172 港町で船探しです
なんとか魔王軍を退けましたが、船を失って漂流する私とスノウさん。一応、ご主人様と連絡はついていますが、ジルさんたちがどこに行ったのかは分かりません。
まあ、彼には知識チートがあるので大丈夫でしょう。人の心配より自分の心配ですね。
とにかく、まずは陸地です。一応、スノウさんの回復魔法を受けましたが、それでもお腹の傷は重傷ですから……
「出来れば早く陸地に上がりたいです。私も転生者ですが不死身ではありませんので……」
「あ! テトラさん、海に誰かいますよー」
まさか、海のど真ん中に人がいるはずがないじゃないですかー。
なんて思いましたが、確かに海面から顔を出しています! それも一人や二人ではありません。何人もの人たちに取り囲まれていました。
その大半が女性、透き通った海の中には魚のような下半身が見えます。どうやら、人魚たちに包囲されてしまったようですね。
一部の兵は警戒し、こちらに槍を向けています。私たちは人魚のセイレンさんを確保していますから、彼女を奪還するために姿を現したのでしょう。
ようやく動いてくれましたか。ですが……
「今更なんですか。貴方たちはセイレンさん一人に背負わせ、人柱のように扱ったと聞きます。必死に救った命を簡単に引き渡す気はありませんから」
「我々は姫を救いに来た。その言いようでは、まるでこちらが悪者のようだ」
「違いますか? それとも、其方の行いに非がないとでも? 私の論理を感情論抜きで否定できますか?」
悲しい顔をするリーダー格の男性。貴方たちの気持ちは痛いほど分かりますが、ここで引き渡したら同じことを繰り返すんですよ。
もう、セイレンさんを魔王さんの下に置きたくありません。本当に彼女を救いたいのなら、今すぐクレアス国との縁を切ってもらいます!
文句は沢山ありますが、彼方にも言い分がある様子。人魚さんは紳士的に、私たちを刺激しないように言葉を返します。
「全ては姫の望んだことだ。自分一人が魔王側に付けば国は救われる。それを彼女は分かっていた。感情論で物を言っているのは其方ではないか」
「私は良いんですよ。ずっと感情論で物を言ってますから。ですが、貴方たちは全てを割り切ってセイレンさんを送ったんでしょ? じゃあ、今更そういうのはなしですねー」
得意の屁理屈です。別に煽っているわけじゃありません。
私はビシッと人差し指を向け、人魚たちに対して毅然とした態度を取ります。勝って、セイレンさんを救ったの私たち。こちらにはイキりを見せる資格があります。
「貴方たちは、再びセイレンさんが魔王さんの傍に付くことを許容するでしょう。それでは、私たちの努力が水の泡じゃないですか! 彼女は平和を歌いたいんです! 例え人魚の皆さんがクレアス国と敵対する結果になっても、友達が苦しむのは嫌です!」
ポカンとする人魚たち、こちらの言葉が予想外だったようですね。
何人かの人魚が笑みを見せます。それに釣られ、他の人魚たちも表情が和らぎました。
今の私は道化師の衣装、加えて人生経験の薄い小娘です。初めは警戒していましたが、言葉を聞いたことで問題ないと判断したみたいですね。
リーダー格の男性は目を閉じます。そして、一個人として私と向き合いました。
「友達……命を取りに来た相手に対してか?」
「そうです。心が繋がれば、敵だって友達ですよ」
満面の笑みで言ってやります。敵と友達は矛盾しませんから。
ここは強く出る場面です。以前、私はミリヤの村で人間と人魚の関係改善の切っ掛けを作りました。そこに魔族が介入するのは大変よろしくありません。
後々、クレアス国との国交改善を目指すにしても、ここは一度切り離すべきでした。なので、セイレンさんを魔族側に渡して解決ってのはダメです!
「セイレンさんを救いたいのなら、もう誰にも渡さないと約束してもらいます。そうでなければ絶対に返しません!」
「……私の一存では決められない。時間が欲しい」
「あ、考えてくれるだけで良いです。それならセイレンさんをお返しします」
「……は?」
いよいよ訳が分からなくなり、頭を抱える人魚さん。
まあ、分かりませんよね。私って、ちょっと普通とズレてますから。
「どういうことだ! そうも簡単に納得するのなら何故突っぱねた!?」
「空気ですよ。私は空気を読めるんです」
心の異世界転生者ですからね。この場が『もう二度とセイレンさんを手放さない』って空気になってるって分るんですよ。
私の行動は彼らの心に響きました。だから、ここに居る人たちは王様に対して必死に訴えかけるでしょう。
それが実るかは分かりません。ですが、空気ってのは簡単に伝染するものですからね。本当に人魚の皆さんがセイレンさんを大切にしてるのなら、この場にいない人も分かってくれるはずです。
「彼女は疲れて眠っています。優しく運んであげてくださいね」
「お前はいったい何者だ……?」
「私はテトラです。テトラ・ゾケルですよ」
優しく見守るスノウさん。彼女は介保していた人魚姫を運び、しっかりと兵士さんに受け渡しました。
これで残る幹部は四人。オークのグルミさん、魔女のドロシアさん、獣人のリュコスさん、そして人間のラジアンさんです!
だいぶ減りましたね。これなら、城に乗り込んでも何とかなるかもしれません。
ですが、私たちは海のど真ん中、仲間は散り散り……さーって、どうしましょうかねー。そんなことを考えている時でした。
「お前たち、この二人を近くの港町まで運んでやれ。魔法による治療を受けているようだが、このままでは消耗してしまう」
「了解です!」
リーダー格の男性から指示を受け、人魚の女性たちが私たちを運びます。
た……助かりました。正直どうしようかって考えていたんですよね。私とスノウさんは、口をそろえてお礼を言いました。
「ありがとうございます」
「なに、君たちは姫を受け渡してくれた。これぐらいのお礼はさせてほしい」
私の屁理屈、好印象だったみたいですね。
言葉は暴力にもなりますが、こういう風に心を繋げる力だって持っています。だから、私はこの才能を持って本当に良かったと思いますよ。
人の優しさに触れると心が暖かくなります。こうやって、種族同士が仲良くなれれば良いんですけどね。
人魚の皆さんに運ばれ、残骸の船は陸へと到着します。
ここは港町ラクス。滅茶苦茶進んでいるつもりでしたが、まだ聖国領から出ていません。
人魚に別れを告げ、私とスノウさんは仲間を待つことにします。流石に二人でクレアス国に突撃するのは危険ですからね。今は身体を休める時でした。
とりあえず宿を確保し、着替えて治療に専念します。街で買った服なので、いつものご主人様デザインより地味。当分、道化師は休業ですかね。
船がぶっ壊れたので、魔王さんの城に行く術もありません。また、この街からやり直しでした。
「面倒な事になっちゃいましたけど、とりあえず船ですよねー」
「また、ジルさんに作ってもらえないでしょうか?」
「私たちを探す発明、合流する発明、移動する船を作ってたら時間半端ないですよ。ジルさんは何でも出来る転生者ですが、時間やコストを無視できない弱点がありますから」
ジルさんは錬金術師ですから等価交換は絶対です。出発を一週間ほど遅らせれば安定するかもしれませんが、街の人を戦いに巻き込むのはダメですね。
既に魔王さん側の攻撃は始まっています。一刻も早く、この街から離れる必要がありました。
とにかく、ご主人様とは連絡を取り合っているので、彼の到着を待つのは決定です。それまで暇なので、街の探索でもしますか。
「明日は船の当てを探します。ジッとしていたら身体が腐りますからね!」
「安静にしてなくて大丈夫ですかー?」
「へーきですよー。スノウさんの治癒魔法は完璧です」
色々あって外は真っ暗。まずは何より休息ですね。
ジルさんたちが心配ですが、この世界には通信用の魔石があります。私は貴重なので持っていませんが、落ち着いたら誰かが使うでしょう。
とにかく連絡と合流待ち。余裕があったら船を確保する。そんな感じで決定しました。
朝です! 予定通り、ラクスの街を散歩しちゃいます。
満足に戦えなかったこともあって、筋肉痛はありません。傷もそう深くはなく、すぐに完治しちゃいました。
ラクスの街は聖国の西に位置し、さらに先へ進むとミリヤの村があります。
前回クレアス領に向かったときは経由しませんでしたね。どうやら、流されて直線ルートから外れてしまったようでした。
「あの、前のように馬車で行っちゃダメなんですかー?」
「魔王さんの城は孤島です。どの道、海という壁は突破しなきゃダメですって」
相変わらず、スノウさんは話を聞いていません。そうです! 目立たないように城に侵入するためにも、とにかく船は必須です!
そんなわけで海岸まで歩いていくと、大きな帆船が見えてきました。ジルさんの船より遥かに巨大。恐らく、遠くの国と貿易をするための船でしょう。
これには圧倒されます。他にも、周りには小さな貿易船がありますが、あれで大きな海を渡れるんですかねー。
「貿易船でも色々あるのですねー。大きい物に小さい物、古い物に新しい物があります」
「皆さん、一攫千金を狙ってるんですよ。ほら、この小さくてボロっちい奴。これで荒波を越えるなんて、命を懸けた博打に等しいですねー」
スノウさんと海沿いを歩きながら、停泊されたボロ帆船に手を付けます。そして、その船を見上げた時、私は強いデジャビュを感じました。
あれ……この船って、すっごく見たことあるような……
帆は畳まれていますが、ドクロマークをバッテンで上書きされているのが見えます。いえいえ、こんな船はこの世に一つしかありませんよ。
「これって、フリント号じゃ……」
「お前ら、テトラとスノウじゃないか。こんなところで何をしている」
なんと、物凄い偶然です!
船から顔を覗かせたのは冒険者のバートさん。いえ、今は船乗りバートさんでした。
褐色肌に傷だらけの顔。白い一枚布の衣装に青いバンダナ。鋭い目つきが一層強くなり、以前よりも強キャラ感が漂っています。
思わずご主人様の操作で船上までジャンプ! 彼の両手を握りました。
「バードさん、久しぶりです! どうしてこの街に居るんですか?」
「俺が質問したんだが……まあ良い。前に言った通り、港町を拠点に商人の仕事をしているだけだ」
あ……いきなり現れたのは私たちの方ですか。そりゃ、港町ですからバードさんもいますよね。
彼も少し混乱しているようですし、ぱぱっと状況を説明します。まあ、ぱぱっと説明するには濃すぎる内容なんですけども。
頭を抱えるバードさん。ですが、すぐにニッと笑みを見せます。
「相変わらずの滅茶苦茶で安心した。スノウも巻き込まれてとんだ災難だな」
「そうですねー。大変でしたよ」
「うぉい! ちょっと、私のせいにしないでくださいよー!」
これでは私が原因みたいじゃないですか! 私がトラブルを運んできたみたいになってるじゃないですか!
相手が勝手に攻撃して来たんです。みんなで被害を受けたんですから、私が原因扱いされるのは心外ですね。
それにしても、バードさんは船乗りですかー。船もあるんですかー。
あはは、私ってやっぱりラッキーですね!