21 言葉で全てを掌握します
それは一瞬の出来事でした。
冒険者のおっさんと美少女。二人の戦いが始まった瞬間。少女の拳がおっさんに向かって炸裂しました。
尋常ではないスピードと威力。当然、私の目で追えるわけもなく、パンチだと気付いたのは後になってからでした。
おっさんは殴り飛ばされ、ギルドの外壁へと打ち付けられます。少しの静寂が訪れましたが、一向に彼が立ち上がる気配はありません。
ま、立てるわけないですよね。叩きつけられた衝撃でギルドの外壁にめり込んでいるぐらいなんですから。当然、私以外の人も唖然としてます。
「マジかよ……」
「一撃で……それにあんなガキが……」
やっぱり、これはこの世界でも規格外の出来事のようですね。あの少女、どうやら化け物じみた力を持っているみたいです。
さてさて、これは巻き込まれてはいけない雰囲気でしょう。つい、その場のノリに合わせて外の練習場に来てしまいましたが……まあ、失敗でしたね。
「ご主人様、今は依頼できる雰囲気じゃありませんし、さっさと他に行きますよ」
私はご主人様を連れて、その場から離れることを決めます。ですが、ここで非常事態が起きてしまいました。
あれれ? ご主人様がいませんねー。さっきまで隣にいたんですがねー。
ものっそい嫌な予感がします。私は恐る恐る吹っ飛ばされたおっさんの方に視線を移しました。
すると、私の目に予想としていた光景が映ってしまいます。
「大丈夫か。手を貸そう」
地面に伏せたおっさんを介保するご主人様。やっぱり、心配していたんですねー。
って、なにしてんですかー!
そのおっさんがぶっ飛ばされたのは自業自得です。ほっとけば良いんですよほっとけば!
そんなことをすれば、あのやべー美少女に目をつけられるのは確実じゃないですか! 厄介なことこの上ねーですって!
どう考えても悪手。ですが、ご主人様の瞳に迷いはありません。
「怪我をしているな。この回復薬を使うと良い」
「あ……ああ……」
回復薬を渡し、傷の治療を促す彼。まじ聖人ですね。はい、やっぱりこの人はいい人です。
ですが、ご主人様。貴方がいくら優しくても、世界は全く優しくないんです。貴方の行為は、新たな厄介ごとを運ぶ要因にしかなりません。
予想していた通り、赤い服の美少女冒険者が噛みついてきます。
「ちょっとあんた、そいつは負けたのよ。勝手なことしないでちょうだい」
「……? 先ほどの勝敗と私が今行っている行為に関係性はない。制止を受ける理由はないと思うのだが?」
おっと、ご主人様のマジレスが炸裂。確かに、止められる筋合いないですよね。野良試合ですもの。
ですが、あの少女はどうしても気に食わないみたいです。食いついたら放さないということでしょうか。まったく引く気配がありません。
「こいつは新人冒険者に因縁を吹っかけるクズよ。そんなこいつをかばう気?」
「クズ……それは廃却物と言いたいのだろうか? ならば、お前の言葉を否定させてもらおう。私の目には彼が人間に見える。断じてクズではない」
ご主人様の言葉に私はハッとしました。
私は自分含めてすべての人間はクズだと思っています。ですが、ご主人様は誰一人として他者を見下していません。
思想が真逆です。ですが、彼が間違っているとは思えません。
本来はご主人様のようであるべきなんですよ。歪んでいるのは私の方。そんなことは分かっています。
ですが、彼のきれいごとが通用する世の中でもありません。心が薄汚れた私がしっかりしないと、ご主人様は貧乏くじを引くだけでしょう。
だから、私は口を出します。あの少女の矛先が自分に向くように、あえて挑発的な言葉を使います。
「貴方の負けですよ。ご主人様に一切の曇りはありません。方や誰からのために行動し、方や自分の憂さを晴らすために行動する。どちらが正しいかは明白。貴方、人間性で劣っているんですよ」
あーあ、余計なことまで言っちまいましたねー。私、嘘つきですけど正直者でもあるんですよねー。
ですが、これでご主人様から注意が逸れました。後は私が引き受けるしかないです。このテトラがきっちりかっちり対処しないと。
私が口を挟んだことにより、赤い少女がこっちを睨んできます。さーて、どうあしらいましょうかねー。
「あんた、こいつの仲間? 見たところ一般人みたいだけど、冒険者の問題に口を出さないでくれる? それとも、今から私と戦って白黒つけるかしら?」
かっちーん。出ましたよー、この武力主義。何でも力で解決ですか。だから冒険者は嫌いなんですよ。
良いですよ。年下だろうと容赦しません。
勝負には乗ります。ただし、貴方の土俵には上がりません。仕掛けたのは貴方、私の土俵に上がってもらいます。
さて、屁理屈勝負で私に勝てますか?
「岡女八目、私たちは客観的な視点でものを言ったまでです。正しいのはこちら、それを理屈で説明しましょう」
私はほくそ笑みながら、右腕を広げます。身振り手振りを大きくし、観客の気を引くのは常套手段。ここにいる皆さんには私の言葉をしっかり聞いてほしいものです。
さて、覚悟は出来ていますか美少女さん。ご主人様に良いとこ見せたいですし、こっちは本気で潰しに行きますよ。
「貴方は自分を鏡で見たことがありますか? 華奢で可憐な美少女姿。冒険者において、自身が規格外の存在なのは十分に理解しているはずでしょう。当然、周囲から見下される覚悟も出来ているはずです」
あえて、野次馬たちに聞こえるように言葉を放ちます。
私は彼らの気持ちを理解し、彼らの言葉を代弁すればいい。それがこの場の掌握へとつながりますから。
私の言葉は止まりません。この劇に引き込むため、さらに身振り手振りを大きくします。
「にも拘らず、貴方は土足で冒険者たちの世界に踏み入り、力で周囲を屈服させました。それで自分が正しいなどと、よく吠えたものですね」
両掌を上に向け、やれやれといった様子で肩をすくめるポーズをします。このポーズが異世界で通じるかは分かりませんが、そこは問題ではありません。
とにかく動きです。言葉だけではなく、動くことによって注目を集めるんですよ。
私が屁理屈をこねると、当然美少女さんが言い返してきます。どうやら、戦う前に対戦相手と約束事をしていたようですね。
「でも……! 最初に負けたら何でもするって約束して……」
「口上の約束事に何をムキになっているのですか。先ほども話した通り、規格外な貴方を見下すのは至極当然の判断です。鬼の首をとったように正当性を訴える貴方の方こそ幼稚ですね」
本当に無理のある屁理屈。ですが、私の目的は論破ではなく、周囲との同調ですからまったく問題ありません。
みんな怖いんです。恐れているんです。
規格外のこの少女という存在によって、自分の居場所が奪われるのではないのか? この殺伐としたギルドの空気が変わってしまうのではないのか?
私はそんな皆さんの恐怖心をほんのちょっと突っつくだけです。たったそれだけでいいんです。
「女子供を見下されるのが気に入らない? 自分が下に見られるのが我慢ならない? 冒険者という大人の男が大半を占める世界で、何を世迷言を言っているのですか。ここにはここのルールがあり、皆さん変えられたくないんですよ。いきなり押し入って場の空気を乱した貴方は、冒険者ギルドにおける侵略者に他なりません!」
「わ……私が侵略者……? 滅茶苦茶言ってるんじゃ……」
そして、言い返しも許しません。無理にでも私の語りを続行し、さらに皆さんを言葉で引き込みます。
私は机の上に飛び乗り、両腕を広げました。まるで役を演じているかのように、自分自身に酔っているかのように、私は言葉を紡ぎ続けます。
ああ……最高の時間ですよ。
皆さん私に注目しています。私がこの場の中心となっています。
私こそが……物語の語り部。
「さあ、みなさん! 誰が正しいのか! 誰が間違っているのか! その眼で! 耳で! 確かめてください! このテトラ、何か間違っていることを言っていますか!?」
この場の空気を掌握する。私の舞台を作り出す。
世の中、正しいことは常に多数派。なら、多数派を味方につければ常に正しくいられる。
だから、私は言葉を放ちます。言葉で私の思想を多数派へと動かします。
身振り手振りで惑わしましょう。観客を引き込む物語を作りましょう。ありとあらゆる手段を使って、人々を虚言へと導く。
これですよ……これが私の……
「テトラよ」
ご主人様の声が聞こえ、私の心は現実に戻ります。
ああ、これはやっちまいましたね。気分が乗ってしまって、完全に意識がぶっ飛んでいました。
ご主人様は複雑な表情をしながら、私に疑問を投げかけます。それは、私にとってかなり痛い指摘でした。
「お前は暴力を嫌っているようだが、これは暴力ではないのか?」
彼の疑問を聞き、自分が何をしているの気づきます。
敵を見るような目つきで、一人の少女を睨むギルドの人たち。それにより、彼女は完全に委縮してしまっていました。
私の言葉によって、彼女は完全に孤立状態になっています。そう、あの少女はギルドにとっての敵であるという空気を私が作ってしまったのです。
嫌な空気です。彼女は邪魔者だ。早くここから追い出せ。
そんな聞こえもしない言葉を皆さんの目つきから感じ取れてしまいます。屁理屈勝負は私の勝ちですが、本当にこれで良かったのでしょうか……?
そんな時、私の脳裏に再びグリザさんの姿が映ります。私の行いを否定するかのように、その存在は心を強く締め付けます。
「グリザさん……私は……」
いじめっ子によって食べ物を奪われ、蔑まれ続けたグリザさん。
今、私がやっているのはそれと同じことではないのでしょうか? 多数派の力を利用して小数派を潰す。それは、ご主人様の言うように暴力なのではないでしょうか?
耐え難い眩暈と吐き気が襲います。いったい、これは何なんでしょうか……
「ご主人様……」
「テトラよ。お前の諧謔を見せてほしい」
ご主人様は手を差し伸べません。私も、あの赤い少女も助けようとしません。
諧謔……
それで、この現状を解決できるのでしょうか? この体の不調を改善できますか? あの少女をまたギルドの輪に戻すことが出来ますか?
私は考えます。たぶん、ご主人様は私を試しているんですから……