はルビーのネックレスを欲しがり、妹がバラの花を欲しがっていることを話しました。すると、ドラゴンは大笑いをします。『ルビーを買える財力がありながら、バラの花を欲しがるか! 面白い! その娘を呼んで来い。すれば、庭を荒らしたことを許してやる』」
左手を派手に動かし、ドラゴンの翼をはばたかせます。
ああ、右手の方にドラゴンを付ければよかった。利き手じゃないから動かし辛くてしかたねーです。
「やがて、王は城へと戻ります。そして、ことの全てを二人の娘に話しました。姉は関わり合いを避け、部屋を後にします。一方、妹は言いました。『国王である父の身に何かが起きれば、この国は滅びてしまうでしょう。私はドラゴンの元へと向かいます』」
ああ、この姫はなんて良い子なんでしょう。自分で話してて悲しくなります。
私は良い子じゃありませんが、語り手の性格なんて関係ありませんよねー。気にせずどんどん進めていきます。
「次の朝、王さまとお姫さまはドラゴンの元へと向かいます。薔薇の花が咲く庭園、そこでドラゴンは待っていました。二人は恐れ、震えあがってしまいます。しかし、ドラゴンの様子が以前と違っていました。彼は優しい声で言います。『怖がらないでほしい。ボクは貴方に妃となってもらいたいんだ』」
なに言ってんだこのドラゴン。心の中で突っ込みます。
「お姫様は断ります。恐ろしいドラゴンのお嫁さんになる気なんてありません。しかし、ドラゴンは何度も何度もすがるように頼みます。不思議に思ったお姫様は、この庭園に残ることを決めました。『お父様、私はここでドラゴンを見張っています。どうかお父様は国へお戻りください』。王様は娘の意思を受け、一人国へと戻っていきました」
さて、次はゲルダさんの番です。私は小声で「雪! 雪!」と言いつつ、舞台からバラの花を取り除いていきました。
彼女はすぐに気づくと、こちら向かってふぅーっと息を吹きかけます。すると、その息は雪雲に変わり、舞台上にしんしんと降り注ぎました。
「月日は流れ、雪が降るころ。ドラゴンは再び自分の妃になるように頼みます。彼と共に暮らし続けたお姫様は、その言葉に『はい、貴方の妃となります』と答えてしまいました。少しづつ、恋心が芽生え始めていたのです。ですが、それを境にドラゴンは突然消えてしまいました」
さて、クライマックスですね。私は右手の人差し指につけたお姫様を動かし、舞台上を走らせます。
「雪の降り積もる中、お姫様は懸命にドラゴンを探します。やがて、そんな彼女の手を一人の男性が握りました。その姿はまるで美しい王子さま、彼はお姫様に向かって言います。『どこに行くのかな。ボクの御妃様』。その言葉にお姫様は驚きます」
左手に王子さま、右手にお姫様。二人を仲良く寄り添わせます。
「王子はさらに続けます。『貴方の愛と優しさで、ボクは元の姿に戻れました。本当にありがとう』。そう、ドラゴンは呪いをかけられた王子だったのです。間もなく、二人は結婚式をあげ、幸せに暮らしました。これにて幕引きです」
オチが弱い。お姉ちゃんどこに消えたの? 自分で作ってなんですが、これって物語としてどうなんでしょう……
私が劇を終えると、スピルさんが笑顔で、ゲルダさんが無表情で拍手をします。いえ、嬉しいんですけど貴方たちの喝采はいらないんですよね……
ターリア姫です! 彼女の反応はどうなんですか!
私が姫の方に目を向けると、先ほどまであった茨が全てなくなっていました。代わりにあったのは大きなベッド。彼女はそこから飛び降り、私の前に立ちます。
「ドラゴンは倒さないの……?」
「え……?」
えっと、話し聞いてました……?
ドラゴンは王子さまなんですって! 倒してどうするんですか! 押し倒して逆レ○プするんですか!
私がそんなふざけたことを考えていても、ターリア姫の目はマジでした。
「ドラゴンは倒さないの……!?」
「えええ……!?」
何ですか……倒してほしかったんですか?
ギャラリーの期待に応えられなかったのは残念ですが、エンターテイナーにも拘りってものがあります。この物語は愛のお話、バトルは別の物語で語りますから!
「た……倒しませんよ! 倒さず解決するならその方が良いでしょう!」
「そう……」
納得したターリア姫は再びジト目で大あくびをします。そして、またベッドの中へと戻っていきました。
私の物語、つまらなかったんですかね……面白かったらこんな反応しませんよね。
うーん、これは凹みますね。でも、仕方ないです。自分の実力不足は認めましょう! 次に頑張ればいいんです!
とりあえず、姫は寝ちゃいましたし、今日は帰ることになります。
ですが、私たちが部屋を後にしようとしたとき、ベッドからターリア姫が顔を出しましました。
「明日も来る……?」
「え……ええ! 勿論です!」
思わず、そう答えてしまいます。
すると、彼女はにんまりと怪しい笑みを浮かべました。
「そう……ふっ……」
え……何ですかその微妙な反応は! 分からない! この子、分からない!
ターリア姫がベッドに潜るのと同時に、再び茨がその周囲を覆います。これは王様もハイリンヒ王子も大変ですね……
ですがまあ、笑ってもらえたのは良かったです。もしかして、一応楽しんでくれたのかもしれません。