31 この国はどこかおかしいようです
早朝。大きなカバンを背負った私は、ここより東へと向かう乗合馬車を待ちます。
乗合馬車とは現代の電車やバスと同じようなもので、時刻表に従って運行する馬車ですね。運転手はそれなりの実力を持っていて、襲ってくるモンスターも追っ払ってくれます。私のような弱っちい民間人には嬉しいシステムと言えるでしょう。
馬車の目的地はペポニの村。マーシュさんから貰った情報と私の感覚を照らし合わせた結果、このあたりにアジトがあると判断しました。
ペポニの村はなーんにもない穏やかな村みたいです。まあ、私の考察が正しければ、それは表の顔でしょう。
盗賊団のアジトが近いのに、略奪の被害を受けていないというのはきな臭いにも程があります。十中八九、盗賊団と契約を交わして村を存続させているでしょう。
マフィアやヤクザが使う上等手段ですよ。以前、カシムさんと会話しましたが、彼はインテリタイプの主導者という印象でした。
こういう安全策を使い、強奪行為は極力規模を抑える。これで間違いないでしょう。
「では、そんな盗賊に対し、お前はどういった手段を取るつもりだ? 主人として、無駄に命を落とすような行為は制止しなくてはならない」
「ま、ノープランですね。ただ、会話不成立って感じじゃなかったので、上手く言いくるめようと考えています」
ご主人様は心配しながら、私を見送ってくれます。
本当は一緒に来てほしいのですが、勝手に動いているので我ままは言えません。何とか自分だけの力で、盗賊までたどり着きたいと思っています。
まあ、そんなこんなで馬車が到着しました。
数匹の馬に引っ張られた大きな馬車。見る限り、十人そこらは乗れそうな感じです。
こんなに規模の大きな馬車事業。現実世界の中世では存在していませんよね? 中世より進んでいる部分は進んでいる。劣っている部分は劣っている。まさに別の平行線で動いていると言えるでしょう。
納得の出来ない部分は世界が違うからで納得するしかありません。私はそれを割り切り、気を引き締めて馬車へと乗り込みます。
「ではご主人様。行ってきます」
「ああ、武運を祈らせてもらおう」
武器は使えません。魔法も使えません。特別なスキルはないですし、ステータスは物凄く低いでしょう。ですが、私は無様に死ぬ気など毛頭ありませんでした。
頭の中にあるのは「何とかなる」の一つだけ。この自信がどこから来るのかというと、これもまた異世界転生者が成せる器量と言えるでしょう。
それに、すでに救済のフラグも立ててあります。私の予測が正しければ、そろそろ助っ人が駆けつけてくれるはず。
「ヴァルジさん、付いてきてくれるんですね」
「ペポニの村に用がある。勘違いしてんじゃねえよ」
私に続き、冒険者のヴァルジさんが乗合馬車に乗り込みます。
ペポニの村に別の用事があるようですが……まあ、そういう事にしておいてあげましょう。
流石に盗賊との接触には付き合ってくれないでしょうが、捜索を手伝ってくれるのならありがたいですね。こちらは手がかりも何も持っていませんから。
以前、私が盗賊さんたちと移動しただだっ広い草原。それを今、乗合馬車に揺られながら移動しています。
私とヴァルジさんの他にもお客さんがいますが、正直目立って仕方ないですね。
原因は私の頬に刻まれた奴隷の紋章。どうやら、お客さんたちはヴァルジさんが私の主人だと思っているらしく、「なんで奴隷が主人と肩を並べてるの?」、「なんで奴隷が綺麗に着飾ってるの?」、「そもそも、なんで頬に紋章を刻んでるの」。って感じな視線で執拗に見てきます。
これにはヴァルジさんもたじたじな様子。だんだん彼の表情も豊かになってきました。
「おい、お前と行動すると変人に見られるだろうが……」
「勝手についてきてよく言いますよ。天下の冒険者さまならどんと構えてください」
私はご主人様から貰った指人形を取り出し、それを動かして一人遊びします。馬車のスピードは遅いですから村に着くまでは退屈ですね。
こんなマイペースな態度をとっていると、ヴァルジさんが大きなため息をつきました。どうやら、彼は私を呼び止めるためにここまで来たようです。
「お前、本気で盗賊どもに会ってくる気か? 奴らは悪魔信仰をしてる邪教徒だ。ふざけたことをすれば、殺されるだけだぞ」
「悪魔信仰? それって、もしかしたら女神さまのことでしょうか?」
そうですそうです。リーダーのカシムさんは、ナイフの柄に女神さまのレリーフを掘っていました。彼女が盗賊さんたちの信仰する神様って事でしょう。
ですが、ヴァルジさんは彼らの祈りを見ていません。当然、私の疑問を疑問で返してきます。
「女神だと……? 何を言っている」
「前に盗賊団のボス、カシムさんに会ったんですよ。彼は女神バアルという神様に祈りを捧げていました」
女神バアル、その名前を出すとヴァルジさんの顔色が変わります。
「バカ野郎! そのバアルってのが悪魔なんだよ! 軽々しく口にすんな!」
「悪魔……そうは見えなかったんですけどね……」
カシムさんは自分の悪行を女神さまに悔いていました。悪魔相手にそんなことをしますか? むしろ、悪行を誇るべきではないのですか?
これはどう考えても偏見と差別って奴でしょうね。だんだん点と点が繋がってきましたよ。
『お前たちのような土人から誰が商品を買う』
商人さんの言葉です。これは肌の色による人種差別。
『俺たちは生きる。そして居場所を取り戻す』
こちらはカシムさんの言葉。差別によって居場所を追われ、盗賊行為によって生き抜いていると推察できます。
この国は女神バアルを悪魔として扱い、それを信仰する民を徹底的に弾圧しているようですね。小さな戦争が何度も起きていると聞いています。恐らく、盗賊さんたちの村は既に滅ぼされているでしょう。
獣人であるグリザさんの村と言い。これではまるで領土を広げるための進軍ですね。
まあ、事実そうなんでしょう。国民の教育はかなり行き届いていて、主さまこそが唯一神という思想が常識になっているように感じます。
そして、それ以外の神を信仰する部族を悪魔信仰者と呼び、弾圧という名の侵略行為に踏み入ってる様子。そりゃー奴隷取引で大金が動く国にもなりますよ。
唯一神、主さまの神託を受けた預言者アルトリウスさま。
そんな彼を信仰する『聖アルトリウス教』が支配する王国。
名を『カルポス聖国』……
「ヴァルジさん、この国って何かおかしくないですか? それこそ、悪魔に蝕まれているような感じです」
例えば、モンスターを倒してレベルを上げるという風潮。この国はモンスターを生物として扱わず、倒すべき敵として見定めています。
だからこそ、その研究がまったく進んでいません。商人さんが言うには、スライムを掴みとる行為は他国で普通にあるようですね。この国だけがそれを知らなかったという事になります。
これは一つの仮説ですが……
カルポスの歴史上で誰かがモンスターをリストアップし、それを剣と魔法で倒すように教育を施した。これならモンスターと動物の違いが曖昧なのも説明が付きます。
一つの国をリアルなRPGに仕立て上げているような感覚。ここが異世界だとしても、あまりに理屈の通っていないことが多すぎます。
「まるで誰かが体のいい盤上を作り上げているようです。もしそれが、私たち異世界転生者のために用意されたものなら……」
「異世界転生者……? 何の話しだ?」
まあ、ヴァルジさんに話しても仕方ないですね。迷惑千万って感じでしょう。
彼は眉をしかめながら、聖国に住む国民としての意見を述べます。
「まあ、よく分からねえが。降りかかる火の粉を払うのは当然だと思うがな。それが盗賊でも、モンスターでも同じことだ。どっちが先かなんて関係ねえ。栄光と繁栄のために敵を潰すんだよ」
そうです。それが当然です。私の意見は全て、恵まれた現代人かつ、自然と無縁の都会人の意見なんですから。
この世界の人たちは、生き抜くために必死で他人に構っていられません。モンスターだって倒さなければ自分が食べられてしまいます。
ですが、だからこそ誰か一人の言葉によって容易く操作できてしまう。言葉を武器にする私はそう感じてしまいます。
「ヴァルジさん、この世で最も面白くないことは他人の思うように動かされることですよ。例え実力で劣っていようとも、惨めな姿を晒そうとも、常に相手の予測に反する動きをしなければならないんです」
「だから、何の話しだよ……」
もし、この国が何者かによって操作されているのなら、私は全力でそれに抗います。捻くれた私だからこその陰謀論を唱え、常に警戒するってわけですね。
何にしても、侵略行為や差別行為を推進している国なんて、私は全く信用していませんし好きでもありません。ただ、大国だから身の安全が保障されている。それだけですよ。
馬車に揺られて数時間、そろそろ村に着くというころでした。
突如、馬は走りを止め、その場を引き返そうとします。一体全体、どうしたというのでしょうか。
すぐに原因が分かります。進行方向で周囲を警戒する一匹のモンスター。銀色の毛で覆われた大きな狼で、座り込んで微動だにしません。
あれを恐れて、お馬さんは道を引き返そうとしたわけですね。まったく、いい迷惑ですよ!
「お客様すいません。巨大なシルバーウルフが塞がっていますので遠回りをさせてもらいます」
お客に迷惑をかけないためか、馬車は大きく迂回するみたいです。
おかしいですね。私はご主人様から魔除けのお守りを貰っています。弱いモンスターなら避けていくはずなのですが……
この草原にそこまで強いモンスターが出るのでしょうか。少なくとも、森では一度も襲われたことがありません。
「魔除けのお守り、確実に効くわけじゃないんですね……」
「いや、あの程度の雑魚なら逃げるはずなんだがな。まあいい、面倒だから俺がぶっ殺してやるよ」
そう言って、ヴァルジさんは馬車から飛び降ります。そして、運転手さんの制止も聞かずにシルバーウルフへと歩いていきました。
確かに、村は目の前なのでぶっ殺した方が速いですよね。暴力的な冒険者らしい発想と言えます。
ですが、なーんかおかしいですよね。僅かな違和感を感じつつも、私は馬車から飛び降ります。
戦えないくせに、こうやって混沌を求める。
悪い癖ですけど、どうしてもやめられねーですよ。はい。