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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第一章 黒猫さんと白猫さんのお話し
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閑話 その男、ベリアル


 豪華なシャンデリアに真っ赤な絨毯。金色のイスに、星空が映る窓ガラス。である公爵様の前に、この国の王子や大臣たちが集まっています。

 彼らの視線は私に向かっていました。それも当然、今天秤にかけられているのはこの私自身なのですから。

 緊迫した空気の中。ある王子から放たれた言葉が、私を地獄へと突き落とします。


「トリシュ・カルディア、お前の婚約を破棄する!」


 うん、知ってた。そういう物語だもの。

 私は公爵令嬢、トリシュ・カルディア。これでも三番の異世界転生者です。

 与えられたチート能力は二つ、『幸せな人生の約束』と『聖女としての素質』。それに加え、今この身に起きている事態は、乙女ゲームの展開を模したものだと分かりました。


 では、現状をまとめてみましょう。

 私は悪役令嬢として、子爵令嬢のエラ・サンドリオンの敵対者として生まれてきました。なぜなら、それが私のプレイしていた乙女ゲームの設定だからです。

 エラさんは小貴族という立場でありながら、この国の王子であるハインリヒ・バシレウスさんと恋に落ちました。二人は両思いですが障害があります。ハインリヒさんにはすでに婚約者がいたのですよ。


 そうです私が障害です。私はイケメン王子のハインリヒさんと結婚することになっていました。

 ですが、自分が愛されていないことを面白く思わなかった私は、あろうことかエラさんの殺害計画を企てます。その結果がこの末路。婚約破棄という結果でした。

 勿論、私の意思でやったわけではありません。転生して前世の記憶を受けた時には、すでにトリシュという存在が大暴れした後だったのです。

 どうにも出来ません。お父様は政略結婚の失敗と娘の暴虐に腹を立て、相当にご立腹な様子です。


「トリシュ! お前はなんという事をしてくれたんだ! もうお前は娘ではない! このカルディア家から出ていけ!」

「侯爵家から追放されたのならば、もはや後ろ盾はないだろう。時期王妃の殺害を企てただけでは飽き足らず、影に隠れ悪行の限りを尽くしたことは分かっている。この娘、極刑に値するぞ」


 なんか、知らないおじさんが物凄く物騒なことを言っています。

 これから私に待っているのは悲惨なルート。王によって処刑されるか、お父様によって追放されるかに分かれます。

 追放によって生きながらえるルートになるには、トリシュに同情の余地があるというイベントをエラさんが見ていて、なおかつ許すという選択肢を選んだ場合。基本的には稀な例でしょう。

 ですが、私には『幸せな人生の約束』というチート能力があります。だから確信しました。エラさんとハインリヒさんは私を助けてくれます。


「ま……待ってください! 極刑だなんてそんな……トリシュさんをお助けください!」

「僕からも頼みます。彼女は自らの罪を認め、やり直すべきだと思うんですよ」


 はい、これで追放ルート確定ですね。それに加え、私には『聖女としての素質』というチート能力があります。

 お膳立てをありがとうございました。ここから、私のチート無双が始まりますよ。

 すべてを理解したので、このような絶望的状況でもケロッとしています。追放? むしろ受けて立つまでです。私には膨大な魔力という才能があるのですから……


「では、トリシュ・カルディア。お前に国外追放を言い渡す」


 侯爵である父様に逆らえるはずがありません。なので、さっさとこの場から退散しましょう。

 さて、これからどうしましょうか。現状の私でも魔法の心得はあるので、一人旅になってしまっても問題はないでしょう。ですが、野党やモンスターを警戒するならお供がほしいですね。

 何かコネはありましたっけ……そんなことを考えている時でした。


「お待ちください。公爵殿下殿」


 私の父に物言いをする一人の男性。赤い髪をしていて、白いローブを羽織った長身の優男です。

 威厳に満ち、端麗な人でした。この国において、赤毛の人種は差別的な目で見られますが……この人にはその心配なんていらないでしょう。

 まるで天使のように優雅で、気高く、光輝いているようにも見えます。一見すると怪しいローブ姿も、彼の美貌を引き立てているようにも感じますね。

 攻略対象にこんな人いましたっけ……? どの王子様より、どんな攻略対象より、私の見てきたあらゆる乙女げーのどのキャラより……


 美しい……


「あー、いけません。実にいけませんよ公爵殿下殿。貴方というお方が自らの子を切り捨て、我家の名誉を尊重する道を選ぶとは……実に実に嘆かわしく思います」


 公爵である私の父に対し、容易く物言いをしています。この時点で、彼が相当の地位を持っていると分かりました。

 この人がここに現れた事自体が異質なのか、私以外の人は全員驚いています。このゲームは結構やりこんだはずなのですが、こんな人いましたっけ? この美貌、絶対に目立つと思いますが……

 私が考えていると、お父様が手を震わせて言葉を返します。どうやら、相当に動揺している様子ですね。


「ファウスト家の当主……なぜここにいいる……! お……王室の元では……!」

「私とて、興味のある事柄には自ら出向きますよ。ましてや、幼気な少女の身に危機が迫っているのであれば、私は喜んで救いの手を差し伸べましょう」


 ファウスト家……? 思い出せません。そんな設定、あのゲームにありましたか?

 王室の元……? 大臣たちの描写なんて、したことありましたっけ?

 物語が歪んでいきます。同時に、お父様の動揺も更に大きくなっている様子。完全にこの場をあの人に掌握されました。


「ベリアル卿。私に……どうしろというのだ……」

「良い知恵があります。貴方様の子、トリシュ・カルディア氏をこのファウスト家に預からせてもらいたい。必ずや、必ずや彼女の心を改めさせてご覧入れましょう」


 し……知らない……

 こんな展開なんて聞いてない。ベリアル・ファウスト? そんなキャラクターなんて登場してないよ……

 処刑でも、追放でもない第三のルート。普通、こうやって運命を壊すのが転生者である私のテンプレでしょう? なぜあの人が壊しているんですか!



 後になって分かりました。ファウスト家とは代々王族の知恵袋として使えている名家です。

 当主は私を引き取ったベリアル卿。彼以外の家族は誰も見たことがないと噂されています。

 ご老人から聞きましたが、先代のファウスト家当主はベリアル卿と瓜二つだったとのこと。これは何を意味しているのでしょうか。


 彼との生活を続けるうちに分かります。

 ファウスト家というものが、この国の誕生から関わっていることに……











 私が引き取られて数週間が経ちます。

 ベリアル卿は私に対して優しく、メイドさんたちも快く受け入れてくれました。教養も身に付き、魔法の才能はどんどん開花されていきます。予想外もありましたが、許容範囲といえるでしょう。

 平和その物の毎日が続きますが、当然悪い知らせも耳に入ります。

 ある日のことでした。メイドさんの一人が、当主であるベリアル卿に不穏な話を伝えます。


「先日、貴方様がご贔屓にされていた画家。ヴィクトリア氏がお亡くなりになったようです」

「それはそれは、まだお若いのにお気の毒に……心が痛みますよ」


 獣人族のヴィクトリア、前に一度会いました。この屋敷にも数枚絵がありますが、彼女のはまさに天才です。とても、子供とは思えないような絵画の技術をふるい、貴族たちに愛されていたようですね。

 そんなヴィクトリアさんが突然命を落としたのです。貴族の間でも当然噂になるでしょう。

 死の原因は? 資産はどうなるのか? 色々と気になるところですが、一番気になるのは彼女とベリアル卿の関係です。


「彼女とは仲が良かったのですか?」

「ええ、私は彼女の才能を評価していました。ですから、ありとあらゆる知識を与えましたよ。例えば、七色に輝く絵の具の調合方法など……」


 薄ら笑いを浮かべながら、ベリアル卿はそう返しました。

 同時に、私の背筋がゾッと凍りつきます。今の意味深な笑みはいったい何なのでしょう。普通、知り合いが命を落としたと聞いて、あんな顔で笑うのでしょうか。

 心に嫌なわだかまりが出来ます。彼、ベリアル卿には何らかの秘密があると思えて仕方がありません。

 表向きは善人、では裏の顔は……? この手の貴族は平民を見下すゲスと相場が決まっています。なので、私は鎌をかけてみました。


「獣人風情に知識を与えたのですか? ベリアル卿、貴方は国王であるバシレウス様の側近。彼女のような亜人と関わることは、王家の品位にかかわります」


 意地の悪い悪役令嬢を演じ、ベリアル卿が同意することを誘います。

 ですが、彼の口から放たれた言葉は私の予想を上回るものでした。


「品位? これはこれは面白いことを言う。人間、魔族、妖精、獣人、竜人、人魚、ドワーフ、エルフ……何の違いがありますか? 私からしてみれば、毛色の違うネズミのようなものですよ」


 ベリアル卿はこの世界に存在する人種全てを「ネズミ」と括りました。

 随分と客観的に見るじゃないですか。彼の言葉は王族だけではなく、貴族に対して……いいえ、人間という人種に対しての侮辱です。誰かに聞かれていれば、当然お叱りを受けるでしょう。

 一応、私は皮肉っぽく言葉を返します。


「私たちはネズミですか……」

「これは失礼。物の例えですよ。世は今、魔族率いる魔王という存在に対し、躍起になっていると聞きますが……」


 彼は微笑しつつ、ヴィクトリアさんの描いた絵画に視線を向けます。


「魔王、魔族、全ては人間の都合による命名ですよ。人類の歴史は侵略の歴史、その中で善者と悪者が生まれるのは必然ではありませんか。私として見れば、その両方を明確に分ける貴方がたの方が理解しがたいものです」


 彼、ベリアル卿は物事を客観的に見ていました。

 彼、ベリアル卿が関わることには、必ずというほど惨劇が起こります。

 彼、ベリアル卿は一切の悪事を行いません。

 彼、ベリアル卿が行うのは人と会話をするだけです。


 会話……言の葉……

 それこそがベリアル卿の悪意だったとは、この時の私は全く気づきませんでした。

トリシュ「この世界にはたくさんの種族がいるようですね」

ベリアル「それに加えて人間には人間の人種があります。ああ、まさに多種多様。だからこそ、この世界は面白い……」

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