34 電波さんが付きまとってきます
自称天使のアニクシィさん。彼は爽やかな笑みをしつつ、ねっとりボイスでささやきます。
「そう、しがない癒しの天使。大した存在じゃない」
いえいえ、癒しの天使って……どう見ても素朴な旅人ですよね? なんか、バッグとかお弁当袋とか持ち歩いているみたいですし、神々しさがまるで感じられません!
ですが、どこか昔の絵画から放たれるエロイズムを感じてしまいます。そういうのを総合すると、『気持ち悪い』の一言につきるんですよね。
そんな気持ち悪いアニクシィさんは、ずいずいと私に近づいてきます。そして、私の頭部をなめまわすように覗き込みました。
「待って、キミは怪我をしている。見せてほしいな」
先ほどゴブリンによって殴られた箇所。回復薬によってある程度は癒えたんですけど、完全には治っていません。
そんな負傷部をアニクシィさんは優しくなでます。こ……これはセクハラです! ゾクゾクした感覚が首筋に走り、思わず飛びのいてしまいました。
「ひゃ……! なにを!」
「うん、これで大丈夫」
すぐに負傷部分を手で触れます。するとおっかなびっくり、そこに血液も痛みも感じらえません。なんと怪我が完全に治っていたのです。
詠唱も何もありませんでした。ノータイム、ノーリスクで完全完治。すぐに彼がただ者ではないと分かります。
怪しい……これほどのヒーラーが都合よく話しかけてきますか? それも、ヴァルジさんと別れて協力者がほしいというこのタイミングでですよ? 当然、疑いの眼差しを向けます。
「あ……ありがとうございます。それで、アニクシィさんは……」
「ボクとキミの仲じゃないか。ロバートと呼んでほしいな」
ロバートさんはずいっと近づいて私の目を見ます。
顔が近い! 気持ち悪い! なんでこんなに馴れ馴れしいんですか! むしろ疑われるような行動ばかりしているように感じられます。
敵……ではないですよね? もしくは、私と同じ異世界転生者? とにかく、一歩彼から離れて探りを入れていきます。私は疑い深いですからね。
「そ……それで、ロバートさんは私になに用ですか?」
「そうだね……一つ聞きたいことがあるんだ。例えば、綺麗な蝶が蜘蛛の巣にかかっていたとき、キミはそれを助けるかい? 状況によるという答えは、状況が分からないことを前提とさせてもらうよ」
質問の意図が分かりませんが、ここで素直に助けるか助けないかの二択で答えるのは面白くありません。
ですが、三択目の答えである『状況による』をロバートさんは事前に潰しています。
この世で最も面白くないのは相手の思い通りになること。それを分かっていてか、彼は選択肢を徹底的に狭めるよう質問したのです。むう、厄介なことこの上ねーです。
まあ、正直に答えましょうか。この人、相当の曲者だと思いますから。
「助けると思います」
「次の日、獲物を逃がした蜘蛛が餓死していたとしてもかい?」
まったく、痛いところ突いてくるじゃないですか……やっぱりこの人は曲者です。
状況から考えると、先ほどシルバーウルフを助けるためにゴブリンを倒したことを言っていますね。
正直なところ、私はまだこの疑問に対しての答えを出していません。屁理屈で誤魔化していますが、これこそが目の上のたんこぶだと言って良いでしょう。
『盗賊を救いたいと思うことは、死んだその人たちに対する侮辱ですよ!』
受付嬢のマーシュさんに言われた言葉。論破できずにここまで来てしまいました。
私の迷いを見透かしたように、ロバートさんはねっとりと語っていきます。
「間違ってない。だけど、キミは心の病気みたいだ。キミの心には亡霊が見える。それは、キミ自身が向き合わなくちゃいけない」
また、人の心を見透かしたようなことを……
心の亡霊、死んだグリザさんとヴィクトリアさんの影で間違いありません。これはエスパーですか? それとも魔法ですか? 何にしても、彼に隠し事は出来ないようです。
でも、悔しいから減らず口で返してやりますよ。心を読まれるのは気分が良いことではありませんから。
「貴方になにが分かりますか……」
「これでもボクは医者だよ。東の国まで癒しの旅に出ていたんだけど、不穏な影を感じて戻ってきたんだ」
医者……心の病気……
いえ、おかしいですよね。精神病が病として認められたのは比較的最近の話です。にも拘らず、ロバートさんは私が心の病に侵されていると診断しました。
もう確信です。この人は異世界転生者、もしくはそれに通じている人。普通の立場である存在とはとても思いません。
加えて、不穏な影を感じた……? やべーです。この人は絶対やべー人です!
ロバートさんは真剣な眼差しをし、私にある提案を出します。それはあまりにも急な一言でした。
「キミ、この国を出ないかい? 東の国は穏やかだよ」
「ご覧の通り、私の頬には奴隷の紋章が刻まれています。主人を置いて逃げるわけにはいきません」
私を心配……しているんですよね? どうやら悪い人ではないようですが、別の問題が発生しました。
恐らく、彼はこの国に大きな災厄が降りかかることを危惧しています。そして、それは近いうちに現実のものになるでしょう。
魔法か知識かは知りませんが、ロバートさんはこの国に潜む影を察知しているのですから。
「そう……この国は病気なんだ。だけど、天使のボクには治すことが出来ない。人のセカイは人が治さなきゃいけないんだ」
救世主とは違いますね。観測者気取りでしょうか? まさに天使です。
ま、仮に彼が本物の天使だったとしても、この異世界では普通の事なのでしょう。どうせ、空も飛ばずに素朴な旅をしている時点で大した天使ではありません。
下っ端ですよ。敵でないのなら、私はそれでいいです。
私はそんなロバートさんをスルーし、村人たちの聞き込みを始めました。
恐らく、この村は盗賊団と繋がっている。そのアジトの場所だって、知ってると思います。
単刀直入には聞かず、さり気なーく調査しましょうか。こういうのは得意なので、ぱぱっと場所を絞らないといけません。
これより先、更なる苦行が待っているのですから。
昨日は村の宿を借りて、一晩を過ごしました。
結局、アジトの場所は詳しく分からず、噂程度の情報しか集まりませんでしたね。ですが、村から遠くない事と西の方向ということは絞れました。
信憑性はあると思います。なぜなら、この村の住民は盗賊たちの事をよく知っているのですから。
ただ、あまり真実を話したくないだけです。だからこそ、私はしつこく問い詰めて情報を手に入れたんですから。
さて、後は草原に出て直接調査ですね。
そう思ったとき、私に向かって一人の青年が歩み寄ってきます。
「おはよう、今日も素晴らしい一日が始まりそうだ」
「なんで付きまとうんですか」
自称天使さまのロバートさん。今日も笑顔が眩しいですね。
どうやら、昨日からずっと私をマークしているようで、何が何でも協力するという強い意志を感じます。宿では隣の部屋を借り、その行動はまるで護衛のようでした。
彼は昨日出会ったのにもかかわらず、馴れ馴れしい態度で対応します。まったく、気持ち悪いですが世渡りが上手いものですよ。
「辛辣だね。ボクの事が嫌いなのかな?」
「正直、貴方の事を疑っているんですよ。ちょうど、助けがほしいタイミングで貴方が現れ、都合よく助けてくれるってのはあまりにも不自然です」
「それは主の巡り合わせだよ。ボクは天使、ヒトを助けるのがボクの使命だから」
無理やり誤魔化してきましたね。どうしても、自分は天使だと言い張るみたいです。
もう、これはハッキリさせちゃいましょう。ロバートさんは誤魔化しつつも嘘は言いません。なら、こっちも単刀直入に詳細を突き詰めてやります!
「貴方、異世界転生者なんですか?」
「ボクは天使だから違うよ」
「私のことを知っているんですか?」
「昨日初めて知ったよ。巡り合わせでね」
「この世界の不穏な影とはなんですか!」
「それを調べに来たんだ。察知したのは主の啓示だよ」
全部答えやがった! でも、肝心なところは全然わかりません!
ほとんどオカルトで説明してるじゃないですか! 天使やら巡り合わせが真実だったとしても、納得できるわけねーです!
これは何を聞いても無駄でしょうね……神の一言で全部片づけられそうです。
「ボクは天使として、キミの助けになりたい。さあ、盗賊たちの居所へ向かおう」
私がげっそりしている間も、ロバートさんはどんどん話しを進めていきました。結果、二人で盗賊のアジトを探すという流れになっちゃいます。
もう、完全にリードを握られていますね。私もマイペースだと思いますけど、彼はそれ以上にマイペースだと思います。
結局、私はロバートさんと一緒に草原に出てしまいました。
魔除けのお守りが効果を発揮し、モンスターとは全く遭遇しません。ですが、万が一遭遇してしまった場合は、たぶん彼が何とかしてくれるでしょう。
背中の弓矢は飾りではないはずです。高度な治癒魔法が使えるなら、たぶんそれなりの力は持っていると思いますしね。
そんなロバートさんは楽しそうに自分語りをしていました。どうやら、彼は旅人として何度もこういう事をしていたようです。
「昔、ある人と旅をした時のことを思い出すよ。彼、最後までボクが天使だと気付かなくてね。旅を終えて、全て明かした時は本当に驚いていたよ」
「はあ……」
やっぱり、本物の天使さまなんですかね……
ヴィクトリアさんの描いた絵とは似ても似つきませんが、これは仮初の姿という事でしょうか? 詳細は分かりませんが、もう自由にやらせてあげますよ。
すでに、盗賊探しは完全にロバートさんが先行しています。方角的には正しい道を進んでいますが、やけに自信満々なのは何故でしょうか。一応、聞いてみます。
「場所が分かるんですか?」
「たぶんね。隠れるなら、こっちが良いはずだから」
本当に彼を信じていいのでしょうか……?
いつも人を振り回す私を振り回すロバートさん。たぶん、ご主人様にも匹敵する曲者でしょうね。はい。