36 神の裁きなんてあるわけありません
怒ったカシムさんに連れられ、私はアジトの奥へと進みました。
この洞窟、意外と広くて人が暮らすには申し分のない環境が整っています。恐らく、盗賊さんたちが協力して住みやすいようにリフォームしていったのでしょう。
そんなアジトの一番奥。天井に穴が開き、そこから太陽の光が差し込める大広間。
私はその場所で驚きの物を見つけました。
「これは……バアルさま……?」
「ああ、俺たちで掘ったんだ」
外の光に照らされる大きな女神さまの像。それが、さながらレリーフのように壁から彫り作られていました。
素人の私から見ても、その彫刻技術が素晴らしいものと分かります。それと同時に、盗賊さんたちが熱心なバアル信者だという事もわかりました。
そういえば、ナイフの柄にも女神さまのレリーフを刻んでいましたね。恐らく、カシムさんは彫刻という特技を持っているのでしょう。
彼の事が少しずつ分かってきました。同時に、相手の方も私を理解しようと詰め寄ってきます。
「単刀直入に聞く。どうやって奴隷市から戻ってきた」
「だから、女神さまの……」
「その女神さまの前で、大ぼらでも吹くつもりか?」
そう言って、カシムさんは私の首筋にナイフを当てます。一応、刃物で脅しているようですが、私からして見ればそれは大したことじゃありませんでした。
それよりも大きな女神さまの像です。神々しく太陽の光に照らされ、光り輝いている偶像。
彼女を前にして、その名を語るのは気が引けます。まるで監視されているようで、嘘を貫き通すことが出来ませんでした。
「ありゃ、バレちゃいました? まあ、半分嘘ですけど半分は本当ですよ。話しだけでも聞いてみませんか?」
「……分かった。好きに話せ」
でも、会話の主導権は私が握ります。これは譲れません。
さてさて、虚偽を交えて事実を語りましょうか。私が彼らの敵でないというのは、紛れもない事実ですからね。とりあえず、最初の質問について答えましょうか。
「まず、私の境遇ですが……この頬に刻まれた紋章の通り、私はさるお方の奴隷を務めさせてもらっています。彼は相当の変人でしてね。今みたいな放し飼いも自由ってわけです」
「悪運の強い奴だ。で、何が目当てでここに戻ってきた」
カシムさんはナイフを当てつつ、尋問するように問います。
いやー、やべーですねー。ナイフが刺さって死んでしまいますねー。なんて、毛ほども思っていませんが、ご機嫌をとるためにも素直に答えます。
「その質問に関しては、私自身でも明確に答えることが出来ないんですが……たぶん、悔しかったんだと思います」
「悔しかっただと?」
そう、悔しかったんです。
一番の異世界転生者、モーノ・バストニ。彼に大切なものを奪われたの悔しくて、私は真っ向から対立することを決めたんです。
「はい、色々ありましてね。ある正義の味方さんに友達を奪われてしまったんですよ。その友達はとんでもない悪人だったんですけど、どうしても他に良い方法があったのではないかと考えてしまうんです。今でも彼女の影が心から消えません」
時々見える少女の影。私が患った心の病は、行動しない限り癒えることはないでしょう。
ヴィクトリアさんの事だけじゃありません。冒険者のヴァルジさん、彼の屈辱を晴らしたいってのもあります。
それらに加えて、今目の前にいるカシムさんを奪われること。それは私の敗北を意味していました。
「私はその友達と貴方たちを重ねています。たとえ悪人であろうと、皆殺し以外に方法があるのではないかと考えてしまいました。明確な答えではありませんが、それでも行動したかったんです」
「で、その正義の味方とやらは神の使者か? 俺たちは神に裁かれるってわけかよ」
「神様は人を裁きませんよ。人を裁くのはいつだって人です」
そうです。裁くのはモーノさん。
そして、それに抗うのは私。四番の異世界転生者、テトラ・ゾケルです。
「でも、人を救うのも人なんですよ。これでも私は覚悟の上でここまで戻ってきました。命を懸けたこの判断。善意かどうかは証明できませんが、認めてくれても良いとは思います」
ヴァルジさんを屈服させたこの眼力。それによってじっとカシムさんを見つめます。
ここでまた売られてしまったら、彼らに歩み寄る道が途絶えるでしょう。それは私のためにも、カシムさんのためにもならないはずです。
認めてもらうしかありません。私はこの盗賊団で救済への道しるべとなります!
そんな私に対し、カシムさんは呆れた様子。どうせ、大した金にはならないと思ったのでしょうか。ナイフを収めつつ、こんなことを聞いてきます。
「……で、認めるってのなら何を望む?」
「盗賊団に入れてください。私なりの方法で貴方たちを救いますから」
「……勝手にしろ」
「そうさせてもらいます」
勝ちました。私の演説と説得、ちゃーんと効果があったようですね。
さてさて、これから忙しくなります。ガチの殺人犯は説得なんて不可能でしょうが、入りたての新人さんは話し合えるでしょう。一人でも多くの人をモーノさんの魔の手から逃がして見せます!
あ、そうでした。男臭いこのアジトで貞操を守らなければいけませんね。とりあえず、カシムさんのような紳士的な盗賊を捕まえて、守ってくれるように促しますか。
本当にやることだらけですね。まずは勝手に夕食の準備に参加しましょう。
なんて、計画しつつ洞窟の外へ向かうと、カシムさんに呼び止められます。
「まて、最後に一つ質問だ」
振り返ると、そこには鋭い目つきをした盗賊団リーダーが立っていました。
彼は女神さまの像を背にしつつ、最後に一つの質問をします。
「お前は女神バアルの使者じゃないんだな?」
「はい、嘘です」
「……そうか。なら、気のせいだ」
気のせい? なにが……?
一体、彼は私に何を重ねて見たのでしょうか。盗賊団の謎は深まるばかりでした。
夕食当番の盗賊さんに割り込み、勝手にその手伝いをします。男料理という事もあり、彼の調理はあまりにも雑なものでした。
当然口を挟みますし手も出します。それどころか、勝手に料理を変えるという始末。まあ、やりたい放題ですね。はい。
「何でも鍋にぶち込めば良いってものじゃありません! バランスというものがあります!」
「うるさい奴だな……もう勝手にしてくれ」
私とあまり歳の変わらない盗賊さん。彼は私の口出しに対し、完全に折れた様子でした。
なんか、ここ最近は呆れられてばかりですね。この異世界の荒波にもまれ、私の神経は太く強く成長したようです。
迷惑かけてばかりも難ですし、ここらで手土産を出しましょうか。私は肌に放さず持っていたカバンを地面に下し、そこからある物を取り出します。
「じゃじゃーん! 秘密兵器です!」
「なっ……! 塩と香辛料だと! こんな高価なものをどこで!」
ヴィクトリアさんの家から拝借しました。
彼女が死んでかなり動揺していましたが、それでも必要な物はちゃっかり回収しています。あのまま放置されて誰かに奪われるぐらいなら、私が有効利用した方が良いでしょう。
盗賊さんたちは朝から晩まで盗賊行為をしていますからね。当然、かなり汗をかいて塩分が不足しているはずです。喜ばないわけがない!
どうせなら、良いものを食べさせてあげたいですから……
「みんなには内緒ですよー。特にカシムさんに見つかったら、『売って金にしろ!』って言われちゃいます。美味しいものを食べた方が幸せなのに」
「生きることに精いっぱいだからな……」
鍋に塩と胡椒を入れつつ、私は料理当番の盗賊さんと話します。どうやら彼は料理当番をするような下っ端で、盗賊としては半人前みたいですね。
いきなりですけど、積極的に歩み寄ってみましょうか。こっちはあまり時間がありませんし、なりふり構っていらねーんですよ。
私は鍋かき混ぜつつ、見ている盗賊さんに聞きます。
「貴方の名前はなんていうんですか?」
「アリーだよ。兄貴がつけてくれた」
「アリーさん、貴方は何で盗賊になったんですか。毎日が命がけなんて……怖くないんですか?」
まだ若いです。たぶん、私と同じ年齢でしょうか? 何にしても、この若さで盗賊行為というのは、あまりにも悲しいことでした。
私になら真意を話していいと思ったのか、アリーさんは愚痴るよう言葉をこぼします。今回ばかりは、会話の主導権を彼に渡しましょう。
「怖いさ……だけど、俺は砂漠の民。バアルさまの信仰は聖国で禁止されているし、周囲からは見下された眼で見られる。俺の理解者は同じ砂漠の民と兄貴だけだ……」
まあ、大方の予想通りです。どうやらカルポス聖国は砂漠まで進軍を広げている様子。これでは聖国どころか、帝国と言っていいでしょう。
褐色肌の人種、砂漠の民。彼らは女神バアルを信仰しているようですが、他にもこうやって潰された信仰は沢山あるでしょう。たまたま、私がバアルという女神にたどり着いた。それだけです。
「俺たちは居場所を取り戻す。民を集め、いずれ聖国から独立して国を作るんだ。それまでは、聖国の奴らから奪って生きぬくしかない」
「女子供にも容赦なしですか。憎しみの連鎖ですね」
まあ、奪われたら奪い返しますよね。標的にされた罪のない国民はたまったものじゃないですけど。
これは恐ろしいほどに根が深そうです。元の世界で平和に生きていた私が、首を突っ込むことではないのかもしれません。
ですが、突っ込まなければ全て終わります。私は……私はあきらめたくない! ここまで来たんです。もう絶対に真実から目を逸らしません!
「バアルさまはそんなことを望んではいません。生きる方法なら、他にもたくさんあります。全て許して、憎しみをなかったことには出来ませんが、我慢することは出来るはずです!」
「……そんなことは分かってる。俺はバカな大人とは違う。だけど……道しるべがないんだ」
若い価値観ですか。最初にこの人をターゲットにして良かった。
アリーさんは私の言葉を理解しています。性格も柔軟で、素直に綺麗事を飲み込んでいるようにも感じますね。
私は確信しました。難易度は高くない。いける! 救える!
彼は人も殺したことのない新人ひよっこ。ここは勝負に出るときでしょう。
「フラウラの街、冒険者ギルド。ジャン・ヴァルジという冒険者に、テトラ・ゾケルの紹介と言ってください。最低限の生活は出来るでしょう」
「お前……なに言ってんだ……?」
冷や汗を流し、驚愕の表情で私を見るアリーさん。そんな彼に対し、私はそれ以上何も言いませんでした。
誰かに聞かれればアウト。今のはささやかな道しるべです。
さて、このチャンス。掴むか、逃すか。
アリーさん、それは貴方の判断に任せますよ。