04 どうやら私は売られてしまうようです
草原を進んだ先。森の中に隠された洞窟。
目隠しをされて詳しい場所は分かりませんが、半日そこらでこの場所に到着しました。どうやらここは小さな盗賊団のアジトのようで、兄貴さんはそのリーダーのようです。
メンバーは全員男性で、十代から二十代ばかりで組織されてるようですね。人種は様々ですけど、中でも褐色肌のアラブ系っぽい人たちが多く見られます。兄貴さんもこの人種ですね。
「今帰ったぞ。お前ら、久々の獲物が手に入った」
「お……女だ! 兄貴、やっちまいましょうよ!」
「アホか。こいつは当分の食い扶持だ。使って価値落とすんじゃねえよ」
兄貴さん以外の人たちは女性に飢えているようです。まったく、男性というものはエッチな事しか考えていませんね。本当に汚らわしいものですよ!
でも、兄貴さんはエッチな事より、生き残る事を最優先しているようです。確かに、盗賊業なんてしていたら明日が無事という保証はありませんもの。
備えあれば憂いなしという事でしょうか。その備えに使われる私としては、たまったものじゃありませんが。
この世界にも普通に昼と夜があるようで、外はすっかり真っ暗になりました。
どうも私が出荷されるのは明日の朝のようで、ここで一夜を過ごすことになります。男だらけの中に放り込まれるのは嫌ですが、兄貴さんが夜通しで見張ってくれるから安心。
って、襲われることはないけど逃げる事も出来ないですね。はい……
私が寝る場所は土の上。薄い布を轢いて盗賊さんたちと一緒に雑魚寝状態です。
ベッドどころか、敷布団もなしですか……布も相当使いまわしているようで、ボロボロのグチャグチャです。これはまあ、安眠なんて出来るはずがありませんね。
寝つける気がしないので、隣で腕を組んで見張っている兄貴さんに話しかけてみます。盗賊と話す機会なんて、元いた世界では絶対にありえませんから。
「あまり良い暮らしはしていないんですね」
「ほっとけ……」
盗賊行もギリギリという事でしょうか。命がけの悪行を熟して、得られる生活はこの程度。彼らを見て、この世界の格差というものを一瞬で察してしまいました。
盗賊は負け組。社会における底辺。
贅沢な暮らしをするために、人から奪う盗賊なんてあまりいないでしょう。だからこそ、私はこんな事を聞いてみます。
「兄貴さんはなんで盗賊をしているんですか?」
「何なんださっきから。黙ってろ」
黙れと言われましたが、身の安全は保障されてるので無視ですね。暇なので質問攻めです。
「人を殺したこともあるんですか?」
「……当たり前だろ。俺は盗賊だ」
あ、食いついた。質問に答えてくれました。
これはあれですか、殺し自慢とかそういう流れですか。私はそういう乱暴な行為は大嫌いなので、大人っぽく説教してみます。
「命をかけて命を奪うのって虚しいだけですよね。誰も得しませんよ」
「……ちっ」
そんな私の言葉に対して兄貴さん渾身の舌打ち。あーあ、怒らせてしまいましたか。
突然身を乗り出し、地面に転がっている私に向かってまさかの床ドン。奥歯を噛みしめながら、兄貴さんは低い声で私を威圧します。
「欲しいから奪うんだ……人間誰でもまともに生きる権利があると思うなよ。世間知らずが……」
「他者の命を奪う権利もないのに、よく言いますよ」
眼力だけで人を殺せそうな形相で兄貴さんが睨みます。でも、私は懸命に睨み返してやりました。
死ぬのが怖くない訳ではありません。ですが、私には失う物がなにもないのです。
他の転生者の皆さんも、転生自体に恐怖を抱かなかったでしょう? それは、やっぱり現実に未練がないからですね。
死も同じなんです。重荷がなければないほど、命は軽んじられるものなんですよ。
長い夜が明け、この世界に来て初めての朝日が昇りました。
私は盗賊さんが呼び付けた馬車に乗せられ、奴隷市へと運ばれている状態です。兄貴さんを含めた二人が私に付き添っているので、逃げ出すことはここでも不可能でしょう。
馬車はガタゴトと地獄に向かっています。まあ、今までも十分に地獄なんですが。
一日目からいきなり盗賊に捕まり、汚い洞窟で雑魚寝する羽目になった私。きっと、これから売られて更なる地獄のような日々が待っている事でしょう。
首を吊る選択も考えているほど絶望しています。本当は物凄く泣きたいです。
でも、人前で弱い姿は見せたくありません! そうです! 歌でも歌って気を紛らわせましょう!
「ドナドナドーナドーナ……子牛を乗せてー……」
「耳障りだ。黙ってろ」
速攻兄貴さんに怒られます。どうやら、歌で気を紛らわすことすらさせてくれないようですね。ケチ……
狭い馬車の中、私は開口部から景色を見ていきます。見渡す限りの草原、時々狼のような動物や液体状の謎物質が視界に入ります。
あれが噂に聞くモンスターですか。走る馬から逃げ出している様子を見るに、滅茶苦茶強いというわけではなさそうです。まあ、それでも怖いですけど。
この世界の人たちにとって、モンスターは日常の一部のようですね。盗賊さんがそのモンスターに関して何か言ってます。
「女、運が良かったな。どういう理由かは知らねえが、丸腰で街から出るなんて頭がおかしいぜ。これから売られちまうが、モンスターに食われるよりマシだろ」
「あー、やっぱりそうでしたか。貴方たちは命の恩人ですねー。売られますけど」
走る馬から逃げ出すようですが、私のような丸腰のミジンコなら襲うという事ですか。熊とか猪とか、このあたりのモンスターはそれぐらいの認識で良さそうです。
実際に戦うとなれば、それなりの手段を用意しないといけませんね。ま、絶対に戦いたくありませんけど!
私は一人、外の景色を見つめていきます。この世界を理解するためには、こうやって自分の目に焼き付ける以外にありません。ここから見える景色だけが私の情報源ですから。
でも、現状ではモンスターがいる以外はただの風景ですね。やっぱり、他の人に会わない限り進展はなさそうです。
他に情報を得る手段と言えば、やっぱり盗賊さんとの会話でしょうか。私がふと兄貴さんの方を見ると、彼は目を閉じて何やら呪文のようなものを唱えていました。
馬車の床にナイフを突き立て、それに向かって一人言葉をこぼしています。ナイフの柄には人の形をしたレリーフが掘られていますね。
これは……お祈り?
「女神バアルよ……少女の犠牲のもとに私は生き残ってしまうでしょう。罪深き私をお許しください……」
少女とは私のことでしょうか。これから私を売ろうとしておいて、今さら神に許しを請うつもりですか。
悪行の限りを尽くした貴方たちに、神さまが施しを与えるはずがありません。むしろ、彼らは悪魔に魂を売った外道の集まりです。
なので、私はハッキリと言ってやりますよ。盗賊なんて身の程をわきまえるべきなんです!
「盗賊行なんてしているのに、神様に祈るんですか。貴方なんて絶対に救われませんよ」
「ああ、だからこうやって謝ってんだよ。クズに生まれちまってすいませんってな」
救いのためではなく、謝罪のためのお祈りという事ですか。どうやら、見返りを求めているわけではなさそうですね。
ですが、謝って済むのなら警察はいりません! この世界に警察がいるかどうかは微妙ですけど、それでもやっぱり許せません!
私は兄貴さんからそっぽを向いて、再び馬車の外に視線を向けました。盗賊は盗賊です。悪い人たちと仲良くするつもりなんてありませんからね!
馬車に揺られ、ようやく街に到着しました。
周囲は高い壁に囲まれていて、大きな門によって出入りしているようです。これは、モンスターの侵入を防ぐための壁ですか。いえ、それだけではないのかもしれません。
馬車の外に見えるのは石造りの町並み。ガラスが普及していないんでしょう。どれも窓がとても小さくて、木の扉で開け閉めするという感じですね。
どの家にも煙突がついているので、冬は冷え込むと分かります。この世界、この場所にも四季があると分かりました。
まるでアニメとかゲームの世界ですね。感動のあまり、馴れ馴れしく兄貴さんに会話をふってしまいます。
「わあ、おとぎ話の世界みたいですね。見えますか兄貴さん!」
「お前といると頭が痛くなってくる……さっさと売り飛ばしてえよ」
文字通り頭を抱えつつ、彼は大きなため息をつきました。これは完全に諦めている感じでしょう。
もう一人の盗賊さんが私の頭に手を乗せます。すっごく嫌ですけど、縛り上げられているので抵抗出来ません。
兄貴さんと違ってこっちの人は私に対して友好的です。顔は完全にモブですけどね。
「兄貴、この女図太い根性持っていますぜ。奴隷になってからも、何だかんだでしつこく生き延びるんじゃないっすか?」
「知るか。俺たちには関係ねえよ」
馬車は人気の少ない裏路地に入り、そこで走りを止めました。いよいよ、私にその時が来るようですね。
兄貴さんは私を縛っている縄を乱暴にひっぱり、馬車から無理やり下ろします。そして、辛辣な表情で裏路地の奥へと歩き始めました。
こんな薄暗い場所にあるお店がまともであるはずがありません。どうやら、私は非合法に売りさばかれるようです。
「俺たちは生きる。そして居場所を取り戻す。そのためには情なんて捨てろ! こんな女に感化されるな!」
「へ……へい……」
別に感化するようなことは言ってないですよね。兄貴さんは何をカッカしているのでしょうか。
まあでも、この二人ともここでお別れですか。奴隷のお店ではまた別の出会いがあることでしょう。
とにかく今はご飯が欲しいです。ケチな盗賊さんのせいで昨日から何も食べていません。
最も、まともなものは食べさせてくれないでしょう。
これから私は最底辺の奴隷になるんですから。
テトラ「盗賊さんって、やっぱり悪党のイメージが強いですよね」
盗賊兄貴「だが、実際はその大半が紛争難民ってのが現実だ。楽をするために盗賊になった奴なんて、ほんの一握りだと思っておけ」