29 どうやら私は『心』の異世界転生者のようです
夕暮れ時。仕事を終えたマーシュさんは、街の中央広場に私を呼びます。
人前で話せるようなことではないので、場所を代えたってところでしょうか。どこかでモーノさんが聞いていたら大変ですからね。当然と言えば当然です。
彼女は険しい顔をしつつ、私の顔をじっと見つめていました。いったい何を考えているんでしょう。いまいち思考が読めない人です。
やがて、マーシュさんはゆっくりと口を開きます。広場の賑やかさに紛れるように、彼女は私だけに聞こえるように話し始めました。
「先ほど貴方が話していた方はジャン・ヴァルジ。悪名高い冒険者で、何度も服役経験を持っていると聞いています。今でも悪い噂が絶えませんよ」
「へー、そうなんですか」
あー、やっぱりそういう人でしたか。まあ、処刑されていないみたいですし、いわゆる小悪党ってやつみたいですね。
今更そんなことを言われても、だからどうしたっていうんですか。別に被害を受けたわけじゃないですし、こっちとしては適当な感想しか出ませんよ。
ですが、マーシュさんは真剣な様子。前のめりになり、必死に声を張り上げています。
「そうなんですか、じゃありません! あの人は悪い人なんですよ! 仲良く会話してどうするのですか!」
「所詮、人は人の子ですよ。まさか、最初から巨悪として生まれたわけでもないですし。誰が悪人か、善人かは自分で話して判断します。それじゃダメですか?」
ご主人様には冒険者と関わるなと言いましたが、やっぱり実際話さないと分かりませんよね。偏見は差別へ繋がります。そして、その差別がこの世界を住みづらくしています。
私は「差別とか知ったこっちゃねー」を決め込みたいんですよ。なので、自分の目と耳で人を判断したいと思いました。
そんな私に対し、マーシュさんは「ぐぬぬ……」といった表情。ですが、すぐに笑みをこぼし、しゃんとした態度でこちらと向き合います。
どうやら試していたみたいですね。この答えが正解かは分かりませんが、一応納得してくれたようです。
「……やっぱり、貴方はそういう人なのですね。モーノさんと似ていますが、方向性が違うみたいです」
まーた、モーノさんと似てる認定ですか。やっぱり、異世界転生者特有のにおいって分かっちゃうものなんですね。厄介なことこの上ねーです。
ですが、マーシュさんは方向性が違うとも言いました。これは一体どういう意味なんでしょうか?
まさか、異世界転生者に方向性があるとでも言うんですかね。なーんて思っていたら、実際そのようです。
「モーノさんが『力』なら、貴方は『心』です。貴方の持っている強靭な心、人の心を代えてしまう動きと言葉。それはモーノさんの持つ力に匹敵するのかも知れません」
心……『心の異世界転生者』。
そんな言葉が私の中に響きました。
物思いにふけっていると、マーシュさんが続けて話します。
「お願いします……モーノさんを助けてあげてください!」
「ふへ……?」
どうしてそうなる!
えっと、話がまったく繋がらないんですが……私はモーノさんに対抗するために、情報を探り出しているんですよね? そんな私がなぜ彼を助ける流れになるのか。
そもそも、モーノさんは力の異世界転生者。私の助けなんてなくても、一人で何でも出来るに決まっています! 助けなんて当然いらないでしょう。
「モーノさんってぶっちぎりで最強なんですよね? ポンコツの私に助けられなくとも、彼は勝手になんとかするでしょう」
「そうですね……モーノさんは強くて優しくて、お仲間の三人も特別な力を持ってます。敵なしの無敵と言っていいでしょう」
ほーら見た事か! そうでしょう! 私が足を突っ込んでも煙たがれるだけです!
まあ、それはそれで面白そうですけど、当然彼を助ける結果にはなりません。マーシュさんが何を言いたいのか全く分かりませんよ。
彼女は真剣な眼差しをしながら言葉を続けます。本気でモーノさんに助けが必要と思っているようですね。
「ですが、強すぎるのです! 彼は他の冒険者さんを見下して、才能のある人を贔屓目で見ています。強い人はどんどんモーノさんに魅かれ、彼に関わることによってさらに強くなります。私はそれが怖くて……怖くて仕方がないのです!」
僅かな違和感。本来あるはずのない力によって収束する力。
それは異世界無双による歪み。
歪みは次第に大きくなり、人を……世界すらも巻き込んでいく……
「何だか分かりませんが胸騒ぎがします……このままモーノさんを放っておいたら、きっと良くないことが起きる。そんな気がするのです……」
確証も何もありませんね。とんだ戯言と言っていいでしょう。
ですが、まあ話だけは合わせておくことにします。こっちも、モーノさんが受けている依頼の詳細を聞きたいですし。
「彼を止めることが、彼を助けることに繋がるんですか?」
「繋がります! はっきりとは言えないんですが、私には今の彼が幸せそうには見えません。まるで、すべて上手くいって面白くないような……世界その物に物足りなさを感じているような……そんな風に見えるのです!」
強すぎるゆえの悩みですか。贅沢なものですねー。
こんな人間やめたような化け物に、私がどうこう出来るとは思えません。手っ取り早く知りたい情報を引出し、あとはなあなあにしてしまうのが一番でしょう。
さって、御託はここまでです。盗賊討伐の詳細、話してもらいますよ。
「まずは情報です。今、モーノさんが受けている盗賊討伐依頼。その詳細を教えてください」
「はい、包み隠さず全て教えます」
マーシュさんは話しだします。ここ最近、若者を中心としたの盗賊団が幅を利かせていること。彼らは褐色肌の人種で、悪魔信仰を行っている邪教徒ということ。
盗賊団のリーダーは兄貴と呼ばれ、その名をカシムということ。カシムさんはカリスマ性を持った悪人で、部下たちから絶対の信頼を受けているということ。もろもろですね。
そんな彼らをモーノさんはたった四人で討伐しようとしているみたいです。これに成功すれば彼のランクは一気に上がるでしょう。ま、それはどうでも良いですけど。
「アジトの場所は掴めているんですか? 当てずっぽうに探し回っても見つかりませんよ」
「それを含めての討伐依頼ですので。草原のどこかという事は分かっていますが、それ以上のことは……」
おそらくリーダーのカシムさんは、以前会った兄貴さんで間違いないでしょう。一度、アジトに入ったことがありますが、ちゃんと目隠しをつけられていたので詳細は分かりません。
とりあえず、場所は洞窟ですね。馬車で揺られた時間から考えると、ここから20キロ以上離れていると分かります。
まあ、私じゃ行けませんよねー。それ以前に危険ですよねー。でも、頭の中ではアジトの場所を測定しようと必死になっています。
私はカシムさんを……盗賊たちをどうしたいのでしょうか? モーノさんたちをどうしたいのでしょうか? 頭の中がぐちゃぐちゃでどうにかなってしまいそうです。
「……モーノさんは盗賊をどうするつもりでしょうか?」
「依頼は生け捕りではありません。討伐です。彼らは悪行の限りをつくしました。どのみち全員縛り首なので、順当な判断だと思います」
ま、当然そうなりますよね。因果応報、悪いことをすればそれ相応の仕打ちを受けるものです。彼らもその覚悟をして盗賊行為を行っているのですから同情の余地はありません。
ですが、私の心にカシムさんの言葉が響きます。
『人間誰でもまともに生きる権利があると思うなよ。世間知らずが……』
まともに生きることが出来なかったから。それは同情の余地となりえるんじゃないですか?
いえ、カシムさんのように人を殺めた主犯は許されません。討伐されてしまっても、それは悪行の果てに待っていた結果と言えるでしょう。
ですが、他の盗賊はそうなんでしょうか?
全員が全員、人を殺しましたか? 入って間もない新入りを同じように裁くのは理不尽ではないんですか?
どうせ、この世界ではまともな裁判が開かれるわけがありません。せめて「こうなることが分かっていたなら盗賊なんてやらなかった」と思わせることが出来たのなら……
「……なにを考えているんですかテトラさん」
マーシュさんの声が響き、私の意識は現実に戻ります。
いえいえ、本当に私は何を考えているんでしょうか。盗賊に関わったら、また私は捕まって売られてしまいますよ。それ以前に、アジトまでたどり着けるわけがありません。
でも、ご主人様の力を借りれば……
いえいえ、ダメですって! 人に頼ってどうするんですか! 自分の力で……って、自分の力でもやりませんよ! やらないですって!
私は首をぶんぶんと振り、自らの思考を振り払います。まったく、異世界転生者のサガと言うものは恐ろしいものですよ! どうしても私を厄介事へと引っ張りこみたいようです。
そんな私に対し、マーシュさんは心配した様子。どうやら、考えを読んだみたいですね。
「討伐の情報を第一に聞いたので怪しいとは思っていましたが……盗賊団に関わったらいけません。貴方だって死にたくないでしょう!」
「死にたくないですよ! でも、誰だって……盗賊さんだって死にたくないでしょう!」
しまったです。思わず心の丈をぶちまけちまいました。
当然、マーシュさんは正論で返します。
「その死にたくないと思っていた人たちを彼らは殺したのです! 盗賊を救いたいと思うことは、死んだその人たちに対する侮辱ですよ!」
私は屁理屈が得意です。どんな言葉でも暴論でねじ伏せる自信があります。
ですが、彼女のその言葉だけは言い返すことが出来ませんでした。
たぶん、心の中で割り切っていたんでしょう。
死によって悪人を裁かなければ平穏なんて訪れない。殺された人たちの無念を晴らすには、同じ屈辱を味わわせるしかないのだと……
では、モーノさんの断罪を見て見ぬふりをし、関わり合いを持たずに終わらせればいいのか?
それはちょっと悔しい……私はたぶん、彼を気持ちよく無双させたくないんでしょう。
盗賊を殺せば正義。生かせば悪。
私の心は正義と悪のはざまで揺れています。誰も死んでほしくないけど、死んでいった人の無念も晴らしたい。理想と現実、完全なる中立意見……
この感情こそが場を狂わせる道化気質。
どうやら私は、どこまで行ってもトリックスターのようです。
ネビロス「トリックスターとは、秩序を破って物語を引っ掻き回すいたずら好きだ。善悪の二面性を持つのが特徴だろう」
テトラ「タロットの愚者であり道化役ですね。神話とか物語ならロキや孫悟空が有名です」