171 海上の決戦だ!
ラジアンさんの退場によって、魔王軍側は撤退を余儀なくされます。
ですが、それでも私たちを見逃すつもりはない様子。オークロードのグルミさんは槍を振り上げ、得意の分身魔法を発動させました。
また三匹に増えると思いましたが、今回は持てる力全てを使ったようですね。四匹、五匹と増えていき、やがてその数は二桁へと上りました。
「俺の分身は質量があるぜ! てめえらに恨みはないが、こいつらで船を沈めてやる!」
「無駄だよ。僕の船はそんな攻撃じゃ沈まない!」
グルミさん軍団はジャンプし、甲板に槍を打ち付けます。な……なんて衝撃ですか! 私は怯んじゃいましたが、それでも船はびくともしません。
流石は生産チート! とても木製とは思えないほどの頑丈さです!
ドヤ顔するジルさんに冷や汗を流すグルミさん。まるで壊れる気がしませんが、それでも豚さんは何度も何度もジャンプしていきます。
若干、きしむ音が聞こえました。ですが、まだ余裕があると思ったのか、ジルさんは忠告をします。
「だから無駄だって言ってるだろ。いい加減に……」
「面白い事をしちょるのう。どれ、わっしが手伝ったる」
嵐の音に紛れて聞こえたのはラジアンさんの声。彼は上空で魔人の肩に乗り、こちらを見下ろしていました。
思ったより早い復帰でしたね……すでにオークさん軍団は全滅していますが、彼一人で状況はいくらでもひっくり返ります。
狙いはグルミさんと同じ、船の破壊でしょうか? 砂漠の王は腕を組み、魔人に戦闘態勢を取らせました。
「ちっと驚いたが単なる初見殺しじゃったな。次はこうはいかん」
「あ……アリーさんは……!」
「知らん。あいつが勝手に落ちたんじゃろ」
少なくとも、追い打ちはしてないみたいですね。なら、アリーさんは無事です。絶対にご主人様が救出してるはずですから。
それが分かれば心も超安定ですよ! 楽しい気持ちが溢れれば、流星コッペリアを制御できます!
ですが、相手は私と踊ってくれるくれる気なんて無いようでした。魔人の右拳に魔力を集め、船に向かって思いっきり振りかぶります。
「でかさこそ力じゃ! その身で味わえ!」
彼の言葉と共に、ランプの魔人さんがより巨大に膨れ上がります。
真っ赤に輝き、魔力が溢れ出ているように感じますね。これ、大丈夫なんでしょうか?
「ジルさん、これも防げるんですよね?」
「無理だ! みんな逃げろ!」
「ダメなんかーい!」
ダメだった! 本気の魔人じゃ分が悪かった!
上空から勢いをつけ、振り落とされる拳。甲板に打ち付けられるのと同時に、凄まじい衝撃が走りました。
穴が開き、そこからひびが広がります。こんな攻撃に耐えられるはずもなく、あっという間に船は真っ二つになってしまいました。
ヤベエです! 流石にこれは緊急事態、出し惜しみなんてしていられません!
本当の自分を信じ、ピンチをチャンスに演出するんです! さあ、楽しい気持ちが溢れてきましたよー!
「流星のコッペリア〜!」
肩に落ちる髪が黄色く輝いているのが見えました。どうやら、以前と同じ完全モードのようですね。
敵を倒すのは苦手ですが、皆さんを助けるためなら本気になれます!
徐々に沈んでいく船を蹴り、空中へと跳び上がりました。そして、星のエフェクトを出現させ、それを足場にして仲間の救出へと向かいます。
「まずは重い剣を持ってるアリシアさん☆」
一番重くて鈍くさいアリシアさんを助けましょう! ですが、彼女はすぐに魔法を使い、船の残骸を足場に巨大化させました。
私と同じようにアリシアさんも成長してましたね。じゃ、犬かきでも嵐の海は泳げそうもないメイジーさんを助けますか。
崩れる残骸に飛び移り、なんとか移動する狼さん。そんな彼女を空中でキャッチしちゃいます。
「道化師参上です!」
「最初からそれ使いなさいよ!」
「ノーリスクじゃないんですよ。身体能力が上がるわけでもありませんしねー」
流星のコッペリアの能力でラジアンさんと同調すれば、もっといい勝負が出来たでしょう。もしかすれば、アリーさんが体を張る必要もなかったかもしれません。
ですが、能力の制御は出来るものの、溢れる『楽』の感情を抑えるので精一杯です。まるで私の中にいる泉さんが手招きしているようで、積極的に使うのには抵抗がありました。
流星のコッペリアの原型は泉さんの持つ『楽』の感情。同調能力は私がこの世界で作ったものです。
五つに分けて小さくなったものを、テトラとしての経験で育てていく。それこそが転生者が持つ覚醒の正体でした。
「自分の力は信じます! ですが、奥底に何かがありそうなんですよ」
「それでも、使ってくれて助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして!」
そう言ってくれると嬉しいですねー。ではでは、ハンスさんとマルガさんはジルさんに任せ、私はスノウさんの救出に向かいますよ!
とりあえず、アリシアさんが巨大化させた残骸に着地。メイジーさんを下ろします。
同調能力がビンビン発動して、仲間の位置が手に取るように分かりますね。うーん、やっぱり流星のコッペリアは便利です!
ではでは、目指すはスノウさん! 再び嵐の空を跳び、彼女の元へと急ぎました。
「スノウさーん! 海に落っこちちゃいましたかー!」
声を上げても返事はありません。この雨ですから、聞こえるはずがありませんよねー。
ですがこちらは能力で察知。星を足場にして荒波の上へと降り立ちます。
海上にて、倒れたマストの上に立つスノウさん。彼女はジッと波を見つめ、何かを待っていました。
心の異世界転生者ですからね。流石に近づいちゃいけない空気なのは感じましたよ。たぶん、まだ戦いは終わっていないという事でしょう。
「スノウさん……?」
「決着を付けます。二言はありません。テトラさんは怪我してるので下がっていてください」
う……気分が高鳴って忘れていましたが、胸元をざっくり斬られてました……
雨と潮風で滅茶苦茶痛いですし、出血も止まっていませんか。ご主人様の操作による強化がありますが、それでも戦うのは危険ですね。
なら、ここでスノウさんの戦いを見届けましょう。私は彼女を信じてますから!
「次で最後です。セイレンさん!」
「うん、あたしたちとミリヤ国の因縁。終わらせちゃうよ!」
嵐の海から飛び出たのは人魚のセイレンさん。彼女は歌い、海面から強力な水魔法を放っていきました。
対し、スノウさんは冷静に見極め、リンゴ爆弾で攻撃の軌道を逸らしていきます。水魔法の水圧すらも吹き飛ばす威力。毒だけではなく、単純な威力も相当でした。
歯を食いしばり、今度は音符型の音魔法を放つセイレンさん。対し、スノウさんは……
「歌いまーす!」
「なんで……!?」
音符爆弾の爆風を受けつつ、死人の少女は歌い始めました。
私とセイレンさんは驚きますが、それは別の驚きへと変わります。
上手いんです。
スノウさんの歌声はとても綺麗で……
それこそ人魚姫のセイレンさんに匹敵するほどに!
雷鳴が轟きます。ハッとしたセイレンさんは、すぐに攻撃の手を止めました。
両手を握りしめ、悔しそうに奥歯を噛みしめる彼女。やがて、その眼からは涙が溢れました。
「ずるいよ……そんなの……! 攻撃できるわけないよ……!」
「歌が好きなんですね」
「好きだよ……! 好きで好きで大好きで……! 君より絶対歌と向き合ってる……!」
歌への思いだったら誰にも負けない。そんなセイレンさんの強い気持ちが伝わってきました。
彼女は戦場に立つべきではなかったんです。大好きな歌を歌う。そんな毎日で良かったんですが、周りがそれを許さなかった。
魔法の才能があって、人魚の姫として生まれてきたこと。それが、彼女の大好きを歪めてしまったんです。
「なんで……なんでこんな事になったんだろ……もっと違う形でスノウさんに会いたかったよ……!」
「もう、やめましょう。蓄積した毒が回ってます。貴方は限界なはずです……!」
スノウさんがそう言ったときでした。セイレンさんは咳をし、当てた両手を真っ赤に染めます。
これで当分は歌えないでしょう。スノウさんは仲間ごと毒にする人ですからね。一見穏やかそうですが、やるからには容赦ない人でした。
毒の怖さはダメージが重なる事です。その本質は長期戦にあります。
戦いが長引いてしまった。
その時点でセイレンさんの負けは決まっていたのです。
「やっぱりスノウさんは凄いや……だけど、このまま魔王様を裏切ってお終いってのはダメだよ……」
「セイレンさん……?」
嫌な予感がしました。彼女のようなど真面目さんの考えることって分かるんですよね。
スノウさんが振り返り、私に目を向けます。わーってますって、絶対最悪の結果にはさせませんよ! ポカンと見てるだけじゃ、何のために来たか分かりませんからね!
セイレンさんが行動するより先に、私は星のエフェクトを蹴りました。速く……彼女より速く! 私は最高のフィナーレに向かって跳びました。
「声を奪われた歌姫はお終い。このまま、私は海に帰るよ……」
「させませんよ☆ もう、貴方のやることは読めてますから!」
両手を広げ、波に身を委ねる人魚姫。このまま、泡になってお終いってわけにはいかせません!
パッとその手を掴み、強制的に船の残骸へと上げます。すぐに解毒が必要ですが、魔法の使えない私にはどうにも出来ませんね……
そう思っていると、すぐにスノウさんがこちらへと跳び移ります。流石は冒険者。魔法特化の彼女ですが、それなりに動けるようでした。
「すぐに解毒します。どっくりんごー」
「まあ、毒と薬は紙一重ですからね」
スノウさんは解毒用の毒リンゴ爆弾を作り、それをセイレンさんに向かって爆発させます。だいぶ消耗していたんでしょうね。そのまま、人魚姫は静かに眠り始めました。
彼女が止まったことにより、海は見る見るうちに穏やかになります。既に魔王軍は撤退し、ラジアンさんやグルミさんの姿はありません。
安堵した私はすぐに流星のコッペリアを解除します。とりあえず、危機は回避しました。
「よし、これで一件落着です!」
「あのー、メイジーさんやアリシアさんたちは?」
あ……仲間の姿も見当たらない……
必死にスノウさんを探してたので、他の皆さんから逸れてしまったようですね。たぶん、嵐の波に流されて相当離されてしまったのでしょう。
そしてもう一つ。船がぶっ壊されて、私とスノウさんは残骸に乗って漂ってる状況。
まあ、つまりは漂流ですね。はい……
「とりあえず、ご主人様と連絡を取ってみます。ご主人様ー」
『其方は終わったか。今、私はアリーを介保しているが、水を吐かせれば良いのだろうか……?』
「余計なことしないでください。飛んで近くの人に頼ればいいです」
辛辣な対応です。だって、ご主人様信用できないもの。
とりあえず、アリーさんが無事で安心しました。ですが、彼の介保をしているのなら、私たちの救出は無理そうですねー。
仕方ないので、陸地が見えるまで波に揺られることにします。まあ、ヤバくなったらご主人様が助けに来てくれますよね……