45 国王一家とご対面です
豪華な蝋燭のシャンデリアに、この世界では高級であろう化粧台。カーテンに覆われたベッドに、無駄にゴテゴテした絨毯。
そんな王宮の一室にて、私は戦闘衣装へと着替えていきます。
二股帽子の派手な衣装。ボディペイントのような頬の紋章。本来、王との謁見でこのような格好は無礼ですが、私は大道芸人の身ですからね。
この衣装も様になってしまって、正直複雑な気分です。
メイドのスピルさんはそんな私の姿に興奮気味の様子。
まあ、ご主人様が作った服ですから、クオリティが高いのも当然ですよ。
「綺麗な衣装……キラキラしたピエロさんですね!」
「いいえ、彼女はジェスターです。こうやって、王宮に雇われたのですから」
ゲルダさんは私を宮廷道化師として見ているようです。宮廷道化師ことジェスター。王や貴族に買われ、家畜同然の扱いを受けていた奴隷ですね。
ジェスターは最底辺故に、主人に対して無礼な発言も許されていたらしいです。人によっては王に提案し、政治にすら影響を与えたとご主人様は言っていました。
道化は自由で自然体。
自然体は神に触れることを意味し、それは決して馬鹿にできるものではない。
トランプのジョーカー。タロットの愚者。
盤上を狂わせるトリックスターであり、先の分からない可能性のカード。
この世界にもタロットカードの原型があるのか、メイドのゲルダさんは注意を呼びかけます。
「愚者は全ての始まり。道化が全ての人間を楽しませる事と同じように、死は全ての人間に平等です。能力の使い方を間違えれば、それは死神となりえるでしょう」
「王様に余計なことは言うなって事ですね。分かってますよ」
随分と意味深なことを言うじゃありませんか。私は身の程をわきまえていますので大丈夫です。
ですが、どうしても異世界転生者の血が騒いでしまいますね。
王との謁見は私が成り上がるためのチャンス。なんのチートも貰わなかった私が、異世界無双を行える可能性を秘めています。
別に野望はありませんが、後ろ盾は喉から手が出るほど欲しい。王を説得し、戦争をなくすことが出来ればグリザさんのような人を減らせるかもしれない……!
って、これって野望ですよねー。
なんて考えている時でした。
「やあ、こんにちは麗しき御嬢さん。ケロローン!」
部屋を出て、王の玉座へ向かおうとした時でした。私の足元から誰かの声が響きます。
目に入ったのは二足歩行のカエル。金色の王冠に赤いマント。キリリとした目つきは、カエルなのにどことなくイケメンの雰囲気を漂わせています。
私、カエルに話しかけられた? 何で城内にカエルが? 当然混乱します。
モンスターでしょうか、精霊でしょうか。どうやら、そのどちらでもない様子。スピルさんが彼に向かって叫びます。
「ハインリヒ王子! また勝手に抜け出したんですね」
「いやいや、ベリアル卿が面白いことをやっていると思ってね。監視がてらさ」
カエルはぴょんと飛び跳ねると空中で一回転します。すると、その姿はたちまち好青年へと早変わりしました。
これは、変化の魔法ですか! 魔法というものは色々出来て面白いですね。種別としてはアリシアさんの使った巨大化に近いかもしれません。
それにしても、ハインリヒ王子って……
いえいえ、どう考えてもバシレウス王の息子! 正真正銘、カルポス聖国の王子さまですよ! 何でこんなところでエンカウントしたんですか!
無礼のないように接しようとしたとき、彼の方が馴れ馴れしく声をかけてきます。
「御嬢さん方、良かったらテラスでお茶でもどうかな? 良い紅茶を用意するよ」
「またそんなこと言って……エラさんに殺されますよ」
ジト目で見つめるスピルさん。どうやら、ハインリヒ王子は毎度こんな感じみたいですね。
身長は低めですが、金髪に青い瞳のイケメン王子。腰には剣を装備していて、城内であろうと一切の油断をしていない様子です。
あー、この人強いですね。そりゃモーノさんには及びませんが、この世界では間違いなく強者の部類でしょう。
彼はお気楽な態度で、スピルさんに言葉を返します。
「大丈夫大丈夫、そのためにカエルに化けて……」
「ハインリヒさま!」
突如、どこからか女性の声が響き、ハインリヒ王子はびくっとします。どうやら、声の主は廊下の清掃をしていた掃除婦さんのようですね。
布を頭に巻き、大きな箒を持った彼女。年齢は私と同じぐらいでしょうか? よっぽど真剣に掃除をしていたのか、体中が薄汚れています。
ハインリヒ王子はそんな掃除婦さんとお知り合いの様子。驚いた様子で言葉を放ちます。
「そ……掃除婦に扮するとは卑怯な!」
「カエルに扮した貴方が言いますか! 王子たるもの真面目に勤勉に! さあ、12時まではきっちりかっちり挨拶まわりです!」
女性に後ろから抱き掴まれ、王子の動きは完全に止められました。彼、この人から逃げるためにカエルになったんでしょうか? そもそも、この女性は誰……?
なんて疑問を抱いていると、ゲルダさんがその解説をしていきます。
「こちら、エラ・サンドリオン妃殿下その人。二人は毎度のように追いかけっこをしています」
あ、この地味な掃除婦さんがハインリヒ王子の婚約者でしたか。どうやらどこかのお姫様のようですが、掃除婦姿が様になってるのはなぜ?
いえ、それ以前に何で二人は追いかけっこをしているんですか! 解説がまったく解説になっていませんよ! これは追及が必要ですね。
「あの、二人は何で……」
「隙あり! ケロローン!」
「し……しまったです!」
私が口を開くと、再びハインリヒさんがカエルの姿に変化します。そして、エラさんの腕から飛び出し、廊下をピョンピョンと走り跳ねていきました。
このカエル無駄に速い! 珍妙なカエル姿も無駄ではありませんね。
エラさんはぐぬぬ……と悔しそうな表情をしつつ、彼の後を追って走っていきます。大きな箒を持っているのに、よく頑張るものですよ。
「エラさん、大変ですね……状況まったく分かりませんけど」
「エラ妃殿下はスケジュールにうるさいんですよ。ハインリヒ王子は束縛を嫌います。両方の価値観の差がこの状況を作り出したのかと思われます」
ゲルダさん、マジな顔でマジな考察入れないでください。生々しいからあまり聞きたくありませんでしたよ……
どうやら、国王一家は癖の強い人ばかりのようですね。これは、国王謁見も気を引き締めなくてはならないようです。
バシレウス七世。カルポス聖国を統治する七番目の王様です。
元の名前はギムノス・バシレウス。王位を継いだことにより、正式にバシレウス七世となったわけです。色々と面倒なシステムですね。
彼はこの聖国を動かし、周囲の国々に対し侵略行為を繰り返しました。精霊信仰をする獣人たちを奴隷にし、褐色肌の砂漠の民を国から追い出しています。勿論、これだけではないでしょう。
悪人です。悪人に決まっています。
そんな私の心はポッキリと折れてしまいました。
「素晴らしい! これならば娘も喜んでくれるだろう!」
「お褒めに頂いて光栄に思います」
大喜びする国王様。右手を前に出し、深く頭を下げる私。
王の間にて人形劇を披露し、得意の語りで観客を引き込みます。手ごたえは十分。同時に国王がどんな人物かも把握しました。
バシレウス七世、彼がどんな人物かと言いますと……
なんてことはない普通のおっさんでした。
もし、王が民を騙し、非道な独裁によって国を動かしているのなら止めるべきでしょう。ですが、私の目の前にいるのは気の優しそうなおじさん。つまりそういう事です。
この国を戦乱に動かしているのは王ではありません。国民の思想そのものが、周囲から搾取するのが当然という認識なのです。
だから、戦争に勝利し、新たな土地を手に入れれば国民全員で喜びます。
これはもう、どうにもなりません。国の認識を変えない限り、争いがなくなることは不可能。勿論、そんなことはどんなチート転生者でも不可能です。
仮に出来たとしてもそれは単なる洗脳行為。根本的な解決には至らないでしょう。
「私の娘とそう歳は変わらないだろう。教養もあり、礼儀もわきまえている。主人に恵まれているな」
「そんな、勿体ないお言葉です」
国王の優しい言葉がこの国の……いえ、この世界の闇をより一層浮き彫りにさせます。それが、悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。
結局、異世界無双なんて自惚れだったのです。私は国を動かすことなんて出来ませんし、人々の認識全てを操作なんて出来ません。
なんてちっぽけな存在でしょう。改めて、自身の弱さを思い知りました。
王の許可をもらい、ようやく本題へと入ります。
そうですよ! 私の仕事はこの国のプリンセス、ターリア・バシレウスさんを喜ばせることです。あわよくば王を操作しようだなんて、やましい考えはやめましょう!
使用人さんに連れられ、私たちは上階へと上っていきます。
この城、まるで迷路のように複雑で大きいですね。ドイツの古城を写真で見たことがありますが、あれとまんま同じです。
でも、生活感がありますし、作りも古くありません。こういう現実世界で見れないものを見れるのが異世界転生の良いところです。まあ、最初は文句を言ってましたけど。
やがて、最上階の一室へと案内されます。どうやら、ここがターリアさんの部屋みたいですね。
扉を開けると、そこは子供部屋でした。ご主人様が作っているような人形が置かれ、絨毯やカーテンは可愛らしい花の模様で飾られています。
ですが、そんなものより気になるものが一つ。
それは、ベッドの周りを覆うトゲトゲの茨。何かを守るように、植物がそこだけ生い茂っていました。
「あれは……」
「ターリア姫の魔法です。彼女は植物魔法の才能を持っており、睡眠時は無意識に自身を守っているのです」
また魔法ですか! 兄妹揃って魔法使いですか! 王の血族は伊達ではありませんね。
やがて、茨は少しずつ開いていき、中から一人の少女が顔を出します。長髪に薔薇の冠をつけた少女。歳は私より少し下で、今は眠気眼な様子ですね。
彼女はジト目で私を観察し、やがて大あくびをします。
「ふあー……誰……?」
これは、お兄さまとは随分とキャラが違いますね……何と言いますか、物凄くマイペースな人っぽいです。
とりあえず、劇をしなくては! 私は宮廷道化師、ちゃーんと自分の仕事を熟さなければなりません。
なんだか手ごわそうですが、胸を張って取り組むことにします。