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流星のコッペリア ~チート嫌いの私と人形使いのご主人様~  作者: 白鰻
第一章 黒猫さんと白猫さんのお話し
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18 ご主人様は仕立て上手です


 ご主人様に連れられた私は、トラウマであるヴィクトリアさんのアトリエに戻ってきました。

 見えない場所で待っていろと言われましたが、事実から目を逸らしたくない私はそれを拒否します。この世界は過酷で悲惨で無常。だからこそ、立ち向かわなくてはならないんですよ。


 アトリエの中には、あの時の惨劇がそのままの形で残っていました。

 魔法によって破壊されたヴィクトリアさんとの思い出の場所。牢獄の時と同じです。もう、戻ることはないでしょう。

 私はヴィクトリアさんの亡骸まで足を運びます。そして、彼女の下半身を持ち上げ、そのまま引きずっていきました。


「ご主人様、死体を運びますよ」

「テトラ、無理をする必要はないぞ」

「いいえ、無理をする必要ならいくらでもあります。意地になってますからね」


 剣士さんを警戒しつつ、二人でヴィクトリアさんの亡骸を運びます。もちろん、今にも吐きそうなほどに私の精神は乱れていますよ。

 ですが、大丈夫です。我慢して運びます。

 こんな姿になっても、彼女は私の友達ですから。


 二人で死体を運んでる途中。ご主人様が大きな絵画を見つけます。

 悪魔と少女が描かれたヴィクトリアさん最後の作品。悪魔の周囲には妖精さんの犠牲によって作り出された七色が輝き、少女の頬には作者の血によって描かれた赤黒い涙が加えられていました。

 やっぱり、幻想的で素晴らしい作品です。ですが……


「いくつもの魂が見える。美しく、儚く、そして悲しい絵だ」


 ご主人様が私の感想を代弁してくれました。

 常に無表情の彼の口が、僅かに歪んでいるようにも見えます。この絵に何人もの妖精さんが使われていると、この人は知っているのかもしれません。

 それでも、ご主人様は私と一緒にヴィクトリアさんを運んでいます。

 嬉しいですよ……そりゃあもう。











 森のさらに奥、ご主人様が住まう家の前。ローブを真っ赤に染めながら、私たちはヴィクトリアさんを埋葬します。

 野盗によってお墓を掘り起こされることを警戒して、私たちは彼女をここまで運びました。他に高額な絵画はいくらでもありましたが、私が一番運びたかったのは空っぽの器。

 絵なんていりません……私が本当に欲しかったのは……


 はあ……もういいです……不毛ですよそんなの。


「服を変えたいです。何か着るものはありますか?」

「そうだな。着させたいものならいくらでもあるぞ」


 着させたい……?

 またご主人様がわけの分からないことを言っていますが、着替えがあるのならそれでいいです。男物でサイズは全くあっていないでしょうが、当分は我慢するしかありませんね。

 血だらけですし、死体を埋めるための穴を掘って土だらけです。本当はお風呂に入りたいのですが、この世界にそんなものはありません。

 あるのは水だけ。冷たさを我慢して川で水浴びをするだけです。近いうちに、この問題を解決する手段を用意しなくてはなりませんね。


 私とご主人様はヴィクトリアさんにお祈りをし、家の方へと向かいました。

 木造二階建てのそこそこ大きな家。周りは鬱蒼とした草に覆われていて、正直入りたくない雰囲気ですね。

 イメージとしては魔女の家です。怪しい黒魔術が行われていてもまったく違和感がありません。あえて、こういうムードを作って人を遠ざけているのでしょう?

 私はドアノブを握り、中に足を踏み入れます。同時に、大量の埃が私の顔にかぶりました。


「ヴぁふ……! ゲホッゲホッ……!」


 な……何ですかこれは! 薄暗い部屋の中には一面に埃、埃、埃! そして、それとコラボレーションするかのように、蜘蛛の巣がいたるところに張っています。

 それらに加え、無駄に生活感があるのが最悪ですね。床には分厚い本が何十冊も散乱していて、使い古した蝋燭や古着も散らかしっぱなし。まったく清掃されていません。

 そんな自慢にならない自慢の家をご主人様がドヤ顔で見せびらかします。


「さあ、ここが私の家だ」

「家じゃないでしょう! ゴミ溜めですよこれは!」


 家の周りを覆う草。怪しい雰囲気とかじゃなくて、ただ単に手入れされてないだけだった!

 私が開口一番に家をけなすと、ご主人様がショックでしょんぼりします。


「ゴミ……溜め……」

「ショック受けないでください」


 気持ちが沈んでるのはこっちですよ。こんな環境で普通に生活していたなんて理解できません。まだ、奴隷たちの牢獄の方が清掃されていましたよ!

  とにかく、こんなところで生活していたら、私が病気になってしまいます。奴隷としての初仕事として、せめて一階だけでも綺麗にしなくては!


「今から着替える前に掃除します! 捨てられたくないものは纏めてくださいね」

「うむ、奴隷らしくなってきたではないか。主人として嬉しいぞ」


 貴方がしっかりしていないから、私が率先して奴隷らしく振舞わなけれならないんでしょ……

 何ていうか、この人ダメダメですね……

 私もダメダメですけど、この人を見ているととても自信が付きます。私がしっかりしないとダメだ。俄然やる気が出てきましたよ!

 本当はくたくたですが、ご主人様のためにも私は頑張ります。彼には返したい恩がありますからね。




 とりあえず、ざっと掃除の方は終わります。

 着替えを後にしたのは正解ですね。血と土に加えてさらに埃まで混ざって、とんでもないことになってしまいました。

 ヴィクトリアさんの血が、別の汚れによって塗りつぶされます。そうですよね……済んだことを引きずってどうするんですか。こんなボロ服、ゴミ箱にぽーいです!


 水拭きは古くなったご主人様の衣服を破って、雑巾代わりにして行いました。暇なご主人様が川まで水を汲みに行ってくれたので、とにかく拭きまくるだけでしたね。

 そのかいもあって、一階は綺麗ピカピカです。幸い、ここには食べかすなどの汚れが一切なかったので、埃を拭き取るだけで済みました。ご主人様は外食派でしょうか?

 何にしてもこれでひと段落。ご主人様も大変ご満悦な様子です。


「おお、人間というのもは魔法を使用すると聞く。短時間でここまで情景を変化させるとは感服だ。まさに魔法と言っても過言ではないだろう」

「はいはい」


 前から気になっていましたが、この人はよく「人間というものは」と言って人を客観的に見ています。まさか、この人もグリザさんやヴィクトリアさんと同じで獣人なのでしょうか?

 ですが、尻尾も獣耳もありませんね。では竜人? 魔族? 何にしても、別の種族なのかもしれません。

 って、今はそんな事どうでも良いです。とにかく疲れていますし、早く着替えたい気持ちで一杯ですよ。


「はあ……一仕事終わりましたし、服を着替えます。血と埃の臭いがコラボレーションしてひでーことになっていますしね」


 私がそう言うとご主人様の目が輝きます。どうやら、私が着替えることに興味津々なご様子。


「よし、ならば服を脱げ。さっそく仕事に取り掛かろう!」

「仕事……? こ……このタイミングですか……」


 仕事ってやっぱり……服を脱げってやっぱり……エッチなことじゃないですかー!

 ご主人様は野獣だったということでしょうか。あまりにも急な展開に私、若干混乱しています!

 でも、覚悟してましたよねテトラ。奴隷というものはそういうものですよねテトラ! なら、仕方ないです!

 私は上着を脱ぎつつ、ご主人様の顔を見ます。あらやだイケメン……全然あり! いける!

 仕方ありません! 本当に仕方がありません! 嫌で嫌で仕方ありませんが、特別に私の初めてをご主人様に……


 なんてアホなことを考えていたとき、ご主人様の手が私の脱衣を制止します。


「全て脱ぐ必要はない。人間の女性というものは、裸体を見られると酷く羞恥心を感じるものだと聞いている。一番上の衣服だけで十分だ」

「ほへ……?」


 思わず変な声が出てしまいました。

 え? 脱がないの? 着衣プレイ?

 私がぽかんと口を開けていると、ご主人様が二階から衣服を持ってきました。


「何を顔を赤らめている。さあ、私の仕立てたこの服を着てくれ」


 放心状態のまま、私は渡された服を着ます。そして、着衣が終わった後に自分が何を着ているか気づきました。

 それは、フリルのついた女性用のドレス。サイズも私ぴったりで、ご主人さまのような男性が持っていることに違和感を感じます。

 ですが、そんなことはどうでも良い! 重要なのは服のデザインです! だって、私ですよ! こんなに可愛くない私に、この可愛らしい服は不相応です!


「な……何ですかこの恥ずかしい服は! 私には似合わない! 恥ずかしい……死にたい……!」

「やはり生身の人間にモデルをしてもらうのが一番だった。私の作品に生気が宿ったではないか」


 そんな私の感想を無視しながら、ご主人様は一人納得している様子でした。

 私の作品って……やっぱりこのドレス! ご主人様が作ったんですか!? うええー! クオリティ高すぎでしょう!

 色々と話しの辻褄が合ってきましたね。「着させたい服がある」ってのはつまりこういう事ですか。そして彼の言っていた仕事って……


「あの、仕事って……」

「そうだ、私の仕立てた衣服を纏ってほしかった。仕上がりを確認するためにな」


 はい、エッチなことじゃありませんでした。私の勘違いでした。

 一気に冷めましたね。いえ、安心しましたよ。うん……


「なぜ残念そうな顔をしている?」

「いえ、ほんと……何ででしょうね……」


 レ○プ願望なんてありませんよ? 本当にありませんよ?

 ともかく、この変人ご主人様がなぜ奴隷を購入したのかこれで分かりました。私はこの人が仕立てた服を着るモデルさんだったというわけですね。

 じゃ……じゃあもっと可愛い子を選んでくださいよ! 何で私!?

 だって、私は何もないですよ! 魔法も武器も使えませんし、才能なんて欠片もありません!

 そんな私に向かってご主人様は言います。


「テトラ、私は強い力や能力などに興味はない。是非とも私の心躍らせる諧謔を見せてほしい!」


 諧謔……難しい言葉を使いますね。

 この言葉の意味……聞きたかったのですがやめておきます。

 これからこの人と生活していくうちに、答えを見つけたいと思います。まるっ!

テトラ「な……何ですかこの恥ずかしいフリフリな服は!」

ネビロス「煌びやかで貴族的な衣装。ロココスタイルといい、お前の世界では近世に入ってからのデザインだ。この世界には少々早かっただろうか?」

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