174 世界が変わり始めます
私とグルミさんの戦いに参戦したのは、フラウラギルドのヴァルジさん。彼はテイマー職になり、シルバーウルフのコゼットちゃんを使役します。
対し、オークのグルミさんは激高した様子。自分はモンスターとして人々から蔑まれて生きてきた。にも拘らず、ここにいるシルバーウルフは人間との共存に成功している。
その事実が彼の心に火をつけたのでしょう。
「モンスターを使役だと……! お前ら人間は今まで散々モンスターを悪と扱ったじゃねえか! そこのシルバーウルフも言いなりになってんじゃねえ……!」
「ガオ……」
完全に嫉妬です。ですが醜くはなく、むしろ胸が締め付けられるように痛い……
だからこそ、私はグルミさんと心を繋げるって決めちゃいます。絶対に死なせませんし、殺させもしません! ヴァルジさんと二人ならやれます!
後がなくなった豚さんは、分身魔法でその数をさらに増やしました。
十にも上る数で一斉包囲する彼ら。一斉攻撃で一気に勝負を決めるつもりでしょう。
「あの時と同じだな……敵に囲まれてまさに絶体絶命じゃねえか」
「あの時とは違いますよ。だって、もう私たちは負けませんから!」
ヴァルジさんの言うあの時とは、シルバーウルフさんを庇ってゴブリンさんに囲まれたときですね。
今の私は記憶を取り戻し、異世界転生者としての力に目覚めています。一方、ヴァルジさんもテーマーとして出世し、服装も綺麗になっているようでした。
私たち、変わったんです。だから、人がモンスターに抱く感情も変わります!
グルミさん、貴方の心も絶対に掴む!
「煉瓦の弾幕だ! この数は防げねえだろうがァ!」
「不可能を可能にするのがエンターテイメントですよ!」
包囲する豚さんたちから一斉に煉瓦が放たれます。前回は軽々と避けた攻撃ですが、今回はその数が半端ありません!
ですが、今の私は楽しくなっています。ヴァルジさんも一緒に戦っていますし、心の迷いはどこにもありません。
だからこそ、本気でお相手します。手加減はしませんからね!
「流星のコッペリア~!」
瞳に星の紋章を浮かべ、髪は黄色に染まります。同時に、グルミさんの心をビンビンと感じるようになりました。
最近連続で使っていますし、だいぶ馴染んできましたかねー。相手さんの攻撃にフェイントは無し、それを瞬時に感じ取りました。
真っ直ぐ攻撃が飛んでくるなら、たとえ囲まれても跳んで回避できます。私はヴァルジさんの腕を引っ張り、そのまま大地を蹴りました。
「イッツジャンプ!」
「うお……!」
驚くおっさん。私たちは空へと跳び、煉瓦の弾幕を軽々と回避しました。
流石にシルバーウルフのコゼットちゃんは運べません。彼女は何発も攻撃を受けたようですが、モンスターなだけあって頑丈です。
それどころか、煉瓦を爪によって弾き飛ばし、敵の分身に攻撃を加えていきました。
「ガウ……!」
「良いぞコゼット! すぐに支援する!」
ヴァルジさんは空中で手を放し、そのまま一人で地上へと落下します。そして、そのままコゼットちゃんの背にライドオン! 完全な戦闘モードになりました。
私は普通に着地します。彼らを引き立てる為にも、無駄なパフォーマンスは減らすべきですから。
でもでも、転生者の私が戦わないわけにもいきません。だからこそ、完璧な立ち回りを魅せちゃいますよー。
「貴方と心を繋げて分かっちゃいました☆ グルミさんの心は一つ! 分身たちに意思なんてありません!」
「ハッ! 笑わせてくれるぜ嬢ちゃん……! だから何だってんだ……!」
「彼らを動かすのは一人の心。心がパンクしちゃうので、何人も操作をするのは辛い! ですよね?」
図星を言われ、舌打ちをするグルミさん。だから、そう言うところで本体が分かっちゃうんですよ!
『見る』のは苦手ですが、私は心を感じ取れます。もう『見逃し』ませんから!
そんなわけで、ナイフを構えて本体にダッシュ! 彼は煉瓦攻撃を放ってきますが、心で軌道は読めています。
全て回避し、そのまま懐にイン! 槍で対抗するグルミさんに対し、あえてナイフで応戦していきます。
「ガンガンぶつかって! 私の気持ちを伝えます☆」
「大した動きだが……! パワー不足だぜ嬢ちゃん!」
モーノさんと戦った時と同じですね。高い攻撃力によって、衝撃がナイフを伝って身体に響きます……!
ですが、大丈夫大丈夫! こうしている間にも、ヴァルジさんとコゼットさんが敵の分身を消滅させていきます。
剣と牙、二つの連携によって豚さん部隊はほぼ壊滅。そうです! 操作しているグルミさんの注意を引けば、他が厳かになるんですよ!
「心は一つですから、別々の戦闘は出来ない! それが貴方の弱点です!」
「ち……畜生がァァァ!」
分身の操作魔法で体力を消費し、なおかつ追い詰められてヤケになった攻撃。そんな苦し紛れの槍を私はしゃがんで回避します。
そして、下から蹴り上げて武器を弾き飛ばしちゃいました。同時に、ヴァルジさんの剣が最後の分身を斬り裂きます。
「これにて、ショーダウン!」
「ご声援ありがとうってな」
「ガウ!」
ばっちり連携が決まって完全勝利です。グルミさんは完全に疲れきり、そのまま膝を落としてしまいました。
これで残りの魔王軍幹部は半分を切りましたね。結局、スノウさんが合流する前に決着がつきました。
流星のコッペリアを解除し、すぐに別の戦闘態勢を取ります。戦いには勝ちましたが終わっていません。私にとってはここからが本番でした。
「グルミさん、今運びます……!」
「余計なことをするんじゃねえ……! 敵の情けは受けねえよ……!」
腕をつかみますが、グルミさんは振り払ってしまいます。彼は小柄なオークですが、それでもかなりの巨体。おまけに暴れられては運べるはずがありません!
私に危害を与えたと思ったのか、冒険者の皆さんがグルミさんを囲みます。どう考えても、このまま全員で彼を処刑する流れでしょう。
だから、させねーですって。そんな最後なら、私が戦った意味がありません。
「このオークが……お前ら、このまま全員でぶっ殺すぞ」
「ダメです! この戦いで勝ったのは貴方たちじゃない! 彼の処分は私たちが決めます!」
私は両腕を広げてグルミさんの前に立ちふさがります。続いて、ヴァルジさんとコゼットちゃんも同じように彼を庇いました。
「こいつの言うとおりだ。お前らに手を出す権利はねえ!」
「知ってるぞ。その仮面の女は流星のコッペリアだろ! 姫をさらい、今度はオークを庇って何を企んでいる!?」
「バカ言うな! 今、こいつが戦ったのを見ただろ。お前らは恩人を罪人扱いする気か!?」
ぐぬぬ……と黙る冒険者さん。彼らは私が敵か味方かを決めかねているのでしょう。そりゃ、いきなり現れた謎人物ですし、信用は出来ませんよね。
こんな時にハイリンヒ王子がいてくれれば……いえ、いない人に頼っても仕方ありません。このピンチを乗り切るには、冒険者さんたちを納得させる以外にないんです。
私は仮面を外し、素顔で訴えかけました。もう、後のことなんて知りません。ここでテトラ・ゾケルとしての生活が終わっても構いません。
「お願いします! グルミさんを助けてあげてください! オークは種族です。心があるんです! 立場上敵対してしまいましたが、魔王を止めれば彼も手を引きます!」
「体格からもしやとは思っていたが、本当にこんな子供があれほどの戦いを……」
そりゃ驚きますよね……ご主人様の操作もありますが、私は人じゃありません。
だけど、そんなことは関係ない。私はグルミさんを助けたいんです。ここで冒険者さんたちの心を変えれなくて、何が心の異世界転生者ですか!
空気を換え、自分の思うような舞台を演出する。
それが三番、流星のコッペリアの異世界無双です。
「カルポス聖国の王子、ハイリンヒ様は敵対したドワーフたちに情けをかけられました。今、聖国は新しい歴史を歩もうとしています! 王都ポルトカリの呪いは必ず解きます! 私たちが解きます! だから……だからお願いします! グルミさんを見逃してあげてください!」
「俺からも頼む。こいつは流星のコッペリアだ。王都で姫をさらい、聖国にとって本当に大切なものは何かを伝えようとした。ただ、戦乱を終わらせたい一心だ。それは今も変わってねえんだよ」
ヴァルジさんは頭を下げ、コゼットちゃんの頭も抑えました。あはは……初めて会った時と全然キャラが違いますね。私のために、頭を下げてくれてるんだ……
街の空気が変わりつつありました。あと少し、あと少しでこのピンチを切り抜けられる。そう思った時でした。
先ほどからずっと顔を伏せているグルミさん。彼が不意に言葉をこぼします。
「もう良い嬢ちゃん……気持ちだけで十分だ……」
何が良いものですか……貴方が良くとも、私にとっては良くない。
ですが、グルミさんにはグルミさんの考えがありました。
「俺は普通のオークと違う。人間のように話し、人間のように考える。ずっと、疎外感を感じていたんだ。俺は失敗作なんじゃないかってな……」
雫が地面を濡らし、顔を伏せた彼が泣いていると分かりました。たぶん、私たちに庇われたことで情けなくなったのでしょう。
相馬塔が見えたのでしょうか。グルミさんは自分の過去を語りました。そして、最後に私に向かって質問を投げかけます。
「なあ、テトラ……一体俺は何のために生まれてきたんだろうな……!」
「変える為ですよ。この世界を……人々の認識を……変えるために生まれてきたんです」
やっぱり、この人は死んじゃダメですね。オークを変えるため、人間を変えるため、彼という救世主が必要なんです。
それこそが神の……大いなる主の意思だと感じました。
冒険者たちは武器を下げます。ですが、快く受け入れてくれるという雰囲気ではありません。
彼らも時代が変わろうとしていることに戸惑っているのでしょう。いつだって、新しいことは受け入れづらいものでした。
それでも、この場は見逃してくれるようです。一番強そうな一人の冒険者が、私たちに向かって言いました。
「行けよ。そいつを運んでどこかに消えてくれ。ヴァルジさん、あんたも覚悟してるんだよな」
「俺はいくらでもやり直しが効くから良いんだよ。以前よりか余裕はあるしな」
ヴァルジさんはそう返すと、グルミさんをコゼットちゃんに背負わせました。後はこのまま黙って街から消えるだけです。
色々と迷惑をかけてしまいましたね。ヴァルジさんたちには感謝してもしきれませんよ。
大円満とはいきませんでしたが、オークと人の関係はこれを切っ掛けに変わると思います。少なくとも、私はそう信じていました。
ピンチを切り抜け、街を出ようとした直前。スノウさんが事件があったことに気づき、私たちに合流します。
「助けに行けなくてすいませんでした……でも、こちらは準備完了しましたよー。街の外で船に乗りましょう!」
「はい、予定は変わりません。後は魔王さんの城にゴーですよ!」
色々と計算外でしたが、それでも計画に支障はありません。バートさんが街の外で待機しているようですし、さっさと合流しましょう。
流石にご主人様も来るでしょうし、ミリヤの村でジルさんたちを拾う必要もあります。今は足踏みなんてしていられませんでした。