02 狂気を感じる異世界転生です
ここで自分を振り返ってみます。性別は女性、歳は15歳、高校一年生で両親二人と中学の弟がいるという家族構成です。
勉強もスポーツも平均以下で、特に優れた特技は有りません。友達は少なかったですけど、その数人で楽しく学校生活を行ってきました。
はい、しっかり自分の事を覚えています。死んだからと言って、別の存在になってしまったという感覚もありません。顔は確認できませんが、低い身長も平らな胸も変わってないようです。くそっ!
でも、自分の名前だけ……名前だけがどうしても思い出せません。
嫌な違和感を感じます。こんな感覚は初めてでしょう。すぐに、自称神様に向かって叫びます。
「貴方……私に何をしたんですか! 自分の名前が思い出せませんよ! いったいどういう事なんですか!」
「まあ、落ち着くのじゃ。これから送る異世界に日本名は合わん。じゃから、元いた世界の名前はわしが預からしてもらう。これが、わしとの契約内容じゃよ」
名前を変えられても痛くもかゆくもありません。ですが、全く心良い気分ではありません。
名前というものには両親の込めた意味があります。運気や呪いにも関係していて、オカルト的な要素も持っていると聞きます。それを自由にされるのはどう考えてもやべーですよ!
「な……名前を奪うって、サイコパスですか! 狂気しか感じませんよ!」
「つまらない以前の人生を切り捨てる手段じゃ。異世界で最強能力を使って驚異の無双をする。まさに夢のようじゃろう!」
この自称神様、私の人生を何だと思っているんですか……右手を強く握りしめて、あの子をキッとにらみます。行き場のない怒りを押さえ込んで、拳が自然に震えてきました。
神だか何だか知りませんが、私の人生をつまらないなんて……絶対に言われたくない。
奥歯を噛みしめ、ギリギリのところで罵倒を堪えます。そして、シニカルな態度で彼女を見下しました。
「もう良いです。お話になりませんから、もっと上の神様を呼んでください」
「な……何を言っておる。神はわし一人に決まっておるじゃろう!」
嘘ですね。私は嘘つきですから、他人の嘘は分かります。例えそれが神様でも例外ではないようです。
私はしゃんと背筋を伸ばし、自称神様に向かって人差し指を突き付けました。さながら、決めポーズのように……
「神という人の上に立つ立場でありながら、知りもしない他者の人生を値踏みした時点で程度は知れています。そんな貴方は所詮神として三流以下ですね」
「さん……りゅう……?」
あーあ、ついに言っちまいましたね。命を握られているようなこの状況で、完全に喧嘩を売ってしまいましたー。
でも仕方ないでしょう! だってこの幼女、滅茶苦茶言ってますもの! 物凄く失礼なこと言ってますもの!
私が堂々と自分の考えを言うと、Ⅱの仮面を付けた人が笑ってしまいます。
「ぷっ……」
「笑うなー!」
そんな彼の顔面に、幼女の飛び蹴りが炸裂しました。うわあ、痛そうですね。可哀そうなことに、とばっちりを受けてしまったようです。
自分が蹴られたことに納得がいかないのか、Ⅱの仮面の人は一人しょんぼりしています。
「何で僕が……」
まあ、笑ったからですね。私の言えたことではありませんが、もう少し空気を読みましょう。
さてさて、ここまで喧嘩を売ったのですから、もう行ける所までとことん行くべきですね。今まで溜め込んでいた疑念をここで一気にぶちまけます。
「そもそも、なんですか。バクテリアからクジラまで管理する天下の神様が、私たち数人を気に掛けますか。仮にそうだとしても、私的目的で転生なんてさせてくれるはずがありません。嘘、嘘、嘘、ぜーんぶ嘘でしょう。分かりますよ。分かりますとも。私も嘘つきですからね」
『ぐぬぬ……』
何の目的があるのかは分かりませんが、転生させる理由を話さないあたりは黒でしょう。これが善意であるはずがありません。
こんな暴論に納得する人間は、頭の中がお花畑通り越して完全にユートピアです。ここはもっと捻くれるべきところなんですよ。
そんな反抗的な私をⅠの仮面の人が宥めます。
「いや、確かに正論だが。お前、テンプレっていうのが……」
「天ぷらだったら○亀製麺行って一人で勝手に食っててください!」
テンプレートに定まらないのがこの私です。人生を好き勝手されそうなこの状況で、悠長なことを考えている場合ではありません。
私に図星を言われたことで、自称神様は悔しそうにそっぽを向きます。どうやら、完全に嫌われてしまったようですね。
転生させること自体は本当だったのか、彼女はこんな苦行を強要します。
『もうよい! お前には何もやらん! 異世界で勝手に野垂れ死ぬのじゃ!』
「ええ、良いですとも! こんな三流女神からは何一つとして受け取りたくありません! こっちから願い下げです!」
最初の言葉、ここで訂正します。どうやら私の神経は極太うどんのようですね。
一時の感情に身を任せた結果がこれです。私一人、ノーチートで異世界転生をする羽目になってしまいました。
でも、悔いはありません。あーんな幼女に好き勝手使われるぐらいなら死んでやります。いっそ殺せ! 殺せー!
はあ……まあ、死ぬ勇気もないんですけどね。
私は一人、白い空間のどこかで体育座りをします。他のみなさんは色々とチート能力を貰っているようですが、私には何もありません。
お情けで貰ったのは『異世界言語理解』というもの。一応、会話だけはさせてくれるようですね。転生者としてのスタートラインには立っています。
まあ、どうせ私はなーんにも出来ないミジンコですよ。いまさら特別な力を貰って大きな顔をする権利もないでしょう。
そんなミジンコミジ子ちゃんに、一人の転生者さんが話しかけます。Ⅴの仮面をつけた寡黙そうな人ですね。
「おい、お前」
「何ですか……」
今まで一言しか喋っていなかった人。彼は私の考えに賛同しているようです。
「俺もお前の考えに同意だ。あの女神、全く信用に値しないと思っている」
「で……ですよねー! わあ、ようやく私を理解してくれました!」
「静かにしろ。結託に気づかれたら厄介だ」
この人、チートを貰うために余計なことを言わなかったんですね。まあ、正解でしょう。おバカなのは私の方ってのは自分が一番分かってますよ。
Ⅴの人は現状を打開するために、何らかのアクションを起こすようです。その為のチート能力を彼はすでに貰っているのですから。
「あの女神にひと泡吹かせたい。頼む、協力してくれ。お前の力が必要なんだ」
「しますします! なーんでもします! 一緒に頑張りましょう!」
わ……私……必要とされてる! なーんにも出来ない私が必要とされてる! こんなに嬉しいことはありません!
当然同意します。この人と二人なら、この現状を打開できるでしょう。どうすれば良いのか全く分かりませんが!
Ⅴの人は誠実な態度で私に指示を出します。それは、とても簡単な内容でした。
「あの女神の注意を逸してほしい。その間に、俺がなんとかする」
「分かりました! 貴方が動きやすいように注目の的になってます!」
そんなこんなでミッションスタート。Ⅴの人が動き出したのと同時に、私も自分のすべきことを開始します。
注意を向けるということは目立てば良いということですね。一方的に話すことには自信があります。言葉で幼女の気を引きます!
「はいはーい! みなさん注目です!」
「今度はなんじゃ……」
両腕を広げて、自分の存在をアッピルします。無駄に大きな声も、言葉とともに無駄にジェスチャーしてしまう癖も、こういう時には役立ちますね。
両手人差し指を自分に向けて、私は言葉を発していきます。この話には皆さんきっと食いつくでしょう!
「名前ですよ。な、ま、え! このままでは互いに呼びづらくて仕方がありません! 私たちを転生させた貴方が名付けてくださいよ」
「そ……そうか! そうじゃな! 良いこと言うのう!」
「えへへー」
わあ、何だか女神さまが嬉しそうですよ。こうして見てみると、可愛らしい幼女に見えます。
トラックでこの子に殺されたことを疑ってましたが、どうやらそれは違うみたいですね。死んだときのことを少し思い出しましたが、自業自得だったような気がします。
私はここのメンバーで名前を呼び合うために、この提案を出しました。ですが、どうやらそれはダメみたいですね。
「じゃがすまぬ。仮面で顔を隠しているように、この五人が互いを認識するのはダメなのじゃ。異世界ではそれぞれのチート無双が始まるじゃろう。顔を合わせて喧嘩になったり、結託するのは避けたいのじゃ」
「不平等を産まないためか? 確かに、異世界ではそれぞれ好き勝手やるだろうからな。互いに何も知らないほうが良いだろう」
なるほどです。確かにⅠの人の言うとおり、実際に無双が始まったら会いたくねーですね。巻き込まれるのは嫌ですから。
うーん、名前はなしですか。残念ですが、本当の目的は達成したので良しとしましょう。
私の提案に女神さまも、Ⅰの人も、ⅡとⅢの人も釘付けです。さあ、このすきですよ! これでⅤの人が何かしてくれます!
なんて、私はどこまで浅はかだったのでしょう……
私の行った行為は、事態を最悪の方向へと動かしてしまいます。
「かはっ……」
突然、女神さまが大きく仰け反ります。
彼女のお腹から見えたのはⅤの人の右手。完全にその身体を貫いているように見えます。
全く状況が分かりません。いきなり、華奢な幼女が後ろから串刺しにされたのですから。こんなにショッキングなことはありませんね……
少し考えて、自分が利用されたことに気づきました。
寡黙なⅤの人……
あの人がここで一番ヤバかったんです。
Ⅳの人「神様神様って言いますが、神様にも色々ありますよね。日本の八百万の神、西洋の唯一神。宗教観によって違います」
Ⅰの人「あいつは自分を唯一神だと偽っていたようだな。見抜いたお前も相当な曲者だ」