162 ☆ 王たる者へ ☆
キャンディーによって拘束されるモニア姫。私はそれを確認しつつ、視線を前に戻しました。
これで司令塔の機能は停止! 彼女を捕獲した事により、後ろからおっさんたちの声が響きます。
「姫様……! ご無事か……!」
「今、仲間から全員降伏の報告が入りおった。これで、わしらの敗北ですじゃ……」
ドワーフの部隊は全員拘束されたみたいですね。たぶん、シルバードさんたちが上手くやったんでしょう。
私はナイフを取り出し、星のエフェクトを散りばめます。そして、澄ました表情のベルゼブブさんへと一閃を放ちました。
力の差を見せつけるためでしょう。彼は右腕をカマキリの腕へと変えてナイフを受けます。同時に、モニア姫が意地糞悪い笑みを浮かべました。
「まだだよ……ボクらにはまだ! あの鹿射ち帽の悪魔がいる!」
顔も名前も知らなかったのに、よくぞそこまで信用できるものです。
ですが、期待を寄せても仕方ないほどにベルゼブブさんは強い。たぶん、今まで戦った誰よりも強い!
この流星のコッペリア、秘めた力を開放しない限り勝てませんね! 星を散りばめながら、私は二打目三打目を放っていきます。ま、当然相手も鎌による応戦に出ますけどねー。
でもでも、戦いは互角! 私が能力を使っているので当然と言えば当然です。
「さてさて、お話の時間です。さっきご主人様が『つまらなくなった』って言ってましたけど、今の状況に何か不満でもあるんですか?」
「心を繋げる貴方の力ですか。良いでしょう、あえて乗るのも面白い」
流星のコッペリアの同調能力。これによって、ベルゼブブさんの力をそのまま返しています。私の体力が続く限り、戦局が動くことはないでしょう。
ですが、彼は研究熱心な悪魔。こちらの能力も知ってそうな雰囲気です。
私の同調能力に対して無策なはずがありません。肉弾戦ではらちが明かないと考えたのか、悪魔さんは下がりつつ虫の大軍を放ちます。
「私は自らを狂暴だと自負しています。天界戦争を終え、天使と悪魔の関係が和解へと進む今、その牙は捥がれたもの同然でしょう。貴方の思うほど私は紳士ではない」
「自制心があるのは間違いなく紳士ですよ! 内心が狂暴でも、行動に表さない事が大切なんです!」
虫は全方位から私を取り囲みました。なーる、回避不能なら能力を突破できると考えたんでしょうね。その判断はお見事ですが、上手くはいかしませんよ!
ご主人様の操作をフルに活用し、身体を高速回転させます。これにより虫たちは吹き飛ばされ、近づけませんでした。
少しだけ笑みを見せるベルゼブブさん。彼は蝶々のような羽を広げ、大量の魔力を集めます。そして、そこから強力な衝撃波を放っていきました。
「では、少しだけ暴れてみましょうか。天界戦争の時のように……あのアウトリウスと相対した時のように!」
「ちょ! アウトリウスさんってこの世界の聖人……聖アウトリウス教の救世主の!?」
「ええ、そうです。彼が聖人たる理由! それはこの私を退けたことにある!」
一発目を紙一重で回避! 同時に、後ろにあるベリアル卿の館半分が消し飛びます。
凄まじい衝撃と音、それらを背中から感じますね。ですが、蠅の王は手を緩めません。続く二発目を間髪入れずに掃射し、完全に殺しに来ていました。
流石にこれは同調できませんかね。仮に無理やり合わせたとしても、体力消費が凄まじいでしょう。
すぐに察し、フォローに入るジルさん。彼は水の魔石を取り出し、魚型の魔獣へと変えます。そして、放たれる水は敵の衝撃を逸らし、私の回避をサポートしました。
「じゃあ、君は人間に負けたってことかい?」
「ええ、負けましたよ。それこそが人を超えた聖人……救世主たりえる存在です! 貴方たちは大天使から神託を受け、大いなる主とすら接触した。その意味を理解していない!」
少し、燃えてきたのでしょうか。ベルゼブブさん口が化け物のように裂けます。
元々恐ろしかった瘴気がさらに強まったように感じますね。今の私は完全に覚醒状態にありますが、それでも寒気が止まらないのは彼の実力故です。
私がこれということは、覚醒状態でないジルさんはもっと怖いはず! なおさら、私も頑張らないといけません!
聖アウトリウスさんは彼を超えたんです。私たちだってきっと出来る!
「意味なら理解できます! 観客の期待に応えるのがエンターテイナーですから! 天使さんも悪魔さんも、大いなる主の期待にだって応えてやります!」
「ならば来い! ここで終わるのならば、その程度だったということ!」
ベルゼブブさんの羽から放たれる衝撃波。その正体は虫の羽音です。
今までは直線状に放っていましたが、私が走り出した瞬間にそれは周囲へと放たれました。これでは全く近づけません! 近づいたところで分裂する彼を捉えることも出来ません!
無敵ですか……だったら考えるのはやめます! 私は周囲に広がる衝撃波を無視し、ベルゼブブさんの元へとジャンプで突っ込みました。
「やらいでか! です☆」
「あいつ、また無茶を……上等だゴルァ! バカな妹に付きやってやらあ!」
瞳に青いスペードの紋章を浮かべ、自らの怒りを操作するジルさん。彼は風属性の魔弾を掃射し、なおかつ風の魔石を妖精へと変換します。
敵を貫く風、私を守る風。この二つによって、ベルゼブブさんの羽音は掻き消されました。これは科学に基づいた計算のようですね。
「羽音ってことは空気の振動だろうが。なら、そいつを全て吹き飛ばしちまえばいい」
「理屈はそうでも、それを実行できる威力を評価します。最も、貴方たちは分裂する私に傷一つ付けることは出来ませんが!」
さざめきを突破し、私は悪魔さんへとナイフを向けます。すると、またまた彼は身体を無数の蠅へと変え、周囲へと分散してしまいました。
そりゃーまあ、当然そうしますよね。ですが無策で飛び込んだわけじゃありません!
そもそも、私は相手を傷つけるつもりはないですから。攻撃を回避されても問題はないでしょう。
本当に必要なのは言葉と心です!
「答えは出ました☆ 貴方は全ての悪魔の中で最も人を知っています! 良いところも! 悪いところも! なぜなら、聖書で最も名前の出る悪魔だからです! 一番……一番人に寄り添っていた悪魔なんです!」
「……!」
何も考えずにぶつかっていたわけじゃない!
貴方の心をぴりぴり感じる!
私達への期待と恐怖が! 心と心を繋げて分かるんです!
「人にとっても人気者。魔界のスーパースターですね!」
「くだらない……貴方たち人が勝手に私を信仰しただけの事。嘲笑から始まり、力を観せば掌を返す醜さ……勝手に祭り上げ、何が蝿の王か!」
無数の蝿たちは一斉に姿を変えました。
それは大型の蜂。彼らはお尻の針を向け、一斉に私へと飛びかかります。
今、心を繋げてる最中なんですよね。だから逃げない! 避けない! ベルゼブブさん、このままずっと貴方の近くに居たいから!
無数の針が私の身体へと突き刺さりました。これは毒ですかね……滅茶苦茶痛いですし死にそうですけど、貴方の心は捕まえましたよ……
「カッコいいです……貴方は悪魔の中の悪魔ですね」
「私は美とは無縁の存在……ならば、醜いその本性を見よ!」
無数の蜂は鹿射ち帽の人間へと戻り、咥えたパイプから煙のような虫の大群を浮かべていきます。
虫たちはベルゼブブさんを覆い隠し、数を増やして巨大な塊となります。やがて、それらすべてが合わさり、髑髏の紋章を浮かべた大蝿へと変わりました。
これが彼の本当の姿でしょうか。強大かつ尊大、以上の威圧感です。
そして、本人の言うように醜い。
ですが……
「綺麗……」
毒で意識が朦朧としているからでしょうか。ベルゼブブさんには腐敗の美しさを感じました。
彼から放たれる瘴気により、草木は枯れ、店前の食べ物も朽ちていきます。それだけではなく、この場にいる全ての肉体に腐るようなダメージを与えていきました。
あちゃー、駆り立てちゃいましたかね。ですが、これもエンターテイナーのサガです。
「ご主人様。行きますよ」
「では、お前を信じ操作に集中しよう」
「僕もいるけど」
二人の転生者と一人の悪魔。巨大な蠅の王に対して向き合います。
羽を動かし、瘴気を風と共に放つベルゼブブさん。ですが、すぐにジルさんが光の魔石をユニコーンへと変え、腐敗を防ぐ守護を私たちに施しました。
私たちは連金生物のおかげで無傷。ハンスさんとマルガさんも身体の仕組みが違うため大丈夫です。
ですが、敵の攻撃は仲間を巻き込む瘴気。モニア姫やドワーフの皆さんを苦しめました。
「姫様……やはりあの悪魔は危険じゃ……」
「も……もうお終いだ……逃げるしかないよ!」
腐敗により、姫を拘束していたキャンディーが崩れ落ちます。その瞬間、ボロボロになりながらも彼女は走り出しました。
仲間のドワーフさんには目もくれません。トップでありながら兵を見捨て、彼女は黄金ゴーレムに飛び乗ります。可愛い見た目なのにえぐいことをしますねー。
悪魔は人を殺せば主と相対すことになります。当然、ベルゼブブさんはドワーフさんたちを殺すつもりなどなかったでしょう。
ですが、モニア姫は恐怖から逃げ出しました。蠅の王はそれを憐れむように見ます。
自分などよりも、あの者の方が醜いと……
王とは何か。美しいとは何か。それを考えた時でした。
突然、黄金ゴーレムが右手を上げ、コックピットに乗ったモニア姫を摘まみます。そして、そのまま彼女を地上へと降ろしてしまいました。
ぽかんとしたドワーフの姫。神妙な顔をするジルさん。
目を閉じるご主人様。戦闘態勢へと入るベルゼブブさん。
そして剣を構え、ジェット噴射で急発進する黄金ゴーレムさん。
目指すは蠅の王!
主人に背き、鋼鉄の王子が発進します!
「見てくれじゃないんだ。本当に大切なものは……」
「勇士……かニャ?」
瘴気から逃れていたハイリンヒ王子とアイルロスさん。彼らが館の屋根から飛び降ります。
そして、その着地と同時。黄金ゴーレムの剣がベルゼブブさんの顔面に叩きつけられました。
ジェット噴射による高速移動! 操縦者がいないにもかかわらず、心優しい王子さまは蠅の王へとラッシュを加えていきます!
すぐに、ジルさんが魔弾による援護射撃に入りました。彼は錬金術師として思うことがあるようです。
「魔力の込められた物体に、精神が宿る事はある! モニア姫、どうやら彼は君と違って王としての心構えが出来ていたようだね!」
「ピピピ……ガガガガッ……!」
体中の魔石をフルに使い、命を燃やして攻撃を続けるゴーレムさん。
ですが、相手が人でないならベルゼブブさんも容赦はしないでしょう。二本の腕をカマキリの鎌に変え、王子に向かって鋭い斬撃を加えていきました。
威力が尋常ではありません。ゴーレムさんは剣でガードしますが、その衝撃で柄につけられた赤い魔石が割れてしまいます。
ですがそれでも止まりません。続いて目から光属性の光線を放っていきます。対し、ベルゼブブさんはお尻に蜂の針を出し、それを掃射してゴーレムさんの顔面を貫きました。
衝撃で両目の青い魔石が砕かれます。が、止まらない! 止まらない!
「ピピガー!」
「何で……どうして……」
呆然と見つめるモニア姫。私にもなぜ彼がここで奮起したのかは分かりません。
ベルゼブブさんが放った蠅の大軍により、ゴーレムさんの身体は食い削られていきます。既に金色のメッキは剥がれ、他のゴーレム以上にくすんだ色になってしまいました。
ですが、それでも今の彼は美しいです。豪華な装飾なんて関係なかったのです。
「モニア姫、今の彼は醜いと思うか? 僕はそう思わない。あれが目指すべき王だと思う」
ハイリンヒ王子はカエルの姿のまま、モニア姫にそう言いました。対し、アイルロスさんは手を止め、「ザイフリート様……」と小さくつぶやきます。
人の王子、ドワーフの姫。悪魔の王。
三人の心に何かが響きました。
やがて、ベルゼブブさんは毒液を吐き、ゴーレムさんを腐らせるように溶かします。どうやら、これで勝負は決まったようですね。
涙を浮かべ、墜落する彼の元へと走るモニア姫。
また、この場の空気が変わったと感じました。
ベルゼブブって凄い人気ですよね。