28 悪い人が生まれる前に倒しちゃいます
冒険者ギルドの受付、そこで私はモーノさんの情報を探っていました。
彼はここ最近ギルド登録した冒険者で、多くのクエストをこなしてDランクまで上がってきたらしいです。その早さは過去最速、新人冒険者としては間違いなく最強でしょうね。
だからこそ、一部の同業者からはあまりよく思われていないみたいです。性格も一言で言うなら生意気。先輩に対するリスペクト精神も皆無で、協調性もないというありさま。
まったく、社交辞令も分からないなんて、典型的な陰キャラですよ。もっと、世の中をうまく生きていけないものなんですかねー。
ともかく、これでモーノさんの人物像が分かりました。ようは、物凄く強いけど人間性がないお子様ってところでしょうか。
それに加えてチート能力持ちの異世界転生者って……完全に厄介な人じゃないですかー。
もっと詳細を知る必要があります。私は受付嬢さんに直接、ギルドカードの情報開示を求めました。まあ、当然断られますけどね。はい。
「ケチ! 教えてくれてもいいでしょう!」
「ギルドメンバーの個人情報ですよ。無理に決まっています」
昨日もいた長い髪の受付嬢さん。名前はマーシュ・コメット。冒険者からの信頼も厚く、このギルドの看板娘って感じでしょうか。
彼女自身も冒険者として活動していたみたいで、相当強いという話しも聞いています。まったく、メイジーさんといい、アリシアさんといい、人は見かけによらないものですよ。
マーシュさんはジト目で私の顔を見て、冷や汗を流します。どうやら、私の頬に刻まれた星のマークが気になるみたいですね。
「その頬の紋章……奴隷の印ですよね?」
「はい、私はネビロス・コッペリウス様の奴隷、テトラ・ゾケルです」
隠す気がないから頬に刻んだんです。当然、何の躊躇もなく公表しますよ。
見下されても結構。むしろその方が人の心に踏み入ることが出来ます。道化師は常にカースト制の最下位でなければならないんですから。
そんな私をマーシュさんが心配しています。この反応……モーノさんやアリシアさんとまったく同じですね。
「頬に紋章を刻むなんて考えられません……! 奴隷とは主君にとってペットのようなもの、人間扱いされないのですよ! それをなぜ見えるような場所に……」
「人間扱いされないという事は、ご主人様の所有物という事。私の後ろにはネビロス様が付いています。それに危害を加える人は限られてくるでしょう」
私は右手を前に出し、丁寧に頭を下げます。
「どうぞ、ご自由に見下してください。笑いものにされても、貴方様が笑顔になるのならばそれで満足ですので」
ご主人様は周囲から変人扱いされていますが、相当の財産を持つ権力者です。その所有物である私を敵に回す人なんて、世間知らずのおバカぐらいでしょう。
だからこそ、頬に紋章を刻んだのには意味があります。例え、周りから人間扱いされなくとも、私には彼らを説き伏せる屁理屈がありますしね。
ですが、どこの世界にも世間知らずのバカはいるものです。私が奴隷だと知るや否や、冒険者の男が突然噛みついてきます。
「おいおい、頬に印だと? 笑わしてくれるじゃねえか!」
大剣を装備した大柄な男性。昨日、メイジーさんに挑発行為を行ったら冒険者のおっさんでした。
相変わらず、歳下の女を見下して満足しているみたいですね。私は別に良いんですが、本人のためにならないと思いますよ。
仕方ありません、少しお話して分からせてあげちゃいますか。
「何ですか、昨日のことなら逆恨みですよ。いつまでも終わったことを……器のちっさい男ですねえ」
そんなことを言うと、すぐにおっさんは逆上します。
私の腕を掴み、それをぐんと持ち上げました。彼としては脅しのつもりでやったんでしょうけど、それは最悪の結果となってしまいます。
「てめえ……ふざけやが……!」
「いったああああい! いたたたた……!」
はい、筋肉痛ですね。誰かに触られると痛くて仕方がありません。
私が悲鳴を上げるのと同時に、周囲のギルドメンバーがこちらに視線を向けます。おっさんも痛めつける気なんて全くなかったでしょう。当然、すぐに弁解をします。
「ち……違う! 俺はただ触っただけだ! 待ってくれ! 俺は無実だあああ!」
なんか、私がすごく嫌な奴みたいになっちまいましたね。わざとじゃないんです。本当に筋肉痛なんですって。
ですが、そのことを知らないおっさんは、汗だくになりながら文句をたらします。まあ、彼からしてみれば、私が計算で悲鳴を上げたと思えるでしょう。
「マジでふざけんなよおい……! ただでさえ、昨日のことで俺の信用はガタ落ちなんだぞ……!」
「ごめんなさい。色々あって筋肉痛なんですよ……」
おっさんもおっさんで、あの後色々あったみたいですね。こうやってギルドに顔を出しているので、一応首の皮は繋がっているみたいですが。
せっかくなんで、彼にもモーノさんについて聞いてみます。メイジーさんに噛みついたという事は、当然その主人とも面識があるのでしょう。
「ところで、まったく関係ないんですけど、モーノ・バストニさんという冒険者を知っていますか? 色々と調べたいんですよ」
「モーノ・バストニだあ!? はっ、名前も聞きたかねえよあんな奴はよぉ!」
あちゃー、完全に嫌われてますか。まあ、いきなりギルドに入って一気に結果を出せば、そりゃあ生意気にも思えますよね。
とりあえず、おっさんに合わせて会話を続けます。情報を引き出すにはまず相手のご機嫌をとる。そして好きにぺらぺら喋らせてあげる。これ、鉄則ですよ。
「私だって聞きたくありませんよ。女性を引き連れてパーティーを組んで、下心丸出しです。女の敵ってやつですね!」
「だよな! 実はここだけの話だが……俺は仲間と協力してあいつをぶっ潰すつもりだ。ダンジョンで待ち伏せし、モンスターを利用すれば確実にやれるぜ」
おっととー! 別に聞きたくもない最重要情報が漏えいしましたよー!
はいはい、無理無理無理のカタツムリです。単なるおっさんが何人束になろうと、異世界転生者であるモーノさんに勝てるはずがありません。
これは止めないとおっさんが玉砕するだけですね。モーノさんも鬱陶しいでしょうし、誰の得にもならない最悪の展開です。
さて、ここからが底辺奴隷の強いところですよ。中立的な立場から、客観的な意見で相手を論する。まるで、皇室に仕える宮廷道化師のように……
「ダメですよ! 悪いことして勝っても意味がありません。成功しても虚しくなるだけです」
「きれいごと抜かしてんじゃねえよ。邪魔な奴はどんな手を使ってでもつぶっ潰す! 俺はそうやってここまで来たんだ!」
横暴ですね。その行為に理屈はありません。
こういうパワーバカは私にとって相性抜群。簡単に説き伏せることが出来るでしょう。
「きれいごと? 違いますよ。失敗して返り討ちになったとき、相手に正当性が出てしまうでしょ? ですから、悪いことしてぶっ潰そうってのは悪手なんですよ。本当にすごい人はちゃんと逃げ道を用意しておくものです」
「……お前、意外と考えてんだな」
速攻納得するおっさん。おっと、以外にも物分りが良いですね。誰も彼の行為を止めようとしなかったのが、暴挙へと繋がってしまったのでしょうか?
こういうのって、仲間内で「これ凄くね? 凄くね?」って盛り上がって、いざ客観的な意見を言われると素面になるやつですよね。実際、ガタガタな計画性なのもそう思える理由です。
おっさんのプライドのためにも、異世界転生者の問題は異世界転生者で解決しましょう。彼が人の道を踏み外さないよう、私がしっかり引き受けないとダメです。
「大丈夫です! 生意気なモーノさんは私がいつかぎゃふんと言わせます! だから約束してください。卑怯な手を使って、他の冒険者さんにちょっかい出すのは禁止!」
「はあ? なに勝手に決めてんだよ!」
文句があるのは分かります。ですが、こっちも退くわけにはいきません!
私は貴方がどうなろうと知ったこっちゃねーですが、それでも知らない振りをするのは嫌です。悪人を裁くより、悪人を生まない方が良いに決まってるじゃないですか!
私は弱いです。ですが、言葉で悪行の根本を断つことは出来るかもしれない。いえ、絶対にやってやります!
「むっ、約束です!」
相手を睨みつけ、イエスと言うまで目を逸らしません。
流石のおっさんもこれにはたじたじの様子。私の熱意が伝わったのか、彼は大きくため息をつきました。
「はあ……分かったよ。約束だ……」
「ありがとうございます!」
嘘か本当かはわかりませんが、とりあえず約束をしてくれました。
これでおっさんとの距離も少しは縮まったと思います、定期的に会って、悪いことをしないように私がしっかり釘を刺すことにしましょう。
私とおっさんが話していると、受付嬢のマーシュさんがぽかんと見つめてきます。予想外の乱入で話しが逸れましたが、彼女から情報を聞き出そうとしていたんでしたね。
マーシュさんはごくりと唾を飲みます。そして、眉毛をキッと吊り上げ、私に向かって言葉を放ちました。
「分かりました。モーノさんのこと、話せることは話します」
どんな心変わりでしょうか。先ほどとは言っていることが違います。
私とおっさんの会話に対して、何か思うことがあったのでしょうか? 何にしても、これでまたモーノさんの詳細へと近づけます。
私が一番聞き出したいこと、それは彼が今引き受けている仕事。盗賊討伐の詳細についてです。
今の私に何ができるかは分かりません。ですが、居ても立っても居られないんですよ!
私は異世界転生者です。モーノさんと同じで凄いんです! やれば出来る子なんです!
それを証明したいのかもしれませんね。
マーシュ「モンスターを利用したプレイヤーキル。オンラインゲームではMPKと呼ばれていますね」
テトラ「これはまあ、失敗フラグですよね。どうせモンスターを利用するなら、本人は安全なところにいればいいのにって突っ込んじゃいます」