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165 堕天使の降臨です


 満身創痍でした。ベルゼブブさんは今まで戦った誰よりも強かったです。

 たぶん、私が元の世界に戻るためには、今後彼以上の壁が立ちふさがるでしょう。それこそ、大天使や神クラスの脅威とも対峙するかもしれません。

 その為にはもっと流星のコッペリアを制御する必要があります。私は瞳の星を消し、いったん心を落ち着かせました。

 力を解いたのと同時に、黄色く輝く髪が肩に落ちます。一気に疲労感が襲いますが、今はぶっ倒れている場合ではありません。すぐにジルさんの元へと駆け寄りました。


「ジルさん! 大丈夫ですか!?」

「ああ、すぐに解毒したよ。それにしても、上手く敵の心を折ったね。今回は上手く行ったけど……もう二度と戦いたくないよ……」


 腰を落としつつ、錬成した解毒剤を飲むジルさん。瞳のダイアは無くなり、今はかなり疲労しているみたいですね。

 転生者二人掛かりでこれですか。どちらも能力の限界で、それぞれ覚醒した力も使っています。こんな戦いが何度も続けば、流石に身が持ちませんよ!

 ですが、満身創痍なのは相手も同じだったようです。ベルゼブブさんは右足を引きずりつつ、私たちの元へと近づいてきました。


「約束通り、私は大人しく身を引きましょう。元より、貴方たち転生者の調査が目的でした。少し熱くなってしまって、地上で出せる限界まで戦ってしまいましたが……」

「君たち悪魔はこの世界だと全力が出せないのかい?」

「世界ではなく、貴方たちと戦う上での限界です。私たち悪魔や天使は霊的な存在。肉体はなく、この身体は地上界のルールに基づいて生成したものです。概念自体が違い、貴方たちと相見える為にはこちらが合わせる必要がありまして……まあ、つまり無理やり戦いました」


 つまり、この世界の土俵では限界のようですね。そもそも、肉体や戦闘の概念自体が違い、同じ条件での戦いは不可能みたいです。

 聖アウトリウスさんや名のある聖人たちも、今の状態の彼と戦ったのでしょう。まあ、ベルゼブブさんが本気だったかは怪しいですけど。

 薄々分かってはいましたけど、そうなるとご主人様も同じですか。一応、本人に確認してみましょう。


「じゃあ、ご主人様もその姿じゃないんですね」

「正確には姿自体がない。私たちには見るも聞くも無く、肉体も住む世界も仕組みがまるで違う」


 つまり、人と悪魔とでどちらが強いか図ること自体不可能なようです。今回は悪魔が人として戦った場合、人に負けたってことですかね。まあ、私たち転生者が人かは微妙ですけどー。

 相手がどのような状態でも勝ちは勝ちです。これで聖国への進軍は完全に止まり、最悪の事態は避けられました。

 すぐにハイリンヒ王子が叫び、騎士たちへと指示を出します。


「全部隊、負傷者の確認とドワーフたちの拘束を頼む。頭は捕らえた。彼らも余計な真似はしないはずだ」

「あれ? 騎士の皆さん周りにいたんですね。私たちのサポートは……」

「どうせ足手まといだろう。余計な死者を出さないために止めた」


 う……完全に私たちを別次元の何か扱いしてる……

 ですがまあ、実際その通りなので正解ですね。もう気づかれているとは思いますが、一応捨てた仮面を拾ってかぶり直します。

 無いよりはましでしょう。知られたのが一部だけなら、私の生活に支障はないでしょうから。



 危険しかないモニア姫は拘束魔法によってグルグルに縛られます。

 彼女も観念したようで、うつむいたまま何も言いません。また、戦いによって負傷した黄金ゴーレムさんは、ジルさんによって応急処置されました。

 他のドワーフさんたちも同じように拘束され、精霊のアイルロスさんはハイリンヒ王子自らが確保します。誰もが負けを認めたようで、抵抗する人は誰一人としていませんでした。

 最後に、騎士たちがベルゼブブさんの拘束へと動きますが、彼はひらりと身をかわします。そして帽子を取り、私たちに向かって頭を下げました。


「では、私はこのあたりで撤退しましょう。また、機会があれば……」

「情けないものだ。地獄の第二位、ベルゼブブ」


 突如聞こえたのはベルゼブブさんを憐れむ声。

 まるでスピーカーから放たれたように、その声は大きく響きます。


 嫌な予感がしました。同時に、蠅の王の表情が驚愕に固まります。

 あの冷静沈着な彼が、冷や汗を流して一切動きません。まるで、会いたくない人と出会ってしまったかのようでした。

 すぐに、ジルさんとご主人様が戦闘態勢を取ります。ですが、先ほどの毒と覚醒による疲労が残っているのか、眼鏡の少年は膝を落としてしまいました。


「ジルさん……!」

「僕はいい……! それよりテトラ、上だ!」


 ジルさんに言われ、私は視線を空に向けます。すると、そこには家ほどの大岩があるじゃないですか!

 まるで遅い隕石のようですね。ゆっくりゆっくり、地上へと近づいてきます。

 ですが、本当の脅威はその上に居ました。巨大な岩に玉座を構える青年。真っ黒いコートの上から、流れ星のようなマフラーを巻いています。

 彼は足を組んで座りつつ、私たちを見下ろしました。

 その背に輝くのはパールホワイトの翼。数は……四枚です。


「まさか……彼は……」

「明けの明星……始祖の天使であり始祖の堕天使でもある存在。地獄の第一位、ルシファーだ……」


 ご主人様にそう言われ、私は息をのみました。

 聞き覚えのありすぎる名前です。全悪魔の頂点に立ち、大いなる主に対して宣戦布告をした堕天使。元は六大天使に君臨していて、天使の中でも最も優れていたと聞きます。

 殺気はありません。ですが、静かすぎるのが逆に怖い……

 巨大な岩が空中で静止します。ルシファーさんは髪をかき上げ、部下であるベルゼブブさんに向かって言いました。


「何か言いたいことはあるか」

「特にはありません。ですが、貴方はここに来るべきではなかったと考えています」

「汝の意見など、余には関係ないことだ」


 純白の天使は玉座を立ちます。そして、指をパチッ! と鳴らし、私たちへと視線を向けました。


「汝らは何を探すか。人とは常に走り続けているが、何を探しているかは自身も分かってはいない。ただ忙しなく、ぐるぐると回るばかりだ」

「さあ……忙しなく見えますか?」

「悪魔である余から見ればな」


 無限の寿命があるルシファーさんにとって、私たち人は忙しそうに見えるようです。

 特に、私たち転生者は短期間で滅茶苦茶やってますからねー。忙しそうって感想もまあ、分かるかもしれません。

 彼は一切表情を変えないまま、私たちを見下し続けます。まるで心がないと言わんばかりでした。


「無駄な苦労だ。今ある幸福で満足していればいいものを」

「貴方が神の座を狙ったように、人にも野心があります。私の場合は元の世界へ戻る事ですかね」


 忙しそうだと指摘していますが、貴方が一番やんちゃしてますよね? ルシファーさんは傲慢を司る堕天使と聞いています。現状に満足していないのは、むしろ彼の方ではないでしょうか。

 私の返しに対し、ルシファーさんはやれやれといった様子です。再び髪をかき上げつつ、冷たく言い捨てました。


「それこそ無駄だ。魂こそ残っているが、存在はまるで別物。汝は既に白鳥泉ではないと分からんか?」

「分かっています! ですが、転生だって非現実でしょう! 元に戻すのだって同じじゃないですか!」

「違うな。汝らの転生は神が望んだ。だが、帰還の方は望んでいない。特別待遇もそれで終わりだ」


 じゃあ、大いなる主が望んだから転生出来て……望んでないものは無理だって言いたいんですか……

 そんなの勝手すぎます! 勝手に異世界転生の運命を与えて、後は知らんぷりだなんて! ふざけんじゃねーですよ!

 誰が何と言おうと認めてもらいます! アークエンジェルの皆さんがベリアルを止めることを望んでいるのなら、その依頼をこなして元の世界に戻してもらう。それが等価交換って奴です!

 泉さんがやったことなんて、このテトラには関係ありません。別の存在だと言うのなら、こっちは完全な被害者でしょう!


「私はベリアル卿を止めます。主がそれを望むのなら、その通りにやってやりますよ。だから、代わりに特別待遇を続けてもらう。そういう契約です!」

「契約内容も知らぬ上でよく言うものだ。では、これは天を目指す汝らへの餞別だ」


 また、嫌な予感がしました。

 ルシファーさんは何もしていません。ですが、明らかに攻撃の意思を感じます。

 周囲を確認しますが変化はなし。しいて言うのなら、夜だというのに徐々に明るくなってきたような……

 やっぱり嫌な予感がしますよ。これはヤベーですかね。絶対にヤベー何かが近づいている感があります。

 私は恐る恐る上を見上げます。すると、物凄く眩しい何かが近づいてくるじゃありませんか! あれってどこからどう見ても……


「い……隕石ー!?」

「隕石ならば確認と同時に汝らは潰れている。あれは唯の燃えている石だ」

「どの道、死ぬじゃねーですか!」


 あ……あんなのが激突したらフラウラの街が潰れてしまいます! 聖国の生き残りもドワーフの皆さんも仲良く全滅ですよ!

 ヤベーです……ヤベーってレベルじゃありません! ルシファーさんは肩慣らしのつもりっぽいですが、そんな次元じゃねーですって!

 私、心の異世界転生者ですしー。ああいうパワーで攻めてくるのはどうにも出来ません。

 ここはジルさんです! ジルさんに頼るしかありません!


「ジルさん、何とかしてください!」

「無理だよ。体が全く動かないし、発明の準備もしてないし……」

「じゃあ、ご主人様!」

「不可能だ。私は死人を操る降霊術師。あれを破壊する力はない」


 はい、詰みました。

 モーノさんがいない現状、あの岩を止めるすべはありません。せっかくベルゼブブさんを退けたのに、結局全滅じゃないですか!

 でも、待ってください……天使や悪魔が人に影響を及ぼせば、大いなる主との約束が破られます。いくら最強の悪魔でも、それって物凄く問題ですよね?

 何か考えがある……そう思ったときでした。隕石を見上げる私の前に、一筋の閃光が走ります。


「……え?」

「やはり来たか。神の意思は絶対なり」


 呆然としました。

 眩く燃えるあの巨大な岩が、跡形もなく木っ端微塵に砕かれます。


 音は全くありません。地上の私たちに被害を出さないよう、砂塵レベルまで分解された。そう言い切っても良いかもしれません。

 何が起こったのか分からない私たちと違い、ルシファーさんは何か確信した様子。やがて、彼は光り輝く剣を抜き、大岩の上で笑みを浮かべます。

 瞬間、真っ赤な閃光が刃となり、輝く剣へと叩きつけられました。


「懺悔しろルシファー。骨の髄まで焼いてやる」

「そう熱くなるなウリエル。これは軽い冗談だ」


 マスケット帽をかぶり、ルビーレッドの翼を携えた青年。シャルル・ヘモナスこと、大天使ウリエルさんの降臨です。

 深紅に燃える剣を高速で動かし、ルシファーさんへと攻撃を加えていくシャルルさん。ですが、相手も元大天使。弄ぶように彼の猛攻をいなしていきました。

 あまりにも高次元すぎて、実際攻撃の殆どが見えていません。ただ、分かることは一つ。本気のシャルルさんに対し、ルシファーさんは遊び気分だということです。


「転生者の意思と、神の関与を図らせてもらった。ラファエルに代わり、大天使に戻ったのでな。状況を見極める必要がある」

「僕は認めない」

「神の意思だ」

「『僕は』認めない」


 攻撃を止めるシャルルさん。すると、ルシファーさんは再び指をパチッ! と鳴らし、自らが立つ大岩を空中で分解させました。

 地上へと落下していく瓦礫。すぐにシャルルさんが破壊しますが、いつの間にかルシファーさんとベルゼブブさんの姿が消えています。これはしてやられましたね。


 マスケット帽の大天使は舌打ちをします。

 そして、深紅の翼を翻して天高くへと消えていきました。


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