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37 今日、審判の日となりました


 私が盗賊団に入って三日。

 すっかり団員たちに溶け込み、私は作戦会議に参加していました。

 三十人ほどのメンバーが集まる中、リーダーのカシムさんが今回の議題を話します。それは、とっても心当たりのあることでした。


「アリーが消えた」


 アリーさん脱走したんですね。二日かけて説得したかいがありました。

 彼のことはヴァルジさんが何とかしてくれると信じたいです。冒険者ギルドは人手が不足していますからね。働き手は喉から手が出るほど欲しいはずです。

 冒険者も命がけですが、盗賊行為も同じこと。後は人種差別との戦いです。


 さてさて、アリーさんは他に任せて、今は自分の事ですね。私が来てから不自然に団員が消えていますし、当然一番に疑われるでしょう。

 カシムさんは視線をこちらに向け、探るような態度で聞いてきます。


「お前……何か知ってるか?」

「全然知りませんが、もしかしたら憲兵さんに捕まってしまったかもしれませんよ。心配で心配でたまりません」


 真実を言うわけにもいきませんし、白々しく答えます。

 ジト目で睨むカシムさん。ニヤニヤ笑う私。これは二人の駆け引きでした。

 ですが、そんな私たちの間に別の盗賊が入ってきます。筋肉質でカシムさん以上に強面の男性。顔中傷だらけで、何度も死線を掻い潜ってきたみたいですね。

 彼は私の胸ぐらをつかみ、ドスの利いた声で叫びます。これは盗賊団の中でも結構な地位でしょう。犯罪者の顔をしてますもの。


「こいつが来てから団員が二人消えた。カシム、俺はもう限界だ。こいつは神の使者どころか悪魔だ!」

「まあまあ、バートの兄貴落ち着いて……」

「そうだそうだ。テトラちゃんが可愛そうじゃねえか」


 そんな彼の行動に対し、他の団員が口々に説得します。皆さん、私がここ三日でお話しした人ばかりでした。

 ありゃりゃ、バートさんちょっと遅かったです。この三日で盗賊団の構成員、ざっと四、五人は私の味方になっているんですよねー。もっと早く危機に気づくべきでした。

 私は盗賊団の紅一点。社交性もありますし、おしゃべりも大好き。数日あれば盗賊団の人気者になるなんて朝飯前なんですよ。

 バートさんは悔しそうに奥歯を噛みしめ、私を罵倒します。まったく、必死なんですから。


「三日だ。三日でこれか! 女、よく舌が回るものだな!」

「あははー、私はテトラです。テトラ・ゾケルです」


 私は彼の手からするりと抜け、皆さんの前に立ちます。そして、両手を広げていつもの演説を始めました。


「おい……こら!」

「盗賊の皆さん! 女神さまは悔い改めることを望んでいます……盗賊行為から足を洗い、新しい世界に一歩踏み出しましょう!」


 その言葉と動きを盗賊さんたちは笑いものにしている様子。さながら喜劇のようですね。

 でも、良いんです。私は道化師。見世物にされるのも一つの生きがい。みんなが楽しそうに笑ってくれるならそれが最高の幸せなんですよ。


「さあ、今日の夕飯は豪勢ですよ! 女神さまへの感謝を忘れずに!」


 文句なんてありません。盗賊としての暮らしは楽しませてもらっています。

 ああ、こんな素晴らしい日々が続けばいいのに……


 なんて……

 ええ、分かってますよ。分かってますとも。


 続きません。

 待っているのは絶望の未来。


 盗賊さんたち天秤にかけられています。私はその上で踊っているだけにすぎません。

 彼らに刻々と審判の日が近づいているのを感じます。でも、私が正直に話しても誰もそれを信じてくれません。改心しようという人はほんの一欠片でした。


 それでも……それでも私は来るべきその日まで粘るつもりです。

 力なんかに負けません。私は心の異世界転生者。


 心で……絶望の未来を変えるんです!











 さらに数日が経ち、一週間が経過しました。


 説得に成功した盗賊は六人。別の道を歩むように促し、モーノさんとの対面を防ぐことが出来ました。

 他のメンバーも顔と名前を覚え、それぞれ積極的に会話に取り組んでいます。途中、貞操の危機がありましたが、何とか上手く切り抜けましたよ。

 危なくなったら、カシムさんが守ってくれました。彼は盗賊団のリーダーで人も殺しています。ですが、どうしても悪人とは思えませんでした。


 そんなカシムさんに呼ばれ、再び私は女神さまが立つ大広間に立っています。

 相変わらず、太陽の光がまぶしい場所ですね。まっ白いそれは、まるで天国からの光でした。


「カシムさん、また呼び出しですか。私はちゃーんと盗賊として働いていますが」


 そんな皮肉に対し、カシムさんは何も言いません。どこか遠い表情をしつつ、瞳に覚悟の炎を灯しています。

 いつもと違う。そう思った私は唾を飲みます。

 今、目の前にいるのはカシムさんなのか、それとも盗賊団のリーダーなのか。現状では分かりません。

 ただ、私は彼の声を聞く。それだけです。


「お前は、女神が盗賊行為なんて望んでいないと言った。聖アルトリウス教を憎んではならないと……」


 カシムさんは私と目を合わせつつ、言葉を続けます。


「だが、俺はある男に会った。そいつは権力者らしいが、実態は定かじゃない。男の俺でも見惚れるほどの美形を持ち、中身からはどす黒い悪意が垣間見えていた」

「……えっと、何の話しでしょうか?」


 話の内容が掴めません。

 ある男? それと、私が呼ばれたことに何の関係が?

 訳が分からないまま、彼の言葉は続きます。どうやら、これは盗賊団結成に関わることのようですね。


「奴は言った。『女神バアルは主を憎んでいる。貴方たちは主を信仰する聖アルトリウス教を許すのか』と……信じたわけじゃねえ。だが、俺はあいつの言葉を受けてここまで来ちまった」


 何ですかそれ……では、全ての切っ掛けはその人という事じゃないですか!

 勿論、罪に問うことは出来ません。悪意があったのかも分かりません。ですが、言葉とはここまで人を狂わせてしまうものだと分かってしまいました。

 私も他人事ではありませんね。屁理屈と論説は毒にも薬にもなりえる。肝に免じておきましょう。


 さて、十分に内容の濃い話しでしたが本題はここからでしょう。

 カシムさんは私から目を逸らし、吐き捨てるように言います。


「女、命はとらない。売りさばきもしねえ。今すぐここから出ていけ……!」

「ま……待ってください! 来るべき審判の日は目前に……」

「その前に出て行けと言ってんだ! これは俺たちの問題……もう十分に救済は受けた!」


 何を言っているんですか……

 この一週間、脅威を目前にして一緒に頑張ったじゃないですか! 今さら切り捨てられる理由はありませんよ!

 ですが、カシムさんは本気でした。目こそは合わせませんが、強い覚悟をひしひしと感じます。


「六人……よくやったよ。喝采を送ってやる。だが、ここでタイムオーバーだ。俺はこれ以上の救済は望まない。さっさとご主人様の元に戻るんだな」


 彼は私を逃がそうとしている。ぶっきらぼうだけど分かります。

 だからこそ、腹が立ちました。

 私だって……私だって覚悟してここまで来たんです! 命を賭けているんです!

 ここで私を切るならなんで……


「なんでですか……なんで私の世迷言を信じたんですか! 本当に審判の日が来るなんて分からないのに……本当に正義の味方が強いとは限らないのに! 『やろーてめえ! 返り討ちにしてやらあ!』って態度で良かったじゃないですか!」


 そんな私の疑問に対し、カシムさんは複雑な顔で答えます。


「盗賊の感……だろうな」


 その言葉を聞いた瞬間。彼の姿と二匹の猫が重なります。

 前にもこんな時がありましたね。繰り返してはいけないのに、もう二度とあんな思いはしたくないのに、私は同じ道を歩んでいました。

 自然と涙腺が緩み、笑顔の仮面は徐々に剥がれていきます。


 ああ、そうでした。

 彼が遠く離れていくような……どうしようもなく詰んでしまったようなこの感覚……


 二人を失ったときと同じです。


「嫌だ……絶対に嫌だ! 私も一緒に戦います! 大丈夫です! この一週間でナイフの使い方を習ったんですよ! 皆さん、私のことを信用してくれましたし……だから……!」


 トンッ……!

 っという軽い音共に、私の脳は大きく震えます。

 これはカシムさんの攻撃でしょうか。どうやら、首筋に一発手刀を食らったみたいですね。


 ダメです……意識が徐々に薄れていきますよ……

 動かないといけない時なのに……私も戦わないといけないのに……


 何も出来ませんでした。


「消えろ。薄汚いピエロが……」


 彼の悲しい言葉が響きます。

 視界は完全に暗転し、意識は徐々に沈んでいきました。

 











 私は……

 私は悪い人を良い人にして、その上で裁きを与えるためにここまで来たんですか?

 それは外道の極みです。人の心を……命すらも弄ぶ行為です。


『盗賊は悪です。死んで当然です』


 彼らの事情を知ってるくせに……


『他人が死んでも関係ありませんね』


 自分が苦しいだけなのに……


『人類はみんなクズです!』


 本当は人が好きなくせに……

 

 私は自分自身を罵倒し続けました。

 ただ、助けたかっただけじゃないですか……! それの何が悪いって言うんですか……!

 誰も死なないでほしいと思って何が悪いんですか……! 悪い人に同情して何が悪いっていうんですか……!


 たぶん、他の異世界転生者さんならこう言うでしょう。「テトラ、お前はなんて悪人だ」って……

 でも、良いです。目の前の人を見殺しにするのなら、私は悪人で良い。


 ほら、ちゃんと自分がすべきこと、分かってるじゃないですか。

 達観的な態度はもう終わりにしましょう。


 ここで目を覚まさないと、絶対に後悔する。

 だから……


 だから……!



「ああ、やられましたね……」


 ペポニの村にある宿屋。そこで目覚めた私は、ようやくカシムさんの行動理由を理解しました。

 あの人は既にモーノさんという驚異が近づいていることを察知していたんです。土壇場で私を呼び出し、こうやって一人逃がしたってわけですね。


 は……? なんですかそれ?


 だって、私が貴方たちを助けに来たんでしょう? なのに、私が助けられるのはおかしいじゃないですか!


 何でしょう……


 心が燃えてる……

 心の異世界転生者……

 その心が……


 こんなことは初めてです。

 たぶん、ここが本当の始まり。変わるべき時なのかもしれません。


「私はもう……もう自分自身を騙したくない!」


 今、道化の仮面が剥がれました。


 ベッドから飛び起き、宿屋から飛び出します。

 そして何も考えず、村の外へと走り出しました。


 それは暴走。モーノさんに相反する行為。

 心の炎は燃え盛り、収まることはありません。


 死ぬのなんて怖くない……



 死なれる事の方が!

 その百億倍怖いんだよッ……!


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