173 まだまだ逃れられません
船! ラッキーなことに船発見です!
さらに状況を説明して、何とかバートさんに協力を求めます。フリント号は結構なボロですが、魔王さんの城までは十分いけるでしょう。
とにかく、今から仕切り直すのに時間を使いたくありません。今日明日のうちに準備を整えて再始動しますよ!
「っと言うわけで、バードさん協力お願いします!」
「丁度仕事が開いたタイミングだ。別に構わないが、仲間の方はどうするんだ」
「今は連絡待ちです」
要するに無計画です。バートさんは呆れた様子ですが、合流は難しくないと思いますよ。
何せ、ジルさんは知の異世界転生者ですからね。都合の良いアイテムでちゃちゃっと連絡を取ってくるはずです。
そんな時でした。噂をすれば何とやら、スノウさんが通信を受信したみたいです。
「あ、テトラさーん。ジルさんから通信魔法が入りましたよー」
「ほら、大丈夫でしょ。私たちにも聞こえるように繋げてください」
「はいはーい」
こちらには魔法使いが居ますからね。通信魔法の受信もお手の物ってわけですよ。
っと言うわけで、逸れたジルさんたちとコンタクトです。あとは皆さんの無事を期待するだけですね。
『連絡が遅れてごめん。スノウ、テトラ、無事だったんだね』
「超無事です。ジルさんの方は大丈夫でしたか?」
『うん、ハンスもマルガも、メイジーとアリシアも無事だよ』
とりあえず一安心です。同時に、フリント号で魔王さんの城まで行けると確信しました。
実際は要相談ですが、皆さんもここで立ち止まりたくないのは同じでしょう。待っている間の追撃が怖いなら、別の船で突撃すべきだと思います。
ですが、ジルさんは他に気になる事がある様子。まだ二人、彼は無事を確認していなかったのです。
『ネビロスさんとアリーは?』
「別の場所に上陸しちゃったっぽいです。アリーさんが落ち着いたら合流するみたいですよ」
『やっぱり、飛べるのは便利だね。僕たちは今、ミリヤの村にいるんだ。知り合いもたくさんいたからね。話すことがいっぱいあるんだ』
一応、航路内ですか。目的地に向かう前に寄って、そこで合流する形が良さそうですね。
ではでは、ここらで提案と計画タイムです。通信魔法は簡単に盗聴されてしまいますが、ジルさんの発明なら大丈夫でしょう。
この計画、絶対に魔王軍の皆さんに知られたくありませんから!
再始動の計画、私が提案したのにジルさんとバートさんで話し合う事になりました。
どうやら、毎度メチャクチャやる私は信用されていないようですね。ほんと、ハブにするなんてプンプンですよ!
特にやることもないので、一人で街をぶらぶらと歩きます。今日中には出発するので、それまで気分転換するのも良いかもしれません。
ご主人様と再び連絡を取りましたが、アリーさんは気絶していただけの様子。当然、すぐにこの街に向かう事になりました。
準備万端、問題は何一つありません。予想外の自体でしたが、皆さんの協力で持ち直せそうでした。
一つ気がかりなのは魔王軍の攻撃です。船の大破によって引き上げたようですが、あれで終わったとは思いません。
まさか、私達を追ってきてるのでは……
「待ちな嬢ちゃん!」
突如、渋めのハスキーボイスが耳に入ります。
振り返ると、そこに立っていたのはローブ姿の男性。街をパニックにさせないためか、彼はしっかりと顔を隠していました。
どこからどう見ても、オークロードのグルミさんです。
あの時、彼は一緒に海へと投げ出されていました。まさか、泳いで私を追ってきたと言うんですか!
「グルミさん、一人で追ってきたんですか? オークの貴方が人間の街で戦うのは不味いのでは……」
「ああ、そうだな。嬢ちゃんとの戦いで消耗すれば、俺はそのまま捕まってお陀仏だろうよ。結果がどうであれな」
マジですか……勝っても負けても死ぬじゃないですか! そんなの絶対に認めない!
何ですかこの人は……オークって一体何なんですか。命を掛けてまで、魔王さんに尽くす意味はあるんですか!
すぐに常備している仮面をかぶります。もう、戦いは避けられそうもありませんから。
「不意打ちだって出来たでしょう……わざわざ私を呼び止めた意味が分かりません!」
「嬢ちゃんはそうだろうよ。だが、俺には誇りがある」
この世界ではオークはモンスターと扱われています。ですが違う……オークは種族です。倒すべき存在と見定めるにはあまりにも残酷でした。
グルミさんには意思があります。心があります。それが理由もなく失われて良いわけがない!
フォーク型の槍を構え、ローブを脱ぎ捨てようとするグルミさん。私はご主人様の操作を受け、上がった身体能力で彼の手を抑えました。
「ダメですよ……ここで戦うのはダメです! 相手なら街の外でします。だから、ここで正体を明かすのはやめましょう!」
「そうしたら嬢ちゃん。あんたはまた俺を軽々といなすだろうよ。後があっちゃいけねえのさ!」
「そんな自己犠牲に価値なんてありません! ただの無駄死にです……!」
とにかく、ローブを脱ぐ余裕を与えません! 私はナイフを取り出し、柄にもなく攻めの姿勢に出ました。
こちらが付きだすナイフをグルミさんは槍で防いでいきます。やっぱり、スピードはこちらが上ですね。このまま武器を弾いて…………その後は何とかなります!
ですが、相手はまだ魔法を使ってきていません。あの分裂魔法は厄介です。さてさて、三人相手にどこまでやれますかね……
「流石に強いな嬢ちゃん。だが! 三匹の子豚相手にどう対抗するつもりだ!」
「体が動くまま……ですよ!」
敵が下がるのと同時に、ローブの男が三人に増えます。
ここからが本場ってわけですか。いくら人数が増えたって、所詮は個人の魔法。対抗できないはずがありません!
同時に突き出される槍を軽やかに回避していきます。流石に組み合いは避けますよ。止まれば最後、残りの二人によって串刺しですからね。
相手は数が増えるだけ。攻撃は単純なパターンが多く、私にとって最高の相性です。
ですが、今は勝つことより大事なことがありました。
「街の人が集まってきた……大事にしたくないのに!」
「俺の心配より自分の心配をしたらどうだ! そんな甘えことを言ってられるか!?」
槍を避けまくっていると、いつの間にやらグルミさんが五人に増えてます! 同時に、激しい戦いで彼らのローブが剥がれ落ちてしまいました。
街の人たちが騒ぐ声が聞こえます。もう引き返せない……それなら、撃退してから安全なところまで運んでやります!
その為には余裕を残して勝たなければなりませんが、それは物凄く難しい。いくら相性が良いからと言っても相手は魔王軍幹部。流石に五人相手は操作も追いつきません!
「避けてばかりじゃ何もできねえぜ! いい加減攻撃してきたらどうだ……!」
「いえいえ、まだまだダンスを楽しみましょう! 貴方の体力が持つまでですが!」
「ちっ……大した観察力だ……!」
勝ち目があるとすれば、グルミさんのスタミナ切れです。
分裂魔法がノーリスクだというのなら、最初から五人に増えていれば良かった。それが出来なかったのは、維持に体力を使うことを証明しています!
このまま避け続ければ相手は倒れる。そこを回収すれば彼を救えます。例え戦闘が長引いても、スノウさんが合流して毒で痺れさせてくれるでしょう。
私はまだまだご主人様の操作に耐えれます。勝負は完全に決まりました。
この戦いが本当に一対一なら……
「モンスターがいるぞ! 仮面の子供を支援しろ!」
「汚らわしいオークめ! この街から出ていけ……!」
最悪でした。
街の冒険者が集まり、一斉に攻撃魔法を放ちます。私との戦いに集中していたグルミさんに、それらの攻撃が命中しました。
どれが本体で、どれが分身かは分かりません。ですが問題は、魔王軍幹部である彼に明確な殺意を向けてしまったことです。
頑丈なオークロードに半端な魔法は通用しません。彼はモンスターのような冷たい目をし、街の冒険者に向かって二人の分身を向かわせました。
「攻撃したって事は、反撃される覚悟あってのことだよなあ……?」
「く……来るぞ……! 全員対抗しろ!」
ダメです……それはダメですよ……
私がいくらでも相手をします。だから……だから街の人を傷つけるのはダメです……!
たぶん、これが私の最も弱い部分でしょう。死んでほしくない一心で、私は分身の前に立ちふさがりました。
無理な動きが災いしたのか、右肩に槍が食い込みます。最悪ですね……すぐに飛びのいて貫通を回避しますが、この一発は大きいでしょう。
「雑魚を守るためにダメージを受けちまったか。だから言っただろ、嬢ちゃんは甘すぎるってな!」
「甘くていい……不利になるのは分かってます。ですが、それでも! 私のエンタメに誰かの死はいらないんだ……!」
バック転をしつつ足を振り上げ、分身一人の槍を蹴り飛ばします。
これだけやって一本落とすのが精一杯ですか。このままじゃ、グルミさんのスタミナ切れまで持たない……!
しかも、私が戦えば戦うほど、冒険者さんたちは戦闘に介入します。私に向けられた敵の矛先が、彼らに向いてしまうのは危険でした。
冒険者さんたちの善意が私を締め付けます。
このままじゃ……
このままじゃ……!
「おい、あっちにもモンスターだぞ!」
「シルバーウルフの大軍だ! 誰か、支援してくれ!」
この場面で街にモンスター……? なんで……?
とても偶然とは思えません。まるで私たちから冒険者を遠ざけようとしているようでした。
でも、危険なモンスターなら私も無視できません。むしろこれは、更に最悪の状況に向かっているのでは……?
そう思ったときです。
突然、一匹のシルバーウルフが戦いの場に参入し、グルミさんの槍を弾き飛ばしました。
「グオォォォォォ!!」
「……え?」
私はこのシルバーウルフを知っています。
そう、前に王都で見ました。間違いありません。彼は……彼女は……!
「よくやったコゼット。あとでご褒美をやる」
「ガオ!」
小奇麗な格好をしたガタイのいい男性。高そうな皮の服を羽織り、頭にはシルクハットをかぶっています。
すっかり見違えましたが、この人を忘れるわけがありません。最近ずっと会っていませんでしたが、まさかこの街で再会するなんて!
思わず抱きついちゃいます。会えて嬉しい! 嬉しいですよヴァルジさん!
「ヴァルジさん! 何ですかその恰好! 偉い人になったみたいです!」
「いや、まだまだだ。バートと協力して、テイマーとして色々やってるところだ。お前は相変わらずだな」
ヴァルジさんはシルバーウルフのコゼットちゃんを立たせ、五匹の豚さんを牽制します。
今、子豚たちは狼さんに狙われました。その咆哮は、レンガすらも吹き飛ばすほどの威圧感。以前会った時よりも遥かに頼もしくなっています。
テイムしたモンスターだけではありません。ヴァルジさん自身も、冒険者として成長しているようでした。
「他の冒険者は下がってろ! ここは俺とこいつでやる!」
「ヴァルジさんが言うなら……」
彼のことを知っている冒険者が、他の冒険者を下がらせます。これなら、他を巻き込まずにグルミさんに対抗できます!
やっぱり、人と人の繋がりは切れませんね。
魔王の城へと向かう道。私は色々な人に助けられ、ゴールへと突き進みました。
ヴァルジ「どんなに悲惨な人生でも、真実の愛は変わらねえ。哀れな奴とは思われたくねえな」
テトラ「悲惨な運命は全てを巻き込み、やがて大きな暴動へ……それでも勝つのは愛ですか」