03 凡人が盗賊さんに勝てるはずがありません
呆然としました。
私の協力によって、Ⅴの人は目的を達成。どうやら私は良いように使われてしまったみたいです。
「な……え……?」
「ありがとう4番。予想以上に動きやすかったよ」
女神さまの傷口からエネルギーのようなものが奪われていきます。
初めて見たチート能力。倒した相手の能力を奪う。これがⅤの人が貰ったチート能力だったのでしょう。
彼が手刀を抜くのと同時に、女神さまはその場に倒れました。これで、神様の力をあの人に奪われてしまいましたね。
すぐにⅠの人が叫びます。
「お前ら……一体なにをしているんだ!」
「うええ!? 私も!? あ、私もだー!」
この私、犯罪者の片棒を担いじゃいましたー。
って、こんなの望んでませんよ! 明らかにやりすぎですよ! ひと泡吹かせるだけって言ったじゃないですかー!
Ⅰの人は剣を握り、Ⅴの人に斬りかかります。Ⅱの人とⅢの人は、女神さまを助けるために介抱を始めました。
一方、私はというと……
「あーっちょんぶりけーっ!」
叫びました。何も出来ませんでした。
いやいや、出来ないでしょう。このカオスな展開に皆さん付いていけますか? 私にはとても無理ですねー。
Ⅰの人が振り下ろした剣をⅤの人が素手で受け止めます。当然、応援するのはⅠの人ですね。
このままⅤの人を放っておくのはやべーです。あの人はいたいけな幼女を躊躇なく串刺しにした狂人。もう仲間でもなんでもないですよ!
やがて、この空間の主が倒れたことで、至るところに亀裂が生じます。真っ白い世界に黒いヒビが入っていきますね。
あ、死ぬ。これは全滅する。
そう思ったときです。亀裂は一気に大きくなって、黒い世界は私たち全てを飲み込んでいきました。
もう、戦っている状況でも、介抱している状況でもありません。私たち六人は、ゴミのように周囲へとばら撒かれてしまいます。
「ぎゃ……ぎゃわー!」
あー、なんでこんな事になったのでしょう……なんで私がこんな目に合うのでしょう……
ええ、分かっていますよ。分かっていますとも……
口では文句を言いましたが、私はあの人たちと同じです。現実に未練なんてありません。空っぽなんですよ。
女神さまはお見通しですね。私を選んだのは、きっとそういう理由なんでしょう。
私は流されるままに生きている人形。異世界無双もチート無双も不相応なんです。
そんな私に、何ができるんですか? 何を期待してここに呼んだんですか?
答えは私たちを飲み込み闇の中って事でしょうか……
皆さんは正常性バイアスをご存知でしょうか?
自分の身に危機が訪れたとき、「自分は大丈夫」、「まさか起こるはずがない」、「まだ私が動くべき時ではない」と、都合の悪い事態を無視して過小評価する人間の特性です。
よく、パニック映画で人の醜い争いとか描写されますが、実際はこの正常性バイアスが適応されて物語にならないでしょう。誰かが真っ先に動かない限り、全員無抵抗のまま死にますね。
今の私はまさにこれです。
「まったく知らない草原に放り出されたけど、何とかなりますね」
はい、なるわけねーです。死にます。野垂れ死にます。でもなんか冷静です。
完全に正常性バイアスが適応されまくってますね。あと数時間もすればパニックになるでしょう。つかの間の賢者モードです。
私の服装は、知らない間に粗末な布きれに変わっていました。あの女神様が選んだのでしょうか? 最低限、裸体を隠す程度にしか機能していません。
でも、私のせいであの人も災難ですね……自業自得もありますが、一応無事を祈っておきます。
仮面も取れて、晴れて自由の身です。
とりあえず、このままここにいても仕方がないので草原を歩いてみましょう。もしかしたら、もしかすれば、百万分の一の確率でここが異世界ではないという可能性もあります。
そうですよ。きっとそうです!
ここは異世界じゃない。ここは異世界じゃない。元いた世界なんだ。元いた世界なんだ。
なーんて、自分に言い聞かせている時でした。
「ひゃっはー! 女だ! 女がいますぜ兄貴!」
わあ、開幕世紀末だあ……元いた世界には絶対にいない世紀末男と遭遇してしまいましたー。
褐色肌にボロボロの服装をした男性。頭には布を巻いていて、手には鋭いナイフが握られています。正直、滅茶苦茶怖いですね。エスケープしたいところです。
ですが、私ごときが逃げ切れるはずがないでしょう。世紀末さんは下品に笑いながら、兄貴と呼ぶ人の指示を仰ぎます。
「なあ、兄貴! この女、掻っ攫ってやりましょうぜ!」
「そうだな……」
彼の目線の先にいたのは、褐色肌で青いマフラーを巻いた男性。歳は二十代前半で、鋭い眼光は睨んだだけで人を殺せそうです。でも、あらやだイケメン……
二人の特徴を見る限り、これが噂に聞く盗賊という奴ですね。異世界に転生してて早速この歓迎ですか。あんまりです……
「な……何とかしないと……」
とっさに地面に手を伸ばし、武器になりそうな物を拾います。
桧の棒を装備しました。
そんな装備で大丈夫ですか? 大丈夫です。問題しかありません。
ですが、今の私にはこれを振り回すことしかできないのです! ただただ、我武者羅に暴れまわるのが私の存在価値!
「ちょ……ちょあー!」
「ふん!」
避けられ、背中に肘ドン。
ええ、負けましたよ。負けましたとも。結局、無駄に背中が痛いだけでした。
地面に押さえつけられ、両手足を拘束されます。いよいよヤバい。本気でヤバい! 貞操の危機ですよ!
芋虫のように暴れまわりますが、目の前には銀色に光るナイフ。ゾッと背筋が凍りついて、動きは完全に停止してしまいました。これは薄い本不可避!
「わ……私を滅茶苦茶にするのですか!? エロ同人みたいに!」
「エロ……ど……? 訳の分からない事を言ってるんじゃねえよ!」
草原プレイは嫌だ! 草原プレイは嫌だ!
エッチいのはいけないと思います! 初めては白馬の王子様と決めているんですから!
私は兄貴と呼ばれるイケメンを指さして叫びます。
「せめて……せめてそっちのイケメンでお願いします! イケメンなら我慢しますから!」
「てめ、喧嘩売ってんのか! 俺がブサメンだって言いたいのかゴルァ!」
うーん……フツメン? っていうかモブ顔? 絶対活躍しない顔ですね。
って、そんな事はどうでも良いです! この危機的状況を打開しなくては! 出来ればエッチなのはなしの方向で!
でもでも、話しはエッチな方向に傾いていってます。や、やめろー!
「兄貴、この女やっちまいましょうよ」
「バカ言うな。価値が下がるだろ」
兄貴と呼ばれるイケメンが、そんなR18展開を阻止しました。
彼はニヤニヤ笑いながら私に近づいてきます。そして腰をかがめ、人差し指で私のおでこを指さしました。
「お前、未使用品だろ?」
「なっ……何て失礼な……」
「ははっ、分かりやすいな。安心しろよ。使わない方が高く売れる」
ああ、そういう事ですか。もう既に商品扱いなんですね……
何とか逃げ出さないと、どこも誰かも知らない人に滅茶苦茶にされてしまいます。当然、そんな未来は望んでいません!
拘束具を外して、二人の盗賊から逃げ出す。いや、無理でしょう。無理ですよね。無理だー!
私が必死に打開策を考えていると、兄貴さんに念を押されてしまいます。
「バカなことを考えるなよ。死にたくなかったらな」
まだ死にたくはありませんが、辱めを受けて生き続けるのもごめんです! ここでバカなことを考えなくてはいつ考えますか!
だから私は目前の絶望から目を逸らすつもりはありません。この危機を乗り越えて必ず異世界を生き抜いてやります!
「わ……私は暴力には屈しません。例えそれで命を落としても、『ざまあみろ。こいつは私を屈服させれなかった』と、最後まで笑ってやります」
「へえ、震えた声でよく吠えるじゃねえか。安心しろよ。てめえは大切な商品だからなぁ」
兄貴さんはニヒルに笑いながら、私を軽々とかつぎます。少し雑ですが、本当に優しく扱ってくれるようですね。
いくら暴れても全く逃げ出せる気がしません。このまま盗賊のアジトへと運ばれて、そこから奴隷商へと出荷されるのでしょう。残念ながら、私の人生はこれにて詰みのようです。
あのⅤの人と言い、男性はみんな女性を利用することしか考えていません。私はずっといいように使われて、捨てられる運命にあるんですね……
「そうやって暴力に頼るんですか。男はみんな悪い人です……」
「男が悪いんじゃねえ。俺が悪いんだよ」
何を言っても、兄貴さんは毛ほども気にしていません。人間ですらない物品のいう事なんて、一々相手にする価値はないという事でしょうか。
逃げ出すことは出来ない。説得することも出来ない。交渉する物も持っていない。
本当にどうしようもないです。この異世界ゲーム、速攻脱落となったのはこの私……名前は……
テトラ……?
テトラ・ゾケル、これが私の名前?
あの女神さま、転生者同士名前を教え合う事はさせないと言いましたが、名前自体は与えていたんですね。脳裏に自分の名前が浮かびましたよ。
では改めて……
異世界転生者テトラ、これにてゲームオーバーです。
はい、異世界に行けば頑張れると思ってるそこの貴方。
ないですから! 死にますから!
現実世界で頑張らない人こそ、真っ先にゴートゥーヘル。それを覚えておきましょう。
テトラ「あーっちょんぶりけーっ! 昔読んだ漫画で女の子が叫んでいました」
Ⅱの人「ブラック・ジャックのピノコだよ。彼女は姉のこぶ(奇形腫)の中でバラバラに生きていた。それをブラック・ジャックが組み立てたんだ」