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閑話3 迸る悪意


 先日、一人の少女が自殺しました。


 カルポス聖国、王都ポルトカリ。バシレウス七世が統治する街で起こった事件です。

 事の発端は冒険者モーノ・バストニとの接触。彼は今までに何人も女性の命を救い、悪人に対して体裁を加えて来たらしいです。

 やりたい放題やっているとは思いますが、それによって何人もの人が救われているのは事実。ダークヒーローと言った感じでしょうかね。少なくとも、このトリシュ・カルディアは肯定します。


 モーノさんは父親によって虐待を受けている少女を哀れに思いました。彼女を救うため、悪意持つ父親を剣によって貫いたのです。

 少女は父親を憎み、虐待からの解放を求めていたと思ったのでしょう。ですが、事実は全く違っていました。

 少女は父を愛していたのです。彼女が望んでいたのは虐待からの解放ではなく、父から認められることでした。殺してしまったのは悪手だったのです。


 結果、少女は自ら死を選びました。

 表向きは単なる悲劇。ですが、私はこの物語の裏を知っていました。


 少女とモーノさん、二人が巡り合うよう仕向けたのはベリアル卿だという事を……


「人聞きが悪い。私は彼女の事を思い、彼女が救われることを願ってモーノさんに託したのです。結果は痛ましいことになりましたが、この悲劇は後に語り継がれることでしょう」


 彼は少女と会話を交わし、モーノさんと接触するように搖動しました。モーノさんのやり方では救えない少女。そんな彼女を意図的にぶつけたようで、正直解せない気分ですね。

 ベリアル卿は自室にて、私の問いかけに白を切ります。こう言われてしまっては、こちらもこれ以上の言及は出来ません。事実、彼は全く手を出していないのですから。


「私に未来が見えるわけがない。モーノさんには悪いことをしてしまいました」

「彼に対して、異様に固執するではありませんか。ここ数日、その調査を積極的に行っているようですが」


 私がそんな疑問を抱くと、ベリアル卿は薄気味悪く笑みを浮かべます。

 疑われることも想定内だったのでしょうか。まるで、その疑問を抱くことを待っていたかのようでした。


「おや、気づきませんでしたか。モーノ・バストニ、彼は貴方と同じ異世界転生者である可能性が高い。その存在が確認されたのは貴方が異世界転生を行った日。以降、彼は冒険者として名を馳せ、力を示しているようです」


 私と一緒に異世界転生を行った四人。その一人が彼、モーノ・バストニである可能性が高い。

 いえ、気づくわけがないですよ。私にはそれを調査するほどの財力はありませんし、何よりモーノさんの存在さえ知りませんでした。

 ベリアル卿は懐から一枚のカードを取り出し、それを私に見せます。描かれていたのはスペードのエース。この世界にないはずのトランプでした。


「ただ意味もなく異世界転生し、ただ意味もなく驚異の力を手に入れ、ただ意味もなくその力を行使する? そのような不自然極まりない事態に違和感を抱くのは当然。突如現れた冒険者で片づけられるはずもない」


 彼はスペードのエースを人差し指に立て、器用に回します。


「『偶然』を疑え。貴方の思うほど、世界は単純ではありません」


 私たちが転生者として選ばれた偶然、ベリアル卿と私が巡り合った偶然、今こうしてモーノさんの存在を認識した偶然。その全ては疑うべきことなのかもしれません。

 私、思考が足りなかったのでしょうか? 今にしてみると何もかもがおかしいですね。色々と大事なことをすっ飛ばして、異世界転生を喜んでいたような気がします。

 神様に能力を貰ったあの時。四番の転生者がギャーギャー騒いでましたが、あれが普通の反応だったのかもしれません。


 少しすると、メイドのゲルダさんが部屋に入ってきます。

 相変わらず無表情で氷のような人ですね。彼女は会釈をし、ベリアル卿に報告を行います。


「ベリアルさま、馬車の準備が整いました」

「ありがとうございます。では、出向きましょうか」


 青いメイド衣装を翻し、ゲルダさんは部屋を後にしました。どうやら、二人はこれから出かけるようです。

 大臣の仕事でしょうか? 王都に向かうのなら、わざわざ報告を受けることはないでしょう。ベリアル卿は大臣、王都には毎日のように出向いているのですから。

 となれば別の場所ですか。まったく分からないので素直に聞いてみることにします。


「どこに行かれるのですか?」

「ペポニの村です。モーノさん、今度は盗賊団を壊滅させたらしいですよ。大臣の仕事として処理に向かいますが。貴方もご一緒にどうでしょう?」


 噂をすれば何とやらですね。本当に落ち着きのない人です。

 モーノさんは私と同じ異世界転生者である可能性が高い。彼と直接顔を合わせるのは危険ですが、遠くから様子を伺うことは出来るはずです。

 これから、他の異世界転生者は敵になるかもしれません。そろそろ調査を進めた方が良いかもしれませんね。









 今、私の目前に傷だらけの男性が倒れています。

 なぜこの状況になったのか、私自身にもよく分かりません。


 馬車に乗り、私たちはペポニの村近くの岩場に移動しました。そこには目当てのモーノさんがいましたが、接触は避けることにしたのです。

 ベリアル卿だけを先に向かわせ、私は遠くから観察していましたが……何やら他に同い年ぐらいの女性がいて、もめている様子です。


 モーノさんが姿を消し、私はすぐにベリアル卿の元に駆け寄ります。すると、その視界に一人の男性の姿が映りました。

 彼は傷だらけで、状況から察するに盗賊だということが分かります。どうやら、一人の少女がこの男性を庇い、モーノさんと衝突していたようですね。


 私はベリアル卿と会話するその少女を見ます。素朴ですが、裏があるような表情。常にニヒルな笑みを浮かべ、思考を読まれないようにしていると感じました。

 彼女の服は血と泥で汚れ、死ぬ物狂いで盗賊を運んできたと分かります。

 なぜ、この人は盗賊を必死で助けようとしたのかは理解できません。ですが、命がけで戦った彼女を私は少し助けたくなりました。


「盗賊さん、命拾いしましたね。貴方が私の患者一号です」


 治癒の光を両手に集め、数秒も経たないうちに盗賊の怪我を治癒します。

 例え死にかけていたとしても、命ある内は力の対象内。どんな傷も病気も完全に治癒できる自信があります。

 私が治療を終えると、それに気づいた少女がしきりに観察してきました。何とか誤魔化そうと考えた時、ベリアル卿がこちらに声をかけます。


「トリシュさん、やりたいことは終えましたか?」

「え……あ……はい!」


 チャンスですね。これは逃げるが勝ちでしょう。

 私はベリアル卿の服を引っ張り、すぐに洞窟の方へと歩いていきます。彼の仕事は事件の処理、余分なことを話している暇はありません。

 早く洞窟に入るべきなんです。そんなわけで、さっさと行きましょう。









 顔色一つ変えず、私たちは死体の道を歩いていきます。

 途中、ベリアル卿に引き返すよう言われましたが、断ってしまいましたね。そんな薄っぺらい気遣いなど無用です。貴方のどす黒い精神はよく分かっていますので。


 死体の数、盗品などを調査しつつ、私たちは洞窟の最深部にたどり着きます。

 そこにあったのは巨大な彫像。どうやら、彼女こそが砂漠の民が信仰する女神バアルのようですね。

 かなり精巧に彫られているようです。これを作った人は熱心な信者なのでしょうか。恐らく、本気で女神の存在を信じていたのでしょう。

 それにしてもこの女神、どこかで見た覚えがありますね。気のせいでしょうか、どうしても思い出せません。


 私が女神像を見つめていると、王宮からの騎士団が到着します。

 彼らは処理班。ベリアル卿の指示で動き、この洞窟に残された物の回収などを行う様子でした。

 銀色の鎧に身を包む強面の男性たち。彼らは最深部にたどり着くや否や、すぐに彫像を取り囲みます。やがて、魔法を使える者は詠唱を開始し、一斉に炎属性魔法を彫像に掃射していきました。


「放て! 欠片も残すな……!」


 火球は女神像の頭部に直撃し、それを破壊していきます。同時に、ハンマーを持った憲兵が一斉に突撃し、像の下部を叩き壊していきました。

 正直、何が起きているか分かりません。なぜ、突然現れた騎士団が女神像を破壊しているのか。

 目の前の現実を認めることが出来ませんでした。


「なんで……なんで壊すんですか……」

「邪神像を残しては、この国に呪いが降りかかる。らしいですよ」

「邪神……? この女神が……?」


 別に、彼女に対して何の思い入れもありません。信者の気持ちなどまったく分かりません。

 ですが、この胸に襲う喪失感は何なんでしょうか? 神と呼ばれていた存在が、こんな仕打ちを受けて良いのでしょうか?

 見る見るうちに原型が失われていく女神の像。私はその欠片を見下げつつ、言葉をこぼしました。


「つまらない争いですね……」

「そうでしょうか。歴史の授業で最も面白いのは動乱の時代ですよ。人は争いを好むものです。勿論、自分たちが絶対的有利の状況ならばの話ですが」


 やはり、ベリアル卿は笑っています。

 恐らく、彼は神や信仰なんて興味はありません。人々が醜く争い、他者を貶めるその様を楽しんでいるのです。

 ベリアル卿の悪意は留まるところを知りません。彼の気分が晴れるとき、それはこの国の民が周辺国を根こそぎ滅ぼしたときでしょう。

 妬み、憎悪、恐怖……そして、それらによって引き起こされる争い。

 そう、ベリアル卿が求めているのは戦争という結果でした。


「貴方は目先の死に囚われて、物事の本質を見ていない。人類の進化は争いと共にあります。人類が最も進化する時代こそが動乱の時代。そう、戦争とは必要悪なのですよ」


 彼は人が好きです。だからこそ、戦争によって人が進化することを望んでいました。

 確かにそれは事実です。ですが、あまりにも非人道的だと言えましょう。


 最も、彼は悪魔なのですが……


「例え王都が火の海と化そうとも、それは人類が望んだ進化です。私はですね。どの国が最終的な勝者になろうとも、その事実を飲み込むつもりですよ」


 どこが勝っても、どこが負けても、最終的には血が流れる。ベリアル卿にとって、勝ち負けなど問題ではありません。

 彼がほしいのは戦争という事実。迸る悪意は人々を飲み込むばかりでした。


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