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167 過ぎ去りし記憶です

最後の確信回です。


 本来の力を取り戻すほど、失われた記憶も蘇ってきます。

 ですが、それはテトラ・ゾケルの記憶ではありません。私の転生前である存在、白鳥泉さんのものでした。

 元の世界……魔法もスキルもモンスターも存在しない世界……そこで泉さんはある出会いをします。


 後に繋がる大事件。

 異世界も、天使や悪魔も、大いなる主すらも巻き込む最悪の出会いでした。











 高校生だった私は、自分の待遇に満足していませんでした。

 自分には才能がある。だけど、本気を出していないだけ。って、思春期の男の子みたいな考えを持っていたようですね。

 転生前の別人ではあるものの、ヤベー奴だったのは分かります。ただ、そんな考えを表に出さなかったのは救いでした。


 膨れ上がる異常な自意識。後の運命を感じ取っていたのでしょうか?

 私が自室で宿題をしていると、ふと風を感じます。振り向くと窓が開いていて、その枠に一人の男が座っていました。


「誰も私の価値を評価しない。悪いのは自分か。いえ、価値を分からない世界の方だ。分かりますよ……実によく分かる」


 赤い髪に赤い瞳。真っ白いローブを着た美しい男性。背中に携えた真っ黒い四枚の翼が、彼が人間ではないことを証明していました。

 そして何より特徴的なのは、甘くとろけるような美声です。はっきりと思い出しましたよ。やっぱり、私たちを異世界転生に誘った彼こそが悪魔ベリアルで間違いありません。

 ですが、ベリアル卿はその名を明かしませんでした。代わりに使ったのはバアル様にも名乗ったもの。以前、六大天使だった時に呼ばれた名前でした。


「申し遅れました。私は天からの使い、サタナエルと申します。貴方の望む非日常ですよ」


 この時、私は胸の高鳴りを感じました。

 これで退屈な世界が変わる。ようやく待ち望んでいた非日常が迎えに来たんだと……

 ただ、刺激と特別が欲しかったんです。例え悪魔の誘いであっても構いません。

 正しいか正しくないかなんて、どうでもいい事ですから。


「あはっ……やっと来てくれた。ずっとずーっと待ってた」

「要件を聞く前から期待しますか。もっとも、悪い話は持ってきませんが」


 酔いしれるように笑う私、薄ら笑いを浮かべるベリアル卿。まさに狂人同士の出会いですね。

 実際、二人の相性はベストマッチでした。勿論、悪い方に最高の相性です。

 異常思想を持つ者が出会うなんて、ろくな事にはなりません。ベリアル卿が持ちかけた話は、全ての核心に迫るものでした。


「貴方はこことは別の世界に転生し、驚異の力を示したいと考えています。私はその可能性を提示しに来たのです」

「可能なの?」

「はい、もっとも転生は世界のルールに反するもの。私の力では出来ませんので、その専門である女神に頼る必要があります」


 予想通りかつ、ゲルダさんから聞いたとおり。ベリアル卿は異世界転生をさせるため、生命と慈雨の女神であるバアル様を誑かしたんです。

 そうまでして、彼は私達を転生させたかった。それは泉さんが主に選ばれた預言者だからで間違いありません。


「貴方は特別な存在です。神と呼ばれる大いなる存在に選ばれました。これはそのご褒美なのですよ」

「考えさせて、まだ貴方を信用できない」

「ご自由に」

「あと少しの間、私と付き合ってよ」

「ええ、良いですよ。ご一緒しましょう」


 腹の探り合いです。どう考えても怪しいベリアル卿ですが、抵抗感はありませんでした。

 ずっと望んでいた存在なんですから当然でしょう。ここから、一人の少女と悪魔による共同生活がスタートします。

 私はただ、人ではないベリアル卿のことを知りたかった。異世界転生を行う前に、人より上に立つ彼らに近づきたかったのです。


 結果としては成功でしたね。ベリアル卿はお喋りでしたので、天使や悪魔、大いなる主について色々教えてくれました。

 唯一、私の中にベリアル卿に対する憧れが芽生えて来たのが気がかりです。あの心はいったいどこに消えたのでしょうか……?











 悪魔と一緒に暮らして一ヶ月。白鳥泉の人生で最も楽しかった時です。

 ベリアル卿からは別世界の話を聞き、時々茶化されながらも上手くやっていました。元々、ゲス二人の気質は合っていたのです。

 ただ、思想は全然違いますね。私は自分以外どうでも良いと考えていましたが、彼は常に人の進化を考えていました。


「人は知恵の実を食べ、エデンの園を追放されたと聞きます。ですが思考も進化もなく、平和を貪るなど私はあってならないと考えているのです」

「へえ、私には分からないよ」


 歩行者のいない夜の歩道橋で、私はベリアル卿と会話します。今考えると、彼は本質を話していたのかもしれません。

 ですが、この時点では特に何も感じませんでした。ただ、いたずらに人を惑わす存在ではなく、この悪魔には思想がある。それは分かりました。


「良いよ。だいぶ君のことが分かっていたし、契約してあげる。だけど、一つ条件。私が神様に選ばれたって言うなら、本人に会わせてほしいな。君は神様の使いなんだよね?」


 そうです。私はこの時、主との接触を条件に出しました。これが後にとんでもない事態を招くのです。

 私は初めて、僅かに困惑するベリアル卿を見ました。神からの使いという事が極めて嘘に近いため、接触させる術がなかったのです。

 嘘をついても見破られると考えたのか、彼は正直に話しました。


「申し訳ありません。私は神の望む混沌を自称していますが、彼とコンタクトを取る手段を持っていないのです。なぜなら、既に堕天した身ですから」

「うん、知ってた。君を少し困らせたかったんだ」


 ベリアル卿は嬉しそうに「やられた……」といった表情をします。私はこの一カ月で、彼を困らせる方法をたくさん編み出してました。

 心に芽生えた不思議な感情は、多分トリシュさんに引き継がれたのだと思います。結果として私たちはベリアル卿と敵対していますが、転生前は間違いなく彼の側でした。

 そして何より、心の内に秘めた野望は異世界無双による蹂躙。混沌を望む悪魔の野望と一致しています。


「でも、神様に会いたいってのは本気。魂だって何だって差し出すから、道だけ作ってよ。あとは自分で会ってくるから大丈夫」

「正直、私は貴方を目的のために利用しようと考えていました。ですが、今は違います。再び出会うとき、世界を混沌に導く手伝いをしませんか?」

「良いよ。一緒に世界を滅茶苦茶にする。約束しよ」


 ニヤニヤ笑いながら、私はベリアル卿と指切りをしました。

 かなり良いシーンですが、言っていることは悪役そのもの。ゲスとゲスの汚い友情です。

 両腕を広げ、エンターテイナーのように歩道橋の手すりに立つ私。夜中ですが、下の道路には大型トラックが何台も行きかっています。

 私そっくりな楽しみの表情。死も痛みも怖くないのか、私はそのまま下界へと倒れました。


「『力』『知』『癒』『技』……そして、サタナエルさんを真似た『心』……五つのチートが異世界を飲み込む」


 魂を捧げるための死。それは歩道橋から飛び込み、トラックにはねられることで果たされました。



「じゃあ、異世界無双を始めちゃうよ」



 鈍く、惨たらしい音と共に全てが始まります。

 それは運命のドラ。ですが、本当に重要なのはここからでした。













 心の異世界転生者である流星のコッペリアは、ベリアル卿のコピーと言える存在でした。

 バアル様がお母さんで、彼がお父さんってことでしょうかね? まあ、あんまりそんな家族を考えたくありませんけどー。

 話は戻って、死んだ私の魂はベリアル卿によって回収されます。その間、精神の方は計画通り、神の居城への道を進んでいました。


 果てしなく続く星の道。夜空の中を歩いていると、やがて空に漂う部屋が見えてきます。

 壁も屋根もない部屋だけの空間。不可能かと思いますが、事実そこにあります。ですが、その前には一人の門番が立っていました。


「やあ、まさかここまで来るなんてね。惜しいな……選ばれた存在だった。それを自らの手で台無しにしてしまうなんて残念だよ」


 私は足を止めます。止めざる負えませんでした。

 羽を付けた帽子をかぶったスチームパンク衣装の青年。その手には時計の針を模した光の剣が握られています。

 背中には黄金に輝く四枚の翼。それは機械仕掛けによって作られ、いくつもの歯車によって動いていました。

 彼は間違いなく大天使ミカエルであるピーターさんです。私はすでに死んでいますが、存在を根本から消されると確信しました。


 ですが、一人の存在がその断罪を止めます。

 ピーターさんより更に上の存在。玉座に鎮座する者が現れたのです。 



「ダメだよミカエル。その子は私のお客さんだよ」



 現れたのは私……いえ、泉さん……いえいえ、その両方です。

 姿こそ泉さんですが、それは世界にある形の一つを取っているだけでしょう。

 彼女は天であり、地であり、人であり、真理であり、私であり、貴方であり、そして世界でもあります。それこそが、全知全能の極み。即ち0と∞という存在でした。


「ベッドルームにようこそ。じゃあ、ミカエルは席を外してね」


 いつの間にか、私は部屋の中に入っています。

 星空に囲まれた寝室、菫色のベッドがあるその空間で行われるのは自問自答。話す相手は、性格も人格も自分と全く同じでした。


「悪魔契約をしたんだよね。でも、私がもっと良いものをあげるよ」


 ゆっくりと近づき、私のおでこに手を当てる少女。同時に、両目が焼けるように熱くなりました。

 何か、中から湧き上がるものを感じます。自分で自分の眼は見れないはずですが、そこに白い月の紋章が浮かび上がったことを感じました。

 これは確かに、流星のコッペリアの瞳に浮かび上がった黄色い星と同じもの。やっぱり、大いなる存在との接触によって才能を授かったんです。

 この時、ベリアル卿と交わした契約は、別の契約に書き換えられました。私は力に耐えきれず、その場に膝を落とします。


「うう……ああ……」

「君の魂はこれから五つに分けられて、それぞれ違う才能によって自立する。そういう運命が与えられたんだ」


 バアル様は強すぎる魂を五つに分けましたが、それは運命によって決まっていましたか。やっぱり、この自問自答こそが大いなる主との接触で間違いありません。

 私の形をした主は、ニヤニヤと笑いながらベッドに座ります。そして、両足をパタパタと動かしました。


「色んな角度から、君が壊そうとした世界を見てみよ。その後、また私を出し抜きに来てほしいな」


 私は大いなる主と接触して、何かが出来ると自惚れていたんです。ですが、結果なにも出来ずに蹲るばかりでした。

 あんなに近いのに遠い存在……必死に手を伸ばしますが、どうしても届かない本物の神……

 まるで正体がつかめませんし、理解することも出来ません。そもそも、本当に神かどうかすら、人格があるのかどうかも分かりませんでした。

 私は叫びます。負け犬の遠吠えですが、必死に主に向かって訴えました。


「私は帰ってくる……五つに分けられても、必ず一つに戻って異世界を蹂躙してやる……! 君が本物の神様でも、世界の意思でも……! サタナエルの企みは絶対に止められないから……!」

「うん、あの人は世界の悪意だから。ずっと、神に仇名すんだろうね……」


 そこで、白鳥泉の記憶は終わります。同時に私たち五人の記憶が始まりました。

 流星のコッペリアを取り戻し、星の瞳と黄色い長髪の姿に変われるようになった私。それは転生前の記憶を完全に取り戻したことを意味しています。

 恐らく、ペンタクルさんも同じ位置まで辿り着いているでしょう。ここからは、本来の力をどこまで出し切れるかが鍵でした。


 この事は、他の転生者にも話さないことにします。

 自分で思い出すべき。私はそう考えますからね。



 

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