40 私は無敵の異世界転生者?
私の目に映ったのは、人間とは思えないような絶世の美男でした。
白いローブに赤い髪。気品にあふれ、優しさに満ちた表情は不思議と心をひきつけます。
ロバートさんより、よっぽど彼の方が天使という風貌ですね。光を纏い、この世の正しさを形にしたような存在……
ですが、底知れない悪意が見るのは何故でしょう?
思わず身震いをしました。すぐに、ポケットにしまったナイフに手を付けます。
この男に心を許してはいけない。そう思えて仕方がありません。
彼はモーノさんと向き合いつつ、投げかけを行います。それは、私が言いたくても言葉に出来なかった事。核心を突く屁理屈でした。
「確かに、今あなたの言ったことを意識し、見知らぬ誰かのために業を背負う覚悟を持っての虐殺ならば素晴らしい。しかし、事実はそうだったのでしょうか?」
薄ら笑いをしながら、男は白々しく問います。当然、モーノさんは眉をしかめました。
「……何が言いたい」
「貴方は彼らを殺す時、強大な力を行使する自身に自惚れていなかったと言いきれますか? 貴方が愛したのは平和ではなく、力を持った貴方自身だったのではないでしょうか」
正義のための虐殺ではなく、自分の強さに酔うための虐殺。彼はそう言いたいのでしょう。
確かに、これが事実ならモーノさんに対してむかっ腹が立つ理由も分かります。単なる逆恨みじゃない。私は怒って良いんだって誇りを持てるでしょう。
ローブの男は人差し指を立て、最低限の動きで自身に注目を集めます。それは、私が目指している存在そのものでした。
「母が生み、貴方がそれを奪った。相手は貴方の顔を忘れないでしょう。では、貴方は今殺した者の顔を覚えていますか?」
「……生憎、クズの顔なんて一々覚えていられないな」
モーノさんは殺した人の顔を覚えていない。それを聞いた男はほくそ笑み、甘くとろける美声で言葉を紡ぎます。
死者が自分を殺した相手を覚えているはずがありません。ですが、彼の言葉には不思議と説得力がありました。
「クズ……それを処分したつもりでしょうか? それとも、虫を踏みつぶすなら殺人にならないと? 違いますよ。貴方が殺したのは紛れもなく人です。聖職者であろうと、犯罪者であろうと、皇帝であろうと、貧民であろうと、人間の価値は等しく魂一つ分。そこに例外はありません」
彼はゆっくりと歩み進め、モーノさんの目前に立ちます。
「貴方の価値観を無理やり当てはめ、殺しの事実から目を逸らしましたか? 悪は例外、悪は例外と自身に言い聞かしたところで犯した事実は変わらない」
やがて、男は人差し指を少年に向けました。
「死から目を逸らしましたね。モーノ・バストニ」
これは……言いたい放題ですね。
全面的に同意なのですが、あまりにも強く言葉を打ち付けるじゃありませんか。
彼は強い。たぶん、私の屁理屈なんかよりよっぽど強い。
その声は不思議と心を惑わし、その動きは周囲の注目を集めます。演説と討論において、この人は嫉妬するほどの能力を持っていました。
そんな彼に対し、モーノさんは声を荒げます。図星を言われたのでしょう。状況は悪いですが、それでも彼は言い返します。
「相手は盗賊だ……殺さなきゃ殺される!」
「殺される? 嘘はもっとうまくついた方が良い。貴方は彼らに負ける気など微塵もなかった。確定した勝利を高らかに掲げたかった。違いますか?」
言い返せません。「違う」という一言がどうしても出せない。
そんなモーノさんの焦りを私は自分の事のように感じます。彼だけではなく、これは言葉を武器にする私への威圧でもありました。
今、物語の語り部はローブの人。彼はこちらに対して、更なる攻撃を放っていきます。
「お二人に問いかけを行いましょう。ある少女が父親からの虐待を受け、悪事に加担させられていた。では、その少女の父親を殺した場合、彼女はどんな行動を取ると思いますか?」
またこういう問ですか。ロバートさんといい、流行っているのでしょうか。
この世でもっとも面白くないのは、相手の思い通りになること。予想としていない回答こそがベストアンサーですね。
ですが、モーノさんはそう思わないのか、素直な回答を行います。
「感謝するだろ。殺してくれた英雄をな」
「そうですか……では、そちらのお嬢様はどう思いますか?」
少女は父親の死によって虐待から開放されました。
ですが、ただ一人の父親がこんな最後を迎えて良いのでしょうか? 娘として、実の父を単なる軽蔑の対象として見れるのでしょうか?
逃げる機会はあったはずです。では、なぜ逃げなかった?
助けを求めることも出来たでしょう。では、なぜそうしなかった?
答えは一つ。彼女はお父さんを愛していたんです。
「父親が寂しくないように、後を追って自殺すると思います」
「なっ……! 虐待を受けていたんだぞ。そんなはずがあるか!」
確かに、その少女は酷いことをされていますね。ですが、彼女が求めているのは虐待からの開放ではなく、父親から認められることだと思います。
暴力は少女と父を繋げる糸。断ち切れば、あらゆるものが崩壊するでしょう。
殺してはいけなかったんです。少なくとも、彼女はそんな結果なんて望んでいません!
私の答えを聞くと、ローブの男は普段とは違う笑みを浮かべます。
喜んでいる……? のでしょうか。
彼は質問の意図を話さず、自ら話しを脱線させます。どうやら、何かをたくらんでいるようですね。
「なるほど……ああ、自殺という言葉で思い出しました。先日、王都で一人の少女が身投げを行ったらしいですよ。なんと痛ましい……」
その言葉を聞いた瞬間、無表情だったモーノさんの顔が歪みます。酷く動揺しているのでしょうか、顔色も優れません。これは、何かありますね。
やがて、彼は無言でこの場を後にします。急ぎ足なその様子から、真偽を確かめに行ったのでしょう。
もしかして、さっきの話しって……
確信しました。この話は実話。ローブの人はモーノさんと対することを考え、事前にその弱みを用意していたのです。
恐らく、冒険者としてやりたい放題する彼の噂を聞き、それによってもたらされた惨劇を把握していたのでしょう。
モーノさんは少女を救うために父を殺し、後に少女は自殺を選んだ。
それって、あんまりじゃないですか……
誰一人幸せになっていませんよ……
「愛せないものを理解するのは何よりも難しい。どうやら、彼は人が嫌いなようです」
ですが、ローブの人は薄ら笑いを浮かべています。
楽しんでいるんでしょう。この惨劇を……
天使どころか、彼は悪魔でした。しかし、悲劇をもたらしたのはこの人ではなく、善意で動いたモーノさん。
これが理不尽というものですか。胸糞が悪いものですね。
不穏な空気が立ち込める中でした。こちらに向かって一人の女性が歩いてきます。
綺麗なお洋服に、しっかりと整えられたロングヘアー。私がひっくり返ってもなれなようなお嬢様が、堂々と草原を進んでいます。
やがて、彼女はローブの人の隣に立ち、私に向かって会釈をしました。どうやら、この人のお付のようですね。
「ご主人さまがご迷惑をお掛けしました。ベリアル卿、この件の処理。進めるべきではないですか?」
「すいません、トリシュさん。大臣の仕事が先決でしたね」
ベリアル卿、彼はこのカルポス聖国の大臣として、盗賊の件を処理しに来たのでしょう。
手が早いものですね。この美貌に加えて超有望ってわけですか。まるで異世界転生者ですよ。
彼は私の方へ視線を向けると、今回行ったことに関して意見を述べていきます。私の動きも把握済みってわけですか。
「貴方は弱い。ですが弱いからこそ、人の心を理解できる。人とは本来弱いものなのです。貴方は悪意すらも認め、改めようとしました。それは彼らの弱い心を理解していたからの答え……」
悪意を改めるですか……そうですね。それが私の望んでいた答えだったのです。
ご都合主義だと思うかもしれません。ですが、強大な力で無双を行うモーノさんと何の違いがありますか? 同じご都合主義なら、私は誰も傷つかない道を選ぶ。
それが、4番。テトラ・ゾケルの異世界無双です。
「もし、敵対者全てを味方に変えるのならば、それは正に『無敵』ではありませんか。実に恐ろしい……ですが、恐れる必要はありません。貴方は美しい心と醜い心。美しい世界と醜い世界。全てを平等に愛しているだけのこと。分かりますよ。ああ、実によく分かる……」
ベリアル卿は意味深な笑みを浮かべ、続けます。
「私も同類ですから」
似たもの同士ってやつですか。彼も人と世界が好きなんでしょう。
もっとも、その思いは歪んでいるように感じますが……
話しを終えたのと同時に、私はあることに気づきます。お付のトリシュさんが、ゴソゴソと何かをしていたのです。
彼女が触っていたのは、後ろで眠っていたカシムさん。私は焦り、すぐにその様子を確認します。ですが、特に問題は見当たりません。
てっきり、このお嬢様に殺されてしまうのかと思いました。どうやら、容体を見ていただけのようですね。
そんな彼女をベリアル卿が呼びます。
「トリシュさん、やりたいことは終えましたか?」
「え……あ……はい!」
このトリシュという人、なんだか不思議な感じですね。どこかで会ったかのような印象を受けます。
美しい容姿を持つ大臣、ベリアル卿。そのお付であるトリシュさん。二人との出会いが、またまたヤベー混沌を呼ぼうとしています。
本当にこの世界は油断できません。私は彼らを見送りつつ、ポケットのナイフから手を放します。とりあえず、今回は救われた形になってしまいましたね。
あ、そうでした! 十分に休ませましたし、今度こそカシムさんを村に運ばないといけません。
さて、盗賊さんを匿ってくれるのでしょうか……まあ、無理でしょうね。
そうなれば、フラウラの街に戻って、ご主人様に匿ってもらう必要があります。ここから距離がありますし、どうしましょうか……
色々考えつつ、私はカシムさんの傷を確認します。
ですが、そこで驚くべきことに気づきました。
「傷が……塞がってる……?」
いえ、塞がっているどころか、これは完治ですよ! さっき、お付のトリシュさんが彼を触っていましたが……
詠唱も、魔法の光もありませんでしたよね? 薬を使ったような形跡も見当たりません。
まったく、本当にこの世界は不思議なことだらけです!
次会ったら、お礼を言わないといけません。あの二人によって、私たちは救われたのですから。