23 差別なんて知ったこっちゃねーです!
モーノさんの奴隷、メイジーさんに追われる私。謎の糸に引っ張られ、その体は強制的に加速していきます。
とても走れる速度ではありません。ですが、ただ引っ張られるだけでなく、関節の動きまで隅々に操作されているため引きずられはしないようです。
まったく、何でこんなことになってしまったのでしょうか。これなら素直に一発ぶん殴られた方がましだったのではと思います。
「ご主人さまは何でこんなことを……」
『お前の身体との調和性を確かめるためだ。うむ、実に操作のしやすい身体だ。空っぽの器にきわめて近く、これならば全力を出せるだろう』
突如、私の脳内に直接語りかけるご主人様。
こんな感覚、今までに経験したことがありません。驚いた私は、思わず叫んでしまいます。
「な……! ご主人様どうやって!」
『今、お前と私は降霊の糸によって繋がっている。もっとも、お前が抵抗している限りは完全に繋がることはないがな』
これは家で見た道化人形と同じ状況でしょうか。人形だけではなく、ご主人様は人を操作する力を持っているようです。
どういった力かは分かりませんが、私は自分の持っている知識と当てはめました。その結果、やはりこの言葉が出てきます。
「これは……魔法ですか……?」
『いや、別の技術。降霊術だ』
私は自分に理解できない現象全てを魔法で片付けてきました。ですが、この世界はそれ一つで語れない技術があるようですね。
そういえば、聞いたことがあります。死者を操る技術を持つ者。彼らをネクロマンサーと呼んでいると……
そうです。ご主人様はネクロマンサーだったのです。
『あの少女が追いついてくる。行くぞ、テトラ』
「ええ~……!?」
ご主人様の言葉と共に、糸は更に激しく私を引っ張ります。もう、とても普通の人間が走れる速度ではありません。
どうやら操作によって肉体も丈夫になっているようですね。一向に腕や脚が折れる気配はありませんでした。
ですが、それでもやっぱりきっついです。私は無理やり走らされつつもご主人様に反抗します。
「や……やめてくださーい! これ以上は本当に壊れちゃいますよー!」
『安心しろ。人間の体は本人が思っている以上に丈夫に出来ている』
「鬼畜ですか!」
慈悲はなし。まあ、そんな状況ではないのも事実なんですけどね。
私が振り向くと、すぐ近くまでメイジーさんが迫っていました。彼女もまた、人間が走れる速度で走っていません。
危機を感じたのか、ご主人様は私の身体を露店の果物屋まで走らせます。そして、商品のりんごやぶどうなどを私に掴ませると、メイジーさんに向かって次々に投げていきました。
「ちょっと! お店の商品を勝手に使ったら泥棒ですよ!」
『その心配はいらない。後で私が支払いを行おう』
呆然とするお店の主人に、投げられた果物を爪で弾いていくメイジーさん。もはやカオス以外の何物でもない状況ですね。
私の身体は最後に大きなスイカを持ち上げます。そして、それを勢いよくメイジーさんに向かってぶん投げました。
「キャウン……!」
彼女の頭部に命中した瞬間、それは弾けて中身をぶち撒けます。子犬のような声を出し、メイジーさんはバタンとぶっ倒れました。
ちょっと……まさか死んでないですよね!? そんな心配も束の間、すぐに少女は立ち上がります。
「よくも……よくもー! グルルルル……!」
か……完全に獣の鳴き声じゃないですか!
スイカの果肉でグシャグシャになってますが、まだまだ元気といった様子です。
ですが、足止めは成功したみたいですね。私の身体は再び走りだし、人気の少ない裏路地の方へと引っ張られていきます。
戦いなんてしたことのない私でも分かりました。これは明らかに、人目のつかない場所へと誘導している感じでしょう。やっぱり、ご主人様はあまり力を見られたくないようです。
「ご主人様、これからどうするんですか? 逃げてばかりでは勝てませんよ」
『何をもって勝利とするかは個人の意思によるものだ。テトラ、私はお前の判断に委ねることにしよう』
まったく、こんな時に哲学ですか。私の判断に委ねるって、操作してるのはご主人様じゃないですかー。
私はただの操り人形です。すべてはご主人様の意のまま。そこに私の意思はありません。
とにかく、最終的にどう切り抜けるかは彼に任せましょう。私はただ、こちらに迫っている敵を理解するだけです。
やがて、裏路地の行き止まりとなり、私の体は足を止めます。後ろへと振り返ると、そこには赤い服の少女が立っていました。
まんまと私を追ってきたメイジーさん。彼女はスイカの汚れも気にせずにこちらを睨んできます。
「あんた……やっぱりモーノさまと同じね。モーノさまが言ってたわ。俺は自分と同類の敵を探してるって」
「同類……?」
メイジーさんが引っ掛かることを言います。私はモーノという人と同じ存在らしいです。
何となく、今の状況を理解してきました。もしかしてモーノさんって……
「敵は神を手にかけた大罪人。モーノさまはこうも言ってたわ。自分は一番、奴は五番だって……」
異世界転生者……!? しかも、はっきりと自分が一番だと言っているみたいです。
一番の異世界転生者さんは、異世界転生をあっさり受け入れていた人。自分が死んだことを「仕方ない」で済ませ、すぐにスキルや能力の要求を行った人ですね。
あの人は完全に異世界転生というものを理解している人でした。本当は私だって心細いですし、彼に頼りたいのは山々です。ですが……
『お前ら……一体なにをしているんだ!』
そうです、私は五番の人の片棒を担いでいます。完全に共犯者だと疑われているでしょう。
ここで自分の正体を明かしていいのでしょうか……? ですが、五番だと疑われている以上、黙んまりを決め込むわけにもいきません。
私は正直に自分の正体を明かします。それしか手がありませんでした。
「違います……私は四番です! 五番じゃありません……!」
「そんなこと、私は知らないわ。そもそも、モーノさまの言ってることもよく理解してないし」
な……この駄犬め!
やっぱり、彼女と話していてもらちがあきません。直接モーノさんと話さない限り、事態の好転はないでしょう。
仕方ありません……メイジーさんは私の正体を付きとめると言っていますが、逆に私が調査を進めなくてはならなくなりました。本気で向き合わないと、今後の生活に影を落とすことでしょう。
私がマジになったのを察したのか、メイジーさんの表情が変わります。彼女は赤いビロードを脱ぎ、金色の髪を肩に落とします。
現れたのはぴんと立った犬耳。彼女……やっぱり犬の獣人ですか!
「グルルル……!」
メイジーさんは唸り声をあげ、その体を変化させていきます。全身が毛で覆われていき、爪と牙はいっそう鋭くなります。眼は金色に輝き、瞳孔は完全に開いていました。
これは……まさに獣人ですね。今まで見てきた耳と尻尾だけのコスプレもどきとは違います。ケモナーが歓喜するような完全な獣と人のハイブリットでした。
「驚いた……? そうよ、私は獣人。しかも激レア、女の狼男よ」
どうやら、犬という生易しい生物ではなかったようです。
彼女は狼の獣人。しかも、女性なのに狼男に変身する能力を持っていると来ています。もう、完全にモンスターの域じゃないですか!
こんな体で、この醜い世界を生き抜けるのでしょうか……? ああ、上手くいかなかったから、彼女は奴隷に落とされたということですね。スッゴイカワイソ。
私は小ばかにしていますが、メイジーさんの方は真剣みたいです。
「こんな私をモーノさまは助けてくれた……だから、この印に誓ったの。絶対にモーノさまのお役にたつって!」
彼女は右腕をはだけさせ、そこに焼き付けられた刺青のようなものを見せます。体は狼の毛で覆われていますが、その部分だけははっきりと浮かび上がっていました。
そうですか……一番の転生者、モーノさんは奴隷に落とされた少女を救ったんですね。そして、彼女に人並みの幸せと生きがいを与えたんです。
あはは……奴隷として売られ、ご主人様に助けられた私とは雲泥の差ですねー。なんだか悔しいなあ……
でも……
「そんなこと……知ったこっちゃねーです」
私は強がります。屁理屈だけでは絶対に負けたくない。
捻くれ者と言われようと、めんどくさいと言われようと、私は私を貫きます。
「人間だとか獣人だとか、そんなの私には関係ありません。どんな種族も例外なく平等にクズ。どうせ立場が逆だったら、獣人は人間に同じことをしています」
「そ……そんなこと……!」
「言えますよ。だって、そういう人に会いましたから」
ヴィクトリアさんはそうやって何人もの妖精を殺しました。種族間の壁はベルリンの壁より厚い。どれだけ血が流れようと決して破られることはありません。
だから私は種族という問題から目を逸らします。それは、この世界に生きる……この世界の住民が何百年という時間をかけて解決する問題。私たち転生者が出しゃばるところじゃない。
今見るべきなのは種族ではなく個人です。二匹の猫すら救えない私に、この問題に踏み込む権利はありません。
「ワーウルフ? だから何です? 今私が向き合っているのはメイジー・ブランシェットという個人です。種族の違いを盾に、本来の議論から脱線させようたってそうはいきませんから!」
そうです。今の議論はモーノさんと私が異世界転生者ということ。そして、それが原因で因縁を吹っかけられているということですね。
確かに、同じ異世界転生者を奴隷のメイジーさんが捕獲したらお手柄でしょう。モーノさんにしてみればこれほど嬉しいことはありません。
ですが、それは私にとって全くメリットがないことです。
他の異世界転生者は言わばライバル関係。なぜ、私がここで敗北してわざわざ後れを取らなければならないんでしょうか?
ないですよ……絶対にない!
そもそも、最初に会った時から他の異世界転生者は気に食わなかった!
そんな私の意思を察したのか、ご主人様が嬉しそうに語ります。
『さあ、第二幕だ。更なる諧謔を見せてもらおう』
私にこの状況をぶっ壊せと?
上等です。貴方が扱うネクロマンサーの技術すらも利用して、私はこの手に勝利を収めて見せましょう!
勿論、それは力による勝利ではありません。私の思う最善の勝利です!
テトラ 「狼さん狼さん、どうしてそんなに大きなお口をしているんですか?」
メイジー 「森の狼は男性のセクシャルを比喩してるのよ。男はみんな狼! 貴方も狼なら恐くない!」