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32 モンスター防衛作戦決行です


 馬車を降りた私は、運転手さんに視線を向けます。

 大事になる前に相応の対処は必要でしょう。とりあえず、皆さんを巻き込む前に撤収させることにします。


「なんか、厄介なことになりそうなので、馬車を出しちゃってください」

「は……はい……」


 歯切れのない返事をし、運転手さんは迂回しつつ馬車を走らせます。

 村までは近いらしいので、私たちは歩いていけばいいですね。ヴァルジさんは冒険者としてそこそこ強いみたいですし、草原のモンスター程度には負けないでしょう。

 ですが、現状はそれ以前の問題といった感じです。シルバーウルフは地面に突っ伏し、そこから全く動きません。本来、モンスターは人を見れば襲ってくるはずなのですが……


「ちょっと待ってくださいヴァルジさん! そのモンスターさん、様子がおかしいですよ」


 私の声を聞いたヴァルジさんは振りかぶった剣を下します。『そんなことは分かっている』といった表情で睨んできましたが、闇雲にぶっ殺しちゃうのは止めざる負えません。

 私はモンスターの方へと走り、ヴァルジさんを盾にしつつ観察していきます。狼型のその子は私たちなんて眼中になく、苦しそうに悶えていました。


「調子が悪そうです。私たちを前にしても襲ってきませんし、時々うめき声をあげていますね」

「魔除けのお守りを前にしても逃げねえか。まさか、弱ってるのか?」


 安全を確認したので、私たちはさらに近づきます。すると、魔除けのお守りの効力が効いてきたのか、モンスターは逃げ出そうと体を転がしました。

 その形相はまさに必死といった感じですね。お守りは確実に効いていますが、痛みで移動が困難といった様子。狼はお腹を上に向けて倒れ、さらに苦しそうに悶え始めました。

 そんな状態になり、初めてこのモンスターが異質だと気付きます。『彼女』のお腹は不自然なほどに膨れていたのですから。


「なんだこれ、でっけえ腹だな」

「わあ、まるで妊娠してるみたいですねー」


 瞬間、ヴァルジさんが剣を振り上げます。


「ぶっ殺す!」

「外道ですか! 神が許しても私が許しません!」


 いくらモンスターでも、妊婦さんをぶっ殺すのは非人道的です! 相手は無抵抗ですし、これから新しい生命が生まれるんですよ!

 それに、モンスターと言っても見た目はでかいワンコじゃないですか……それを問答無用に切り捨てるなんて、私にはとても考えられませんよ。

 ですが、それはぬるま湯で育った現実世界出身者の意見。冒険者であるヴァルジさんは、極めて論理的な意見で対抗してきます。


「近くに雄のシルバーウルフがいるはずだ! こいつを処分しなきゃ村に被害が出る!」

「そうやって、一つの種が根絶するまで殺戮を繰り返すんですか! そんなの人間の勝手です! 自然と共存してこその生物でしょ!」


 私は彼に掴みかかり、得意の屁理屈をマシンガンのように掃射しました。

 モンスターは倒すべき悪。それはこの国の空気が作り出した一種の偏見というものです。ですが、これは悪い意味で言ってるわけではありませんよ。私は偏見というものを肯定していますから。

 偏見とは総意です。オタクは気持ち悪い。動物嫌いは性格が悪い。正しく偏見ですが、周囲がそう思っているのなら合わせるべきです。孤立こそが最大の悪なのですから。

 だから、私は言葉で自分の思想に引き込みます。周囲全てを私の意見に変えれば、私と相反する者を悪とすることが出来る。それが私の必殺技みたいなものですね。


「聖アルトリウス教の教えでは、『人は主さまに作られた。故に他の生物よりも優れている』となっています。ですが、だからと言って傲慢になれとは教えられていません! 人より優れた天使さまは人に慈悲を与えるじゃないですか! ならば、私たち人はその下の生物に同じような慈悲を与えるべきではないのですか!」

「ぐ……」


 この国に根付く聖書の教えを逆手にとって話します。

 聖アルトリウス教は人を救う教えであり、そこに動物の救済は含まれていません。飢餓や戦争からの苦しみによって生まれたもので、動物を養う余裕がなかったからと考えられます。

 そうです。これこそがモンスターに対し辛辣な理由。人を襲う猛獣に対して愛護的な私たちの世界は、生活に余裕があるからこそ。加えて、日本人には『生物は皆平等』という仏教の教えが根強く残っています。


 根本から思想が違うんですよ。完全に相反する存在です。

 ですが、私は異世界転生者。ここでぶち折れちまったら、異世界転生者の名が廃るってものですよ!

 私は決意を固め、再びヴァルジさんへの説得へ入ります。ですが、その時でした。


「きゃう゛ん……!」

「はっ!」


 一際大きくシルバーウルフが叫びます。どうやら、今は論議や演説をしている場合ではないようですね。

 ヴァルジさんは小声で私に対して文句を言います。私に言われても知らないのですが。


「そもそも、なんで草原のど真ん中で……巣穴じゃねえのかよ……!」

「分かりませんが……近くに雄の気配はないみたいです。まさか、一人で狩りを行っていたんじゃ……」


 私がそう言い返すと、彼は目を細めます。そして、一つの推測を提示しました。


「こいつ、つがいが死んだんじゃねえか……?」


 つまり、未亡人ってわけですか。確かに、それなら現状態にも納得がいきます。

 恐らく、このシルバーウルフは巣穴で雄が餌を運んでくるのを待っていたのでしょう。ですが、彼はどこかで命を落とし、巣穴に戻ることはなかった。

 結果、彼女はお腹を空かせて草原に出ましたが、出産間近でこうなってしまったわけですね。本当に、私たちがここで遭遇したのは偶然だったのです。


 以前として、状況は変わっていません。魔除けのお守りが効果を発揮し、モンスターは逃げようと体を起き上がらせました。


「た、立ちましたよ……!」

「魔除けのお守りを嫌がってるんだ。殺す気がないならさっさと離れるぞ」


 これがあるから安心して赤ちゃんを産めないってわけですか。なら、ひとまずお守りには遠くで待っていてもらいます。

 要は後で拾いに行けばいいってことですよね。私はお守りを握り締め、それを遠くへとぶん投げました。


「そぉい!」

「な……何やってんだこのバカ女が!」


 速攻ヴァルジさんに小突かれます。私はわざとらしく頭を押さえつつ弁解しました。


「だって、怖いもの見たさがありますし! ほら、出産するならちゃんと付いていないと……」

「お前が付いててどうするんだよ! 糞の役にも立たねえよ!」


 はい、ど正論ですね。私が見てても仕方ないです。

 でも仕方ないでしょう! だって、気になって気になって仕方ねーですもの! 大丈夫です。ちょっと見たらすぐに撤退しますって。

 なーんて、甘いことを考えていたら、事態は最悪の方向へと向かってしまいます。


 私がお守りを捨てて数分後。すぐに弱ったシルバーウルフを嗅ぎ付け、何体ものモンスターが私たちを取り囲んでいきます。

 棍棒を構え、じりじりと近づいてくる鬼のようなモンスター。私よりちっこいですけど、数は六体と結構ヤベー状況だと分かります。

 完全に臨戦態勢ですね。これはもう、戦いは避けられないでしょう。


「な……何ですかこの人たちは……」

「ほら見た事か! お守りがなくなって、ゴブリンの奴らが獲物を狙ってきやがった! 俺一人じゃお前を守りながら立ち回るのが精いっぱいだ。さっさとここから離れるぞ!」


 私を守るので精いっぱい?

 いえ、ダメです! それだけじゃダメなんですよ!


「まさか、シルバーウルフさんを見捨てるんですか! お腹に子供がいるんですよ!」

「弱肉強食だ! どの道、雄がいないんじゃいつか殺される! 他のモンスターであろうと、俺たち冒険者であろうとな!」


 ヴァルジさんが叫ぶのと同時に、ゴブリンたちが一斉に飛びかかります。私はウルフさんを守るように立ち、そんな私を守るように彼は剣を構えました。

 二体のゴブリンが棍棒を振り落とします。ですが、すぐにヴァルジさんがそれを振り払いました。前方の二体と戦いつつも、彼は他の敵に対して警戒を怠りません。


「ちっ……いい加減にしろ! ずらかるって言ってるだろうが!」

「わ……私一人でも戦いますよ! 貴方一人で逃げたらどうですか?」


 今度は三体同時にゴブリンが飛びかかります。ヴァルジさんは二体の棍棒を剣で受け、残りの攻撃をその身に受けました。

 私にはこの世界の仕組みが分かりません。HP、ダメージ、そういったものが存在する世界。まるでゲームのようですが、そういった概念なんてどうでも良いことです。

 私のためにヴァルジさんが身を削っている。あるのはその事実だけでした。


「そんなこと出来るわけねえだろ! 二度と言うな!」


 私が見下し、乱暴者と切り捨てた冒険者さんが私を守るために戦っています。それも、モンスターを守るという我ままを聞き流してですよ。

 見た目はしょぼいおっさんですが、今の彼は素直にカッコいいです。一方私は、情けなく主人に助けを求めていました。


「ご主人様! 聞こえているんですよね! ご主人様!」


 ご主人様は何も言いません。まるで、先日のテレパシーなんてなかったようです。

 ちょちょちょ! どういう事ですか、助けが必要なら喜んで力を貸すって言ったじゃないですか! 完全に期待を裏切られましたよ!

 って、また他力本願ですか。シルバーウルフを助けたいと思ったのは私でしょう? 私が行動で示さなくてどうするんですか!

 ヴァルジさんが一体のゴブリンを切り捨てます。私はすぐにそいつの亡骸に駆け寄り、一本の棍棒を手にしました。


「ヴァルジさん! さあ、助太刀しますよ! 万事私に任せてください!」

「はあ!? てめえ頭に蛆虫でも湧いてるのかよ! そんな武器使う奴がいるか!」


 ドヤ顔で棍棒を振り回し、若干うけを狙ってみます。ですが、そうやって全力でふざける私に向かって、容赦なくゴブリンの棍棒が振り落とされました。

 脳が全身に『おふざけはヤバい』と信号を送り、私の筋肉はフル稼働します。冷や汗を流しつつ、瞬時に私は自身の棍棒で攻撃を受けました。

 重い一撃ですがなんとか防ぎます。流石に思い通りにはいきませんね。すぐに後ろに飛びのき、再びシルバーウルフの前に立ちました。


 ああ、こんなに近いのにこの子は私を襲わないんですね……

 絶対にお腹の赤ちゃんを守り抜いて見せます。そう、私は覚悟するのでした。 

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