閑話24 暇
王都での戦いが終わり、魔王の城へと戻った私。あれから数日経ちましたが、言えることは唯一。
「暇」
暇、これに付きます。
正直なところ、やる事が何もありません。
クレアス国サイドからペンタクルさんを監視するつもりでしたが、彼に目立った動きはない様子。失った戦力を立て直すことに全力を注いでいました。
まあ、大きな戦いが終わったのでそうなりますか。国のトップも大変ですね。
「ベリアル卿、一体どこに……」
寝室の窓から空を見上げ、ため息混じりにそうこぼしてしまいます。他の転生者より、あの悪魔のことが気になって仕方ありません。
モーノさんによって相当な痛手を負ったようですが、時が経てばまた現れるでしょう。とにかく今はここでその対策を練る。それしかありませんね。
特に策もなく、ぼーっとしていると誰かがドアをノックします。面倒なので無視していると、構わず一人の少年が部屋へと入ってきました。
尖った獣の耳に八重歯が特徴の少年。狼の獣人、獣王リュコスさんでした。
こちらは彼と話すことはありませんが、一体何の要件でしょうか。とりあえず、悪態をついてみましょう。
「どうぞも言っていないのに中に入るなんて、随分と失礼ですね」
「なら、何か反応してください。どうしてこうも貴方は不愛想なのか……」
完全に呆れた様子です。どうして不愛想なのかと聞かれても、自然に不愛想なので仕方ありません。何も好きでこうなったわけでは無いので、そういわれても困ります。
とにかくまあ、それはどうでもいいですね。今はなぜリュコスさんが私の部屋に来たかについてです。
正直、彼とは特に深い関わりはありません。どうやら、私に何か話したことがあるようですが、一体何なのでしょうか。
「魔王様の命により、貴方に事件について話に来ました。先日、ドワーフのモニアさん、並びに精霊のアイルロスさんが部隊を率い、転生者二人と交戦しました」
どうやら、魔王八人衆の二人が転生者の誰かと交戦したようですね。
まだ、王都の戦いからあまり経っていないので、クレアス国側の追い打ちということでしょうか……? 何にしても、重要なのは結果です。
「いきなりですね……それでどうなりましたか?」
「こちらの敗北です。ドワーフは主導者を捕虜にされ、人間側に付かざる負えない状況。元より一部の者しか協力姿勢を見せなかった精霊も、これを機にクレアス国と距離を置くと考えられます」
表には出しませんけど、内心ガッツポーズ。モーノさんがチートを失っている状況でよく対抗できたものです。
これで魔王八人衆は残り五人。厄介なのはラジアンさんとセイレンさんでしょうか。
結果としてはテトラさんたちが勝利したようですが、両方の被害が心配です。部隊を率いたということは大規模な戦闘なのは確実。私は恐る恐る聞いてみました。
「被害はどの程度ですか……いったい何人の人が……」
「それが……」
リュコスさんは困惑しつつも、はっきりと言いました。
「負傷者はいますが、死者は両方ともゼロです。誰一人として死んでいません」
「そうですか……やってくれましたねテトラさん」
これはテトラさんとハイリンヒ王子の仕業で間違いありません。恐らく、ドワーフとの国交問題で利害が一致したのでしょう。
聖国にとって、ドワーフの技術や採石能力は喉から手が出るほど欲しいはず。不殺を試みるメリットがあり、兵たちに対する説得力もありました。
攻めて来たのがモニア姫でラッキーでしたね。次はこう上手くいくとは思わない方が良いでしょう。
良い知らせを聞いて一安心しましたが、どうやらそれだけでは無い様子。リュコスさんは続けて悪い知らせを報告します。
「それと、一つ気になる事が。今回の件に先日会った悪魔、ベルゼブブの介入があったと聞いています。どうやら、こちらの味方として付いたようですが、何分急な話で魔王様も疑っています」
「目的が分かりませんね。彼を相手にしてテトラさん……いえ、敵は無事だったのですか?」
「勝利したと聞いています。これには魔王様も驚いていました」
かなりの実力差があるように感じましたが、あれ程の悪魔に勝利した……?
モーノさんが力を取り戻したのか、テトラさんが話術で有耶無耶にしたのか。どちらもあり得ますね。
悪魔の介入は不穏ですが、結果死者を出さずに勝利したので良しとしましょう。私たちの敵はベリアル卿。こんな所で足踏みしていられません。
何だかやる気が出てきましたね。地獄の第二位への勝利は追い風になるはずです。
こんな狭い部屋で腐っては居られません。特に何も思い浮かびませんが、何か行動したくなりました。
「ちょっと出かけます。ペンタクルさんには適当に言っておいてください」
「そ……そんな勝手なことは困ります! って……トリシュさん!」
無視して窓から飛び降ります。流石にこの高さなら、獣人のリュコスさんでも追うことは出来ないでしょう。誰も私を止めることなんて出来ませんよ。
風を切り、地上へとまっすぐ急降下します。やがて地上に衝突しますが、すぐに治癒魔法によって全快しました。
痛みはありますが、正直慣れてしまいましたね。どうせ私は人ではありませんし、精神も真面ではないでしょう。一番ヤベー転生者と思われても仕方ありません。
「さて、何も考えずに飛び出しましたが、これからどうしましょうか……」
後先を考えないのは悪い癖ですね。ただ、あのまま部屋の中で何もしないのは時間の無駄です。
時が来れば知れっと戻ればいいんですよ。元より、ペンタクルさんには自由にやらせてもらうと言っていますし、あれこれ言われる筋合いもありません。
私はクレアス国側にしか出来ない事があると思い、こちら側に付きました。それは城の外に出てからも変わりません。
とりあえず、クレアスの城下町を出歩いてみることにします。魔族がどんな暮らしをしているのか、調べてみる価値はあるでしょう。
ですが、私は人間の姿ですし、街の人に警戒されてしまいますかね。まあ、フリフリなドレス衣装なので、危険人物とは思われないでしょう。
たぶん……
魔王城の城下町、つまりクレアス国の王都です。お国柄なのか、家々の作りは黒を基調とした悪趣味なものばかりでした。
街の人たちは城の兵士たちと全く同じ、羊の角に蝙蝠の翼を携えた美形種族です。ペンタクルさんの手が入っているのか、飢餓に倒れているような人は居ませんね。
つい最近まで先代魔王によって荒廃していたようですが、あの人のおかげでここまで変われたというわけですか。チートとは良くも悪くも恐ろしいものでした。
人間ということで周囲からは警戒されますが、それでも理不尽に確保されるようなことはありません。恐らく、この国にも人間という種族は居るのでしょう。
クレアス王都は大陸から切り離された島にあります。ですが、それでも種族間を綺麗に二分できるはずがありません。人間系の魔族という家系も存在するのです。
そのあたりは私の元居た世界も同じですか。戦争になれば、その違いが差別へと繋がる。今、私が白い目で見られているのが正にそれでしょう。
「まあ、関係ありませんが」
ですが、私の心は一切傷みません。テトラさんと違い、私は他人に無関心ですから。
無関心にもかかわらず、わざわざ街まで出たのは単なる暇つぶしです。まあ、何も出来ない事がもどかしいというのが一番ですが。
ふらふら街を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきます。もしかしなくても、この声は人魚姫のセイレンさんでしょう。
彼女はペンタクルさんの切り札として、敵の戦力を削ぐ役割を担っています。ですが、聖国攻めが終わった今、必要性がなくなってしまいました。なので、暇なのでしょうか?
特にやることもないので、歌の聞こえる方へと向かいます。何やら人だかりが出来ていますが、他人に無関心なので強行突破しました。
やがて、木箱の上で歌うセイレンさんが見えます。こんなところでライブ活動をしてるとは、正に人魚のアイドルですね。
「皆さん! 次の曲は……」
彼女は人ごみの中から私を見つけます。そして、笑顔でこちらに向かって手を振りました。
一応、顔は覚えられていますか。最も、私がどういった存在なのかは理解していないようですが。
セイレンさんは魔族たちの声に応えるかのように、美しい歌声を響かせます。本当に歌が好きなのでしょう。戦いを望んでいないのも本心のようでした。
ですが、特別な力を持ったばかりに、彼女は巻き込まれてしまいました。
不憫なものですね。最も、あの力が無ければ沢山の人が犠牲になったのも事実。複雑でした。
ライブが終わったので、私はその場から立ち去ります。
ですが、ずっとマークされていたのか、追いついたセイレンさんに捕まってしまいました。
「トリシュさんでしょ! 魔王様のお姉さん! 私はセイレン、ずっとお話ししたかったの!」
「私は特にそう思っていませんが」
「ひっどーい!」
愛想が悪いので悪態も付きます。素直になれないのは悪い癖ですね。
ですが、セイレンさんもエンターテイナー。テトラさんと同じで、ぐいぐいと私に関わってきます。
これは完全な天然ですね。作ったキャラではなく、本当にこんなテンションなのだと分かります。別に、テトラさんがキャラを作っているとは言いませんが。
加えて、見かけによらず鋭いようですね。セイレンさんは私たち転生者を見抜きました。
「もしかして、コッペリアさんとも姉妹? 三人姉弟とか!」
「……五人ですよ。王都でペンタクルさんと戦った剣士が私の兄です。なぜ、コッペリアさんが妹と分かったのですか?」
「だって、眼が人形さんみたいで綺麗だから。顔もどことなく似てるよ」
分かる人には分かるということですか。恐らく、私たちは転生前の誰かを基にして作られた人形。まず、人間かどうかも疑わしい存在です。
女神さまと和解したテトラさんたちは真実を知っているでしょう。ですが、私はまだ薄々としか感じていません。
ペンタクルさんとの決戦が終わったとき、観念して仲間になりましょうか。そろそろ、素直にならなければいけないのかもしれません。
「顔は似ていますが、性格は似ても似つきません。今でも、末っ子のペンタクルさんは兄と喧嘩ばかりしています」
「じゃあ、トリシュさんは弟さんに味方してるんだ。優しいね!」
いえ、それは違うと思いますが……面倒なので否定するのはやめます。
私がペンタクルさんの側に付いているのは、クレアス国サイドから物事を見たかっただけ。その目的は、こうやってセイレンさんと話すことで達成されています。
彼女のおしゃべりは止まらず、私たちは夜の街で色々なことを話しました。
人魚の事……魔王の事……世界の事……これからの事……
話して分かったことは、やはりセイレンさんは戦いなど望んでいないという事でした。