22 どうやらここからが本番のようです
私が作り出してしまったピリピリとした空気。赤いビロードの少女は臨戦態勢をとり、睨む冒険者たちを睨み返します。
こんな結果、誰も望んでいません。私はほんの少し、あの少女を困らせるだけで良かったんです。今となっては、言い訳もはなはだしいのですが。
私はこの事態を打開する責任があります。ですが、こうなってしまった以上、どうすることも出来ません。誰一人言葉を発さず、ギルドは完全に静まり返っているのですから……
いえ、ちょっと待ってください……
静まり返っている。むしろそれが良いんじゃないですか。
「皆さん、そう彼女を責めないでください。こんな幼気な少女に挑発行為を行った対戦相手にも責任があります。喧嘩を売るも買うも、問題ごとの引き金になるのですから」
場が静寂しているからこそ、私の言葉がよく通る。さらに効率よく思想を広めることが出来る。むしろ、これはチャンスと言うべきでしょう。
まず、少女に向けられた敵意をおっさんの方にも向けます。これにより、彼女の孤立状態を解き、先ほどまで敵対していた二人に同族意識を芽生えさせます。
そうです。罪は二人にあります。
両者の和解こそが解決への道。私はその道しるべになれば良いんです。
「どうでしょう? ここは二人が和解するという形で、ことを収めようじゃないですか。後に尾を引くような形になれば、ここにいる全員に迷惑がかかります。受付嬢さん、貴方はどう思いますか?」
そして、私だけの舞台にするのではなく、他の人にもスポットライトを当てます。役者は多い方が、より多くの人を引き込んでくれるでしょう。
どうせ劇を演じるならハッピーエンドを目指すべきです。私はそんな空気を新たに作り出し、受付嬢さんにアピールしました。どうやら、その効果はあったようです。
「そ……そうですね! ギルドメンバー同士なかよくしないと! 貴方もそう思いますよね?」
一人では決めれないと思ったのか、彼女は他の冒険者さんに意見を求めます。これにより、私の作った空気は一気に広がっていくでしょう。
その予想通り、冒険者さんは焦りつつも受付嬢さんに同意します。
「あ……ああ、そうだな! あいつも大人げなかった。ここは喧嘩両成敗と行こう!」
そうです。その提案を断る理由はありません。
ぶっちゃけ、他人事なんてどうでも良いんです。大切なのは自分に影響を及ぼすか否か。
皆さん、この緊迫した空気をさっさと壊したいんです。事が穏便に済むのなら、それが一番いいに決まっていますから。
ですが、問題ごとを起こした張本人は納得がいかないようですね。回復した冒険者のおっさんが、声を荒げます。
「て……てめえら勝手に……!」
「この状況でまだ突っぱねますか? 貴方のためにならないと思いますよ……?」
そんなおっさんの下で、私はそう呟きました。すると、彼の顔がぞっと青ざめます。
少し考えて分かったんでしょうね。自分が危機的状況から奇跡的な生還を果たしていたことに……
さて、道化役の私はここらでお役御免。あとはギルドの皆さんが良い方向へと動かしてくれるでしょう。
これにて物語は完遂。幕引きと共に、赤いビロードの少女が呟きました。
「何なのよ貴方たち……」
「私はネビロス・コッペリウス様の奴隷。テトラ・ゾケルですよ」
先程まで余裕だった彼女の表情が、今は強張っているように感じます。まるで獣のような鋭い眼光は、私たちをしっかりと捉えていました。
単なる逆恨みじゃなさそうです。あれは疑いと警戒の眼差しだと感じられます。
これはやべーことになりそうですね。私はご主人様さまの手を引き、その場からそそくさと逃げ出しました。
私とご主人様はフラウラの街を走ります。なぜ私たちが逃げなければならないのかと思いますが仕方ありません。あの少女を振り払わないと、何だか嫌な予感がするんですよ。
ご主人様は首を傾げつつ、私に引っ張られています。どうやら、事態の深刻さを理解していないようですね。
「テトラよ。先程は見事な諧謔を見せてもらった。して、疑問なのだが……なぜ私たちが逃げねばならないのだ? 悪事を行った覚えはないのだが」
「ご主人様、世の中は正しいことをしても、気に入らなければ潰されるんです。厄介な人は避けなければならないんですよ」
正当性なんて関係ありません。圧倒的な力の前では、あらゆる屁理屈は無力と化します。
あの少女の目は獣のようでした。「本気で狩ろうと思えばいつでも狩れるだぞ」と私たちを威圧していたんです。
「私たちは目をつけられました。いくら屁理屈で言いくるめようとも、彼女は武力行使を行うでしょう」
「なるほど……だが、あの少女は誤解をしている」
不敵な笑みをこぼしつつ、ご主人様は足を止めます。それにより、私も止まらざる終えませんでした。
進行方向を見て、彼が足を止めた理由を理解します。目の前にいたのは赤いビロードの少女。どうやら、すでに私たちは先回りをされていたようですね。
私たち、結構本気で走っていたと思いましたが……やっぱり、彼女の身体能力は異常です。
少女は依然として鋭い眼光を向け、鼻をひくひくと動かしていました。その目つきと言い、しぐさと言い……本当に獣のようです。
「くんくん。貴方たち、嫌なにおいがするわ」
「あー、やっぱり水風呂と灰の石鹸じゃダメですか……」
「違うわよ! そういうにおいじゃないわ!」
彼女は人差し指をご主人様に向けます。
「そっちの男、人とは違うにおいがするわ。そして、貴方……モーノさまと同じにおいがする……」
「え? 人とは違う? モーノさま?」
ご主人様を人とは違うと言った後、赤い少女は私の方も指さしました。どうやら、私はモーノさんという人と同じにおいがするみたいです。
ですが、それが何だというのですか。たまたま、そのモーノさんという人と同じ石鹸でも使っていたのでは? まあ、灰なんですけど。
私にとってすればどうでも良いことです。ですが、あの少女にとっては死活問題という様子でした。
「貴方たち、モーノさまの脅威になりかねないわ。正体を突き止めて、場合によっては……」
彼女が口を開けるとそこから牙が見えます。ただの八重歯ではありません。あれは鋭い犬歯ですよ。
まさか……獣人族?
そう思ったのと同時に、赤い少女が叫びます。
「私がぶっ殺す……!」
「うええええ……!?」
まさかの殺害宣言!? 何ですか! モーノさんと同じにおいで何が悪いっていうんですかー!
それにご主人様が人じゃなくたって関係ないでしょう! 貴方だって獣人族です。この世界にはたくさんの種族がいます。それらと何の違いがあるっていうんですか!
ですが、そんな私の思想などお構いなし。少女の爪が鋭く光り、獲物を狙うように身を構えます。
絶対にヤベエ状況ですね。ですが、ご主人様はのんびりと顎に手を当てています。
「ふむ、穏やかではないな」
「のんきに言ってる場合ですか!」
穏やかではないを通り越して戦場になってますって! マジでぶっ殺されますって!
私は戦闘能力なんて何一つ持っていないミジンコです。出来ればご主人様に戦ってもらいたいのですが、彼も魔法の使えない人形師でしたね。
た……戦えない……私たちの戦闘力は絶対一桁だー!
それでも赤い少女は飛びかかってきます。そして、ようやく彼女はここで自己紹介を行いました。
「私はメイジー・ブランシェット。モーノさまに選ばれた奴隷よ!」
「だから、モーノさんって誰ですかー!」
赤い被り物をした少女、私と同じ奴隷のメイジーさん。先ほどの恨みからか、彼女は私の方へと爪を立てます。
当然、その光景を目で捉えたわけではありません。速すぎて見えないので、たぶんそうなんじゃないかなーと思っただけです。
まあ、目で追えない攻撃を避けれるはずがありませんね。私は全てをあきらめました。
場合によっては殺すと言っていますし、無抵抗ならすごく痛いだけで済むでしょう。屁理屈で勝ったからって調子に乗っていたんです。
現実は非情。所詮私はこんなものですよ……
「……え?」
そんな時です。
メイジーさんの拳が私に炸裂する寸前。おそらく、時間にしてはコンマ数秒であるその間。私の体に向かって無数の何かが絡まります。
これは……透明な糸ですか。糸は私の手や足へと繋がり、体を引っ張っていきます。
まるで、体のコントロールを奪われるような。別の意思が混入されるかのような。不思議な時間です……その一瞬の間に………
私の体はメイジーさんの攻撃を回避しました。
「よ……」
「よ……」
私は彼女と同時に驚きます。
「よけたー!?」
「よけたー!? って、なんで貴方まで驚いてるのよ!」
だ……だって、私自身もどうやって避けたか分からないんですもの!
そうです……そうですよ! 糸に引っ張られたんです! 引っ張られて勝手に避けたんですよ!
私自身は何もしていません。ですが、メイジーさんは完全に勘違いしていました。
「貴方、見かけによらずやるじゃない。もう手加減なしで行くわ!」
「えええええ!? ち……違うんです! 体が勝手に避けたんですって!」
大男を一撃でノックアウトしたメイジーさん。そんな彼女が本気で攻撃を加えてきます。
私の目ではとても追うことのできない獣人族の猛ラッシュ。ですが、私はそれら全て軽々と回避していきます。
勿論、自身の意思でやっているわけではありません。無数の糸によって引っ張られ、勝手に攻撃を回避していってるのです。
「がるるるるるる……!」
「やめてー! こ……壊れちゃうよー!」
猛獣のような声を出すメイジーさん。私はまるで暴走しているマシーンに振り回されるかのように、その攻撃を回避していきます。
勿論、ノーリスクのわけがありません! 本来動くはずのない体を無理やり動かしているのですから、負担も滅茶苦茶大きい! これ……絶対ご主人様の仕業でしょ!
やがて、私の体はメイジーさんの最後の一撃をジャンプで回避します。
飛び上がり、見事に着地したのは彼女の頭の上でした。はい。
「あ……貴方ね……絶対ぶっ殺してやるううう!」
「ち……違うんですー! 私じゃないんですー!」
この挑発行為により、メイジーさんは完全にブチギレます。同時に、私の体は彼女の頭から飛び降り、勝手にその場から走り出しました。
やばいです。これは絶対にヤバいです!
メイジーさんにぶっ殺されるのが先か。私の体が勝手にぶっ壊れるのが先か。
どっちにしても私、ぶっ壊れるじゃないですかやだー!
メイジー「一匹狼って言葉が独り歩きしてるけど、むしろ狼は仲間と家族を大事にする典型的な群れを成す動物よ」
テトラ「だからこそ、群れに属さない特別な狼を一匹狼というんですね」