44 王都に向けて出発します
高貴であり無邪気である。清楚であり意地悪である。
ベリアル卿はそんな人種の人間で、私の反応を楽しんでいるように感じます。彼の思い通りなのは面白くありませんが、流石に王の名前を出されると動揺してしまいますよ。
とにかく落ち着きましょう! 落ち着きつつ、事実を確認しましょう!
「ごごご……御冗談を!」
「冗談は好きですが、真実を述べて困惑させるのはもっと好きでして」
どうやら、ベリアル卿はマジのようですね。国王の娘さんが退屈しているというのは本当のようです。
なら、こちらも真剣に向き合いましょうか。彼は確かに混沌を求める気質があるようですが、意味もなくそれを行う人とは思えません。
私のような道化とは違い、綿密な計算で動く策士。そんな印象を受けました。
やがて、国王の娘さんについて、メイドのスピルさんが語っていきます。
「カルポス聖国のお姫様、ターリア・バシレウスさま。つい数週間前にお兄さんのハインリヒ・バシレウスさまが婚約をしてね。それで目くじら立てちゃって」
「あはは……ブラコンなんですね」
ターリアさん、超不機嫌みたいです。お姫様ですし、娯楽に対しては相当に目が肥えているでしょう。こちらも現実世界の知識をフル活用して望まないといけませんね。
私としてはマジで頼みを受けるつもりです。それを理解しているのか、ベリアル卿はこんなことを言い出しました。
「勿論、断っていただいても構いません。もっとも……盗賊団のアジトに単身で乗り込み、冒険者相手に堂々と立ち塞がる貴方が、このチャンスを逃すとは思えませんが」
「あははー、そう思ってる貴方を裏切ってみるのも面白いかもしれませんねー」
捻くれ者の私は、彼に対して意地悪を返してしまいます。ですが、大臣様は顔色一つ変えず、こちらの言葉を流しました。
「私としては波風を立ててもらいたいのです。恩を返すつもりで一つどうでしょう?」
「そうですね。貴方には恩が二つもあります」
ああ、そう繋げるわけですか。恩を返さなければいけないという使命感を刺激しつつ、自分は楽しむためにやっているから裏はないと弁明しています。
私が混沌を求める性格だと理解して、あえてこの舞台を与えている。そして、その様を面白おかしく目の肥やしとする。確証はありませんが、私は彼の行動をこう読みました。
上等です。人を泳がしてショーを演じさせるのなら、こちらも笑顔で演じてやります。
「そして、今回で三回目です。国王謁見というチャンス。恵んでいただいて心から感謝いたします」
「そうこなくては、期待していますよ」
現状、ベリアル卿はちょっと意地悪ないい人です。やはり、僅かに感じる悪意は気のせいなんでしょうか?
警戒心が少しずつ薄れていくのが怖いですね。心許してはいけないと一度は確信したんですが。
いずれにせよ。悪事を働いてもいない彼を悪く思うのはお門違いです。ここは快く頼みを受け、それを実行する事だけを考えましょう。
王との謁見がチャンスというのは事実ですしね。
家に戻った私は、早速ご主人様に報告をします。許しが出るとは思いますが、一応確認しなくてはいけません。
「というわけで、王都ポルトカリに出向くことになりました」
「そうか、承知したぞ」
彼はお人形作りに熱中した様子で、すぐに動く雰囲気じゃないです。これはやる気がありませんね。また私一人で出かける形になるんでしょう。
一応、今度は付き添うようにお願いしてみます。私だって、知らない街に出向くのは怖いんですから。
「あの……ご主人様もご一緒しませんか? 正直心細いのですが……」
「ふむ、分かった。追って訪れるとしよう」
あ、後で来てくれるんですね。今はダメみたいですけど。
人形作りの最中、ご主人様は真剣そのものです。職人気質なのは分かっていますが、相手をしてくれないのは正直つまらないですね。
気に入らないので毒を吐き捨てていきます。
「なんか、ご主人様素っ気ないですね」
「む……」
それにより、ご主人様は傷ついた様子。めんどくせー。
天才的な能力を持っていますが、人としては完全にダメダメです。まったく、ベリアル卿を見習ってほしいものですよ!
ですが、手間のかかる相手の方が、尽くし甲斐があるというものです。私、悪い男に引っかかっちゃいますかねー。
一日が経ち、再びベリアル卿の屋敷に訪れました。
門の前ではすでにゲルダさんとスピルさんが待っていて、馬車の準備までされています。
教会の鐘の音が鳴ったら10時。その約束の時間よりずいぶん前に訪れたんですけどね。どうやら、ゲルダさんは相当に仕事ができるようです。
「テトラさま、お待ちしておりました。ベリアル卿は職務のため、このゲルダとスピルが貴方様にお付添いいたします」
「テトラちゃんよろしくー!」
丁寧に頭を下げるゲルダさん。無邪気に接するスピルさん。私は奴隷という立場なんですが、この二人は全くそれを気にしていないみたいです。
寒さに凍え、生き倒ていたスピルさん。彼女が私を見下さないのは分かります。ですが、ゲルダさんはなぜこうも丁寧に接してくれるのか。
とりあえず、遠回しに聞いてみます。
「頬の紋章をご覧の通り、私は奴隷という立場なんですが……」
「……? 貴方さまは大切な客人です。さらには頼まれごとを承っている以上、誠意をもって尽くすのは当然ではありませんか」
なぜそんな事を気にするのか分からない。そんな表情で彼女は首をかしげます。
事務的な性格なんでしょう。雪のように冷たいですが、ほんわかと柔らかくも感じます。まっ白い肌に母性溢れる顔つき、文句なしの美人さんですね。
その姿はまるで天使さまじゃないですか。女として完全に負けているので、あまり彼女の隣には立ちたくないところです。
やがて、三人を乗せた馬車は王都に向かって走り出します。
運転手の雇われおっさんに対してはノーコメント。特別語る部分はありません。
それより気になるのは、やっぱりゲルタさんです。こういう生真面目で誠実な人ほど、道化の私は引っ掻き回したいんですよねー。
とにかく、会話をしまくって距離を縮めます。権力者の周囲とは親交を深めた方が良いですから。
「お二人はベリアル卿に付き添わなくていいんでしょうか?」
「ご主人様にはトリシュさまが付いておられます。彼女は使用人ではありませんが、ご主人様に恩を売ることを嫌います。だからこそ、大臣の仕事を積極的に受けているのです」
ほへー、トリシュさんも生真面目なんですね。私とはえらい違いです。
それにしても、彼女はベリアル卿のお手伝いではないんですね。なら、いったいどんな立場なんでしょう?
そんなことを思っていたら、聞いてもいないのにスピルさんが語り始めます。
「トリシュちゃんはね。この国の王子さま、ハインリヒさまと婚約していたんだ。でも、色々と問題を起こしちゃってね。婚約破棄どころか国外追放されそうだった時、ベリアルさまが引き取ったんだよ」
そりゃまあ、なんて波乱万丈な……
色々と詳細を聞きたいところですが、ゲルダさんが会話を止めてしまいます。どうやら、この話自体がタブーみたいですね。
「スピルさん、その話はすべきではありません。陰口に聞こえてしまいますよ」
「ご……ごめんなさい」
まあ、トリシュさんは客人ですし、たとえ事実でも口にすることじゃありませんね。こんな空気になるという事は、よっぽど悪いことをやらかしちゃったんでしょう。
ですが、ここで僅かなずれを感じてしまいます。
以前、トリシュさんに会いましたが、彼女は見ず知らずのバートさんを回復魔法で治療しました。そんな慈悲深い人が、国外追放されるほどの悪行をしますかね?
追い詰められていたのでしょうか? それとも、彼女なりの正義があったのでしょうか? 何にしても、そこに何らかの物語があると思えてしまいます。
トリシュ・カルディアさん、彼女は要チェックですよ。
壁。壁。壁!
巨大な壁が都そのものを覆っています!
私たちがたどりついた街は王都ポルトカリ。城壁で徹底的にガードされたこの街は、城郭都市って言うらしいです。
モンスターから守ってよし、周辺国から守ってよし、魔王から守ってよし。まさに一石三鳥! 周囲に喧嘩を売りまくるカルポス聖国だからこそと言えるでしょう。
巨大な門をくぐるとそこは大都市でした。
フラウラの街なんて目じゃありません! 人の数も、街の賑やかも、まさに桁違いでした。
街並みもレンガ造りが多く、木造の家屋はほとんどありません。頑丈で一軒一軒が大きく、比較的富裕層ばかりがここに住んでいると分かりました。
ですが、裏路地では多くの物乞いが見られます。大都市だからこそ、貧富の差はあからさまですね。恐らく、この街にもスラム街はあるんでしょう。
馬車に揺られつつ、私は都市を見つめていました。すると、ゲルダさんにしっかりと釘を刺されてしまいます。
「テトラさま、そろそろ馬車を降ります。くれぐれも私から離れないようお願いします。スピルさん、貴方は私の手を握っているように」
「はーい」
お母んですか貴方は……まあ、スピルさんはしっかり見張ってないと消えちゃいそうですね。
馬車は城下町を進み、真っ直ぐとお城の方へと向かいます。ここから見てもその大きさが分かりますよ! でけえ! すげえ! 興奮が収まらねえです!
完全に映画とかで見るドイツの古城ですよ! しかも、城だけではなく街の光景全てがレジェンド級です!
装飾に拘った教会はまさにファンタジー。ああ、観光として入りたい。でも、ゲルダさんに怒られそうだから我慢します。
そんなテンションの中でした。突如、空の上からけたたましい鳴き声が響きます。
これは、鳥ですか……? いえ、普通の鳥ではありませんよね。鳴き声の大きさからすると間違いなく怪鳥でしょう。
私が不思議に思っていると、すぐにスピルさんが解説してくれます。
「鳥型のモンスターだよ。大きな壁でも、飛べるモンスターは防げないんだ。でも大丈夫、すぐに王宮騎士の人が撃ち落としてくれるから」
「あの程度なら簡単に対処できます。ドラゴンでも襲撃しない限りは安全でしょう」
それはフラグですか……?
いえいえ! ドラゴンなんて異世界転生してから一度も見ていませんし、絶対会うことはないでしょう!
だって、ドラゴンですよ? 超レアモンスターですよ? 一般市民の私とは無縁ですって!
なんて、嫌な予感を押し殺しつつ、私は馬車に揺られるのでした。