43 ファウスト家にて大混乱です
突如現れたファウスト家の使用人、スピル・フォティアさん。
彼女とは全く面識がなく、どうして話をつけてくれることになったのか疑問です。私を救う事によって、いったい何のメリットがあるのでしょうか。
とりあえず、悪い人じゃなさそうなので聞いてみます。こっちは助けてもらった身ですしね。
「えっと……スピルさん? どうして助けてくれたんですか」
「だって、テトラちゃんの人形劇面白いもん! 三日ぐらい前から子供に混ざって見てたけど、すっかりファンになっちゃって」
な……なんて恥ずかしい人だ! 違った。なんて無邪気な人だ!
つまり、純粋に私の人形劇を評価して助けてくれたんですね。疑ってすいませんでした。
こちらの都合も聞かず、スピルさんは勝手に話を進めていきます。結果、今からベリアル卿に大道芸の許可を貰いに行くことになりました。
確か、領主さまのお屋敷は街外れでしたね。フラウラの街は王都に次いで大きいので、ここから歩いて数十分はかかります。どうやら、スピルさんはそれが面倒な様子。
「さって! お屋敷まで距離があるし、飛んで行こっか?」
「……はへ?」
飛んで行く……? 待ってください。飛べるんですか?
私の疑問を余所に、スピルさんは背中に背負った杖にまたがります。その瞬間、どうやって飛ぶのかを瞬時に察してしまいました。
えー、嫌だなあ……あんな危険でお尻が痛そうな杖には乗りたくないなあ……
なんて考えていても、彼女は露骨にアピールしてきます。私の顔を見て「さあ、後ろに乗って!」と言わんばかりですね。
仕方ないので観念して相乗りします。すげー恥ずかしいですけど、社交辞令という事で我慢しましょう。
「本当にこれで飛ぶんですか……?」
「うん、しっかり捕まってね。行くよ!」
スピルさんは何らかの詠唱を開始し、その周囲は緋色の光を発します。それに、これは熱気ですか。後方からジリジリと焼けるような暑さを感じますね。
後ろを振り向くと、乗っている杖の先端が燃えていると分かります。それは、まるで火の灯ったマッチ棒のようでした。
やがて、彼女の髪は逆立ち、マッチはいっそう燃え上がります。瞬間、大量の炎は勢いよく噴射され、私たち二人は空中へと吹っ飛びました。
「ファイアー!」
「えええー!?」
これは、魔法です! それも、超強力な火の魔法。彼女は火属性の魔法使いだったのです!
先端から炎が吹き上げ、まるでジェット機のように飛行する杖。ですが、それも一瞬の様子。すぐに高度は見る見るうちに下がっていきます。
まさか、このまま落ちつつ着陸するんじゃないですよね……?
なんて雑な魔法ですか! 危険ってレベルじゃねーですよ!
「ちょっと、スピルさん! これって墜落ですよ! どうするんですか!?」
「着地の瞬間に炎を逆噴射して止めるんだよ!」
「ざっつ!」
正直、会って間もない貴方に命を預けたくなかった! 私は魔法に詳しくありませんが、この技術が正攻法でないことぐらいは分かりますよ!
とにかく、スピルさんの体をがっしりとつかみます。今はそれぐらいしか出来ません。
私は全ての思考をキャンセルしました。考えても仕方ありませんし、彼女の技術に任せるしかないのです。
やがて、目的の御屋敷まで急降下すると、スピルさんは杖の先端を地上に向けます。そして、そこから強力な炎魔法を逆噴射し、衝突寸前でブレーキをかけました。
ですが、逆噴射の威力が強すぎたのか、私は杖から投げ出されてしまいます。あ、ヤバい死ぬわこれ。完全に体が宙を舞ってますねー。
死を覚悟し、地上に叩きつけられる瞬間でした。白いクッションのようなものが、私の体を優しく包み込みます。それにより、何とか着地を成功しました。
「これは……雪?」
「大丈夫ですか?」
白い何か、雪のクッションに倒れる私に一人のメイドが手を差し出します。
当然、彼女はスピルさんとは別のメイド。青いメイド服に百合の花飾りをつけた女性。寒がりなんでしょうか。少し厚着をしているみたいで、肌は色白でした。
私はメイドさんの手を掴み、雪の上から立ち上がります。どうやら、彼女の魔法に救われたようですね。
「あなたは……」
「ファウスト家の使用人、ゲルダ・フシノーと申します。スピルさんが着地を失敗した場合、私がそのサポートを行う事になっています」
あ、失敗した場合の事も考えてあったんですね。なんて迷惑な……
ゲルダさんは私の無事を確認した後、雪に突き刺さるスピルさんを引っこ抜きます。彼女は目を回していて、存在しない人が見えている様子。
「ああ……死んだお婆さんが見える……今いくよ……」
「バカなことを言っていないで、お客様を案内してください。貴方が呼んだのでしょう?」
ファウスト家の使用人、ゲルダさんとスピルさん。一方は優秀、一方はポンコツ……
そして、二人は雪と炎の魔法使いでもあるみたいです。まったく、とんでもない人たちに捕まってしまったものですよ!
ですが、私はこの事態を楽しんでいました。命がけの空中散歩というものは、スリルがあって中々面白かったですよ。
もっとも、二度目は御免ですけどね。
スピルさんに連れられ、ベリアル卿の書斎へと移動します。
屋敷はそれほど大きいわけではなく、メイドも二人しかいないみたいですね。中の装飾も質素その物で、街外れという事もあってとても静かです。
完全に仕事をするための屋敷ですか。以前、ベリアル卿からは底知れない悪意を感じましたが、実際は真面目で優秀な大臣様のようです。
「ベリアルさまは寒さで倒れていた私を助けてくれたんだ。私だけじゃないよ。苦しんでいる人が目に入ったら、ベリアルさまは笑顔で助けてくれるんだよ!」
「立派な人なんですね」
スピルさんは彼に心酔している様子。優しくて頭脳明晰、しかも鳥肌が立つほどの美しい外見ですからね。そりゃー、大人気間違いなしなのも頷けますよ。
ま、私は嫉妬心があるので心酔しませんが。それに、彼に対しては同族嫌悪を感じてしまいます。人の不幸を微笑する態度も気に入りませんしね。
やがて、書斎のドアに立ち、スピルさんがそれをノックします。「どうぞ」というベリアル卿の声がし、私は部屋へと足を踏み入れました。
彼の書斎は机と椅子、本棚ぐらいしか置いていないほど質素なものです。机には茶色掛かった紙が何枚も置かれ、そこには異世界言語でお金や土地の事が記されていました。
すぐに、ベリアル卿はそれらを隠します。別にやましい事があるわけではなく、国や個人の情報を目に入らないようにしたのでしょう。さり気ない動きで優秀さが分かりました。
大臣さまはきょとんとした表情をしつつ、羽ペンを机に置きます。いつ見ても、彼の美貌には見惚れるばかりでした。
「おや、貴方は……」
「て……テトラ・ゾケルです! 先日は助けて頂いてありがとうございます!」
彼のおかげでモーノさんを退けたんです。まずはそのお礼を言いたかったんですよね。
私が頭を下げると、ベリアル卿は優しく微笑みます。ポーカーフェイスなんでしょうか。良いこと悪いこと両方に対して、彼は同じように笑っていますね。
やっぱり考えすぎなんでしょうか。それとも、ただ単に腹黒なだけ? 何にしても、今のベリアル卿は間違いなく善人でした。
「頭を上げてください。私は自身の意見を述べたまでですよ。私はベリアル・ファウスト。この国の大臣であり、フラウラ周辺の領地を治めさせてもらっています」
相も変わらず、ええ声で語るじゃありませんか。私は美貌よりも、この声に惑わされてしまいそうです。
赤い髪で、気品溢れる男。
そんな彼に対し、メイドのスピルさんは馴れ馴れしく接している様子。どうやら、あまり上下関係とかは気にしていないみたいですね。
「ベリアルさま! テトラちゃんは街で人形劇を開いているんだよ。だけど、領主さまの許可が必用だって騎士の人に怒られちゃって」
「なるほど、人形劇ですか。良いじゃないですか、そのような娯楽は大好きですよ。ぜひ続けてもらいたい」
なんと、話が分かる人です。あまりにもあっさり承諾されたので少しびっくりですよ。
私は自分が感じるままに盗賊の命を救いました。自分が感じるままに、妖精を虐殺したヴィクトリアさんを庇いました。今回もそれと同じです。
もう、彼の本質が善だろうが悪だろう関係ありません! 私を助けてくれたから味方! 私を良くしてくれたから良い人! めんどくせーからそれで決定です!
「ありがとうございます! なにか、お礼をしたいのですが……」
「お礼なんて……と言いたいところですが、一つ頼まれごとをして宜しいでしょうか?」
おっと、やっぱりうまい話しには裏がありますか。ですが、私のような底辺奴隷に、大臣様が頼むことなんてあるんでしょうかね。
まさか! まさかエロい奴ではないでしょうか! っと思いましたが、ベリアル卿はそんなキャラじゃなそうですねー。なんか、女性とは清楚で清らかな関係を築いていそうです。
となれば娯楽関係の頼みごとでしょうか。なんて予想したら、その通りの頼みを彼はしてきます。
「実は私の知人に娘さんがいらして、彼女は毎日寝てばかりの気怠い毎日を送っています。知人はそんな娘を何とか喜ばせようと考えていますが、あまり良い結果を出せていない様子。彼女と歳が近く、女児が喜びそうな人形劇を行う貴方ならば、状況を改善できるのではと期待しているのです」
い……良い人じゃないですか! 知人の娘さんを喜ばせるために私の力が必用なんですね!
話し相手になるだけでもよし、加えて私には人形劇があります。まさに適材適所! ついにこの世界が私に追いついたというわけですね!
ではでは、私の力を必要としている知人さんの名前を聞きましょうか。彼には大船に乗ったつもりで大いに期待してもらいますよ!
「それで、その知人とは?」
「はい、カルポス聖国王。バシレウス七世です」
時が止まりました。
思わず、女の子がしてはいけない変な声が出てしまいます。
「……は?」
ワッツ? 国王? この国の?
わたしてとらちゃん、じゅうごさいー。わかんない。べりあるきょうのいってることわかんなーい。
自分が何を頼まれたのか理解し、脳が現状のヤバさを伝えます。同時に、その口からは驚愕の叫びが放たれました。
「はあああァァァ!?」
唯々、驚くばかりの私に対し、ベリアル卿は面白そうに微笑しています。
少女の死を嘲笑ったあの時と同じ表情。それを見て、私は確信しました。
彼は私と同じ気質を持っている。
善であろうと悪であろうと、人の心を惑わすことに喜びを感じていると……