35 兄貴さんとの再会ですよ
唖然としました。
本当にロバートさんが天使だと信じざる負えない。そんな状況だと思います。
憶測程度の位置しかつかめていなかった盗賊団のアジト。それが今、私の視界に映っていました。
見た目はただの洞窟です。ですが、すでに何人かの盗賊が出入りしているのを見てますから、ここが目的の場所なのは確実でしょう。
現状、私はロバートさんの指示に従って草むらに隠れています。見張りも数人いますが、彼のナビゲートによって見つかっていないって感じですね。
何らかの魔法で攪乱しているのか、単純に隠密行動が得意なのか。なんにしても只者ではないのは確信でしょう。それこそまさに天使のような……
「ロバートさん、あなた本当に天使なんですか」
「だから、そう言ってるじゃないか」
ロバートさんは光輝かんばかりに微笑みます。私には、そんな彼が悪人にはとても見えませんでした。
流石に分かりますよ。この人の笑顔は偽物なんかじゃありません。本気で私を助けるために、ここまで付き合ってくれたんです。
この人は信用の出来る味方。そう確信した時でした。
「さて、ボクの役目はここまでみたいだね。ボクのやるべきことは導きだけ……」
「ほへ……?」
いえいえ、ここまで来て何を言っているんですか。もう盗賊団のアジトは目の前。ここでお別れしたら私はどうなってしまうんですか!
また捕まっちゃいますよ。また奴隷として売られちゃいますよ! 冗談もほどほどにしてください!
ですが、ロバートさんの目はマジでした。本当に、彼の目的は私をここまで導くことだったのです。
やがて、彼は背中の弓に手をかけ、それに矢をセットしました。そして、それを天空に向けて構えます。
「また、どこかで会えるといいね。テトラ、キミに多くの喜びがありますように……」
「え? 私って名乗りましたっけ?」
そんな疑問が浮かんだ時でした。
ロバートさんは弦を大きく引き、それを放します。すると、セットした矢は勢いよく空へと放たれ、そこで何らかの魔法が発動しました。
矢は光を発し、小爆発を起こします。それは、私の居場所を知らせる照明弾。盗賊たちはすぐに気づき、こちらへと走り寄ってきます。
な……何てことをしてくれたんですか! ロバートさん……
「って、いないー!?」
「誰だ! そこに誰かいるのか!?」
ロバートさんは消えてしまいました。
代わりに現れたのは二人の盗賊さん。確かに彼らに接触しなければ話が進みませんが、それにしてもこの出会い方は最悪ですよ!
二人の盗賊はナイフを構え、物凄く怖い形相で私を睨んできます。恐らく、先ほどの光に対して警戒して、すぐに動けないといったところでしょうね。
好都合です。質問される前に私から会話をリードしましょう。
「貴方たちがいるという事は、まだモーノさんは来ていないみたいですね」
「はあ? 何の話しだ!」
「こっちの話です」
恐らく、まだモーノさんは行動に移っていませんね。彼は三人の女性を連れています。三人ともまだ幼く、無理な捜索が出来るとは思えません。
私は以前アジトに訪れていますし、村人が盗賊団と繋がっていることも確信しています。加えて、ロバートさんという自称天使さんのナビゲートもありました。先にコンタクトを取れたのは必然でしょう。
さてさて、この状況。どうしましょうか?
とりあえず、笑顔を崩さず余裕な表情を浮かべておきましょう。相手からしてみれば、『謎の光と共に少女が現れ、なおかつ盗賊を相手にしても笑っている』という怖い状況ですからね。
そして、会話を途切れさせないように一方的に話を続けます。常に場を掌握していれば、相手は何もできませんので。
「先ほどの光は降臨の光です。私は神からの使い、貴方たちを救いにこの場所に現れました」
「はあ!? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ……!」
当然嘘です。ですが、ここは賭けに出ましょうか。
私は彼らの情報を握っています。その情報、ここで使わせてもらいますよ。
「嘘ではありません。私は女神バアルの使者。リーダーのカシムさんに会わせてください。話したいことがあるのです」
「バアルさま……だと……?」
表情が変わりましたね。冒険者ギルドから得たとびきりの情報です。効果抜群って感じに見えますよ。
この発言、実は地雷ワードの可能性もあります。ですが、女神バアルは悪魔として迫害されている神。それに対して好意的な発言をした私を無視出来ないでしょう。
攻めに出なければ事態は好転しません。なら、私はどんどん発言して、どんどん惑わしていけばいいんです。事実、盗賊の二人は混乱していますから。
「あ……ありえねえだろ! こいつは東の人種じゃねえか! それに、バアルさまが今まで俺たちに使者を出したことがあるか!?」
「じゃあ、さっきの光は何なんだよ! なんで草原のど真ん中で女が笑ってんだよ! こいつは戦う武器も何も持ってねえぞ!」
どうやら審議中のようです。
ああ、やっぱり楽しい……人を掻き回すのは本当に幸せです。たとえ命を握られていても、危機的状況でも、私はやっぱり混沌を望んでいるのでしょう。
一歩間違えばまた奴隷として売られてしまうかもしれません。男たちに羽交い絞めにされてしまうかもしれません。
ですが、それでも私は幸福に満ち溢れています。それもまた、異世界転生者が成せる技なのかもしれません。
「私は逃げも隠れもしません。自らの意思でここに訪れたのです。どうでしょう? 私を捕獲するにしてもアジトに連れて行くことになるはず。ならば、結論を先送りにしても問題はないと思います。まずは私をカシムさんに会わせ、その上で判断を仰ぐべきではないでしょうか?」
この提案に対し、盗賊二人は顔を見合わせます。そうです。これを断る意味はありません。
私がどんな存在であろうと、結局連れて行く場所は同じ。肝心なのは逃げられないかどうかだけです。
本人が逃げないと言っているのなら、彼らも手荒な行いをする必要はないでしょう。目的は虐殺ではなく、捕獲なんですからね。
盗賊さんは話し合っていますが、出てくる結論は同じでしょう。
「どの道、偽物だとしても女一人じゃ何も出来ねえだろ」
「そうだな……こい女!」
私が女神さまの使者という事を意識してか、彼らはナイフを収め、縄も縛らずに私を洞窟へと連れて行きます。丁重に扱ってくれるだけ交渉の余地はありました。
さって、あとはリーダーのカシムさんを説得しないといけませんね。彼とは一度会っていますが、それが余計に話をこじれさせそうです。
ま、そんな状況すらも利用しますけどね。まだまだ、こちらに切り札は残っていますから。
薄暗い洞窟、松明の明かりの下。
盗賊団のリーダー、兄貴さんことカシムさんは口をパクパクと動かしています。まるで亡霊にでも出会ったような反応ですねー。
そんな彼の周りには何人もの盗賊がいます。一見すれば絶体絶命のピンチですが、私は涼しい顔であいさつをしました。
「カシムさん、お久しぶりです。元気にしていましたか?」
「な……ななな……! なんでてめえがここにいるんだァ!?」
全身から汗を拭きだし、顔は真っ青になっています。まあ、そりゃあ驚きますよね。カシムさんの中では私の人生は終わったって事になっていますから。
仮に私が無事だったとしても、再びここで顔を合わせるとは思っていなかったでしょう。だって、売った獲物が戻ってくるなんて、普通では考えられませんから。
でもすいません。戻ってきちゃいましたー。これからよろしくきにー。
「女神バアルさまのお導きです。私たちは運命の土留め色した糸で繋がっているのです!」
「ふざけんじゃねえ……! てめ……俺を殺しに来たのか!? 復讐かッ!」
復讐とはなんて物騒なことを! 私はたとえ憎しみを持った人に会おうとも、慈愛の心でそれを許しちゃいます。むしろ、私は貴方たちを救いに来たんですよ!
ま、救いといっても気まぐれにチャンスを与えるだけなんですけどね。私はトリックスター気質なので、カシムさんの都合もモーノさんの都合も知ったこっちゃねーです。
ただ明るく楽しく、私の思う最善を目指すだけですから。
「復讐とはとんでもありません。私は貴方様に感謝しているのですよ? 今日ここに来たのも、絶望からの救済を目的とした慈善事業です」
「救済……だと……?」
おっと食いつきましたね。やっぱり、ここで再び私に会ったことに対し、僅かながらの運命を感じているに違いありません。
本来、盗賊相手に屁理屈で説き伏せることなど出来るはずがないでしょう。ですが、私には女神バアルという神と、途中まで深めたカシムさんとの親交があります。
私に対して声を荒げた彼。それは感情的になっていたからであり、親交が深まったことを証明しています。
さあ、本題といきましょう。逆鱗に触れるのは確実ですが、ダメ元でアタックするしかありません。
「そう、救済です。貴方たちは今、女神による天秤にかけられています。近いうちに、このアジトは大きな災厄に見舞われることでしょう。その前に更生し、正しい生き方を目指すことを女神は望まれています」
「ふ……ふざけてんじゃねえ! バアルの使者にでもなったつもりかよ! てめえがここにいるのは偶然だ……そこに女神の力があるはずがねえ!」
女神の力によって奇跡の復活をし、その使者となってここに訪れた。カシムさんは私をそんな存在だと思っていることでしょう。
勿論、そんなわけがありません。ですが、私にはそう思わせるような情報と言葉の力があります。綺麗事のように聞こえるでしょうが、これでも大真面目で演説しているつもりですよ。
身振り手振りを大きくし、さらに女神信仰者になりきって語っていきます。単なる救いのためではありません。これは真実を知るための手段です。
「偶然、奇跡、巡り合わせ……何の違いがありますか? あなた方が国を追われ、迫害され続けていることは女神さまも存じています。ですが、それと同じ不幸を他者に与えてはいけません。大丈夫です……そんなあなた方でも、私と女神さまはずっと味方ですから……」
「だ……黙れえええェェェ……!」
突如、声を荒げるカシムさん。ナイフを持って私に飛びかかろうとしたとき、部下の盗賊さんたちによって押さえつけられます。
ま、私を受け入れるにしても、受け入れないにしても、殺しちゃうのは悪手なので当然ですね。こっちも、殺されない自信があるから好き勝手言えるんですよねー。
それにしても、神の名を借りて自分の思想を強要するなんて……我ながらなんてクズなんでしょう。
でも良いです。人類みんなクズ、ならクズはクズなりに楽しんじゃいましょう。
一に盗賊さんの救済。二に盗賊さんたちの真実を知る。三にモーノさんへの嫌がらせ。そして、四は私が楽しければそれでいいって事です。