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33 母は強しってやつですね


 状況は最悪です。

 六匹だったゴブリンは仲間を呼び、ヴァルジさん一人では手の付けられない数になってしまいました。

 私は棍棒を我武者羅に振り回し、シールバーウルフに近づくゴブリンを追っ払います。ですが、ステータスも戦闘技術も皆無の私は、容易く一撃を受けてしまいました。 

 棍棒で頭部を殴打され、地面へと叩きつけられます。すぐに殴られた部分を触ると、その手は真っ赤に染まってしまいました。


「テトラ!」

「あ……ようやく名前で呼んでくれましたね……」


 何とか立っていますが、頭がくらくらして仕方ありません……このまま倒れたら、ヴァルジさんに心配をかけてしまいますね。

 本当に不味い状況です……どうしてこんなことになったんでしたっけ……?

 そうでした。全部私の我ままのせいでしたね。

 もう、私なんてほっておいてヴァルジさんだけに逃げてもらいますか……そう思ったのと同時に、彼は私とシルバーウルフを守るように武器を構えます。


「ヴァルジさん……」

「おいおい、俺は悪名高きジャン・ヴァルジだろ……? なんで底辺女と薄汚いモンスターのために体張ってんだ……なんでこんな糞みたいな草原で一人戦ってんだ……!」


 同じ冒険者にちょっかいを出す悪名高いヴァルジさん。彼は自問自答を繰り返しつつ、ゴブリンの攻撃をことごとく弾いていきます。

 敵の数が増えても、その動きは衰えることがありません。今のヴァルジさんの姿は、まさに一流の冒険者。メイジーさんに一撃ノックアウトされたあの時の姿とは似ても似つきませんでした。

 彼は二体のゴブリンを同時に叩き切り、私に向かって叫びます。


「テトラァ! てめえのせいだ……てめえのせいで俺はおかしくなる! 生きて土下座してもらうぞ!」


 そうですよ……生きなきゃお礼も言えない。それはヴァルジさんに失礼ですよね!

 私は懐から回復薬を取り出し、それを頭からぶっかけます。完全には回復していないでしょう。ですが、生き残るために戦うことは出来ます!

 そんな私を見たヴァルジさんはニッと笑います。そして、同時に襲い掛かるゴブリンたちを一手に引き受けました。


「来いや糞ゴブリンども! 俺が纏めて相手してやらァ!」

「ギー!」


 一体目と二体目の攻撃をガードします。ですが、続く三体目以降の攻撃を彼はまともに受けてしまいました。

 一撃、二撃、三撃……攻撃回数は増えていき、やがてなぶり殺しの状況へとなってしまいます。私も必死で棍棒を振り回しますが、一体のゴブリンを相手するだけで精いっぱいでした。

 火事場の馬鹿力により、何とか自分の戦う相手は処理できそうですね。ですが、私の視界に映ったのは無抵抗で連撃を受けるヴァルジさんの姿。

 私たちを守るため、あらゆる痛みを受けています。見る見るうちに弱っていくのが分かります。


「嫌だ……嫌ですよヴァルジさん……」


 頭がガンガンと響きます。胸が締め付けられるように痛み、呼吸をするのも困難になりました。

 死ぬ……? 終わる……? 私のせいで……?

 また失ってしまうんですか? また何もできないんですか?


 また……


 また……


『また助けられないんだね。お姉ちゃん』


 グリザさんとヴィクトリアさんの声が重なります。

 ですが、その瞬間でした。


「ぎ……ギィ……」


 突然、数体のゴブリンが天高くへと打ち上げられます。

 どうやら、何らかの攻撃によって吹っ飛ばされたみたいですね。ヴァルジさんではありません。誰かが私たちを助けるために参戦したようです。

 すぐに、その攻撃の正体は分かりました。なぜなら、先ほどまで私の後ろにいたシルバーウルフの姿がなかったからです。

 助けられたヴァルジさんは、驚愕した様子で彼女を見つめました。


「シルバーウルフ……何で動いてんだ……?」

「終わったんですよ……出産が……」


 私たちが必死で守ってきたシルバーウルフのお母さん。まだ、出産を終えたばかりでボロボロですが、生まれたばかりの子供を守るために飛び起きたのでしょう。

 彼女は私たちの事など目もくれず、集まってきたゴブリンを睨みつけます。

 その時、ようやく分かりました。このシルバーウルフはあまりにも大きく、そこらのモンスターより遥かに力を持っていると……


「グオォォォォォ!!」


 まるで、自身の権威を示すかのように、母親は咆哮を上げます。

 そんな彼女の姿を私たちは目に焼き付けました。まさに、母は強しといったところでしょうか。


「かっこいい……!」

「……はは」


 これにはゴブリンたちもたじたじの様子。さらに、ヴァルジさんの相手もしなければならない事もあり、勝ち目はないと思ったのでしょう。

 一匹がその場から走り出すと、二匹、三匹と尻尾を巻いて逃げ出していきます。プライドなんてありません。そのあたりはまあ、キングオブ雑魚敵って感じでしょう。

 とにかくまあ、これで脅威は去りました。シルバーウルフのお母さんも一安心ですね。はい。



 一難去ってまた一難です。

 出産を終え、ゴブリンも去ったことにより、シルバーウルフの標的はこちらに向くでしょう。ヴァルジさんは剣を構え、彼女に対して警戒姿勢を見せます。

 ですが、シルバーウルフさんは私たちを襲おうとはしませんでした。同時に、ヴァルジさんの足元に小さな……本当に小さなシルバーウルフがしがみつきます。


「きゅ~……」

「まさか……信じられねえ……」


 母親が動いたことにより、生まれたばかりの子供は近くにいた彼にすり寄ったみたいです。それを受け入れられなかったのか、ヴァルジさんは脱力して草原に腰を落としました。

 冒険者である彼にとって、この経験は初めてのようですね。モンスターの子供にすり寄られ、その母親に受け入れられ、自分はこの場所にいる。

 ずっと、モンスターを倒し続けた彼は何を思ったのでしょうか。


 一匹の子供が彼に近づいたことにより、他数匹も同時に集まってきます。私を無視して、ヴァルジさんの方ばかりという感じでした。

 まったく、失礼しちゃいますよ! 私だってダメなりに頑張ったのに!


「ずるいですよ。これは才能です! チートです!」

「な……何がだよ」


 私はヴァルジさんを指さし、文句のように言い放ちます。


「何って、モンスターさんに好かれる才能ですよ!」


 そんな私の言葉を聞くと、彼はハッとした表情をしました。

 ご主人様も言ってましたね。『戦いだけが人間の価値じゃない。この世界には無限の可能性が広がっている』って……

 ヴァルジさんはゆっくりと立ち上がり、空を見上げます。思うことがあるのでしょう。どうやら、今日この時が彼にとってのターニングポイントだったようです。


「何だよそれ……使えねえ才能だ……」


 そんな減らず口を聞きながらも、私はちゃーんと分かっています。

 彼はとても嬉しそうだった。これは確信です。









 草原を数キロ歩き、私たちはペポニの村に入ります。

 フラウラの街と比べて随分と田舎ですね。牧草と肥溜めの異様な臭いが香り、ここが畜産農業によって成り立っていると分かります。

 家は完全に木造、牛やニワトリが平気で村をうろついているので足元は注意が必要でしょう。出来ることなら、踏みたくないですからね……


 そんな村で、私はヴァルジさんに別れを告げます。

 色々考えたんですけど、盗賊探しまで彼に付き合わせたくありません。だって、この人はようやく自分が歩むべき道を見つけたんですから。

 ヴァルジさんは生まれたばかりのシルバーウルフ抱きつつ、自分の理想を語り始めます。それは私が最も望んでいた答えでした。


「俺なりに考えたんだが、冒険者として一からやり直したいと思っている。こいつらもいてくれるしな……」

「いいじゃないですか! 楽しい冒険が始まりそうです」


 彼は今まで見せたことのない朗らかな表情をし、モンスターの頭をなでます。どうやら、この子はすっかり懐いているみたいですね。


「今回のことで俺の中の常識が覆った。信頼できる冒険者仲間を集め、新しいことに挑戦したい。だが、その前にお前の盗賊探しを……」

「いえいえ、この村で協力者と待ち合わせているので大丈夫です。ご心配はいりませんので、貴方は自分のやりたいことを始めてください」


 息を吐くように嘘をつきます。私は嘘つきですので。

 そんな私の言葉を聞くと、ヴァルジさんは安心した表情を浮かべます。どうやら、アジトに乗り込むことを心配していたようですね。まったく、ツンデレなんですから。

 やがて、彼は私の目を見ます。そしてニッと笑みをこぼして背中を向けました。


「テトラ、俺はお前に出会えたことに感謝する」

「私に感謝すればいいのに……意地悪」


 素直じゃないですねえ……まあ、最後まで彼らしかったです。



 さって、嘘をついて追っ払う事になりましたが、どうしましょう……

 私は戦うことなんて出来ませんし、草原に出るのは危険すぎますよね。一応、魔除けのお守りはちゃんと回収したのですが、これに頼るのは危険すぎます。

 草原のモンスターは、ご主人様の住む森のモンスターより強いですからね。芋虫程度の敵なら大丈夫ですが、どでかいシルバーウルフが本気で殺しに来たら私は終わりでしょう。


 でも、行動しなければ始まりませんよね……

 私が村を出る決意をした時でした。


「見せてもらったよ。キミたちの頑張り」


 いきなり私に話しかける一人の不審者……じゃなくて好青年。

 物柔らかな表情をしていて、背中には弓矢を装備しています。森の葉に擬態した緑色のマントを羽織っており、腰には水筒がぶら下げられていました。

 第一印象は長旅中の狩人さんですね。彼はなれなれしく私に歩み寄ると、先ほどの一件について語っていきます。


「モンスターと心通わせ、一人の冒険者を導いた。キミの心、優しさ……ステキだ……」


 気持ち悪い。見た目はイケメン好青年ですけど、それとなく気持ち悪い。

 ずっと、私たちの行動を見ていたんでしょうか? 一人であの一件についてニヤニヤしていたんでしょうか? やだ、何それ、余計に気持ち悪い。

 そんな彼は、優しい笑みを浮かべながら自己紹介をします。


「ボクはロバート・アニクシィ、天使だよ」

「てん……し……?」


 電波だ。電波がいます。

 そうです。この感じ……エロくて、セクシーで、やっぱり気持ち悪いこの感じ……

 美術や世界史の教科書で見た西洋の作品。ダビデ像や最後の審判、そういったものと同じ雰囲気を感じます。

 ヴァルジさんに言った協力者との待ち合わせ。

 まさか、真実になるとは思いもよりませんでした。

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