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19 この家は人形屋敷でした


 ご主人様の家で暮らし始めて三日が経ちました。

 ヴィクトリアさんを失い、まだ心の方も落ち着いていません。ですが、何もしないとかえって気が滅入ります。このテトラ、やっぱり行動してこそです!


 あの日から三日。私は家の掃除と補修を行いつつ、生活に必要な物を揃えていました。

 ご主人様はこんな場所でどうやって生きていたのでしょうか。寝るためのベッドやシーツがありませんし、暖炉はまったく手入れされていません。

 水や食料の蓄えもなし、人が生きるために必要なものが揃っていませんね。一体全体、どういう事なのでしょうか……

 疑問を感じつつも、私にとって住みやすい環境を作っていきます。ご主人様がどんな人であろうと、私が生活できなければ意味がないですからねー。

 掃除も奴隷仕事の一環です! とにかく、安定目指して頑張りますよ!




 そんなこんなで掃除は終わり、どうにかまともな生活が出来そうです。

 家の外壁に覆われた蔓も、全てむしり取っちゃいました。あーんな不気味な外観だと、お客さんがドン引きしちゃいますからね。

 邪魔な草やボロボロになった本。その他もろもろのゴミを家の外で燃やしちゃいます。家も綺麗になって気分一新ですね!


「これで一階の掃除終わりです。邪魔なゴミを消し炭に変えるのは気分がいいですねー」

「テトラよ。その言い方は誤解を招くぞ」


 ご主人様と一緒に燃え上がる炎にあたります。当然、火起こしによって火種を作ったわけではありませんよ。

 この世界には魔石という宝石があり、それには各属性の魔力が込められています。炎の魔石は発火装置。氷の魔石は冷却装置。風の魔石は送風機。土の魔石は……どこで使うのかわからないけど土が出ます!

 どれも微弱な効力ですが、炎の魔石は火種として生活の必需品ですね。基本四属性は生活に身近な魔法。ちゃんと使い方を勉強しなくてはなりません。


 切も付いたことですし、ついでに心の区切りもつけましょうか。

 私は血と埃に汚れたシルクの服を持ってきて、それを丸めて振りかぶります。そして、右腕を一気に振り落とし、掴んでいた物を炎の中にぶち込みました。


「燃えろー!」


 ヴィクトリアさんとの思い出の品が灰になって消えていきます。

 少しセンチな気分になりましたが、これで良かったんだと思いますよ。いつまでも引きずっていたら前になんて進めませんしね。

 ですが、ご主人様は心なしか複雑な表情をしています。私のことを気遣っているのでしょうか。


「……それは大切なものなのだろう。燃やしてしまって良かったのか?」

「良いんですよ。ご主人さまに無駄な物を捨てるように言って、自分が無駄な物を大事にしていては示しがつきませんから」


 あれは思い出の品である以前に汚れた布きれです。ヴィクトリアさんの幻影を振り切るためにも、この行動は必要だったといえましょう。

 それに、今の私にはご主人様がいます。彼のためにも、自分自身のためにも、私は今を全力で生きるべきなんですよ。

 だからこそ、とにかく掃除掃除です! 私がご主人様の身の回りをきっちりかっちり整えてやります!


「さーて、一階の掃除は終わりましたし……次は二階ですね」

「ぬ……二階か……」


 私がそんな話を切り出すと、ご主人様の顔が僅かに歪みます。

 普段無表情だからこそ、何か変化があるとすぐに分かるんですよね。たぶん、私と違って素直で誠実な性格なんでしょう。

 ですが、そんなこと知ったこっちゃねーです。なんとしても掃除がしたい私は彼を威圧します。


「ご主人様、今露骨に嫌な顔をしましたよね?」

「うむ……二階には大切なものが置かれているのでな。勝手に燃やされてしまっては困るのだ……」


 そう言えば、まだ二階に上がったことはありませんでした。どうやら、大切なものが保管されていそうな雰囲気です。

 ご主人様は奴隷を買うほどのお金持ちなんですよね。これはべらぼうに高いお宝が眠っているに違いありません! なんだか興奮してきましたよ!

 当然、燃やしたりなんかしません。私は物の価値が分かる女ですから!


「勝手とは失礼ですね。一階のはちゃんと許可をもらいましたよ。捨ててほしくないのなら捨てません!」

「そうか。ならば問題はないか」


 ご主人様は不敵に笑います。そして、私に背を向けて家の方へと歩いていきました。


「テトラ、見せたいものがある。二階に来てくれ」


 見せたいもの? やっぱり、何か大切なものが保管されているようですね。

 私はご主人様のことを全く知りません。その大切なものを見れば、彼のことが少しでも分かるのでしょうか?

 この人に仕える奴隷として、何より私個人として、是非とも知りたいことです。なので迷いなく、ご主人様の後に続いて歩き出しました。












 私たちが暮らす家の二階。そこには驚きの光景が広がっていました。


「これってもしかして……」

「ああ、全て私が作った人形たちだ」


 部屋一面に置かれていたのは数々の人形。大小様々で、みなさん綺麗なお洋服を着ています。

 人形だけではなく、それを作るため道具や機器もたくさん置かれていますね。それにより、ここが単に人形を保管する場所というわけではなく、ご主人様の作業場だと分かりました。

 私は腰をかがめ、無造作に置かれた一体の少女の人形を拾います。木製ですが、手足が動くように関節部分で組み合わされていますね。素人ですが、技術の高さがすぐに分かりますよ。


 天才。その言葉が相応しいでしょう。

 こんな森の中で人形作りに更けるご主人様……謎が解明されるどころか、いっそう謎が深まったように思えます。

 やがて、ご主人様は一体の道化人形を手に取り、それに何らかの細工をしました。彼の手に光っているのは糸ですか……? ピアノ線のように細く、目を凝らさないと見えないほどですね。


「人形は良い。まるで屍のように、与えられた役割を演じてくれる。しかし、いくら人形に劇を演じさせてもそれは自作自演だ。故に、人の衣服にも興味が出てな」


 ご主人様の右手からは数本の糸が伸びています。彼はそれらを器用に動かし、先ほどの道化人形を動かしていきました。

 最初はチープなダンスを踊らせて、徐々にそれは精密な動きになっていきます。ダンスを続ければ続けるほどに、命が吹き込まれていくようですね。

 手と足と首、動いているのはそれだけのはずなのですが、今はもう生き物のように脈動しています。チープだと思っていたダンスは、すでに芸術の域まで達するほどのステップとなっていました。


「凄い……これは魔法ですか!?」

「いや、別の技術だ。私は魔法が使えないのでな」


 糸操り人形、マリオネットですか……これはもう人間が行える技術ではありません。魔法とは違う、また別の力が働いているとしか思えないですよ!

 ご主人様は手を止め、人形の動きを制止させます。まるで質のいい演劇が終わったかのように、私の胸はじーんと熱くなりました。

 凄い……凄い! 凄い! 凄い!

 やっぱりご主人様はただ者ではありませんでした。まさに、天才人形師でしょう!

 そんな彼は自分の考えを力説します。この人にとって、魔法というものは数ある技能の一つにすぎないようですね。


「確かに、魔法という技術を持つことは素晴らしい。しかし、それは人が持つ可能性の一つだと言えるだろう。私から言わせてもらえば、数あるプロフェッショナルと何ら変わりがない」


 勉強ができる。スポーツが出来る。料理ができる。楽器を演奏できる。

 それらは人が持っている大切な要素。魔法と何一つ変わりがないというのがご主人様の考えでした。


「テトラよ。お前はお前の持つ技能を磨けばいい。それは、極めれば魔法すらも凌駕しえる」


 私の持つ技術って……屁理屈と出まかせ、それに会話を自分のペースに持っていくこと! わあ、自分で言ってて最悪だ!

 ですが、ご主人様がそう言ってくださるのなら、私はこれらを極めちゃいます。辛く厳しい異世界で生きていくためには、会話の技術って必要なんだと思いますよ。

 私は喋ります。善人だろうと悪人だろうと関係ありません! グリザさんのように、ヴィクトリアさんのように! 兄貴さんのように、商人さんのように!

 出会った人と片っ端から会話し続けます!


 そんな私の意思を察したのか、ご主人様が再び不敵な笑みをこぼします。そして、散らかしっぱなしだった人形たちを綺麗にまとめていきました。


「掃除を行うのならば、必要なものと不必要なものを分けよう。私も部屋を片付けるのが楽しくなってきたところだ」

「ありがとうございます。よし、掃除しちゃいますよ!」


 彼は主人という立場でありながら、私の行動を積極的に手伝ってくれます。本当は片付けなんて興味ないくせに、それでも私に合わせて手伝ってくれます。

 私がこの世界で行ってきたことは無駄ではありませんでした。全て、ご主人様と巡り合うための道だったのです。

 ですから、もう後悔しませんよ。自殺を測ったのは黒歴史ですね。はい。


「ご主人様……私、頑張りますから」

「そうだな。早く清掃が終われば終わるほど、後にゆとりを持つことができる。また別の作業を行うこともできるだろう」


 私の答えに対し、ご主人様渾身のマジレス。

 ぶー! 良いですよっ良いですよっ! ご主人様が鈍感でも、私は積極的にアッピルしていきますから!

 つかみ損ねた幸せをようやく手にしたんです。もう絶対に失いたくありません。

 ですから、私は自分が異世界転生者ということを秘密にすると決めました。ジンクスと言うんでしょうかね。このことを話したグリザさんとヴィクトリアさんは死んでしまってますから。

 ご主人様には生きてもらいます。今度は私が身を徹してでも守り抜いてやりますよ!


 私は人形たちに囲まれながら、二階の掃除に取り掛かります。そんな私を見たご主人様は意味深な言葉をつぶやきました。


「これも、主の導きか? ジブリール……」


 ちょ……え……? ジブリールって誰ですか?

 もしかして……こここ……恋人ですか!?

 答えを聞くのが怖いので、私はご主人様の言葉をスルーしました。まさか、こんな変人さんに恋人なんていませんよねー。ねー!

 そう自分に言い聞かせて、私は掃除を続けます。


 ジブリール……一応、心にとどめておきますか。

ネビロス「人形劇の歴史は古く、中世以前の古代から存在している。主に大道芸人によって演じられてきたが、中世には宗教の力によって制止されていた」

テトラ「ご主人様が扱うのは糸操り人形。マリオネットというやつですね」

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