38 生まれて初めて本気で神様に祈りました
夢を見ていました。
盗賊さんたちが自分の国を取り戻して、幸せに笑っています。
私も一緒になって、それを喜びました。
ご都合主義なんて言われるんでしょうけど、これでも本気で目指していたんですよ?
あーあ、世の中ってほんと……
上手くいかないものですねえ……
死体。
死体。
死体死体死体死体死体……
それは盗賊たちのなれの果て。洞窟のいたるところに、彼らは打ち捨てられていました。
すべて、私のよく知っている人です。誰一人、知らない人はいません。
私はしゃがみ、一人の盗賊さんに手を触れます。もう、彼からは人のぬくもりを感じません。先日までは私と仲良く話していたのに……
こんな光景を見たら、覚悟なんて一瞬で折れてしまいますよ。
私が命がけで培ったもの……懸命に相手と話してようやく分かりあえたもの……
それが、一瞬で全部消えちゃうなんて……
「力ってずるいよ……」
項垂れそうになりながらも、私は血の道を歩いていきます。
頭はガンガンしますし、今にも嘔吐しそうなほどに体調は優れません。それでも、この地獄と化した洞窟を私は進み続けます。それしか、出来なかったんですよ……
一人、また一人と亡骸を見過ごし、盗賊たちの命が根こそぎ奪われてしまったと確信します。同時に、受付嬢のマーシュさんが言っていたことを思い出しました。
『モーノさんを助けてあげてください』
それはつまり、こういう事だったのです。
恐らく、彼は何の躊躇もなくこの大虐殺を行いました。正しいことなら、何をしても良い。悪人の事情なんて知りたくもない。そんな化け物じみた思想が垣間見えます。
とても人間とは思えません。この残虐無慈悲の異世界転生者を助ける? この私が?
「酷いですよ。マーシュさん……」
無茶振りにも程があります。これほどまでの仕打ちはないでしょう。
すでに私の精神は限界でした。それでも前に進み続けるのは、心のどこかで混沌を求めているのかもしれません。
大切なものを奪われたのに……
私はこの状況を楽しんでいる……?
ぞっと背筋が凍ります。ないです。これは流石にないです……!
ありえない思想を振り払いながら、私は洞窟の一番奥へと歩いていきました。
女神バアルさまの彫像が掘られた広間。そこにも何人かの盗賊さんが横たわっていました。
顔ぶれを見ると、私に対して否定的な幹部クラスが多いと分かります。ここで最後の戦いが行われたのでしょう。
そんな中、私が一番よく知っている人を見つけます。
忘れるはずがないですよ。私がこの世界に来て初めて会った人。私の運命を大きく変えた人。
この盗賊団のリーダーと呼ばれる人……
「カシムさん……」
顔も身体もズタズタに斬りつけられ、地面は真っ赤に染まっています。ですが、僅かに呼吸の音が聞こえました。
救える……まだ生きてる!
期待に胸が膨らみます。私はすぐに彼の傷口を抑えようと両手を出しました。ですが、溢れる鮮血を見てすぐに悟ってしまいます。
これは……もう……
行き場を失った両手はカシムさんの手を握りました。大丈夫です……私が付いていますからね……
「ごめんなさい。戻ってきちゃいました……」
「テトラか……眼が……見えねえんだ……俺の仲間はどうなった……?」
周囲を見ると、何人もの盗賊たちが血濡れて横たわっていました。
そんな状況を見つつも、私はノータイムで答えます。
「みなさん、貴方を置いて逃げてしまいましたよ」
「そうか……ひでえ奴らだ……ははは……」
瞬間、カシムさんの眼に涙が溢れました。
「お前……本当にいい奴だな……」
「っ……」
何で私はすぐに分かるような嘘をついてしまうのでしょう。この場にいなかったので、前後の状況も分からないくせに……
カシムさんはヒューヒューと苦しそうに息をし、今にも消えてしまいそうです。私にできるのは彼の最後を看取ること、そして最後の言葉を聞くことでした。
「そこにあるナイフ……持って行ってくれ……俺のお守りなんだ……」
「これですね。確かに受け取りましたよ……!」
私はカシムさんの言う通り、地面に転がったナイフを拾います。それは女神さまのレリーフが掘られた盗賊のナイフでした。
生まれて初めて、武器と言える物を持ったかもしれません。今まで、このナイフで何人もの命を奪ったのかもしれません。
そう思うと軽いナイフが重く感じました。
お守りを託したカシムさんは、天井を見ながら笑います。そして、私に向かって最後の言葉を放ちました。
「テトラ・ゾケル、お前に女神バアルの加護あれ……」
今、一人の人間が天に召されます。
そこに人種、性別、罪は関係なく。所詮、最後は同じ人なのだと感じます。
また、助けることが出来なかった……
私の脳裏に二匹の猫が浮かびます。同時に、耐え難いほどの目眩と吐気が襲ってきました。
大切な人を失ったあの時。それが鮮明な光景としてフラッシュバックを繰り返す。私はずっと、彼女たちの幻影に怯え続けるのでしょうか?
グリザさん、ヴィクトリアさん……
何でですか……なんで私を苦しめるんですか……
恨んでるんですか……? 助けられなかった私を……
だからこうやって苦しめるんですね……
だから……
だから……!
そんな時、私の瞳に光が映りました。
それは、天井に空いた穴から差し込めたもの。女神バアルの像を照らし、神々しく輝き続けます。
彼女の姿を見た瞬間、私の心は空っぽになりました。
私は神様なんて信じていませんでしたし、信仰する気も全くありません。ですが、自然と両手は合わさり、瞳はそっと閉じられます。
祈りました。
ただ純粋に、どうぞ安らかにと……
少し、救われた気がしましたよ。
心が晴れたことにより、さっきまで聞こえなかったものが聞こえます。それは、ある盗賊さんの声でした。
「たくねえ……」
すぐに声がした方を見ます。そこには、傷だらけになった盗賊。私を快く思っていなかったバートさんが倒れていました。
出血量を見るに、カシムさんよりもは傷が浅そうです。まだ手遅れでないと直感で分かりました。
致命傷ではなさそうですね。ですが、意識がはっきりしていないのか、彼は同じ言葉を繰り返しています。
「死にたくねえ……死にたくねえよ……」
『私は死にたくないな……』
バートさんとグリザさんの言葉が重なりました。
瞬間、私の心を包んでいた暗雲は一気に吹き飛びます。
「そうか……そうだったんだ……」
ずっとモヤモヤしていました。自分は結局何がしたいのか。最終的にどうしたいのか。ただ気分が悪いからという理由で私はここまで来ました。
ですが、その迷いは完全に消え去ります。ようやく、あらゆる障害の正体が掴めたのですから。
「私……助けたかったんだ……」
全てが分かったとき、吐き気と眩暈はなくなりました。
そうです……私はただ、目の前の人を助けたかったんです。助けを求められたら、手をさし伸ばしたかった。それだけだったんです。
今の私こそが本調子……
いえ、それ以上です!
回復薬……回復薬はどこですか!
最後に使おうとしたんでしょうか、死んだ盗賊さんの一人が瓶を握っています。私はそこに駆け寄り、すぐに奪い取りました。
貴方の足掻きは無駄にしない……この一本で貴方の仲間を助けるんです!
バートさんの元に戻り、薬を一気にぶっかけます。この世界の回復薬というものは不思議なものですね。理屈も何もないのに傷を癒せるんですから。
勿論、致命傷の治癒は出来ません。あくまでも応急処置でしょう。ですが、今はそれで十分です!
「大丈夫ですか。今、運びますから!」
「女……戻ってきたのか……」
朦朧とした様子だったバートさんの意識が私の方へと向けられます。どうやら、一命は取り留めたようですね。悪運の強い人ですよまったく。
私は彼を背負い、引きずるように洞窟の外へと歩き出します。火事場の馬鹿力でしょうか、今の私は普段以上の力を発揮していました。
血で服が汚れます……体中の筋肉が悲鳴を上げます……それでも……!
「本当に……私はどうしようもないクズですね……!」
この人がまた人を襲わないという保証はない。
自分が助けたいから、後先を考えずに悪人を救ってしまう天性のクズ。それが私だ……
でも、だからなんです? 私は正義で動いてるんじゃない! いつも、いつでも! 自分のために全力で立ち向かっているんです!
「血まみれになって……泥だらけになって……本当に……! クズに相応しい有様ですよ……!」
道中、何度もつまづいてしまいました。体中擦りむいてしまいましたが、バートさんの苦しみに比べれば百倍マシでしょう。
まったく、こんなの年頃の女の子がやることじゃありませんね……
皆さん笑い所ですよ。私は犯罪者を必死になって助けるクズ女です。さあ、笑ってください。この哀れな道化師を!
笑えよ……笑えよ畜っ生……! 私の行いを間違いと思うなら、見下せばいいでしょう……!
良いですよ……どうぞご自由に!
人間一人救えない世界なんて! 純粋に助けたいと思う行為が否定される世界なんて! 私は尊重したくない!
何が異世界ですか。何が剣と魔法ですか。何がスキルとレベルですか!
私は日本人です。ちゃらんぽらんで頭お花畑で、平和ボケをしまくった日本人です。だから……
私は助けたいんです!
助けたくて! 助けたくて仕方ないんです!
たとえ神様の敵になったって! 異世界転生者の敵になったって!
この世界の敵になったって!
助けて!
助けて!
助けまくる!
「それが私の異世界無双だァァァ!」
世界に光が広がります。全ては十色に染まります。もう、負ける気なんて全くありません。
グリザさんとヴィクトリアさんが、まっ白い光の中で私に向かって手を振ります。やがて、彼女たちはそのまま、どこか遠くへと消えていきました。
こんなことを伝えるために、ずっと私の心に滞っていたのでしょうか? まったく、大きなお世話ですよ。私はもう大丈夫ですからね。
「貴方……死んだら絶対に許しませんから!」
気合を入れたところで、私はバートさんを励まします。
私の背中は乗り心地最悪でしょう。足は引きずってますし、途中で何度もつまづいてますからね。
彼は私の肩をぐっと掴みます。そして、かすれた声で言葉を返しました。
「世界が……全てが……お前を悪魔と罵ろうが……」
バートさんは息を飲み、続けます。
「今の俺には……聖女に見える……」
私が聖女……?
いいえ、私はただの道化人形。
救いも混沌もすべては気まぐれ。深い意味などないんです。