24 私はそんな人が……人が……
狼少女のメイジーさん。彼女は人間を超越したスピードで、こちらに攻撃を加えてきます。
先ほどまでのパンチとは違い、今は鋭利な爪によっての攻撃ですね。一発でも受ければひとたまりもないでしょう。
そんな彼女の爪を私は紙一重で回避していきます。スピードはこちらが劣っていますが、動きの正確さは私が上。ご主人様の技術力がうかがえます。
「くっ……攻めきれない……」
「まだまだ……まだまだですよ!」
ご主人様が言っていた言葉の意味、ようやく分かりました。
抵抗している限り、完全に繋がることはない。私の判断に委ねることにする。
つまり、ご主人様の操作は完全ではない。あくまでも、彼が行っているのは動きのサポートであり、何をどうするかの判断は私が行っているということです。
無駄な挑発行為、攻撃からの回避や逃走。それらは全て私の奥底に眠る意思。私が望んだことをご主人様が現実に変えていたというわけです。
だから、もう抵抗しません。
私はご主人様を信じ、ご主人様の望むままに踊り続けます!
「さあ、どっちが上手く踊れるか勝負です!」
右からの攻撃を左に避ける。左からの攻撃を右に避ける。上からの攻撃はしゃがみ、下からの攻撃はジャンプする。どれもこれも、無駄のある滅茶苦茶な回避行動にも感じます。
ですが、不思議と敵の攻撃は当たりません。無駄な動きによる翻弄が、相手へのけん制になっているのでしょう。
やげて、メイジーさんは両足に力を入れ、こちらへと狙いを定めます。そして、地面を強く蹴り、鋭い牙を向けて一気に飛びかかってきました。
「ガッルル……!」
「よっと!」
ですが、私はバック転によって攻撃を回避します。そして、そのまま右手だけで逆立ちをし、両足を大きく開きました。
さながら、ショーを演じている気分です。どうせ身体能力が上がったのなら、人を楽しませるような動きを見せたい。そんな、私の欲望が形になったのかもしれません。
気分の乗った私は思わず挑発的な言葉を放ってしまいます。
「ジャジャーン! 楽しんでいただけましたか?」
「あんた、ふざけてるの……?」
ふざけてるのか。その答えは決まっていますね。
「はい、ふざけてますよ」
そうです。私はふざけているんです。
異世界転生者として神様に呼ばれたとき、私は常識人を演じて場をからかっていました。混乱しているようにふるまいつつも、本当は仮面の下でほくそ笑んでいたんです。
草原で盗賊に捕まった時、これからどんな混沌が待っているのかと内心喜んでいました。いくら自分が酷い目に会おうと、むしろそれが心地よく感じていたぐらいです。
それは、今も変わりません。
「私はいつも、本気でふざけています!」
地面についた右手を押し、逆さまのまま飛び上がります。そして、空中で華麗に一回転し、両足を揃えて美しく着地しました。
右手を前に出し、頭を下げます。当然、この動きに意味があるはずがありません。
すべて相手の反応を見るのが楽しくて行っている行為です。メイジーさんからしてみれば不気味で仕方ないでしょう。
「無駄な動きで翻弄する。まるで道化師ね……」
彼女は犬のように舌を出し、はあはあと息切れをしています。ですが、すぐに口を閉じて奥歯を噛みしめました。
いい加減、諦めてほしいものです。彼女にはナメプをしているように見えるかもしれませんが、こっちは本気でふざけているんですよね。
ご主人様の操作には弱点があります。私が望まない行為は絶対に行うことが出来ない。つまり、いくら心で割り切っても、私はメイジーさんを傷つけることが出来ないんですよ。
ですが、それを知らない彼女は本気でぶつかってきます。目の前の敵が、相手をからかう事しかできない道化人形とも知らずに……
「私は……私はモーノさまに選ばれた! 他の人とは違う……才能を持っているって!」
『テトラよ。この世に才能のない者などいない。ただ、大半の者が自分の才能に気づかず、一生を終えてしまうだけだ』
再びメイジーさんから放たれていく爪と牙のラッシュ。ご主人様はそれらを私に避けさせつつ、自分の思想を語っていきます。
頭がガンガンしますね。メイジーさんとご主人様の言葉が同時に響きます。
「私は強くなる権利があるの! 世界を変える……最強の存在にだってなれるんだから!」
『戦いだけが人間の価値ではない。勉学、武術、文芸……この世界には無限の可能性が広がっている。お前は自分の求める技術を学び、自分の思う最強を目指してほしい』
私の思う最強……
私は言葉で人を惑わします。動きで人を翻弄します。
人生のすべては楽しいショーであり、明るく楽しくふざけていたい。
そうです。道化こそが私の最強です!
「さあ、狼さん! ここまでついてこれますか!」
私は民家の外壁に向かって走ります。正面衝突をするほどの勢いで、その場のテンションに任せて突っ込みました。
やがて、私は壁に右足をつけ、そのまま90度の壁を一気に登っていきます。体は完全に真横になっています。人間どころか、ワーウルフでもできない行為でしょう。
この動きを可能にしているのは、私の体を支えるご主人様の糸。種も仕掛けもありまくりです!
屋根の上まで走った私は、両腕を大きく広げました。こんなに清々しい気分は久々かもしれません。メイジーさんはそんな私を見て驚いた様子です。
「あんた……いえ、あんたたちは何者なの……」
ご主人様の操作を見破りましたか? いえ、この「あんたたち」はモーノさんという人を含めているっぽいですね。
私たちは転生者です。この異世界に舞い降りた五人の歪みです。
捻くれ者の私は自分の立場すらも客観的に見ていました。いえ、転生者でけではありません。人類全てをシニカルな視点で見ています。
だから、私はメイジーさんを見下しました。二階建の屋根から、彼女に一方的な言葉を放ちます。
「さあ、メイジーさん。ここまで追ってきてください」
「…………くっ」
私は人をクズと思っています。醜い争いをして、誰かを傷つけて、この世界を食い荒らす存在……
メイジーさんも私もその一人です。
「どうしましたか? 貴方は尊敬する主人に選ばれたんでしょう? こんな壁、容易く飛び乗ればいいじゃないですか。さっさと私を殺しに来てください」
「出来るならやってるわよ……」
ですが、そんな彼らのことが全く嫌いになれないんです。むしろ、自分が同じ存在なのを誇りに思っています。
何でなんでしょうか? これが同族愛と言うものなんでしょうか?
疲れた表情で私を見上げるメイジーさん。そんな彼女に向かって、私は自分の演じるキャラを忘れて叫びました。
「出来るなら……? 妥協してんじゃねえよ! いいからさっさと上ってこいよ駄犬が!」
「ガルゥゥゥゥ……!」
メイジーさんの表情が変わります。眼の中のハイライトが光り、私をしゃんと見上げます。
やがて、彼女は大きく助走をつけ壁に向かって一気に走り出しました。
左足に全体重がかかります。右足が天高くへと振り上がります。少女の体は大きく跳躍し、天空へと引っ張られていきます。
高い高い民家の上まで舞い上がり、彼女は空中で風を纏う。私にはその姿がとても輝いて見えました。
「ほら、出来るじゃないですか」
人は努力します。成長します。新しいものを生み出し、新たな仕組みを発見します。
競技によって競います。おしゃれに着飾ります。美味しい料理を作ります。面白いジョークを言います。
過去を研究します。未来を夢見ます。今を全力で生きます。
まさに多種多様ではありませんか。
私はそんな人が……
人が……
「人が……好きなのかもしれません」
思わず笑みがこぼれてしまいます。
私の前に着地したメイジーさん。彼女は自分でも驚いた様子で両足を震わせています。こんなに高く飛んだことなんて、今までになかったのかもしれません。
やがて、彼女は私の存在を視認し、臨戦態勢に入ります。
残念、敵同士でなければ感動的場面なんですけどね。敵に対してもパフォーマンスを行ってしまうのは道化のサガなのかもしれません。
メイジーさんは私を睨みます。私はニヤニヤと笑います。
狼少女は戦いを続けようと、こちらへ一歩踏み出しました。私はそれにこたえるため、臨戦態勢に入ります。
ですが、その時でした。
「二人とも、そこまでだよ!」
突如、誰かの声とともに大きな影が私たちに重なります。
太陽を覆い隠す巨大な何か。今、私とメイジーさんは民家の屋根にいるので、それよりも大きな何かです。
一体なんだというのですか。私は影の正体を確かめるために視線を上げます。そこで目に入ったものはあまりにも常軌を逸した存在でした。
「きょ……巨人ー!?」
「あ……アリシア!」
巨人、それしか言いようがありません。
二階建の屋根より高い人間。彼女は私より大きいですが、歳は私より幼いように感じます。メイジーさんが呼ぶには、アリシアと言う名前の少女らしいですね。
彼女は青いエプロンドレスを着ていて、頭には大きなリボンがつけられています。ロングヘアーからはおしとやかな印象を受けますが、大きさが全くおしとやかではありません!
やがて、この状態だと話し辛いと思ったのか、アリシアさんは自分の体を収縮させていきます。空中で普通の人間サイズになった彼女は、そのまま私たちの前に降り立ちました。
少女はズカズカと歩きます。そして、メイジーさんの前で立ち止まり、その頭に一発の拳を叩きつけました。
「メイジーちゃん、お前の頭ワンダーランドかっ!」
「キャウン……!」
これは……怒られてますね。
まあ、メイジーさんの独断で私に喧嘩を吹っかけたっぽいですし、そりゃ怒りますよね。
「勝手に人様を敵認定して……こんなことモーノくんが望んでると思う!?」
「ご……ごめんなさい……」
怒る青いエプロンドレス。怒られる赤いエプロンドレス。
アリシアさんはメイジーさんと歳が近いようですが、彼女の方がお姉さんのように感じます。しっかりしていて、かなり常識人の部類のようですね。
やがて、少女はこちらに視線を向け、穏やかな表情で笑います。そこに、敵意は一切感じられませんでした。
「こんにちはお姉ちゃん。私はアリシア・リデル。由緒正しき、リデル家の剣士だよ!」
これは癒し、マジ癒し。
腰には物騒な剣が装備されていますが、メイジーさんより全然話が通じそうです。
巨大化する能力を持っている剣士。ロングヘアーのリボン少女、リデルさん。
恐らく、彼女もモーノさんという人の仲間なんでしょう。これはまた、更なるカオスが待ち受けていそうでワクワクしますね!
私は笑います。自分の心に眠る感情が分かった今、もう恐れる必要なんてありませんから。
テトラ「女剣士って本当にいたんですか? なんだか非現実的だと思いますが……」
アリシア「現実でもいたよ。女性が領主になって戦うこともあるし、戦争で追い詰められたら女子供も戦力に加えられちゃう。有名なジャンヌダルクも戦ったっていうよね」