27 ようやく目的を見つけたみたいです
頬に奴隷の紋章を刻み、人々からの蔑みを一身に受けることになりました。
これから酷い目にあうかもしれませんが、私はMっ気があるから大丈夫です。それに、ご主人様がついていますからね。
ようやく、この世界で何がしたいか見えてきました。
私は道化に成り下がり、世界を客観的に見たい。そして、あわよくば言葉と動きでみんなを驚愕させたいですね。
勿論、悪い意味の驚愕ではありません。思わず笑ってしまうような、おちゃめなエンターテイメントを実現させてやります。
まずはモーノさんに見せつけてやりましょう。ですが、まだまだその溝は深いようです。
「さあ、これで信用してくれますよね?」
「ああ……分かった。お前の相手をしていると頭が痛くなってくる……」
これは明らかに、「関わり合いになりたくない」という表情でした。彼とは感性が合わなくて残念ですねー。
ですが、私と感性の近いアリシアさんとは上手くやっていますし、慣れの問題でしょう。貴方が避けようとも、私たちは異世界転生者。必ず巡り合う運命にあります。
だから私はニヤニヤと笑いました。付き合っていられないと思ったのか、モーノさんは呆れた様子でメイジーさんの方を向きます。
「メイジー、もう勝手な行動はとるな。これ以上の厄介事はごめんだからな」
「ごめんさい……」
メイジーさんと向き合った彼は鼻をひくひくと動かしました。どうやら、ようやく彼女の身に起こったことが分かったようですね。
「それにしても……なんだかお前、変な臭いがするぞ」
「スイカよ……こいつにぶつけられて、鼻の調子がおかしいの。もう、よく分かんなくなっちゃったわ!」
私のにおいを誤魔化せたようで、異世界転生者だと疑われることはなさそうです。まあ、結果オーライってやつですね。
私の正体を明かすときは、モーノさんが信用に値する人間だと確信した時。それまでは絶対秘密にしないと、余計混乱するだけでしょう。
そんな私の思考も知らず、アリシアさんは能天気に手を振ります。とりあえず、ここで一旦お別れですね。
「私たち、盗賊討伐の準備があるからこれで。また会えるといいね!」
「ありがとうございます。アリシアさん」
四人は私たちに背を向け、街の外に歩いていきます。冒険者も色々と大変ということでしょうか。
それにしても盗賊……? 私の心に僅かなわだかまりが出来ます。
モーノさんたちと盗賊団が戦闘になった場合、十中八九盗賊団は全滅するでしょう。それも、一切の抵抗も許されないまま、一方的な殺戮となるのは確実。あまり気持ちのいいものではありません。
ですが、盗賊は人の命を奪う害悪。当然の報いであるのも事実です。
私には関係ないことですが、一日を共にした兄貴さんの顔が浮かんでしまうのは何故でしょう? いったい私は何を考えているのでしょう?
もやもやした気分のまま、私は森のお家に帰ります。
ほーんと、何なんでしょうね……?
朝、あれから私は、家に帰ってすぐにベットに入りました。
辛さのだるさを感じて嫌な予感がしましたが、どうやら的中のようですね。ベッドから起き上がろうにも全身に痛みが走って上手く立てません。筋肉が悲鳴を上げているのが分かります。
「痛たたたたた! これ、筋肉痛ですよね! 酷すぎます!」
動かない体を無理やり動かしたのですから当然です。多少は降霊術の力で和らいでいますが、それでも筋肉はフル稼働しているのですから。
体を横にしたまま、私は動きを停止します。これは半日以上まともに動けないのは確実でしょう。まったく、どうしてくれるんですか!
そんな私に対し、ご主人様が心配そうに歩み寄ってきます。わー、やさしーなー。
「大丈夫かテトラ。代われるものなら代わってやりたいが……」
「お前のせいだバーヤ!」
行動は正しく優しいのですが、鬼畜精神が垣間見えます。ようやく、ご主人様がどういう人なのか分かってきましたよ。
とにかく、このまま何もせずにベッドの上なのは時間がもったいないです。私の頭の中には次なる行動プランが出来上がっているのですから。
ずきずきと痛む体を奮い立たせ、私は上半身を起こします。すると、すぐにご主人様がそれを止めに入りました。
「無茶をするな。今は休んでいるべきだ」
「じゃあ、ここで人形作りをしてくださいよ。私、見てますので」
思い立ったらすぐ行動したいんです。メイジーさんのせいで素材収集依頼も出来ませんでしたし、これ以上の脱線行動は避けたいものですよ。
ご主人様は不敵に笑い、私の要件を飲みます。やっぱり、人形作りを教える事に悪い気はしてないみたいですね。
「承知した。お前に合わせ、簡単なものから作ろう」
部屋を出たご主人様は、二階から何かをとってきます。それは、手のひらサイズの木片と彫刻刀のような刃物。彼は私にも分かるように木をナイフで削っていきました。
「人形には種類がある。マリオネット、私の得意とする糸によって動かす人形。パペット、これは手や指によって動かす人形。そしてドール、観賞用の動かない人形だ」
すぐに木片は人の形へと変わっていきます。つなぎ目のない一発彫り。私はそれを食い入るように見つめました。
流石に真似は出来ないでしょう。ですが、ご主人様は慣れた手つきで人形を形にしていきます。これでも、私に分かるようにゆっくり削っているのですから驚きですよ。
「ドールは動きで誤魔化せない。精巧な完成度が求められる。マリオネットは誤魔化しが効くが、上手く動かすにはそれ相応の技術が必要だ。つまり、お前が第一に作るべきは……」
やがて、彼の手に小さな少女の人形が握られます。彼はその内部を綺麗にくり抜き、そこに指を突っ込みました。
「パペット、指人形だ。それも木製は早い、まずは布によって簡単なものを作ることを勧める」
「つまり、家庭科の裁縫ですね」
小学生でも出来ることです。私は一応家庭科部に入っていましたので、それぐらいならすぐに作れるはずでしょう。
一つ心配なのは道具ですね。私の世界では裁縫道具が充実していましたが、この世界にまともな物があるとは思いません。なんて思っていたら、ご主人様が道具を持ってきます。
「布人形にはこの道具を使う。縫うには針を使い、切るには鋏を使う。使い方の説明は必要か?」
「い……いえ、実践から始めてください」
正直、驚きました。私の使っていた針や鋏、アイスピックとほとんど違いがないじゃないですか。
この世界の文明レベルは恐らく中世。つまり、その時代にはすでに手芸の原型は完成されていたという事になります。おっかなびっくり、人類の文明レベルをなめていましたよ。
出来る……これなら奴隷の私でも一発花を咲かせれます! 手芸の技術は私の世界と変わらない。そのデザインも実際の中世より多彩性がある。一見不利な条件に見えます。
ですが、完璧ではありません。なぜなら、この世界はまだまだ商業テクニックが発展していないからです。
例えば作る人形のキャラクター性。まだまだ戦乱のこの世では、娯楽その物が過小評価されています。そこに私の世界にあるようなキャラクター商法が入れば、必ず心は揺れ動きます。
そう、目指すはネズミーマウスだ!
「ご主人様、あとで人形の動かし方も教えてください。私の目指す答えには、ご主人様と同じ技術が必要なんです」
「私と同じ道ではなく、お前の目指す答えに必要……か……それでこそ私の従者だ」
私は人を驚かせ、からかうことに生きがいを感じています。生粋の道化師気質であり、人々から注目を集めたいとも思っています。
たどり着いた答えは、人形劇というエンターテイメント。ご主人様は自分の技術を積極的に表に出しませんが、私は違います。
いずれ、異世界転生者として誇れるエンターテイナーになって見せますよ。他の皆さんにも絶対に負けませんからね!
筋肉痛が和らいだ私は、再びフラウラ街の街へと訪れます。
ここまで来るのに森を抜けなければなりませんが、ご主人様から魔よけのお守りを貰ったので大丈夫です。これさえあれば、モンスターと接触せずに街の出入りが出来るでしょう。
ここに訪れた目的は一つ、転生者モーノ・バストニさんの調査です。
昨日、アリシアさんの言っていた盗賊討伐の話が胸に残り続けているんですよ。夢の中でも兄貴さんの顔がチラついて仕方ありません。
ほんと、最近の私はおかしくなってます。あの人は盗賊行をしている悪人。それ以前に、私を奴隷に貶めた元凶じゃないですか!
「そうです! 死んで当然です!」
私は街を歩きながら独り言を放ちます。自身に言い聞かすようですが、これが事実でしょう。
ですが、あの人たちがいるから今の私がいるんですよね。あの時捕まらなかったらご主人様にも合わなかった。それ以前にモンスターに食べられていたかもしれません。
そんなことを考えた瞬間、脳裏にヴィクトリアさんの姿が浮かびます。
「私に何をさせようって言うんですか? ヴィクトリアさん……」
モーノさんによって殺された彼女。それが頭の中で無限に繰り返されます。
この眩暈と吐き気の原因は、フラッシュバックという精神病。過去のトラウマによって軽度の鬱障害になっているんですよね。
自覚しても治す術はありません。唯一あるとするのなら、やっぱり元を断つしかないのです。
「さてさて、このテトラ。また厄介ごとに足を突っ込んじゃいますよ」
私の目の前には昨日訪れた冒険者ギルド。ここでモーノさんと盗賊討伐の依頼について聞きだします。
勿論、簡単に話してくれるはずはないでしょう。お客様とギルドメンバーのプライバシーに関わってますから。
ですが、私には言葉と動きがあります。上手く人の心を惑わし、欲しい情報を掻っ攫う!
口だけのミジンコ転生者ですが、せめて得意分野だけは熟したい。そう思うからこそ、私は恐れずギルドへと足を踏み入れました。
テトラ「裁縫道具って中世からあまり変わっていないんですね」
ネビロス「ただし道具は全て自家製。裁縫師ギルドではその教育もなされており、現代の立体裁断は既に完成されていると言える」